現代の東京へタイムワープ!?
「起きなさい」
ミーカナは、アマミコの声を聴いたような気がした。
習練中に居眠りをしてしまったのか。慌てて起き上がる。
周囲は、真っ暗だ。
巫女の館の習練場でない。頭をブルッと震わせ、記憶をたどる。
(私たち、リンレイに手を曳かれて宙を飛んでいた。ここはどこ?)
「気が、付いたか」
ポッと小さな灯りが点き、リンレイの顔が浮かんだ。灯りは、手の平の上で燈っている。
「ここは?」
「わからない。
私も目が覚めたばかり……」
不安そうに答える。飛んでいるときの確信に満ちた語調は、消えていた。
「洞窟の中で、光を見たまでは覚えている。
その後の記憶はない」
心細そうな少女の声になっていた。
(あの飛天の姿になっていたときと様子が、まるで違う)
手を曳いていたのは、リンレイではあった。だが、仏画によく描かれている羽衣と薄衣をまとい、黒髪を結い上げ、宝冠で飾った美しい飛天(天女)の姿をしていた。
(ここって、仏様の世界?)
視線の先に、手毬くらいの美しい球体がある。青を基調として緑、茶色に色分けされた表面、その上から白の絵の具を刷毛でサッと軽く塗ったような彩り――。
背後に、大日如来の姿があった。現代で言えば、奈良の大仏様だ。
半透明で、微細にキラめく金色の光を放っている。その掌の上に手毬のごとき球体は、浮かんでいた。
初めて見たのに、とても懐かしい気がした。
周囲では飛天たちが笛を吹き、琴を奏でて舞っていた。一枚の曼荼羅図のようだった。
「そうなの……」
返事をしながら、周囲を見回す。
暗さに慣れてきたのか、ぼんやりとは見える。
床は石畳で、石積みの壁。天井も石板のようだ。立って歩けるだけの高さはある。空気はヒンヤリとしていて、物音はしない。自分たちの声だけが響く。
「石造りの隧道だね」
ミーカナは、冷静さを取り戻していた。
「あ痛いたた……。
どこだ、ここは?」
頭に手を当て、カイトが身を起こした。寝ぼけ眼だ。
リュックからスマホを取り出し、電源ボタンを押す。東京での生活における毎朝の習慣で、ほとんど無意識の行動だった。次元を超えた旅をしていたことさえ、忘れていた。
「まだ夜中の三時だぁ……えっ、スマホが作動している」
前山洞を出てから、これまでスマホはフリーズしていた。
「今日の年月日は?
……『平成』……三月二十九日!
戻ったんだ」
春休みに父の実家がある徳之島へ行き、前山洞へ入った日の日付である。 胸が高鳴り、喜びが込み上げてきた。自然と笑みがこぼれる。
「どうしたの?」
「帰ってきたんだ!
現代に――」
「現代?」
リンレイの不安そうな声に促されてカイトは、スマホの地図アプリを開いた。
「ここは、浅草だ。
東京だよ」
画面を見ながらカイトは、興奮気味に言った。
「トウキョウ?」
少女二人は、聞いたこともない地名を耳にして同時に問い返した。
「そう――。
僕の住んでいるところだ」
カイトの声が、弾んでいる。
「とにかく外へ出よう」
ミーカナは、腰を上げた。
「うん、そうだね」
懐中電灯で先を照らしながら、進んでいく。行き止まりとなった。
「出口が、あるはずだ」
懐中電灯で辺りを照らすと、右側が石段となっている。六段ほどで天井にぶつかった。
「セーノ、よいしょ!」
三人で力を合わせて石板を持ち上げ、横にずらす。
ぼんやりとした光が射しこんできた。
「やったぁ」
カイトが頭を出して、見回す。建物の下のようだ。
出口を探り当て、外へ出た。
蛾が一匹、一緒に飛び出てきた。
(荷物にでも、張り付いていたのかな)
振り返って見ると、ずいぶん大きい建物だ。
(やはり浅草寺だ)
空は、薄曇りである。少し肌寒く感じたが、震えるほどではない。
一瞬、「あれっ?」と思った。
「大丈夫みたいだ。
出て来なよ」
穴のところへ戻って、首だけ出している二人に声を掛けた。
引っ張り上げる。
クモの巣や埃を払いながら、本殿の正面へ回った。
「ここが、浅草寺の本殿だよ」
ちょっと自慢げに言った。
少女二人は、ポカンとした表情で周囲を見回している。
「へぇ、……大きい!
立派なお寺だぁ」
ミーカナが、感嘆の声を上げた。
「まだ夜のはず。
なぜ、こんなに明るい?」
リンレイは、不思議そうに言った。真の闇夜を知る者にとって、東京の夜の明るさは、驚きに値するものだろう。
「まぁ、だんだん説明していくよ。
たぶん驚くことだらけのはずだからね」
自分のテリトリーへ帰ってきたという安心感と、科学技術の進んだ現代社会を誇りたいというという優越感があった。
「五重塔だ。素晴らしい」
「えっ、あれは仏塔かな?
それにしては、ものすごく高くて細長い」
ミーカナが「仏塔」と表現したのは、スカイツリーのことだった。リンレイは、地面に荷物袋をポトッと落とした。目を見開き、口は半開きとなっている。
袋の胴部が、モソモソと動いた。
「これは奇態な!
唐の都にでも参ったか」
袋の絞り口からピンポン玉くらいの顔がピョコッとのぞく。
キョロキョロと見回す。
モシャモシャ頭の小人族、クンダルだ。心話ではなく、言葉を発している。
「ついてきちゃったの?」
カイトが見つけて、声を掛けた。
「おヌシらが心配だったからじゃ」
言い訳がましく弁明する。確かにあの状況では、他に逃げ場はなかったかもしれない。大蛇の危険を知らせてくれたのも、この靖人である。古めかしい言葉を使っているが、若者のようだ。
「ここは東京と言うんだ。
君たちの時代より一千年以上、未来の世界なんだよ」
キョトンとした顔をしている。だが、どこか遠いところであることはわかったらしい。
「やっかいなことになったな。
じゃが、この場所は、『近しい感じ』も、ちょこっとするぞ」
「近しい感じ?」
カイトは、問い直した。
「うむ、『エン』を感じる」
リンレイは、言った。
「私も感じる。とっても……」
ミーカナも、同意した。
胸元で、黒い筒を持っている。それを本殿前の石段へ、そっと置いた。
「ねえ、近くに手と顔を清められるところはない?」
右手の「お水舎」へ案内した。
いわゆる手水場で、参詣に来た人が手や口を清める場所である。屋根の下に、八角形錆御影石づくりの手水鉢が設けられている。
中央には、「沙竭羅竜王」の像があった。大海竜王とも称し、竜宮の主である。長剣を前に突いた立像で、著名な彫刻家、高村光雲の作だ。
「このお姿は――」
ミーカナは、跪いて手を合わせた。さすがに海の神を奉ずる巫女である。すぐに誰の像かわかったようだ。
挨拶の祈りを終えて立ち上がる。
「ビックリした。
こんなところにいらっしゃるなんて――」
少し高揚した感じで話し、この竜神の由緒をみんなに語った。
カイトは手水の作法を教え、クンダルを鉢の縁に乗せてやる。
それぞれ神妙な面持ちで手や口、顔を清めた。
清めを済ませたミーカナは、黒い筒の前へ座った。
漆塗りで、全面が両開きの扉となっている。
扉を開く。
(観音様だ)
右手の平を胸のあたりまで上げ、左手で蓮の華を持つ聖観音の立像である。
おそらくした銅に金を塗った金銅であろう。身の丈は、十センチくらいだ。
「美しい。
持ち歩いていたの?」
「ええ、私の念持仏だからね」
リンレイの問いかけに、ミーカナは像を見つめながら答えた。
「アマミコ様から旅立つ前にいただいたの。
私の祖父が、倭国の僧からお礼として譲り受けた仏様という話よ。
その人の念持仏だったんだって」
念持仏とは、旅などに持参する携帯用の「守り本尊」である。
「へえ、誰なの?」
カイトは、尋ねた。
「確か円仁といったかな」
「円仁……」
スマホで、ネット検索した。
最後の遣唐使として唐に渡り、たくさんの経典や知識を日本へ持ち帰った人らしい。
「後に、比叡山延暦寺の長である座主となった」とある。
大陸では張保皐を中心とする新羅人ネットワークに助けられながら旅を続け、帰国のときも新羅船で戻ってきたとのこと。
「チャン・ポゴって、ミーカナの曾お爺さんに当たる人だったんじゃない?」
「そうよ。
子どもだった私のお爺さんは、船で一緒だったみたいね」
円仁が帰国の準備をしていた頃、チャン・ポゴが新羅王室や貴族の陰謀により暗殺された。よって、その家族と一族郎党は難を逃れるため、所縁の深い倭国へ渡ることになったのだ。
「浅草寺の観音様、前立本尊を作ったとあるよ」
スマホから目を離して、本堂を見た。
「やはり『エン』で結ばれていたのね」
ミーカナの一族と円仁、そして浅草寺は、密接な関係にあったのだ。
横で聞いていたクンダルも、腕組みをしてウンウンとうなずいている。
ミーカナは、改めて姿勢を正し、前に据えた香炉へ香を献じて手を合わせた。
「観自在菩薩。行深般若波羅蜜……」
般若心経を唱える少女の涼やかな声が境内に響く。
金竜山浅草寺、東京都で最古のお寺である。「聖観音像」を祀る。
伝承によると六二八年、隅田川で漁をしていた兄弟の網に掛かって引き上げられたものという。秘仏であるため、誰も見ることができない。
それで、平安時代の初期に比叡山から訪れた円仁が、直接拝むための本尊として「お前立ち」の本尊を彫ったのだと伝えられる。
よって、円仁を「中興開山」と称している。昭和二十四年まで、天台宗に属していた。
円仁は生涯、チャン・ポゴの一党に感謝していた。彼らが、唐での活動をサポートしたからだ。
比叡山延暦寺には、チャン・ポゴの顕彰碑がある。また、遺命を受けて弟子が、赤山禅院を建立した。
ここには、一党の重要拠点であり、円仁自身も八カ月間滞在した赤山法華院(山東半島の東南端に存在)の神を祀ってある。




