自分の命と代えても護りたいもの
敵来襲の予想日まで、五日ほどになった。
「首里」と名付けた丘陵へ移り、砦としての構えを整えつつあった。
南西諸島のアヅミや南島交易にかかわる集団に敵の来襲を伝え、結集を呼びかけた。
アヅミは、すべてが呼応した。
だが、寄留民の貿易業者は、多くが二の足を踏んだ。
那覇の街からは、ほとんど人がいなくなった。
島を離れる人たちから食糧や武器を譲り受け、砦へ運んだ。
砦の周囲には、兵たちの仮小屋が立ち並び、ムラのようになっていた。
各所で、炊煙が上がっている。
「だいぶ形をなしてきたな」
李船長は言った。
「ええ、でも、いま集まっているのは三百人足らず……。
まとまった訓練もできていない。『烏合の衆』だ」
ミーカナの言葉には、不安と焦りの色が滲んでいた。
「まあ、後は、天運に任せるしかありませんな」
「このままでは、結果は見えている」
李の気楽そうなセリフに、イラッとした声で応えた。
船長を責めても仕方がないことは、わかっていた。
しかし、言わずにはいられなかった。
「大陸からの商船が寄港しましたので、話を聴いてきました」
朱雀が、駆け寄って来た。
すぐに呼んで報告させる。
「敵の船団は準備を終え、揚州を出港するのも間近と見えました。
数は、船三十艘、兵員およそ一千余り。
到達までに後四、五日といったところでしょう」
予想通りだった。
報告を受けたミーカナたちに緊張が走る。
「さて、盛大に迎えてやろうか」
船長は、顔色一つ変えずに腕を振り回す。
(そのときが、来たんだ)
カイトは、自分でも驚くほど落ち着いていた。
この間、準備を手伝いながら七星刀の素振りを重ねていた。
「フンッ!」
呼吸を整え、気力が集まる下腹の「丹田」に力を込め、気合を発する。
腰を落として真っすぐ、左右斜めに振り下ろす。突き上げる。
それだけを毎朝、何百回と繰り返した。
これで勝てるとは、とても思えない。
(でも、全力でやるだけだ)
毎日、ミーカナの姿を見てきた。
みんなに指示を与え、考え込み、夜遅く星明かりの下で神に祈っていた。
少しでも、力になりたかった。護りたかった。
こんな気持ちになったのは、初めてであった。
数日前も、日課となった素振りを朝焼けの海に向かっておこなっていた。
流れる汗が、気持ち良い。
決めた回数をこなし、汗を拭いていた。
「おう、やってるな」
背後から声が掛かった。
「李船長、おはようございます」
船長は多忙なので話をする機会は、ほとんどなかった。
「だいぶ様になってきた」
「ありがとうございます」
刀を下ろし、手拭いで顔と首を拭う。
「近いうちにお客さんが、大挙して押し寄せる。
精一杯もてなすつもりだが、手が足りない。
俺も、前線で接待しなくちゃならん。
姫さんをよろしく頼む」
言葉の端に、切実感がこもっていた。
「言われるまでもありません。
僕自身が、心に決めていることですから――」
「……?」
船長は、真顔になってカイトの顔を見つめた。
「変わったな。
何かあったのか?」
「別に……。
なぜか、そう思うようになったんです。
命に代えても護りますよ」
「自分の命が、いちばん大切じゃなかったのか?」
「ええ、命が惜しいのは、変わりません。正直言って怖いです。
でも、『護りたい!』という思いが、なぜか強烈に湧き上がってくるんですよ。
この気持ちは、何なんでしょうかねぇ」
「惚れたか?」
ドキッとした。
確かに愛しい気持ちは、募っている。
「――否定はできません。
しかし、そればかりじゃないような気もするんです」
カイトは、今の気持ちに添った言葉を探しながら話した。
李船長は腕を組み、カイトが眺める空の向こうに目を遣る。
「『仲間』だからか?」
「どうだ?」と尋ねるような視線を送ってきた。
「そうですねぇ。
でも、船長たちみたいに何年も、一緒だったわけでもないですし……」
その意味では、ちょっと違うようにも思った。
だが、「仲間」という言葉は、心に残った。
(『仲間』って、何だろうな――)
「コミュ障」と言われてきたカイトだけに、心の琴線に触れる何かがあった。
「砂漠で水を探し彷徨い歩くように求め続けてはきたが、手に入らぬもの」と言ったらよいのだろうか、蜃気楼のような存在だった。
「まっ、いずれわかるだろうさ」
屈託のない笑顔に戻った船長がカイトの肩を軽くポンと叩き、館の方へと歩いて行った。
ミーカナの心には、迷いが生じていた。
多忙な日々にあっても、ポカッと身体が空くことがある。
庭で、崩れ込むように背付きの椅子へ身をゆだねる。
ふと空の蒼さ、雲の白さに目がいく。
(このままで、良いのであろうか?
『吾らが長年、生活の場としていた南海の島々、それを侵そうとする者どもを撃退する』
これで理は、通っているはずだ。
賛同する者は残り、怖気づいた者と異議ある者は去った。
……だが、現勢力から戦いの結末を想像すれば、確実な敗北――。
血の海、折り重なる惨殺死体、辛うじて生き残っても過酷な隷属の日々が待っている)
ため息が漏れた。
救いようのない絶望の底へと、気持ちが沈んでいく。
(悲惨な結末が、目に見えている。それを皆に求めてよいのだろうか?
『奴隷の平和』という言葉がある。
吾らの地が蹂躙されたとしても、牛馬同様の扱いをされたとしても、手向かいさえしなければ、生命と最低の生活は保証されるであろう。
いや、その前に島々から去ればよい。
捲土重来を期し、他の地で息を潜めていればよい。
倭国は、どうか?
その勢力下へ逃げ込めば、さすがに追っては来られぬだろう。
そうだ!
出自の地、壱岐島がある。
縁故を頼って庇護を願おう。無碍には扱われまい)
ミーカナの思いは、逃避の道へと進んでいた。
(私の勝手な誇りを守るためだけに、皆を巻き込むことはない。
今からでも遅くはない。ここは、一時的に撤退を図ろう。
それが良い)
もし、このとき手鏡を取り出し、顔を映したならば、眉を額に寄せ唇の端を歪ませた 自分の表情に吐き気を催したことであろう。
それは、普段のミーカナが、最も嫌うものだったからだ。
「姫様、お疲れのようでしたら、横になってお休みになられませんか?」
横から声を掛けられ、ビクッとした。
見ると、片膝を突いた朱雀が控えていた。
怪我が癒えてからも、ミーカナの傍らにいることが多くなった。
後遺症が残り、他の三名のように機敏に動くことが難しくなったからだ。
「ああ、朱雀か、大事ない。
このままでよい」
右の手先を軽く挙げた。
「ところで朱雀――。
あなたは、今の状況をどう思う?」
視線を空へ戻し、何気もないような口調で問うた。
「……私のような者が、どうこう申し上げることはございません。
仰せのままに従うばかりです」
もっともな返事であった。
「申して見よ」
言葉を強めて迫った。
ミーカナが幼い頃から朱雀は、側にいた。
現在、護衛兵では最年少の十八歳。
齢が近く人一倍心優しい性格の彼女に、これまでも我儘を言ってきた。
そんなとき朱雀は、困った顔をしながらも、誠意をもって応えようとしてきた。
「はぁ……」
なじみ深い困惑の表情を浮かべた。
「――良くないと思います」
「何が、どのように?」
「味方の数と鍛錬具合、武器、糧食、今後の見通し……、すべてです。
士気も下がっています」
「そうだろうね」
誰しもが、そう感じていることだろう。
(やはり退くしかないか)
もはや一刻の余裕もない。
衆議を図って、事が決まれば迅速に撤収しなくてならない。
李船長たちのところへ行こうと、身を起こしかけた。
「でも……、私は、逃げ出したくはなりません」
「えっ?」
「惨めな思いを抱いたまま、生きるのは嫌です」
朱雀は、身を固くし拳を握っていた。
唇を噛みしめ、ジッとミーカナを見つめる。
「一時的に退避して、反撃の機を待つのよ」
「その機は、やって来るんでしょうか?
私は、猟師の娘です。だからわかるんです。
獣同士が睨み合ったら、先に竦んだ方が負けです。
再び挑みかかることはありません。
相手の影に怯えながら、逃げ回るだけです」
一気に言い切った。
「私が、『負け犬』だと言いたいの?」
「いえ、そんなつもりは……」
「一軍の将の蛮勇は、万の兵たちの死につながりかねないことは、知っているでしょ」
「ええ……」
「私は、そんな愚かな真似はしたくないの」
イラ立ちを含んだ語気の前に、朱雀は力なく俯くばかりだった。
「わしは、朱雀の意見に同感ですな」
背後から声が、聞こえた。
振り向くと李船長が、立っていた。
「さっきカイトの様子を見てきたんですが、汗みずくになって刀を振っていましたよ。
『姫を守るんだ』と言ってね。
弱っちいのに健気じゃないですか」
そう言い、片手に持った竹筒を傾け、喉を潤した。
「姫のお言葉、小官も深く感じ入りました。
将たる者、そうでなくてはなりませぬ。
――ですが、義宝たちと幾度となく刃の嵐を潜り抜けてきた身としては、朱雀の申したこと、わからぬでもないですな」
「負けるとわかっていても、突っ込むの?」
「はい、いくら死地にあっても、譲れぬものがあります」
「それは、何なの?」
「仲間と誓い合った『志』です」
「志?」
「わしらは義宝と縁を得て、その志に感銘して盟約を結んだ『同志』です。
それなくして集っている意味はありませぬ」
「それは、死よりも重いの?」
「ですな――。
もとより人間は『糞袋』、食って糞をひって寝て起きるだけのもの。
貴賤の別もありませぬ。
時が来れば、誰しもコロッと死にまする。
ならば、糞袋を捨てる時機と理由くらいは、自分で決めても良いのではないですかな。
むろんその時機までは、大切にしなければなりませんが――」
「人の命は、父母、天地の神から与えられしもの。
自分の思いや都合で、どうこうしてはならぬはずだ。
少なくても私は、そう教えられている」
「御説、ごもっともですな」
船長は、言葉を返そうとはしなかった。
片唇をちょっと上げ、ゆっくりとした足取りで立ち去っていった。
(何が、言いたいんだ!)
腹ただしさと同時に、自分の吐いたセリフに対する苦い思いが、込み上げてきた。
(ペラッペラだよね……。
船長に嗤われても、仕方がない)
乳母のオモトの胸にすがって泣きたかった。
気を取り直し、指揮所へ向かって歩き始めた。
少し離れて朱雀も後から付いていく。
「姫様、リンレイ殿が、戻られました」
青竜が駆け寄ってきて、報告した。
その顔は、喜色に満ちている。
先を眺めると、玄武と白虎に案内されてやってくる一団の姿があった。
先頭でリンレイが、手を大きく振っている。
戦化粧はしていなかったが、戦闘服に身を包んでいる。
大きなシカに騎乗していた。
沖縄の在来種は、小柄なリュウキュウジカである。しかし、それは、仔馬ほどもあった。
ミーカナも笑顔を見せて手を挙げたが、心中は複雑だった。
(今の状況と自分の考えを、どう伝えようか……)
立ち止まってグズグズしているうちにリンレイが、目の前まで近づいていた。
「砦の構築は、だいぶ進んでいるようだな」
「ええ、何とか――」
「アヅミも、だいぶ集結しているように見える」
「……」
「心強い。
さすが海人族の『霊継ぎの皇女』、威光が津々浦々まで伝わっているな」
ふだん口数の少ないリンレイが、自分から勢いよく語るなんて珍しいことだった。
(顔色を読まれたか――)
「取り急ぎ、村の者を連れてきた」
後ろを振り返り、手で指し示す。
屈強そうな若者、三十数人が立ち並んでいた。
中には、ライカたちもいた。
目が合うとニィと白い歯を見せて、手にした弓を挙げた。
「他の集落には大巫女様が、声を掛けてくださった。
準備を終え次第、出立するはずだ」
「どれくらい見込めそう?」
「間に合いそうなのは、百五十くらいかな」
「そう……」
とてもじゃないが、足らない。
アミ族の勇猛ぶりは、先の海戦でわかっていた。
だが、今度は、呉王の側近と親衛隊が敵陣を仕切るようだ。
ただ暴れるだけの海賊とは、戦い方が異なるはずである。
「中へ入ろう」
指令所となっている館へと導いた。
午後の日差しが、傾きかけていた。
卓を囲んだのはミーカナと李船長、カイトにリンレイの他、幹部たち五人であった。
壁際の床にイサナや各地のアヅミの長数名が、座っている。
面々の顔色は優れず、場は重苦しい空気に包まれていた。
ただ船長とリンレイのみが、いつも通りの気を放っていた。
「情報によると、敵の艦船が姿を現すのは、おそらく三日後とのことだ。
こちらの態勢は、皆も承知していると思うが、必ずしも十分とはいえない。
この場は、我らの意を確認する最後の機会となろう。
心偽りなく思いを述べてもらいたい」
ミーカナの辞には、切迫感がこもっていた。
沈黙が、時を支配する。
「では、私から考えを述べよう」
ミーカナが、口火を切ろうとした。
「待って――。
私から言わせてもらおう」
リンレイが、言葉を遮った。
「私は、今回の戦へ臨むにあたって悩んだ。
『一族を私闘へ巻き込んで良いのか』と――。
母を攫われた我が身としては、はっきりとした理由がある。
だが、『全滅』も覚悟しなければならぬ戦となると、さすがに考え込んでしまった。
一族の存亡が、かかっているからな」
どこからか「ゴクッ」と息を飲む音が、聞こえた。
(『全滅』か……。
思い切ったことを言ってくれる。
誰も、口にできなかった言葉だ)
ミーカナは、リンレイが現況をよく理解していることを知った。
リンレイは、村へ着いた日の晩、祖母である大巫女アグニのもとへ行った。
戦いの見通しと、苦悩を訴えた。
アグニは、ジッと耳を傾けていた。少しの沈黙を挟んで、静かに語り始めた。
「そうか――。
今のままであったなら、お前の言った通りになるじゃろうな」
部屋の灯に惹かれて小さな蛾が舞い込み、火に近づく。
ジジッと羽が焦げる音がした。
「吾が一族は、故郷である台湾を離れ、沖縄へ移り住んだ。
部族同士で争うことが、嫌になったからじゃ。
日頃から小競り合いは絶えず、飢饉ともなればニャロ(村)が襲われることもあった。
男たちは首を刈られ、棚にさらされた。女は慰みものにされた。年寄りや子供は、容赦なく殺された――。
そんな島から逃れてきた。
今では首狩りをやる他部族も、アコナワへやって来てしまった。だが、数は少ない。
昔と比べたら、穏やかな暮らしができておる」
アグニの言葉は、ムラでの懐かしい日々を思い起こさせた。
「異国の軍勢は、アコナワ全部を手中に収めたいのじゃろ。
吾らは害獣扱いされ、根絶やしにしようとするはずだ。その後に、自国の従順な農耕民を移住させればよいからな。
――ならば、吾らに退くという道はない。
例え一族が残らず滅んだとしても、霊界に坐す御先祖様たちも許してくれよう。
共にカワスで暮らすだけじゃ」
語り終えると、幼い頃のように笑顔でリンレイの黒髪を撫でてくれた。
すぐに使者をアミ族のみならず敵対する部族へも送るという。それに加えて、交流のある「古き民」にも、知らせるとのことだった。
「古き民」とは、沖縄本島の原住民だ。
縄文人の血を色濃く残した人々である。古い時代に、南九州から渡って来たらしい。
アミ族と同じく狩猟採集民であり、主に中・北部地域の森で暮らしていた。
争いを好まない性格のため、自ら内陸部へ引っ込んだようだ。
翌日、リンレイは、ムラの人々を広場に集めて事態を説明し、同意を求めた。
リンレイの言葉に異を唱える者は、いなかった。
大巫女アグニの後継者であり、先の海戦でも頭領としての手腕を証明して見せたからだ。
リンレイは、ミーカナの渋い顔を見た。
しかし、意にも介さず言葉を続けた。
「例えばの話だ。
大雨で、川の堤が崩れそうになっている。
それに気づいた男が、ムラの者に知らせた。
ムラは、低地にある。堤が切れたら、家々は流されてしまうかもしれない。
さて、皆がムラの者であったら、どうする?
自分の家の周りに堤を築くか、それとも、クワやモッコを持って堤に駆けつけ、力を合わせて土嚢を積むか?
どちらだ?」
集まった人々の顔を見回す。
ミーカナのところで、目が留まった。
「当然、堤へ駆けつけなくてはならない。
自分の家の周りにだけ堤を築いても、溢れた水の勢いに耐えられるはずもない」
仕方なく答える。
リンレイの言いたいことは、すぐにわかった。
「そうであろうな」
リンレイは、笑顔を見せた。
「川の水の勢いが激しくて土嚢を積む作業が、間に合いそうもないとする。
諦めて、逃げるか?」
再び問いかける。
「……」
答えるものは、いなかった。結論は、わかりきっていたからだ。
家に妻や子どもを残したまま、逃げることなどできない。
また、逃げ切れはしないであろう。
ならば、一縷の望みを託して作業に取り組むしかない。例えそれが、奇跡に近いことであったとしてもだ。
一同は、沈痛な面持ちで俯く。
李船長だけが腕を組み、ウンウンと頷いていた。
「俺も、言わせてもらおう」
海士の長、イサナが、スッと立ち上がった。
「この戦いへ加わろうとした理由は、それぞれあるのだろう。
吾ら海士はトカムの兵であり、徳義王へ忠義を誓った者だ。
よって、王の命を受けた使節である姫の下知に従う。
どのような決定がなされようともだ。
ただ同時に、海に生きるアヅミでもある。
吾らに豊かな恵みを与えてくれる島々の海が好きだ。
この海域が、賊どもの手に渡るとしたら、とても耐えがたい。
姫の下知さえあれば、一命を賭して守り抜く」
懇願するような眼差しをミーカナへ向けた。
壁際に居並ぶ他のアヅミたちも、それに倣った。
集まった視線は、熱い針のように突き刺さった。
(私の気持ちも知らないで、なぜ勝手なことを言う――)
腹立たしくも、アヅミたちの気持ちは痛いほどわかった。
おそらく覚悟は、最初からできていたのであろう。
彼らの故郷であり「生死の場」は、この南の島々の海である。
出自の地だからといって壱岐を頼るなどという選択肢は、初めっからなかったのだ。
「なんか負けるのが決まっているかのような雰囲気だね。
みんな揃って悲壮な顔をしちゃってさぁ――。
義宝さんは必ず助けに来るし、リンレイのお父さんも間に合うかもしれないじゃん。
それにアマミコさんが、黙って見ているはずがないよ」
カイトが、声を上げた。
(何を呑気なことを!)
ミーカナは、怒りをぶちまけようと口を開きかけた。
その機先は、逸らされた。
「そうだ、そうだ。
俺も義宝と田氏は、必ず軍勢を率いて戦場に姿を現すと信じている。
それとも姫は、アマミコ様を信じていらっしゃらないのかな?
『神足通』と『天耳通』の持ち主だぞ」
「神足通」とは、海山の上を自在に飛び回ることができる力である。
天馬に乗って飛翔する姿は、ミーカナも目撃していた。
「天耳通」は、遠くの声でも聴くことができる力だ。
きっとこの会議のやり取りも、耳にしていることであろう。
船長の言葉は、皆にアマミコの存在を思い起こさせた。
それは、張り詰めた場の空気を一挙にほぐす効果をもたらした。
「その通りだ。
アマミコ様が、吾らを見守っていてくださる」
人々は互いに顔を見合わせ、頷き合った。
「まぁ、あまり気負いなさるな。
大将は、どっしりと構えていないと器が問われますぞ。
それに額に縦皺を刻んでいては、天下の美女が台無しだ。
すぐに婆になっちまうかもしれませぬな」
茶化すような口調で言い、長い顎髭をしごいた。
(甘い!
例え期待通りに援軍が来たとしても、ようやく数で対抗できるに過ぎない。
大陸の戦場で鍛え上げられた精鋭部隊が、やってくるのだ。
素人集団が、かなうはずもない。
携えてくる武器の量と威力も段違いであろう。
それに、あの方士だ。
今回は、本気で妖術を繰り出してくるはず――)
ミーカナの心は、深く沈んだままだった。
「皆の考えは、わかった。
もう日もない。これまで以上に、努めて欲しい」
ミーカナは、会議を締めくくった。
庭へ出ると、すっかり陽も落ち茜色の残光が、空の半分を染めていた。
(アマミコ様、どこかで見守っていてくださるなら、教えてください。
私は、どうしたら良いのでしょうか?)
黒々とした陰影と化した樹々の上方に太白(金星)が懸かり、強い輝きを放っていた。
そこにアマミコの面影を重ね、問いかけた。
(アマミコ様が、簡単に答えてくださるはずもない。
『まずは、じっくり考えよ』とおっしゃるだけ……。
それに、アマミコ様は自然界の営みに、むやみに人が手を加えることを厭われる。
大風を招いて敵の船団を沈めるなんてこと、できたとしてもなさってくださらないよね)
ため息が漏れた。
肩を落とし、自室へ戻ろうとした。
「姫様、申し上げたいことが、ございまする」
顔を上げると、船長の副官が立っていた。
「先ほど船長は、姫に対して無礼なことを申し上げました。
ですが、けして無為に過ごされているわけではありませぬ。
毎晩、灯火の下で海図を睨んでいらっしゃいます。
海戦に関しては歴戦練磨の勇者、何か策があるのでしょう。
私ごときが申し上げることではござりませぬが、ここは船長を信じ、お頼りなさいませ」
その言葉からは長年、船長に従ってきた副官ならでの信頼が感じられた。
「気遣ってくれて、ありがとう。少し気持ちが軽くなった」
微笑みを浮かべて、礼を言った。




