第三百十二話「炎狼」
向かうは大軍。自軍の連携も前よりは多少、マシになったような気がする程度には、耐えきれている。オーガと言う、災害のような魔物たちの軍勢を相手に、只のヒトの集まりで良く持ちこたえている方だと思うだろう。
ヴォルデス王国とルグト王国の二国が中心となっているものの、彼らの軍勢はそう多くはない。それでも他の戦場と遜色のない数が揃えられているのは、戦場となる現地の国々の生き残りが加わっているからだ。
しかし兵の大半以上を友軍に頼る以上、統率と言う面では難しく、また東のフィンダート王国からの援軍は天空城によって半ば無理矢理連れてこられたからか、恐ろしく士気が低い。
それぞれの練度を顧みた結果、多くは後方支援が可能な部隊に回している。つまり最前線ではないのだが、それでも彼らのやる気と働き次第で、この戦いには十分に貢献できる立ち位置でもあった。
それが上手く機能していないとまでは言わないが、積極的に交戦しないので、役に立っているかは微妙なところだろう。
これならいっそ最前線に回して、使い潰すつもりで戦わせた方がいいのではないかと一部では声が上がるほどなのだから、相手の程度が知れると言うものである。
「それが出来れば、どれだけ楽か……」
ルグト王国の鉄剣騎士団を率いる、狼獣人の騎士カーチス卿が溜息を零す。確かに士気の低い者たちを最前線に向かわせ、死に物狂いで戦わせた方がマシのは間違いない。
だが彼らはあくまでも自分たちの意思ではなく、天空城が、延いてはルグト王国が強引に彼らを連れてきている訳でもある。流石に外聞が悪いとの事で、そこまでするのには若干の躊躇いが生まれるのも仕方がない。
状況的に考えるなら、この世界の危機である以上、そんな甘い事を考える理由も意味もない。それでもあえてこれほど甘い対応なのは、純粋に人手不足であり、安易に人数を減らしていい状況ではないからである。
ただでさえ徐々に死者が増え、生きてさえいればどのような怪我が治ると言っても、怪我をした痛みと恐怖を忘れられるわけではない。逃げ出す者も増えている現状でこれ以上、士気を下げられては困るのだ。
「まあ、少しは押し返すようになったんじゃから、御の字じゃろうて」
鋼壁騎士団を率いる、ドワーフの騎士ウルツ卿が、苦笑いを浮かべた。
彼の言う通り、ここ数日の戦況はそう悪いものではない。レイメシア国でも女王の直弟子にして腹心である、カペルとネスティーナの二人がこちら側の戦力として力を貸してくれているからだ。
前線への補助魔法だけでなく、強力な魔法で敵陣の広範囲を攻撃するカペルと、精霊や召喚魔法で霊獣と呼ばれる存在を呼び出して戦わせるネスティーナの参戦は、押され気味であった戦線の一縷の希望となっていた。
彼らの住まう西の大陸がどうなのかは知らないが、この大陸では少なくとも、戦場における魔法の役割と言うのは、支援魔法による強化と神官による治癒が中心のため、非常に地味な役回りになりがちだ。ハッキリ言って華が無い。
だがそれを真っ向から否定するかのように、華々しい程に光り輝く雷が、炎が、敵陣を焼き払い、召喚された精霊や霊獣が時に魔物を屠り、時には兵たちを護る盾となって戦う姿は、間違いなく自分たちの知る魔法の在り方ではない。
「レイメシアっちゅー国は、やはりとんでもなく恐ろしい国じゃのう……」
呆れとも安堵ともつかない、そんな言葉をウルツ卿が零す。それに同意するように、カーチス卿も小さく頭を振った。
「天空城からの物資のお陰だとは聞いているが、魔法とはやはり凄いものだ。魔法と言えば治癒や強化もだが、聖剣だの魔剣だのに目を奪われがちになる。我々こそこういった普段目立たぬ魔法士の事を、よく理解しなければならなかったのかもしれないな」
「まったくじゃな。まあなんにせよ、向こうが遥か西の大陸の国であることが、素直に有難いわい」
これほどの魔法技術を持った国がこの大陸に居たのであれば、この戦いの後、遠くない世代で戦の火種になりかねない。それだけの力があるのなら、狙わない者はおらず、また何時その力を揮われるかと怯えながら暮らすのだ。
なんらかの些細な出来事で、暴発しそのまま戦という事も十二分にあり得る。故にそんな事にならずに済んでいることが、大変ありがたくもあった。
「技を極めスキルを修めた者が、一騎当千の働きをするのじゃから、智を極め魔法を修めた者も、同様の働きをするのは当然の摂理。それだけに我が国の魔法士が、少しばかり頼りないのは残念じゃて」
「寡兵でトロールの軍勢を押し返し、敵陣に切り込んでいるレイメシア国の精強さも、当然と言う事だな。加えてあちらには【ユグドラシル】の者たちも居る」
より南の戦場に僅かながら視線を向けるが、すぐに考えない事にして彼らは視線を戻した。何もかもが規格外の事しかしでかさない、自国の英雄でもある【ユグドラシル】の面々が向こうにいるのだ。心配するだけ無駄ですらある。
「こちらもヴォルデス王国の魔銃騎士団とやらのお陰で、オーガ自体は倒すことは驚くほど簡単に出来る。魔術の支援もあって、他の兵士たちも互角とは言わないが、十分に渡りあえているのだがな」
「しかしスキルを操れる者が、実に少ない。我らルグト王国の者以外では、それこそ二十に届くかどうか……」
スキルや魔法無しでオーガほどの妖魔を相手にするのであれば、一匹を相手にするだけでも囲み、矢を射かけ、犠牲を払いながら何とか倒すような化け物である。
それが軍として、武装して襲ってくる。そんなものと真正面からやり合って、普通の軍なら即座に瓦解するだろう。
天空城の支援によって魔法による強化が、そして一部の英雄たちによってスキルや魔法に関する習得が進んではいるものの、その恩恵に与れる者そのものが、各国でもそれなりの地位を持つ者が多い。
つまり指揮官役が前線に出る訳にもいかないので、微妙に噛み合っていないのだ。勿論彼らも指を咥えて見ているわけではないので、キチンと応戦してはいるのだが、それによって判断や指示が遅れてしまうので、痛し痒しなのである。
勿論、一般の兵や冒険者にもある程度の訓練は施しているが、残念ながら戦をしながらでの合間の訓練では、実戦で使えるほどの練度に達している者は数えるほどしかいないのだ。
故にオーガと言う強大な妖魔に対して、これほどまでに抗する事が出来ているのは、ルグト王国とヴォルデス王国それぞれの、少数精鋭が八面六臂の活躍を見せているからなのだ。
敵軍もそれなりに数を減らしている。互いに正面からぶつかり合うだけでなく、互いにそろそろ何か仕掛けてくる頃合いだと考えていた、その時であった。
「伝令! 魔銃騎士団がオーガの上位種の出現を確認。全軍警戒せよとの事です!」
「……そろそろ、我らも前に出るか?」
「上位種相手は、流石に出ない訳にはいかんじゃろう」
上位種の出現。その報告を受けて諦めたような、どこか嬉々としたような、そんな空気を纏わせながら、カーチス卿とウルツ卿は指揮を事前に決めていた副官に任せ、軍馬を走らせるのであった。
オーガの上位種にはより戦闘力を高めたウォリアー、魔法を扱うソーサラー、王級を守るナイトが存在する。そして王級の存在であるタイラントが束ね、大国を落としかねないほどの脅威になるバケモノたち。
そんな存在がいよいよ前線に出てきたとあって、ヴォルデス王国の魔銃騎士団は緊張を走らせていた。
「……流石に上位種相手では、魔銃の効果も薄れるか」
「そのようです。が、心配は無用」
騎士団を束ねるヴォルデスの王太子ヴィクターの隣には、魔術部隊の士気をするベリエス卿が巨大な愛馬と共にいる。眼前の絶望的な状況に、それでも足を踏ん張って堪えてくれてはいるものの、このままでは自分たちすら危うい事は明白であった。
「ベリエス卿……行くのか?」
「ええ。天空城の彼らには悪いですが、完全武装したオーガの上位種の数々は、流石に人々の手に余る」
「済まないが、頼む。魔術部隊の方は……」
「ああ。そちらは既に、引継ぎを終えています。ネスティーナ殿にお任せしてきました」
さらりとそんな事を宣うベリエス卿に、ヴィクターは少しだけ頭を抱える。確かに有難くはあるが、あれほどの魔法士を魔術部隊の指揮に充てるなど、流石に勿体ないが過ぎる。
「殿下の仰りたい事はなんとなくわかりますが、彼女も精霊や霊獣を操るのに、大きく神経を使うと言います。ならば魔術部隊の指揮をして、その間休んでもらう方が良いと判断しました」
先回りするように、ベリエス卿がいい笑顔で答えて見せる。ヴィクターは開きかけた口を閉じ、大きく息を吐いた。
「では行って参ります。殿下も十分、お気をつけて」
「……ああ、任せよう。我らが国の英雄、超常の騎士よ」
「お任せを!」
そう言ってベリエス卿が愛馬と共に駆け出し、人々を飛び越えて最前線に躍り出る。
目の前にいたオーガの上位種を、彼の愛馬である神馬グルファクシが難なく踏み潰し、ベリエス卿の振るう馬上槍が軽々と近衛でもあるオーガナイトを打ち払う。
突然の出来事に、前線の兵たちは信じられないものを見るような目で彼を見つめ、しかし漸く現れた英雄に歓喜した。
「お、そちらも前に出てきたか!」
「さてさて……我らも戦うとするかの!」
ベリエス卿に遅れる事、僅か数分。軍馬で駆けてきたのは、ルグト王国の聖剣使い達。ベリエス卿は静かに頷き返し、油断なく敵を見据える。
オーガソーサラーの放つ魔法を、彼の盾が展開する守りのスキルでその悉くを防ぎ、絶対に敵を通さないと言う意思を見せつけた。
「我が名はベリエス・ヴィンケルマン。ヴォルデス王国の魔銃騎士である!」
「我は鉄剣騎士団のカーチス・ノド! 【炎狼】の名を賜り、ルグト王国の至宝、炎聖剣フロベージュを振るいし者なり!」
「鋼壁騎士団にその人ありと謳われた、ウルツ・グーラとは儂の事! 清槍グランテピエによって、貴様ら悪鬼どもを打ち払って見せようではないか!」
味方を鼓舞するように名乗りを上げ、彼らは突撃する。圧倒的な力と、鍛え上げられた技、そしてスキルと言う力を遠慮なく揮い、オーガの上位種たちを容易く葬っていく様は、人々がそこに希望を見出すには十分であった。
ここで一度勢いに乗ってしまえば、例えこれまで士気が低かったはずの者達も、奮起するであろう。そう考えて彼らは、一転攻勢に出たという側面もある。
人智を超えた力によって、並みいる敵軍を軽々と打ち払う。オーガの上位種相手であっても、それを可能とするだけの力を誇っているからこそ、これまで温存してきたのだと示すために。
「一応、ぼくも活躍してるはず、なんですけど!? お師様ー!!」
空から魔法による絨毯爆撃を仕掛け、誰よりもオーガを倒しているはずのカペルが、そんな泣き言を零していた。
「……なるほど、聖剣使いが居るか」
オーガの妖魔王ガイオスは、押され始めた自軍を見つめつつ、ゆっくりと邪剣ダーインスレイヴを振り上げた。
自身の敵となり得る存在を見つけた、歓喜にも似た感情を抱きながら。




