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クロスオーバー・ゲームズ  作者: 猫の人
4章 戦争世界のマーチャント
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娼婦の身請け

 娼婦から情報収集は出来なかったが、娼館の職員から情報収集をするというミッションはまだ有効だ。俺達の戦いはまだ終わっちゃいない。

 という訳で、娼館の受付をしていた人に「身請け」の相談をしに行くことにした。


 エントランスにはまだ受付のおねーさんがいて、俺達の姿を見ると微笑みを浮かべた。


「昨晩はご満足頂けたでしょうか?」

「ええ。正直、ここまで凄いとは思ってもいませんでした」

「あらあら。では本日もどうでしょうか? お客様たちはうちの子たちにも評判が良く、是非またお相手して頂きたいと申しておりました」

「そいつは光栄。昨晩はされるがままの不甲斐無い姿を見せてしまい、男としては少々どうかと思いましたが。銀貨にはまだまだ余裕もありますし、お誘いとあらばお応えするのも甲斐性でしょうね」

「うふふ」

「はっはっは」


 受付のおねーさんは笑顔のまま社交辞令を口にした。

 こちらも笑顔で応戦し、守りを固める。


 今のやり取りを直訳するとこんな感じだ。


「おう、昨日の何もできなかったガキンチョか」

「ちっ、尻尾を見せなかったからと偉そうに」

「は。お前ら程度が何度挑もうが、うちの情報を簡単に渡すわけねーだろ。この貧乏人が」

「お前らはその程度か? こっちの懐事情だって読み切れなかったじゃねーか。まだまだ金は唸る程あるんだよ」

「いてまうぞコラ」

「黙れババア」


 ここまで酷い侮蔑が込められているかは分からないが、歓迎されていないのは確かだ。笑顔を浮かべてはいるが、分かりやすいほどの棘が含まれている。

 要するに、探りを入れたことで警戒されたっぽい。


「でね、今日は一晩と言わず、1人か2人、身請けしたいんだよ。お金なら、あるんだけどね。出来そうかな?」


 でも、何もしないで牽制しあっては話が進まない。

 なので強引にこちらの要求を突き付けてみた。


 自分の要求を早々に口にするのって普通に考えれば悪手なんだけど、こちらの資金は無限大だ。吹っ掛けられようが、ボラれようが痛くない。

 ついでに相手の意識をお金に誘導する程度の小細工はするけどさ。


 案の定、受付のおねーさんは笑みを消し、侮蔑の表情を浮かべた。

 そりゃそうだよね。

 この手の高級娼館では娼婦は人権を守られた一個人に等しく、奴隷を売買するかのような、本人の意思を無視して下衆な(金銭の)取引では扱わないだろうし。


 だからおねーさんは侮蔑の表情を隠すことなく、だけど商人としてこちらに現実を教える優しさを見せて。


「身請けと言っても本人の意思を無視して行う事はしません。彼女らは自身の稼ぎで自分を解放できますから、貴方方に身請けして頂くメリットは薄いでしょう。

 まぁ、無駄だとは思いますが、銀貨5000枚で交渉の席を設けます。後は、ご自由に」


 俺達にとっては最高の、彼女ら経営者にとっては最悪の選択を口にした。





 娼婦の仕事は夜中にやっているわけで、午前中は休養期間となっている。

 そのため、交渉は昼飯時に行われる事になった。

 本当なら昼過ぎ、昼食を取ってからなんだけど、無理を言って昼飯時にしてもらった。こっちの手札の一つは料理チートだからな。食材と料理法、調理器具の三本柱は、村の御老人から幼子までを虜にする最高の料理を生み出すのだ。ここでも異世界料理・無双をやらせてもらおう。



 集まった娼婦の数はたったの3人。他は話を聞く気も無いと、顔だけ見せて早々に立ち去った。残った3人も店への義理といった風情で、好意的な視線を向けている女の子は誰もいない。


「残っていただき有難う御座います。

 こちらは村の食材で作った料理になります。当方が自信を持ってお勧めする品々ですが、ここまでの移動でわずかに鮮度が落ちています。村に来ていただけるのでしたら、これ以上の品をお出しできるのですが」


 残ってくれた3人は客を取る中では若い方。

 長い金髪の、15歳ぐらいの少女。伸ばした髪はそのまま垂らし、緩いウェーブを描いている。顔には「面倒」と書いてある。

 肩にかかるぐらいの赤髪の、18歳ぐらいの少女。ツリ目の彼女は見たまんま通り、強気な印象。こちらに向ける視線には嫌悪が強い。

 最後の一人は長い金髪をポニーテールにした、俺達より年上っぽい20歳ぐらいの女性。薄い笑顔であるが、本心は全く見えない。笑顔で心を隠す(すべ)を持つ、たぶん2人の保護者だろうね。


「まずはスープ。じっくり煮込んだトウモロコシの甘さを味わって下さい」


 調理場を借りて作った分だけではなく、いくつかは持ち込み。スープはその最たるものだ。言った通り、煮込みに時間がかかるからね。

 それとは別にサラダも出しておく。コース料理に倣うなら、スープやサラダは早めに出すものだからな。


「「「!?」」」


 女の子たちは澄ました顔でスープを口にするが、全員が一口目で驚愕を露わにした。全く取り繕えていない。


「スープと一緒に、パンもどうぞ」


 この世界では、パンは堅いのが普通だ。だからスープに浸して食べるのだけど。

 出したパンは白パン。柔らかく、甘いパンだ。スープに浸さずともそのまま食べて美味しい。軽く炙ってあるので、バターでも塗って食べてもらうかね。


 これも娼婦たちは手掴みで勢いよく食べている。マナーなどもへったくれも無い。

 あ、そう言えばこの時代って手掴みとスプーンが当たり前で、フォークもまだ無いんだっけ?


「メイン、仔牛のサイコロステーキです。部位はサーロイン、ヒレ、リブロース、ロース、肩ロースがそれぞれ二つとなっています。同じ牛の物を使っていますが、部位ごとによる肉質の違いをお楽しみください」


 鉄板の上に置くファミレススタイルは準備してないので却下、普通に皿に盛った。

 一口サイズのサイコロステーキだが、5種類の部位を2セットで10個ある。女性には多いかもしれないな。味付けはシンプルに肉汁にワイン、ワインビネガーを足し、胡椒で味を調えたものだ。

 高級な店でやるのかは知らないけど、コーンとニンジンを用意した。コーンは炒めただけだが、ニンジンは特製のソースに軽く漬けて甘みを増すようにしてある。肉の脂でもたれ気味になった時のリフレッシュ用である。


 娼婦たちは一緒に出されたフォークを使い、たどたどしく肉を口に運んでいる。

 おや? 不評というか、あんまり大きな反応が無いな。

 肉の後にはドリンクを出しておく。


「最後に、デザートのシュークリームです」


 生クリームたっぷりのシュークリームがラスト。俺がこの世界に持ち込んだ、日本でも最高峰のシュークリームだ。

 コースとしてみれば乳脂がくどく、重めになるかもしれない。

 が、これは俺が作るデザートよりもワンランク上の、「一番美味いデザートスイーツ」だ。コースの最後に持ってきてもバランスが悪いのは百も承知。酸味の強いグレープフルーツのサワーを一緒に出したので、多少はリセットされているはず。


 娼婦たちの顔は、これまでで一番反応があった。やはり女性には甘味が最強らしい。口にした瞬間は驚愕に染まり、その後蕩けるような笑顔に変わる。


 肉の脂も甘味なんだけどな。性質が違いすぎるのかね? 何故か反応が鈍かったし……。

 とまあ、自信作のサイコロステーキが不調だったことに考え込んでしまったわずかな間に、シュークリームは全滅した。捕食者たちは「もっと食べたい」と言わんばかりの視線を俺に投げかけているが、これを無視。なにせ、ここまでの間、彼女らは一度も口を開いていない。名乗りすら聞いていない相手故に、そこまでのサービスはしない。



 よくよく考えたら、この店で娼婦を買うのって、意味が無かったんだよな。

 なんで俺はここまで気合を入れたプレゼンをしているのか分からなくなってきたし。

 場末の、安い娼婦を購入する予定だったんだが。運良く高級娼婦のお店を紹介されたからだけどさ、だからと言ってこの店で娼婦を買おうとする理由は無かったはずなんだ。古藤たちが話を付けた後ならいざ知らず。

 やっぱ、昨日の一夜が俺達から冷静な思考を狂わせたか?





 いや、いまさら言ってもしょうがないか。とにかく最後までやり遂げよう。

 つぎの安宿で同じプレゼンをするわけじゃないけど、これも一つの経験だ。


「ご満足いただけたでしょうか?」


 娼婦たちは出した皿を全部食べ終えたようで、皿にはソースの一滴も残っていない。舐めたわけじゃなくて、パンで拭いたからだが。

 不評だったように見えた肉の皿も拭かれて綺麗だし、総評としては満足してもらえたと思うのだが。


 笑顔で問いかける俺に対し、若い2人は困惑顔。

 最後の一人、感情の読めない笑顔の仮面をかぶった娼婦だけは未だ素顔を見せず。困惑している2人を制し、俺にこう言い放った。


「私共が身請けの話をお受けする事はありません。お帰り下さい」

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