「約束の地」首里に砦を築く
朝になった。
那覇の街は、相変わらず賑わっていた。昨日の騒動など、誰も気に留めていないかのようだった。奴隷商人たちの影は、どこにもなかった。すでに港を離れたのであろう。
朝食の後、打ち合わせ通り、それぞれ行動を開始した。李船長は、街の顔役たちを訪ね、事情を説明して回った。一応に驚愕し恐れおののいた。だが、協力しようと申し出た者は、皆無であった。それどころか、逃げ出す算段をしたり、敵方に付くことを考えたりする者すら出そうな感じであった。
夜になって宿に戻り、再び円卓を囲む。
「アコナワで味方を集めるのは、限界がありますな」
船長は、気落ちした顔で言った。
「こちらも巫女たちを斎場へ戻した。アヅミを集めさせるが、時間が、かかると思う。間に合うとよいが……」
ミーカナも、報告した。
「結果はともあれ、後には引けませぬ。砦を構えましょう。できたら那覇と海が見渡せる高台が良いでしょうな」
「そうね。竜穴があるといいけど――」
大きな結界を張るには、かなりの「気」が必要となる。
人間の身体の「気」の流れを「経絡」といい、ツボを「経穴」という。それと同じように大地(地母神の身体)にも「竜脈」があり、「竜穴」がある。
「結界」はゴム風船のようなもので、中に満たされる「気」の量によって大きさが決まる。術者が発揮できる「気」の量には、限界がある。だが、近くに竜穴があれば、消防ポンプ車がホースで「泉」から水を汲み上げて放水するように、持てる能力以上の「気」を放つことができる。
「それなら、心当たりがあります」
傍らで控えていたユウナが、口を開いた。ミーカナの侍女として残っていたのだ。
「どこなの?」
「はい、ここから東へ十三里(約八キロ)ほどのところに小高い丘陵がございます。安里川を遡れば、麓近くまで行ことができる地です。
地相の良し悪しについては分かりません。ですが、先達(先輩)の話では、斎場に匹敵する『吉相の地』であることのことでした」
主人に関心を持って貰えたことが、とても嬉しかったようだ。弾むような声で答えた。
「それでは、明日にでも行ってみることにしましょう」
ミーカナは、すぐに予定を組んだ。
翌日の早朝、ミーカナたちは三艘の丸木舟に分乗して、その丘陵へ向かった。ほどなく麓近くに着いた。舟を下りて、見上げる。
「なるほど、これは良い場所ですなぁ。城砦を構えるには、これ以上の適地はないでしょう。
――だが、解せませぬなあ。ここなら、既に誰かが押さえていてもおかしくないはずだが……」
李船長は、首を傾げた。
「ちょっと尋ねるが、この丘陵に主は、居らぬのか?」
通りかかった籠を背負った男をつかまえて聞いた。
「人の主は、居ません。
ここいらの者は、誰も近づきませんよ」
怯えた声で、答えた。
「なぜだ?」
「大蛇が出るのです。もう何人も喰われました」
男の話によると、ここは長年、「踏み入ると祟りがある地」とされてきた。
一昨年、新羅から来た商団の長が、南島開発の拠点を設けようと商館を建てた。しかし、ハブの大群に襲われ、逃げ出すはめになったとのことだった。 とくに頭らしい大ハブが、片っ端から人を呑み込んでいったと言う。
「見たのか?」
「いや、話を聞いただけですが……。でも、みんな知っています」
噂ではあるが、付近に広まっているらしい。
ともかく、上ってみることにした。
油断なく周囲の物音に注意を払いつつ、坂を上った。
(肌がピリピリする。やはり聖地なんだ)
カイトは、感じた。
斎場御嶽やクボー御嶽などで体験した感覚である。
「ここで身を浄めよう」
先を歩いていたミーカナが、歩みを止めた。
崖の岩の割れ目から、水が湧き出ている。
「これは、竜脈を通ってきた竜水のようだ。小さいながら、これも竜穴だね」
祈りを捧げた後、袖をまくって手を浄め、口をすすぐ。みんなも、それに倣った。男たちは、これ幸いと顔を洗い、身体を拭う者までいた。
身を浄めた後、また歩き出す。ほどなく頂上へ出た。そこは土塁と石垣に囲まれた広場となっていた。周囲には、樹木が生い茂っている。
肌のピリピリ感は、さらに増していた。
新羅風の館が東正面にあり、左右には長屋や作業小屋が並んでいた。
「これほど霊力が強い土地に、よく並の人間が立ち入れたよね」
ミーカナは、リンレイに語り掛けた。
「何か意図があったとしか思えない」
「ひょっとして、私たちのため?」
「つごう良すぎるが、そうとしか考えられない」
警戒していたハブも、姿を現さない。
「土地の神々に感謝して、ありがたく使わせてもらうことにしよう」
李船長は、ニヤッと笑った。
ユウナが、久高島から持参した浜砂を庭に撒いて、場を浄めた。ハブ除けにもなる。
ゴザを敷き、香炉を置く。ミーカナとリンレイが、挨拶と感謝の祈りを捧げた。
武器庫もあり、弓矢、槍、刀剣などが収められていた。よほど慌てて逃げ出したのであろう。
「背後に山、前に海――。ここは、確かに四神相応の地だ」
ミーカナが、感嘆の声を上げた。
那覇はむろんのこと、湾の全景や遠く慶良間諸島まで一望できる。
「四神相応の地」とは、青竜・白虎・朱雀・玄武が四方を守る吉兆の地のことを言う。
「東へ線を伸ばせば、斎場御嶽と久高島へ行き着く。
陽の神は、久高島から昇って、あの島(慶良間諸島)へ沈むのね。
ここは、まさしく王城を築くのにふさわしい地だ」
ミーカナは、満足そうに言った。
「南の森から、とくに高い霊力が感じられます」
ユウナが、少し小高くなっている南側を指さした。
「そうね。
たぶん竜穴の一つは、そこにあるはず――」
リンレイとユウナだけを連れて足を踏み入れる。
「霊風が、吹き出ています。ここですね」
ユウナが、洞窟を見つけた。
「確かにそうだ」
三人は、その前に座し、祈りを捧げた。
周辺の探索を終えた一行は、館に入って休むことにした。
「これで本陣は定まった。
神の思し召しもあり、幸先が良いですな」
李船長が、言った。
「ひとまずは……ね」
ミーカナが、応答する。
今後の状況を考えれば、喜んでばかりもいられなかった。絶望的なくらい先行きは、暗い。敵の侵攻を防ぐには、兵力が足らな過ぎる。
「私は、村に戻って兵を募ってくる」
リンレイは、言った。
「時間が、かかるんじゃないの?」
「いや、竜穴を使えば、瞬時に行ける。
『糸』の使い方もわかったので、大丈夫だ」
「吾も、ヨナファの同胞を率いてくるぞ」
ウエストポーチから顔を出したクンダルも、勢いよく言った。
「じゃぁ、お願いね」
ミーカナは、了承した。
「義宝への連絡はどうする?」
李船長が、尋ねた。
「たぶんアマミコ様が、伝えてくださる。
お姿は現さないけど、どこかで見ていらっしゃるはずだから――」
まだ沖縄に留まって、成り行きを見ていることをミーカナは、確信していた。
「明州の田家へも伝えよう。どうせ侍女の梅芳を送り届けなくちゃならん」
船団の一隻を予定通り、明州へ向かわせることにした。
話し合いを終え、ひとまず那覇へ戻る。
リンレイは、このまま竜穴を使ってアミ族の村へ向かうとのことだった。 南の神域へ男は、入ることができない。カイトたちは森の入口で、見送った。笑顔で軽く手を挙げ、入っていく。薄緑色の精霊が、ボワッと身体を包むのが見えた。
明州へ向かう船は翌日、出立することになった。
ハンも乗船し、しばらく明州へ留まるという。
「ハンさん、元気で――」
「ああ、カイト君もね」
短い挨拶を交わした。長く話すと涙がこぼれそうなので、口を閉ざした。 また会えるかどうかもわからないのだ。これまでのことが思い出されて、胸がいっぱいになった。




