第1節 2章 暗転編Ⅲ
ツバキさんしゅきです。
いつも通り訓練が終わると心だけクタクタのまま街中へ入る。
夕暮れ頃の一番人が多くなる時間、商人ギルドの運営する商店街はありったけの人でごった返していた。(中には当然亜人族も含まれる)
こちらの世界に来てはじめての1人ショッピングだったが言語も文字もわかる為、特に心配することはなかった。唯一心配するとすれば、通貨についてだったが足し算さえできれば特に問題のないレベルだった。
そんな中、店先にギルドの紋章が入った商店で立ち止まる
その看板には香油屋と書かれていた。
「やっぱり、お、お、男としてこれは当然だよ。」
ぶつぶつと呟きながら、商品を見ていく
この世界の石鹸は液体状のものと、固体状のものがあり、いわゆる高級とされていたのは石鹸に入っている上質な油の比率が高く入っている液状のものだった。)
本来、香油屋は精神を落ち着かせるアロマオイルなどの嗜好品を扱っていたが、生活の質を向上させるという意味で石鹸も売っていたのである。
源二はほのかに顔を赤らめながら、一番高い液状の石鹸に決めると贈り物用か問いかけられ尋ねられると激しめに頷く。
「にいちゃん、お目が高いねぇ。これはエルフの森でしか取れない特別な植物で、採取に規定があるすごーく貴重なものなんだよ!」
続けて、そーっと耳元へ顔を寄せる
「これをプレゼントにすれば、にいちゃんの彼女もイチコロだ」
本当はプレゼントじゃないことまでは見抜かれなかったが、半分本心を見抜かれさっさとラッピングされた石鹸を手に取ると店を後にする。
公衆浴場で体を洗っていた時、普段は嗅がないような匂いにさてはあいつといった含みのある視線を送られていたが源二の目は血走っていた。
フォールンに会いにいくため、一度拠点へ戻るとエマがこいつほんとにやって来たのかと書庫でクスクス笑っている
フォールンはすでに待っていたようで、源二に歩み寄る
「かなり気合が入ってるようだねー。じゃあこれを着て、行こうか」
そういってフォールンやエマ達の着ていた黒いローブを渡されると、それに身を包む。
はじめて着たことに心が踊る
「それは僕たちの素性を隠すものなんだけど、生活魔法を使う感覚でその場に潜伏するイメージをすると、勝手に付近に同化してくれる優れものなんだよ。
たしか蟲魔法だったかな...まぁとにかく僕らを隠してくれるものだから、完全に見えないわけじゃないから暗闇から出ないでくれよ。」
そして2人は夜の街へと消えていった。
いつもは決して足を踏み入れない街の隅にある娼館街へと足を踏み入れると、ムワッとした生暖かい妖艶な空気に変わるのがわかる。
2人は細い路地を駆使してどんどん奥へと進んでいく。
娼館街の奥も奥、そして道の突き当たりにあるまるで日本の城を思わせるような瓦造りのその建物の正面ではなく、裏側に辿り着く。
街頭の日は一切灯っていないが、正面入り口よりも月明かりによってより雅な雰囲気を漂わせていた。
ゴクリと生唾を飲むと、2人は娼館であろうか、建物の中へと足を踏み入れる。
中に出迎えの人はいないが、フォールンは履いていた靴を脱ぐと生活魔法で靴を揃える
この世界で家の中で靴を脱ぐという文化を久々に見た源二は驚きを浮かべる
「これをしないと怒られちゃうからね」
それはそうだと気を取り直すと、源二も靴を脱ぎ、魔法で靴を揃えた。
2人は幾重にも重なる階段を登っていると、その妖しげな空気がさらに濃くなる。
耳音をすませば微かにあんな声やこんな声が聞こえなくもないようなその空間に静かな足音が耳に届いていた
最上階まで来ると、ピッタリ左右均一になった襖の絵と針葉植物が生けられていた。
スッと一番手前の襖が開くと、二幕そして三幕と開いていく。
数えられなくなりそうなくらい襖が音を立てると、一番奥に人影が正座しているのが見える。
フォールンは源二の背中を軽く押すと、源二は歩きだす。
心臓の鼓動が速くなるのにつれ、奥の人物との距離が近づき出す。
最初の襖をくぐり抜けた途端、源二は明らかに空気が変わるのを感じた。魔法によるものなのか、とにかくこの街の妖しい空気をこの人間が作り出しているのではないかとさえ疑ってしまうほど濃密な匂いが漂っていた
源二は先に進んでいくとやがて最初の襖が、そして次と後ろがどんどん閉まっていく。
ついに最後の襖をくぐり抜けると。女との間には月光でできた一本線しか存在していない。
ここに来るまでに暗闇で目が慣れていた源二は女が手を伸ばし、座るように促すのを見逃さなかった。
「よく来てくださいました。」
源二は女と同じように正座すると、耳が壊れそうなほど妖艶な声でと労うと同時に最後の襖が閉まった。
「お名前は」
「源二、です。」
そう答えると、女は口元に手を寄せ袖の裏に見せる笑顔を隠していた。
「ああ。志乃源二
今日はわざわざ来てくれて嬉しいわぁ」
ツバキという女は暗闇に目の光らせこちらを見ていた。決して光ったわけではないが、暗闇の中で目を見開いていた。
女はスゥーっと月光の元に顔を出すと、そこには胸元まで着崩した十二単衣を着た桜色の髪を床まで垂らした絶世の美女がこちらに近づいていていた。
源二は生唾を飲むと、心臓がすでに破裂しそうになるのを何とか抑え込みながらも目前に迫る美女が目の前まで来ると、ローブの上から伸びてはいるが整えられた長い爪を軽く立てるられる。
「この世界に生まれた新たな闇の魔法使い。遠くから見ておりましたよ。貴方が初めて、魔法を使うところも、この世界に生まれ堕ちたのを見届けるのも。
今日はそのお礼に来てくれたんですよね?
こんな可愛らしい男の子なんて何時ぶりかしら。フォールン様、この子を少し借りても良いかしら、少し味見してみたいわぁ...」
女は目前でそう囁きながら、指で太腿を弄ったり、指の先から肩にかけてスーッと指を遊ばせたかと思うと挙げ句の果てに両手を首の後ろに回すと、体は密着しなかったものの軽く抱きつくような姿勢になる。
女は源二の首元へと顔を埋めると柔らかな感触と、首筋に熱い空気に襲われ興奮で意識が地の果てまで吹っ飛びそうになる
源二の首筋でスゥーっと深呼吸をすると、鼻が吐きそうなほど近距離でニタァっと笑うと今にも白目を剥きそうになるのをねじ伏せる
「あなた、いやらしい香油を纏ってるのね。そんな匂いを漂わせてちゃ、食べちゃうわよ。それとも本当に、ここでしちゃおうかしら?」
微かに囁いたその声もこれほど近距離であれば聞き逃すはずもなかった。
心臓が今にも弾け出そうになり、血の巡りも大暴走を迎え意識と共に限界を迎えようとしている。そしてその刹那
ハァーっと女は源二の口元で息を吐いた。
理解が及ばぬ行動に源二は目を回しそうになる。
甘い匂い。今までこれほどの近距離になってまで感じることのなかった、今抱きついている女の放っていた匂いとは異なる甘く、妖艶な香りがいよいよ、源二の意識を導こうとしたその時
「ツバキ嬢?これはうちの子なんだけど。」
ツバキという女はそれまで近づけていた顔を一旦離すと、抱きついたまま源二の背後に視線を向ける
「これはいけませんわ私としたことが。てっきり貴方様方が私を労って極上の殿方を連れて来たかと思いましたの。
だって」
今度はローブに顔を埋め、息を深くと再び顔だけ離れる
源二はふと我に帰り、慌てて距離を取ろうと、体を退けようとするが、動かない。
決して女の体が重いわけでも、抱きつく腕力が強いわけでもない。もっと違うレベルの力が源二の体の稼働を許さなかった。
「まぁ勘弁してあげてよ。」
女はハァっとため息をつくと、スッと腕をひき、身を離す
すると何かの緊張の糸が解けたように源二の体も動くようになった。
それと同時に、体の上に植物のツタのようなものが巻き付いているのが浮かび上がる。
そのツタもするするとツバキの元へと戻っていく。
自分の体が動かなくなっていたのもこのツタのせいだったのかと思考を巡らせる頃には女は再び奥へと戻っていた。
源二は今までに経験したことも無いような快楽に成すがままに体一つ動かすことができぬまま、息だけを荒げていた。
「すいません。こんなにも可愛らしい男の子を見たのは久々で、つい手が出てしまいそうになってしまいました。
外を歩くのはあまり好きではなくて。」
女は崩していた足を再び正座の形に戻すと再び夜の暗闇に落ち着いた夜風が流れ込み、空気が冷却される。
「じゃあ、僕は一旦席を外すから。あとは頼んだよゲンジ君。」
源二の放心状態が一気に覚まされると、不安からかフォールンを呼び止めようとするが、その声むなしく、既にそこに彼の姿時はない。
「ゲンジ殿、此度の闇の魔法の発現、我ら一同心よりお祝い申し上げます。」
突然のその声に思わず振り返ると、そこにいたツバキは丁寧に手をついて目の前にいる少年に向かって頭を下げていた。
「さて、早速なのですがエイレーネの王宮について。貴方様のご学友は無事ですよ。
志乃源二は行方不明となり、王宮はその事実を無かったことにし今まで通りの待遇をしているようです。
ご学友も貴方のことを過剰に気にかける様子はございましたが、ここ最近は皆それは元気に魔法の習得に取り組んでいると聞いております。
ただ、篠原綾子は少々危険です。
彼女は貴方達を監督する立場でしたから、この状況を誰よりも深刻に捉えています。
それ自体は監督者の鑑と言えますが、世界を如何様にも変化できる力を持ったとすると、話は異なります。
彼女は恐らく、遠くない未来に貴方の捜索を始めるはずです。
そしてきっと良くないことに巻き込まれる...」
源二は再び強く握り拳を作り奥歯を噛み締める
自分のせいで教師ではあれど見知れた人間が危険な目に遭おうとしている。彼らは今でも宮廷の事を信じるしかないのだ。たとえそれが自分を殺した人間たちだったとしても、それは自分が闇の魔法使いであるから。彼女たちは其れとは関係ないから殺されないが、関わろうとすれば当然のごとく殺されてしまうことくらい容易に想像できた。
「やはり、寂しいですか?」
源二の本心をつくような一言に全身の神経が張り詰める
「正直にいうと...」
その後は言葉を続けなかったが、言いたいことは伝わったようだ。
「あの方々の中にいたのではロクに愚痴の一つもこぼせないでしょう。彼らは優しくはありますが、良くも悪くも血が通ってませんから」
人差し指を顎のあたりにあて何か考える素振りを見せると、女は少し悪戯な表情を浮かべる
「いつでも相談に乗りますよ。その気になればこっちも...」
ツバキは口をだらしなく開け放ち人差し指を舌の上に滑らせると唾液が照らされていた。
正直心が揺らいだが、それ以上に体の自由を奪われる魔法に並々ならぬ恐怖を覚えた源二は逃げるように部屋を後にした。
「釣れないわね。わざわざ希少な夜伽に誘う匂いまで纏って来てくれたのに。
また会いましょ。ゲンジ。」
ツバキは1人残った部屋の中でそう呟くと暗闇の奥へと消えていった。
源二は心臓の鼓動が強く脈打つ感覚を覚えながら、来た道を戻る。裏口まで来るとフォールンが待っていた。
「やぁ。それで、何を言われたんだい?」
「俺のクラスメイトは無事だって。
でも、先生が俺を探しに来ようとするから危ないって」
「そんなことないんじゃないかな。言ってしまえば君は彼女と交友が深くなければ、恋人同士でもないただの立場上の関係しかない。たしかに自分に近い人間が攫われたと思ってるからには探したい気持ちもあるのはわかるが、それ以外にも彼女は残された生徒達を監督しなければならない立場でもある。世界を相手取る闇の魔法使いの捜索と国の機密事項である召喚者たちの監督の両方をこなすのは無理がある。
恐らくツバキ君が伝えたかったのは、彼女が君を探しに来るのではなく、彼女が利用され、なんらかの形で君に接触してこようとするはず。それか、その監督役がその重圧に耐えきれずそのうち不幸な知らせが届くだろうと君に心の準備をさせたかったのか。
まぁどちらにせよ今後どうなるかなんてその時にならないとわからない。
それじゃあ僕は野暮用を片付けに行ってくるよ。」
源二は突然のことに引き留めようとするが、フォールンは引き留められることなく靄を纏うと、そのまま暗闇へと姿を溶かしていった
ため息をつき振り返ると、背後には大きな娼館が聳え立つ
普段は絶対に来ないような場所、合わないような絶世の美女に口説かれた記憶が一気に脳裏を駆け回っていた。
一方、すっかり王宮での暮らしに慣れていたクラスメイト達は今日も魔法の訓練に励んでいた。
すっかり魔法を扱えるようになっており、この世界に来たばかりの頃とはだいぶ顔色も変わっていた。
だが、一部の生徒は何か焦っているような表情を浮かべていた。
「龍弥君、もうこんな時間だし最近ずっとその調子じゃないか」
和は毎日の如くきついトレーニングを重ねる龍弥を気にかけていたのだった。実際に龍弥は朝から晩まで魔法の練習や勉強漬けといった具合で全く手が付けられないのである。
「解ってる。でもあいつは絶対に生きてる。俺たちが助けてやるんだ」
西宮は何の根拠もないその発言に反論することができなかった。西宮和もまた源二にまた巡り会う為、多少セーブはしていたが無理をしていたからだ。
それだけではない龍弥の周りにいる正吾や鏡花、佐伯凛まで巻き込むその熱意はクラス全体に影響を与えるほどだった。
篠原は生徒達が前向きに精力的に活動していることを知りつつも、後ろめたさを隠しきれない。
本心は先月ほど連れ去られた志乃源二を探しに行きたい気持ちがあった。しかし、彼女はそれと同時にここにいる生徒達のことも気にかけていた。
「遠征...か」
篠原は片腕を負傷したラインハルトから伝えられたことを思い浮かべていた。
遠征はすでに魔法を習得しつつある生徒たちを一定数の生徒たちで班分けを行い、エイレーネの所有する地方へと派遣し、街の復興などの活動を行うというもの。
当然王宮から護衛となる部隊が編成されるが、生徒達が自分の手の届く範囲から離れてしまう。
もちろん魔法を身につけた彼らと篠原は特別何も変わらなかった。だが同時に彼らは高校生で、当然襲われたら抵抗することができないだろう。篠原も立ち向かうことはできないかもしれないが、それでも身代わりになる覚悟と使命感は持っていた。
そしてもう一つの疑念が頭をよぎる
魔物の討伐である。
魔物はこの世界から排除された魔素が野生動物の出生に影響を及ぼし、通常の動物より遥かに獰猛化した存在で、軍部は町の治安維持の他行商人や地方の人々が魔物に襲われないように倒さなければならなかった。
魔物の数自体はさほど多くはなく、10回に1度会うかどうかの程度で強力な魔物は確認されていないが、魔素が多くある地域いわゆる普段から人が立ち入らない領域に生息する魔物は他の魔物より強いとされていた。
(ウェインフリートの冒険者ギルドは魔物の出現確率がこの世界で最も高いと言われるエルフの森を中心に同様の仕事を請け負い、個人規模で金を得ていた。)
強い魔法使いには、本能的な行動なのか襲いに来ないどころか自ら離れていくことが確認されている。しかし、元々魔物が自ら離れるのはありえないことで王宮に関わる人間でも両指で事足りるくらいにしかいなかった為、護衛を含め生徒達は襲われる可能性を否定できなかった。
「しっかりしろ、私。そもそも手伝わなきゃそのうちここを追い出される。それに、源二だって...」
源二は拠点の屋敷まで戻るとエマが書庫から顔を覗かせて源二の帰還をねぎらうと、彼女も自分の匂いについて触れた後、帰宅が早いと笑ってくる。
彼女はその名前をノドサと呼んでいたが、改めてその植物がどういうものなのか聞いてみると、幼女は妖しい笑みを浮かべていた。
「ノドサは香りの良い貴重な植物で、ここの付近ではエルフの森からの産出が多いのじゃ。ノドサは別名(夜の貴婦人)とも呼ばれている高貴な香りじゃ。まぁ夜っていうのはそういうことじゃな。」
源二はポカーンとした顔を浮かべる
「なんじゃ。知らなかったか」
「ツバキの魔法は喰らわされたのかの?」
「やっぱりあれ魔法なんですか。」
「そうじゃ。あれは珍しいと言われる植物系の中でもさらに珍しい食虫植物に特化しておってな。
そう言った特定の分野に秀でた人物はそうはいない。」
源二は食らわされた魔法を思い出して再び戦慄する。やはりあの部屋に踏み入ったときに感じた違和感も、吹きかけられた息に息が遠のいたのも、身体に触れられただけで電撃が走ったような感覚に襲われたのも魔法によるものだったのだ。
「その様子だと、これからは奴のところへ行くときは護身の為の魔法を展開し続けたまま行ったほうがよさそうじゃな。」
こうして源二の過ごす初めての全く違う地での一日は終わりを告げた。
一人になると、一日で詰め込まれた情報が波のように押し寄せてくる。思わずため息が出てしまいそうになるほどの量だったが忘れるわけにもいかない。
少年の心は、自分に対する情報と仲間たちを思う心配で埋め尽くされていたものの、今日一日の気苦労も凄まじく気付いたころには既に眠りに落ちていた。
次の日に目を覚ますと、自分が一番遅く起きたのかあるいは昨晩からまだ誰も帰ってないのかフォールンもクリスもいなかった。
しかし、エマがこちらを見るや否や一つのプレートをこちらに差し出してきた。
「これ、プレゼントじゃ。」
「これは?」
「ギルドのプレートじゃ。所属は冒険者ギルド。それは所属を明かすだけじゃなく正式な国籍を証明する物でもあるから無くさずに持っておくように。では、早速魔法の訓練と行こうかの。まあ、まずは火を出してみろ」
そういわれると源二は難なく掌の上に火が現れる。流石に二回目ともなると迷うことなく即座に出すことができた。
しかし、エマは特に手を翳すことなく火の玉が突然虚空に現れると、その火は自分のものより二回りほど大きかった。
「普通より強い魔法を使ってるんですか?」
「違う。たいていの魔法はどんなに魔力を注ぎ込んでもその形状が変化することはない。
じゃがこれは生み出された火そのものの火力が変わっているから威力も上がっているのじゃ。
言ったろ。魔法は自然の現象と関わりがあると。
これは偶然発見したことなのじゃが、特定の現象を魔法で発現させるとき、イメージを通して発言させようとするのではなく、その現象を引き起こすにあたって何が起きているのかを理解し、その構成要素をさらにイメージすることで通常では生み出すことができない魔法が低級の魔法で生みだせるということじゃ。」
「えっと、それはつまり、火が起きるのには酸素と、発火点以上の温度と可燃物が必要だから、より燃えやすいものと酸素を多く入れ込めば火の勢いそのものの勢いが変わるから、必要とされる魔力そのものは同一でも発現する魔法は強力になってるということですか?」
「サンソ?だかなんだか妾には判らぬが、お主が火を起こす現象に名前をつけているならようはそういうことだ。」
源二は驚くと、次の瞬間火の勢いが強くなる
エマは驚いた表情を浮かべるが、源二はそれを気にすることなくある思考に辿り着く
今、火を起こすときにイメージしたのは酸素と火、そして可燃物としてイメージされた火が引火できそうな大きさの木材だった。
しかし、現象を構成する素材も影響を与えるとすると、元となる火と再現できるイメージを投影するのに使われる魔法量で発生される限界はあったが、可燃ガスのような現代の技術をこの世界に持ち込んだらどうなるのかと言った疑問だった。
源二は念の為椅子から立ち上がり、少し離れると火を生み出す為、手を出す。
すると、いつもは赤く輝く手のひらサイズの火がゆらゆら立ち上がるかと思いきや、青く煌めく規則正しい形をした火が力強く上へ立ち登るとエマは驚きのあまり直立する
「お主、それは?」
「これは、えっと僕が前にいた世界の技術で...火は酸素って言われる空気で僕たちが吸ってる中にあるものを使っていて、可燃物には可燃ガスと呼ばれるものを継続的に生み出しました。」
「そのガスって言うものがその火を青く変えているのか?」
「確か、ガス単体ではなく酸素と混ぜ合わせるのが大事だった気がします。」
「あまりその魔法は外で使うのをやめた方が良い。この法則も妾が偶然見つけたものでここにいるものしか知らぬことじゃが、いつ誰が気付くかもわからない法則じゃ。」
源二は自分の手をまじまじと見つめると、理系科目をまともに受けていなかったことを強く後悔した。
その日の夜 4人揃ってリビングのテーブルを囲むと、話題はやはり源二の使った異様な魔法についてだった。
「確かに興味深いが、同時に危険でもある。ゲンジ、気を付けておいてくれ。訓練の方は今後も行なっていくつもりだが、我々もあまり暇を持て余している訳ではない。
そこで冒険者ギルドの新人として魔物を狩りに行ってはどうだろうか。」
クリスにそう唆されると、露骨に嫌な顔をしているのを察したのか、独特の静寂が生まれる。
「大丈夫だよ、そこらへんの魔物は魔法を感知するのを本能的な感覚で管理しているから、闇の魔法使いだと分かった途端、逃げちゃうだろうね。 弱くて逃げちゃうなら、強くて逃げない奴がいいと思う、余裕余裕。どうせ死なないんだし。」
「辞めないかフォールン。こやつはお前とは違うのじゃ。」
源二は思わぬ一言に苦笑いを浮かべるが、これもまた仕方のないことなのかもしれないと無理やりに飲み込む。
「僕たちの訓練しているところはエルフの森の中でもエルフの自治区で、ギルドの人達は入れないんだ。
恐らく、ゲンジ君を襲うレベルの魔物となると、森の深部、最深部かな。
まぁ源二君のレベルならあまり苦戦する奴はいないだろうね。まあせいぜいミノタウロスくらいかな。」
「ミノタウロス...」
「牛とかの家畜が逃げて餌を求めて森の奥地に入ったりしたものが魔素に長い間当てられると二足歩行型の魔物に進化するんだ。元々牛とかは筋肉もすごいから単純な力だとまあまず勝てないだろうね。まあ、魔法を使える僕らの相手じゃないけど。」
「ゲンジははっきり言ってしまえばまだ実戦に耐えうる状態ではない。
そこで、冒険者ギルドの管轄である深部へと赴き実戦を積んで欲しい
君の正体が各国に明るみになってしまう危険性はあるが、それ以上に狙われたときに対応できないのでは困ってしまう。パーティーを組んでもいいから、とにかく実戦を積んでくれ。」
クリスはそう話すとその他にもこの国とエルフの森より外に出ないこと以外なんの制約も設けない自由を言い渡された。必要であればこちらから連絡するとのことだった。
源二は異世界にきて、始めて自由を手にしたのである。
ツバキさんしゅき。