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第三百二十二話「蒼黒」


 遠いどこかで、空気が揺れた。その事に気づいて、ユウリはふと顔を上げる。無数に群がる悪魔どもを難なく切り捨てながらも、少年は北の方を見つめていた。


 戦い自体は順調だった。一進一退を繰り返してはいるものの、それは単純にこちら側が数的不利だからと言うだけであり、被害と言う一点でのみ語るなら、彼らの圧勝だったと言っていいだろう。

 悪魔ディアブロどれほど居ようとも、聖剣使いが二人もいれば相手も迂闊に攻め込みづらく、またユウリが大いに暴れているのだから、彼の隙をついて後方の弱い者たちに攻撃を集中する、と言ったことも許されない。

 空を飛ぼうが何をしようが、即座に対応され、瞬く間に切り刻まれるのだ。魔法による集中攻撃も対して意味を成さず、足を止める事すら叶わない。自分たちを超える、只人が存在するなど理解出来る訳もなく、この理不尽に対処する事すらできていないのだ。


 その暴威はまさに破壊の神の再来のようですらあり、何より彼の持つ神剣の気配に気付いてしまえば、悪魔達はすぐにユウリを警戒して近付いてこようとしなくなる。

 だが距離を離せばエルフたちや、ユウリの仲間である【ユグドラシル】の面々が一転攻勢を仕掛けてくるのだ。圧倒的な数と力による蹂躙しかしてこなかった彼らでは、突出した個に対する対応の仕方が分からないのである。

 だからこそなのか。

 突如としてこの戦場全体に、異常が現れたのである。骸を喰らうように、無数の影が飲み込み始めたのだ。ユウリが慌ててそれらを切り払い、自陣の方まで下がる。その異様な光景に、何が起きたのかもわからず、ただ誰もが慄いていた。


 影が急速に退いていき、悪魔だけを残したガランとした戦場だけが残される。そして敵陣がある遥か奥で、禍々しい黒紫の光が立ち昇ったのである。何事かと誰もが警戒するものの、しかしユウリを含め彼らにはただ待つことしか出来なかった。

 暫くすると、それは現れた。【ユグドラシル】の前に立ち塞がるように。否、聖剣を持つクレストとイリスの敵として、その者は現れたのだ。


「……なんだ、コイツは?」

「凄く嫌な感じ。精霊たちも、怯えているわねぇ」


 言葉とは裏腹に、クレストとイリスは油断なく相手を見据える。余りにも大きすぎる巨躯。これを超えるのはかつてルグト王国で対峙した、ネフェリムくらいである。

 またその手に握られている巨大な剣は余りにも禍々しく、かつて見たオーガの妖魔王の邪剣など比ではない。


「二人とも、そいつは危険だ! 無策に突っ込んではいけない!」


 相手の強大さ、危険さに気付いたウィロウが他の面々を後ろに下げながら、二人に向かって叫ぶ。だがそこに更に一名、命知らずが加わるだけであった。


「また巨人の相手かい。ったく、アンタのせいでこんな奴ばっかりが相手じゃないか」

「俺のせいかよ!? ……ま、いいじゃないか相棒。「巨人殺し」らしくなってきただろ?」

「あら、私やウィロウもいるんだから、仲間外れにしちゃ嫌よ?」

「君たちは少しくらい、焦ったらどうなんだい!?」


 迷わず前に出た四人は、目の前の巨人を睨みつける。すると相対した巨人は、ゆっくりと口を開いた。


「我が敵、聖剣使いよ。我こそが邪王オルゼオンである」

「邪王だって? 妖魔王じゃないのか?」


 重々しく紡がれる言葉に、誰もが意味が分からないと言いたげだ。ただ目の前の相手が、敵であることは間違いない。それだけは確信を持って言えた。


「そのような矮小なモノ、最早不要。全ての邪剣が一つとなり、邪神剣グルテメーツォと共に、この邪王が世界を統べる」

「は!?」

「疑問も答えも無意味。お前たちはただ邪神剣の贄として、その身を差し出せば良い」


 そう言って邪王は邪神剣を振り上げ、問答無用で叩きつけてくる。

 慌てて左右に散開して回避するものの、その一撃による衝撃波は強力で、前衛の四人だけでなく、後方の【ユグドラシル】の面々やエルフや獣人たちにもそれらは容赦なく襲い掛かった。

 次の瞬間には少なくない命が失われる。それが当然であると理解していた邪王は、少しだけ目を見開く。

 聖剣使い達は、衝撃波さえもモノともせず、切り抜ける事くらいは想定内の事だ。しかしそれ以外の者達が平然と生き残っている。それは邪神剣を持つ者として、驚嘆せずにはいられない出来事であろう。


「よくわかんないけど、僕もいるんだよ」


 あるべきはずの大規模な破壊を受け止め、背後の仲間たちを護る、青白い城壁。神盾イージスを構えたユウリが、難なく衝撃を防ぎ切ったのだ。

 絶対に攻撃を通させないと言う構えを見て、悪魔ディアブロ達も邪王に加勢するべく動き出す。


『あの盾は厄介だな。ならば我らが惹きつける』

「……よかろう」


 生き残った全ての悪魔達が、ユウリ達に向かってくる。それを見て、ユウリは即座に前に出る事を決めた。


「皆、もっと後ろに下がって! クレストさんたち、そっちだけで大丈夫!?」

「ああ。神々からの加護も貰って、驚くほど力が溢れてくるんだ。そう簡単に負けねえよ」

「ごめん、ちょっと行ってくるね!」


 少なくともクレスト達は大丈夫だと判断し、ユウリは邪王の横をすり抜けるように駆け抜け、悪魔達を打ち倒すべく剣を振るう。その姿に頼もしさを覚えつつも、自分たちが相対する強大な敵に対して、どう戦うべきかと彼らは汗を拭った。



 眼前に居るのは、無数の悪魔の群れ。邪王とやらを援護するべく、数でこちらを圧し潰そうと言うのだろう。絶え間なく襲い来るのは、強靭な四肢を持つ巨体と無数の魔法。それでも少年はものともせずに悪魔を切り捨て、己の役割を果たさんと戦う。


「数が多い……けど、このくらいの数が相手なら」


 ほんの少しだけ、しっかりと攻撃してもいいだろう。そんな風にユウリは考える。先程伝わって来た、空気の振動。それは間違いなく、誰かがスキルの一撃を放ったと言う事。それを遠く離れた場所まで伝わる程の威力となれば、可能な相手は限られてくる。

 ユウリは小さく笑い、かつて仲間たちを指導した時のように、剣を構えて基本攻撃スキルの動きを行う。本来ならどのような体勢からでも、基本となるこれらを発動できる事が望ましいとされている。それをあえて、基本の動きを忠実に行うだけ。

 その理由は至極単純であり、当然のもの。正確な力加減を行う為だ。


「ちょっとだけ本気の、スマッシュ」


 真っ直ぐに振り下ろされる、ただの強撃。だがそれは一瞬、世界が白くなったかのような錯覚さえ覚えさせるほどの、滅びそのものの如き一撃であった。

 それは先程の邪王とやらが放った一撃の比ではなく、文字通り全てを粉砕して見せたのである。

 大地は割れ、深い谷を作る。その衝撃だけで敵とはいえ、無数の命が簡単に消し飛んだ。少なくとも彼の眼前に居た存在は、誰一人としてそこには居ない。

 彼がルーモット大森林で暴れた時でさえ、このような事をしなかったのは、ただ森や戦っている人々に被害を出さない為だったに過ぎない。彼の前に敵しかおらず、守るべき何かが無いのであれば、何時でもこのくらいの事は可能だったのだ。

 そもそも神剣による攻撃なのだから、その威力が更に高まっているのも当然なのだが。


「……ごめん、皆。ちょっとやり過ぎちゃった」


 笑って誤魔化しながらではあるが、しかしユウリの顔は少しだけ蒼褪めている。繊細に手加減したつもりだったのだが、思ったよりもやり過ぎていたのだ。後で各方面からあれこれ言われそうな案件である。

 だが少年の予想とは裏腹に、自分の後ろで戦っている者たちには、こちらの状況を気に掛けるような余裕が、全くない事に気付かされた。



 巨人の如き邪王の巨体から繰り出される攻撃は、その一撃一撃が災害にも等しいものであり、直撃を避けたからと言って安心できるものでもなかった。

 遠く後ろに下がったエルフたちにさえ、各種魔法で防御していてすらも、全てを防ぎきれずに多くの負傷者を出しているのだ。


「何よあれ、もうちょっと常識的な攻撃にしてよ!?」

「無茶苦茶です~! 加護の力で更に強くなってる、ワタシ達の守りの奇跡でも全く防げないとか、意味が解りませ~ん!!」

「オーガムで作った植物の壁でも、駄目です……!」

「おれの盾のスキルでも、全然無理だー!」


 ステラ達も例外ではなく、邪王の攻撃の余波を防ぐので精一杯であり、そして少なからず傷を負っている。彼らも後方のエルフたちと合流し、力を合わせて攻撃を防いでいるのだが、それでこの結果なのである。

 この力と間近で切り結んでいる者達がまだ健在であり、戦えている事こそが異常なのである。だが彼らとて、余裕があるわけではない。

 まず聖剣どころか、攻撃自体が邪王に届かないのだ。遠距離攻撃が主体であるウィロウは、前線で戦う全員を護るために魔法を使わざるを得ず、その事もあって弓を射る余裕もない。

 クレスト、ヘルガ、イリスの三名は果敢に邪王に挑むものの、しかし相手との体格差が圧倒的過ぎて足元しか狙えず、それ以前に邪神剣の攻撃を相殺するので手一杯と言った状態であった。


「このままじゃ、いずれ攻撃を防げなくなるっ。何とか打開できないかい!?」

「そんなのこっちだってわかってるし、出来ればとっくにやってるさね!?」

「こういう力押しに特化しすぎた相手って、これだから嫌なのよ!」

「一撃一撃が、派手過ぎるっ。範囲も威力も桁外れって、下手なドラゴンよりも強いぞコイツ!」


 多くの加護、補助と強化があって、それで漸く防戦一方なのだ。他の事に気持ちを割く余裕などありはせず、ただ災害の如き攻撃の連続を、全力で相殺するしかない。

 このままでは負けると理解していても、どうしようもない敵。それが邪王と言う存在であった。


「どうした。少しは反撃して見せよっ」


 勝ち誇るでも、嘲笑うでもなく、ただ淡々と邪王オルゼオンは吼える。そして自らの攻撃以外で発せられた、力の振動に気付き、ふと攻撃を止めて背後に視線を向けた。


「……やはり、貴様か」


 背後には無人の荒野。真っ二つに割られた大地が見える。その威力を見て僅かに眉間に皺を寄せ、すぐに来るであろう敵対者の攻撃に備えた。


「やはりかどうかは知らないけど、悪魔は倒した。後はお前だけだ!」


 蒼い鎧、黒い髪。小さな、人間の幼体。その者こそが最大の脅威。

 少年の声を聴き、邪王は迷わず邪神剣を横に薙いだ。一見か細く見える輝きだが、しかし間違いなく邪神剣に匹敵する力を持っていると、確信しているからこそ。

 そしてその考えは正しく、強大な邪神剣を、邪王から見て小さな剣は、悠々とそれを押し返してくる。


「こいつも、僕が戦ってもいいヤツだよね?」


 そんな事を呟きつつ、ユウリは不敵な笑みを浮かべた。


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