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芸ノ譚 ー灰に舞う琴音ー  作者: 坂宮溢内
第一章 布石ノ盤

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第十四話 地下宮ノ謀略

宮廷の最西北端。そこには、表向きは使われなくなった忌むべき書庫とされる、地下へと続く隠し階段があった。


斎は、見張りの人に手慣れた様子でずっしりと重い金貨の袋を握らせる。賄賂を受け取り、何も見なかったかのように、黙って最下層へと続く鉄の扉の鍵を開けた。

階段を下りるにつれ、空気はひんやりと湿り気を帯び、カビと鉄錆の匂いが鼻を突く。陽の光など、もう何年も届いていない。この世の終わりかと思うほど暗く、深い、地下の牢獄。


斎が一番奥の、苔むした牢の前に辿り着いたとき、その顔からいつもの甘く端正な微笑みが綺麗に消え失せた。口元は歪に歪み、瞳には冷酷で陰湿な光が宿る。それが、彼の本当の顔だった。


「やあ、衡」

低く濁った声で、斎が格子越しに呼びかける。


牢の奥の、湿った藁の上に座り込んでいた影が、ゆっくりと動いた。 そこにいたのは、細い体躯の男だった。あばらが浮き出るほどに栄養不良で、肌は陽に当たらないせいで病的に白い。そして何より、その瞳には、一切の感情が失われた深い「虚無」が広がっていた。

しかし、その男、衡が口を開いた瞬間、牢獄の悍ましさに似合わない、奇妙な静寂が広がった。


「斎様。鳳凰宮での囲碁は、よほど白熱いたしましたか」

衡の声は、酷く落ち着いていて、耳に心地よいほどに優しかった。その物腰は、地下牢の囚人ではなく、まるで静かな書斎で主人を待つ側近のようだった。


斎は格子に手をかけ、陰湿な笑みを深めた。 すべてを見通している不気味な友の眼差しを受け止めながら、低く呟く。

「君の言う通り、力を持っているのに知らなくてしかも無垢な駒だね、私のためには完璧だ」

その瞬間、斎の纏う空気がピキリと凍りついた。いつもの軽薄な仮面を引き剥がし、冷徹な支配者としての狂気を孕んだ。


「衡、私は君がいると全てがうまくいくよ、信じてるからな唯一の友」

網の目のように張り巡らされた宮廷の陰謀。そのすべてを動かしているという傲慢な確信を込めて、斎は格子越しに男を見据えた。対する衡は、その虚無の瞳の奥で、静かに斎を見つめ返し、どこまでも穏やかに微笑んだ。


「ええ、もちろん、そして僕は弦様も信じております、助けてくれることを」

「そうだね、彼女がこの盤を面白い展開にしてくれることを」

斎の口元に、再び獲物をいたぶるような歪な笑みが戻る。

「いよいよ本格的な開始、婚礼が最初の盤だ」

「そうですね」

衡は短く応じた。その優しい声は、これから始まる惨劇をすでに幻視しているかのようだった。


「また会いに来る、友よ」

「気をつけてお帰りください」

斎は満足そうに陰湿な笑みを残すと、気配を消して、地下の闇を上っていった。


一人、奈落の底に取り残された衡は、斎が去った鉄格子の向こうの暗闇をじっと見つめていた。 そして、その耳に心地よい優しい声のまま、ぽつりと、奈落の闇に独り言を落とした。


「……友か、誰のこともただの駒としか見てない癖に」

衡の口元にすべてを見通した、けれど見守ろうとする笑みが浮かぶ。

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