戦いのもりあがり
冒険者達がライエンブルフの古城に立てこもってから一週間がたった。城からの飛び道具での攻撃がとどかないかなり遠い場所で、ファーガソンの指揮する軍隊が城を包囲している。私はフランソワの背中に乗って現場にたどり着いた。
「局地戦になると冒険者達が有利です。兵糧攻めにしますか?上流の堤防をきって水攻めにもできます。」
ファーガソンはやる気に溢れていた。でもやりすぎ。
「いいえ、どちらもお金がかかりすぎるわ。いいこと、ファーガソン。今回の目標は冒険者達の人員削減、報酬カット、定年の延長、免税の撤廃、そして年金と福利厚生の見直しよ。それで得られる利益以上のコストはかけたくないわ。」
本当なら軍隊・警察と冒険者への二重の報酬システムを見直すだけで長期的にはけっこうな節約になるけど、でもお金のために戦っているんだからお金はなるべくかけたくない。
「では、交渉ですか?」
「いいえ。彼らと交渉しても仕方がないことがわかっているんだもの。もう手は打ってあるわ。」
私はフランソワの背中の上から、望遠鏡を覗き込んだ。古城の中の動きはここからだとちょっとわからない。
「冒険者たちはなぜか、酒場の女将と旅の商人を信用するというナイーブな特性があるわ。彼らを買収して食糧に痺れ薬を混ぜてもらったの。もちろん人命に被害がない程度でね。塩も小麦粉も偽物になっているはずよ。問題は突入するタイミングがわからないことね。医療スキルのある女騎士もいたりするし・・・」
そういう腕の立つ女性が王都の病院で働いてくれなくて、格好いい冒険者たちのパーティーについていっちゃうから、平均寿命がいまひとつ伸びないんだと私は思う。
「様子を見るために少人数で奇襲をかけますか。」
「犠牲はだしたくないわ。それに彼らが防御戦で華々しい活躍をみせれば天狗にしてしまうかもしれない。交渉はしないけど矢文を出しましょう。ポンソンビー、例の記事と手紙をもってきて。」
「はい!」
王都から私とフランソワについてきたポンソンビーが、3つの紙の束をファーガソンに渡した。
「これらは・・・?」
「一つは冒険者たちのお母様方、お姉様方からの手紙よ。冒険者がストライキしているのにモンスターの襲撃が減った今になって、今回の籠城騒ぎにはさすがに味方できないと思っているご家族の方は多いわ。投降を促すママとお姉ちゃんの叱責がかかれているの。」
冒険者には一定程度マザコン、シスコンの若者が含まれているという潜入調査報告があった。彼女たちの身になにかするつもりはまったくないけど、それを心配して降伏してくれる人もでるかもしれないし、仲間割れになってくれてもいいと思う。
「すこしパンチが弱いのでは・・・反抗期の若者も混ざっていますし・・・」
「もう一つは新聞記事よ。冒険者ギルドが持っていた南の島を『脱税冒険者たちによる女と酒の島』として王都の新聞にルポ記事を書かせたわ。近隣の住民にもPR工作を進めているの。冒険者はプライドの高い人達だから、憤慨してコメントくらいは出そうとするんじゃないかしら。」
冒険者はツンツンと立たせた髪の毛を変な色に染めたナルシストの集まり。危険なのになぜか露出の多い服を着る人が多いし、モンスターから頭部を護るヘルメットもかぶらずに髪飾りをつける謎のファッショニスタ達。そんな見た目と評判を気にする人たちは風評被害に弱いし、世論の指示がなくなれば税金での補助なんて当てにできないってわかっているはず。
「挑発といいますと、彼らはモンスターを狩ることが生きがいのようなもの。フランソワを囮にすれば・・・」
「ダメ!フランソワを囮にするなんてありえないわ。この子が人間不信になったらどうするの?そもそも冒険者たちによる希少モンスターの乱獲をふせぐことも大事な目標の一つよ。」
挑発と言っても、私達を襲ってきてほしいわけじゃない。コスパは大事。
「最後の一つは、冒険者間でトーナメントを行って、最後に残った勝者には民衆の前で弁明の機会をあたえることを約束しているわ。ギルドはランキング制をとっているから、籠城している人たちはみんなライバルよ。一週間もこもってイライラしてくれば、試合の名目で運動したくなっているはずよ。そのうち塩不足に気がつくわ。」
体力は温存するかもしれないけど、何も考えずに雰囲気のある内陸の古城にこもった冒険者のみなさんは、塩を自給できない。
「しかし、こうして伝説のモンスターを相手にする最強の冒険者達を弱めていくというのは、複雑ですね。」
「ポンソンビー、山奥の伝説のモンスターなんて、人里に来ないんだから退治しなくていいのよ。つまり最強の冒険者なんてこの国にいらないの。言うことを聞いてくれないから軍に入っても居場所がないわ。このフランソワのほうが役にたっているじゃない。ねえ、フランソワ!」
私がフランソワの毛並みをなでると、フランソワは気持ちよさそうな声をあげた。
「矢文を打ちました。」
「ありがとう、ファーガソン。あとは待ちましょう。せっかく兵隊を動員しているから、何か生産的なことをしたいわね。予算不足で結局造れなかったダムを造ろうかしら・・・でも日にちがかかりすぎるし・・・」
私が考えあぐねていると、伝令が走ってきた。
「古城からの出撃はありませんが、古城から逃げてきたモンスターを一体捕獲しました。フランソワと同種のようです。怪我をしているようですが、命に別状はありません。いま手当をしています。」
「また冒険者たちの仕業ね。この子達はレアで強いけどめったに人を襲わないのにひどいわ。フランソワの様子をみれば私達が的じゃないってわかってくれると思うの。さあいきましょう、フランソワ!冒険者は悪!もふもふは正義!」
私はフランソワに合図をして、モンスターを見学にむかった。