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第三百十八話「騎士」


 普通ならば、この一瞬で戦局が決まる。それだけの破壊を撒き散らすのは、圧倒的な力の魔法そのもの。しかしそれさえも意に介さないとでも言うように、妖魔たちは恐れさえも抱くことなく戦い続ける。

 その異常なまでの闘争心、流血への渇望。それが王級という存在であり、故に人類に対する脅威度の高さが理解できる。だがその王級さえも従え、影響範囲をより強め、より広げることができる妖魔王という存在、影響力の大きさを示すものであると言えよう。


 そんな妖魔たちが雲霞の如く押し寄せようとも、それらを難なく吹き飛ばすのが、魔法というものなのだ。

 これほど多くの命が呆気なく、塵芥のように滅ぼされていく光景は、あまりにも現実味に欠いている。それを現実のものとしているからこそ、レイメシア国の魔法士の実力の高さ、魔法という力の可能性をあらゆる人々に見せつけていた。


「まあ、このくらいでいいでしょう」


 感情の乗らない、淡々とした言葉遣いで長い黒髪を掻き上げ、レイは自分の後ろにいる弟子たちを見やる。彼らの瞳には師たる彼女への尊敬と、そして魔法士としての実力差を見せつけられたと事への驚愕、その二つが綯交ぜになっているかのようだった。


「す、凄いですお師様! やっぱり凄いです!」

「流石ですわ、お師匠様。このネスティーナやカペルが上級魔法を使ったのに対し、お師匠様が使われた魔法は中級魔法のみ。それでこのネスティーナ達と同じかそれ以上の妖魔や魔物を退治するなんて……ああ! 素晴らしすぎますわ!!」


 二人が若干慄きつつも、しかし手放しで師であるレイを称賛する中で、オーガの妖魔王ガイオスとの戦いに集中している聖剣使いはともかく、ヴォルデス王国の魔銃騎士団を率いるヴィクターは、顔を青褪めさせているのが遠目に見えたので、レイは見ない振りをした。


「あとは二人に任せる。私はこれから悪魔ディアブロの掃討に入る」


 レイはそのまま逃げるように後の事を弟子二人に任せ、悪魔達を倒すべく動き出す。


 悪魔ディアブロを倒す。そうは言っても、やれることはそう多くない。先程の魔法程度では流石に倒しきれていないが、相応にダメージは受けている。そして最初から悪魔達と戦っているベリエス卿が居るのだから、逃げようとする悪魔にトドメを刺すくらいなものだ。


「ベリエス卿。貴方に伝えたい事が」


 ふわりと、無造作に隣に降り立つレイに驚くことなく、ベリエス卿は不敵に笑う。


悪魔ディアブロの事かい? なんだか急に、化けの皮が剥がれたけれど」

「……多分、いえ、間違いなくユナのやらかし。まあ説明の手間が省けていいけれど」

「そうだね。数も多いし、手伝いを期待してもいいのかな?」


 ベリエス卿が悪魔どもを切り伏せる横で、レイもまた軽やかな動きで悪魔達の攻撃を回避し、盾の魔法であらゆる攻撃を防ぎきっている。そして今度は彼女が、不敵に笑い返した。


「ええ。勿論よ」


 風が渦巻き、自身に群がる悪魔だけでなく、王級を含むオーガの上位種たちを、一瞬の内に切り刻む。血煙の舞う中を優雅に、妖艶に、そして獰猛に。軽く地を蹴って再び宙に浮かんだ【紫闇の魔女】は、ただ冷たく微笑んで見せた。


「レイメシアが女王であるこの私が。直々に滅ぼしてあげるわ」

「おお、怖い怖い。私はただの騎士だからね。堅実に戦うことしか出来ないよ」


 談笑しながら、しかし片手間のように悪魔を屠る二人を前にして、恐れ戦かない者など居ない。それでも悪魔ディアブロは、二人に襲い掛かる。たった二人のヒト如きに、自分たちが後れを取っていい筈がないのだから。


「あら。【超常の騎士】様でしょう?」

「……さて、どうだったかな?」


 神馬グルファクシが悪魔を踏み潰し、手にした馬上槍が雑に薙ぎ払う。どのような攻撃もその盾に防がれ、小動もしない姿を見て、その異常さに恐れを抱かないほど、悪魔と呼ばれる存在は無個性でもなければ無感情でもない。

 そしてそんな男の隣で悠々と、踊るように魔法士の女が、自分たちを一撃で屠るほどの魔法を放ってくるのである。どんな悪夢なのだと叫びたくもあり、しかしそんな余裕など与えてはくれない。


『たかがヒト種族如きが、どうやってこのような力を……!?』

『狼狽えるな! きっと天空城の中に有った、遺物を引っ張り出してきたに違いないっ。まずは武器を奪え!』


 そんな事を口々に言い合いながら、悪魔達は襲い掛かり続ける。相手はたった二人。どれほど武装が強力であっても、所詮はヒトなのだから、すぐに限界が来るはずだと、そう考えていたからこそ彼らは気付けなかった。

 そして為す術なく、ただ蹂躙されていく。例え逃げようとする個体が居たとしても、それはすぐに女の魔法によって撃ち抜かれ、死を齎されるのだ。

 本来なら自分たちこそが相手を蹂躙する立場であったのに、予想外の事態に互いの連携どころか、まともな報告さえもする間もないまま、目の前の暴威に身を晒し続けるのであった。



 派手な爆発音、見慣れぬ霊獣なる存在が戦場を駆ける。その横では無数の魔法弾が絶え間なく放たれ続け、オーガの上位種たちを牽制し続けてくれている。

 そんな中で一種の空白地帯のようになっているのが、妖魔王ガイオスと対峙する二人の騎士。聖剣と聖槍を持つ、ルグト王国でも最強の二人。カーチス卿とウルツ卿こそが、この戦場における対妖魔王の切り札であった。

 煌めく炎を纏う炎聖剣フロベージュを手に、疾駆するカーチス卿。狼獣人としての身体能力に、神々の加護と言う名のユナのやらかしによって、彼のスピードはヒトと言う種の限界を軽く超え、ガイオスですら容易に追いつけるものではない。

 互いに力任せの一撃による、邪剣ダーインスレイヴと炎聖剣フロベージュがぶつかり合う。純粋な力と、速さを乗せた質量の一撃。

 一見、互角に鍔迫り合ってはいるが、しかし体格は遥かにガイオスの方が上。気功などのスキルを加味しても、それは向こうも同じなのだ。すぐに押され始め、力比べは不利と悟ったカーチス卿は、相手の力を利用するようにして素早く跳び下がった。


「判断は良い。だが甘い!」

「チッ!」


 振り抜いた巨大な剣が、衝撃波を伴ってカーチス卿に襲い掛かる。

 幾らカーチス卿が速かろうと、その攻撃は彼の着地の隙を、寸分の狂いもなく狙ったのだ。このままでは大ダメージは免れない。


「悪いが鋼壁騎士団の団長の誇りに掛けて、その攻撃を通すわけにはいかんのう」


 巨大な青白い光の壁が現れ、妖魔王の邪剣から放たれた一撃を、見事に受け切った。清槍グランテピエを携え、純アダマンタイト製の全身鎧と盾を構えるウルツ卿によって、完全に防がれたのである。

 ドワーフであるが故にやや小柄ながらも、重厚感溢れるその姿は、見る者に安心感さえ与えるだろう。今の彼の前に、防げぬ攻撃はないのだと。


「助かった、ウルツ卿」

「なんのなんの。鉄剣騎士団が仕掛ける隙を作ることも、我らの役目ゆえな。気にせず奴を攻撃せい」


 二人はルグト王国の剣と盾。王国を守護し、数多の魔物の脅威から、国を守り続けてきた二人である。故に互いの実力には絶対の信頼が在るのだ。


「今のを防ぐか……なるほど。悪魔どもを引き付けている騎士も居たのならば、このガイオスに勝てる目もあっただろうに。残念だったな」


 されどオーガの妖魔王ガイオスは、決して余裕の態度を崩さない。自身の強さに絶対の自信があり、同時にベリエス卿の力量もある程度だが、見抜いているからこその評価だ。


「生憎こっちも、たかがオーガ如きに負けるとは、これっぽっちも思っていないんでな。私を倒したければ、ドラゴンでも連れてこい」

「ハッハッ。そのドラゴンの牙もブレスも、この儂が完璧に防ぎきってやるがのう」


 二人が返す言葉に、ガイオスは僅かに口の端を上げる。それは自分と戦えるだけの勇士を前にしての、高揚であり喜びでもあった。それは囁きの森で対峙した、妙に無垢な邪剣の持ち主を前にした時以来ではなかろうか。


「クハッ、吼えるか下等生物! だが許す。貴様らは強き者ゆえに、その権利がある。そしてその力をこの妖魔王に示し、愉しませるがいい!!」


 獰猛に哂う。三者とも、それぞれに凄みのある笑みを浮かべ、手にする武器に再び力を込めた。

 再び暴風が吹き荒れ、激しく打ち合う。命を賭した戦いであるはずなのに、それはどこか楽しそうでもあり、恐らくは一定の強者同士でしか分かち合えぬ、そんな世界だったのかもしれない。

 誰にも邪魔はさせぬと言わんばかりに、両者の攻防は更なる激しさを増すのであった。



 屍山血河が築かれている。夥しい死を前に、その光景を作り上げた人物の片割れが、少しだけ気分を悪くしたように、口元に手を当てていた。


「大丈夫かい? 女王陛下には少しばかり、刺激が強かっただろうか?」

「……一応、大丈夫。とはいえ、酷い臭い。念のためとはいえ、地上で戦ったのは不味かったかも」


 そう言ってレイは、己の判断を悔やんだ。今回はベリエス卿との連携を意識して、訓練も兼ねて身体を動かしてみたかったという、ちょっとした息抜きのようなつもりでいたのだ。それがまさかこんな結果になろうとは、予想外だったのである。

 眼前には蹂躙され尽くした、悪魔達の亡骸。大半が原型を留めてなどいないからこそ、その光景は筆舌に尽くし難く、悍ましいものだと言えるだろう。

 レイ自身もこの世界に来てからは、それなりにグロテスクな現実を見知っているし、体験してきている。だが女王として君臨するようになってからは、そう言った事例とは距離を置いていたこともあって、耐性が下がっていたと言う自覚も多少はあった。

 世界樹での戦いの時に、ある程度は思い出したつもりでいたのだが、今回はそうもいかなかったのである。


「まず、臭いが駄目。世界樹の時は、ユナの聖域があったから、浄化されるお陰であまり気にならなかった」

「……ああ。確かに悪魔の臭いは、随分と酷いものだ。こんな光景でなくても、気持ちが悪くなるのは当然だよ。もしも普通の人々がこの臭気に晒されたら、もっと体調を崩しても不思議じゃないかもしれないね」

「後々、浄化して貰いましょう。邪神から生み出された相手なのだし、碌なものではないのでしょうから」


 多少の浄化なら、神官でもあるベリエス卿も可能ではある。だがこの戦場全体となれば、幾ら何でも手に余るのだ。だから彼は何も言わず、レイの言葉に同意するだけであった。


 悪魔と呼ばれる存在のうち、自分たちが担当する地域の殲滅は、とりあえず終了したと見て良いだろう。開戦時にそれなりの数を減らせていたという自信はあったのだが、自分たちの想定以上に生き残った悪魔の数が多かったのは、流石に驚くしかない。


「我々が考えている以上に、悪魔と言う存在は厄介で危険な相手なのかもしれないな。今後も気を付けるとしよう」

「……ええ。それで妖魔王の方は、どうなったかしら?」


 わざわざ自分が来たのは、悪魔を何とかする為。それと同時に動き出した妖魔王も、出来れば取り逃さないよう確実に仕留めたいところであった。なので現地の聖剣使いが余りにも苦戦するようであれば、介入も辞さないつもりでいたのだが。


「丁度たった今、決着がついたようだよ」


 ベリエス卿の言葉を聞いてレイは、視線を彼らが戦っていた方へと向けた。

 そこにはどこか互いを称えるように、死力を尽くして戦った者達が横たわっていた。それぞれに傷は深く、ボロボロなのは間違いない。肝心の妖魔王はと言うと聖槍と聖剣に貫かれ、身の内から吹き上がる炎によって絶命しているようだった。

 壮絶な戦いだったのだろうが、妖魔王ガイオスの表情はどこか満足気な、僅かに笑みを浮かべているようにさえ見える。その光景をレイは訝し気に見つつも、今は新鮮な空気が吸いたいと、軽く地を蹴って空へと飛びあがる。

 見下ろせば彼らの周りではカペルとネスティーナが、他のオーガたちの介入を許さぬよう、油断なく杖を構えているのが見えた。どうやら彼らも上手くやれたようで、師としては満足のいく光景だ。


 ベリエス卿は自身の愛馬の太い首を、軽く叩きながら労いつつ、視線を自軍へと向ける。あちらの戦場も落ち着きつつあり、すぐに魔銃騎士団のヴィクター達がこちらの様子に気付いて、従軍神官を寄越してくれるだろう。


「その前に、妖魔王を倒した彼らが死んだりしないよう、癒しの魔法をかけてあげなければ」


 とりあえずは一つ、山場を越えることが出来た。その事を実感しながらも、しかしこのままでは終わらないような、予感めいたものを感じながら、ベリエス卿は悪魔達の亡骸を見つめるのであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 妖魔王ガイオスまさかのナレ死。 結構好きなキャラだったので、ちょっと残念。
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