――そして、うさぎ男が爆誕した。(7)
白沢大知は、朝の出勤準備をしながら、テーブルの上に置かれた小瓶を手に取った。
ラベルには、雑な字で「動物的反応抑制薬 ver.1.2」と書かれている。
「……ったく、こんなんに頼らなアカン生活、誰のせいや思てんねん」
ぼやきながらも、白沢は慣れた手つきで薬をコップの水で流し込んだ。
毎朝、仕事に出る前にこの薬を飲むのが、もはや日課になっていた。
服用後は、仕事中にうっかりうさ耳が飛び出すことも、寂しさが暴走することもない。
深月の発明品は、予想外にきちんと効果を発揮していた。
「今日も大丈夫……やんな?」
上着の袖を整えながら、白沢は小さく呟き、深月の家を出た。
その背中を、ソファで寝転びながら見送る深月。
「いってらっしゃーい」
ラフな口調で手を振る深月に、白沢は振り向きもせず、片手だけ軽く上げて応えた。
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そんな生活に慣れてきたある日。
休日、白沢がリビングでゴロゴロしていると、深月がぽんと隣に座り、
「たまにはどっか出かけようぜ」と誘ってきた。
「出かけるて……どこに?」
「ま、気分転換だよ。最近、仕事ばっかだろ?」
仕方ないなと白沢は立ち上がり、出かける支度を始めた。
もちろん、出かける前にもきっちり「抑制薬」を服用することを忘れない。
「よし、これでどこでも行けるわ」
白沢は薬を飲み干し、口元を拭った。
「……俺が発明したもんだからな、もっと信用していいぞ?」
深月がにやにやしながら近づくと、白沢は軽く肘で小突いた。
「調子乗んなアホ」
そんな軽口を叩き合いながら、ふたりは街へ繰り出していった。
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街中では、深月がやたらと白沢に話しかけたり、軽く肩を抱いたりするもんだから、白沢は顔を赤らめつつも、まんざらでもない顔を隠せなかった。
「……なんや、こんなん、悪ないな」
ポツリとこぼしたその言葉に、深月は一瞬きょとんとし、
すぐに、くしゃっと無邪気な笑顔を見せた。
――白沢が、素直になり始めてる。
そんな変化を、深月も敏感に感じ取っていた。
帰り道。
人気の少ない並木道を、ふたり並んで歩く。
ふと、白沢が立ち止まり、隣を歩く深月の袖を指先でちょん、とつまんだ。
「……なぁ、ミツ」
少しだけ顔を背けたまま、白沢が小さく呼びかける。
深月も足を止め、白沢を振り返った。
「ん?」
夕焼けに照らされた深月の顔が、すぐそこにある。
白沢は、袖をつまんだ指先にぐっと力を込めた。
「……今日は、ありがとな」
消え入りそうな声。
それでも、深月にはちゃんと届いた。
深月は、ふっと笑う。
「何だよ、そんな顔して」
そう言いながら、白沢の頭を軽くくしゃっと撫でた。
「おう。いつでも付き合ってやるよ」
さらっとした言葉なのに、白沢の胸の奥がじんわり熱くなる。
「……アホ」
ぼそっと返しながら、白沢は袖を離さなかった。
むしろ、ぎゅっと、深月の服を握りしめる。
それに気づいた深月が、優しく笑う。
手をほどこうとしない白沢を見て、
――ああ、こいつ、素直になったな、って思った。
「なあ、大知」
「……なんや」
「手、つないだまま、帰るか?」
からかうような軽い口調だったのに、
白沢は真っ赤になりながらも、拒否しなかった。
「……しゃあないな。特別やぞ」
顔をそむけたまま、それでも、白沢は自分から深月の手を取った。
深月の大きな手と、自分の手がしっかり重なる。
その温もりに、胸が高鳴る。
ぎこちないけど、嬉しくてたまらない。
――確かに、生活も、こいつも、最初よりだいぶ、好きになってきてる。
そんな自分に、白沢自身がいちばん戸惑いながら、
でももう、手を離す気にはなれなかった。




