第1節 巻末 花苑編
巻末を書きました。今回は日常ではなく、最終章直後のお話になります。二節へのフラグはあまりありません...
シャルロットと別れ、ツバキに与えられた館で日常に戻りつつある源二達も、この日だけはどこかソワソワと落ち着かない様子だった。
源二はいつにもない雅な黒を基調とした衣服を着せられ、戸を開けようとしていた。
「その、ごめん...」
そう玄関口まで見送りに来たのは、紅蓮の髪を靡かせるペトラだった。
「いいんだよ。全然。」
「私が言うことじゃないけど、その、嫌だったら言ってね。その時は私が...」
一瞬、ペトラの顔に影が落ちる。
というのも、源二はこれからツバキとある契りを交わしに行くところだった。
ことの発端は源二が深い眠り、ガーデンでセレナと話している頃にペトラがツバキとの間に交わした主従の口約束を源二が代わりに受けようとしていたのだった。
「そううだうだする事ではなくてよ?
源二様が決めた事ですから、貴方も少しはそれを信じたら?
どうせ、形の上だけのものですわ。」
少し離れたところから淡々と話しかけてくるのは、芽亜利だった。
芽亜利も、あの一件から源二に対する態度が変わったうちの一人だった。
「うるさいわよ!アンタこそ源二のこと上手く使おうとしてただけの癖に!」
「ペトラ、だからそれはいいって。芽亜利だってそのことについては謝ってたじゃん。」
「でも!」
「芽亜利も昔のことを思い出したんだ。あの話を聞けば誰だって復讐したくもなるよ。
それに、芽亜利の力を奪ったのは俺だ。俺にも責任はあるよ。」
「なんでこうもお人好しなの!?あー!イライラしてきた!アンタは黙ってあたしだけみてればいいのよ!
こんな白っちいサバ読み女じゃなくて!」
「あら、随分な言われようですわね。既に体だけでなく、心まで繋がっている私達がそんなに羨ましいですか?
あーあ、本当に哀れな女。
今回のことだって、貴方があの女に弱みを見せなければ、みすみす源二様をあの女のところに差し出すことにはなりませんでしたわ。」
ペトラはバツの悪い表情を浮かべると、源二の服に手をかけ、乱れている部分を直す。
「はい、終わり。その...行ってらっしゃい。」
源二は軽く微笑んで返すと、戸を跨いだ。
穏やかな風が吹き抜ける昼下がり、純白のベットから意識を覚醒させると、男はボケっとした表情であたりを見回す。
近くに控えていた何者かがその様子に気付き、部屋を飛び出すとみなれ見慣れた少女が入ってくると顔を覗く
「ああ、よかった。勇者様。」
「シャルロット...殿。僕は...」
「無事ですよ。ここはパラトスの城です。」
ブロンドの髪を靡かせる風を嫌がるのか、軽く笑みを浮かべた後、深妙な顔つきに変わると髪を揺らしていた窓を閉じる
「みんなは...」
「無事です。一番酷い傷を負った貴方も無事なのですから、皆さん元気です。」
「一瞬、忘却の女王...貴方のお母さんが見えた...」
「ええ、不思議な魔法でした。
まるで、本当に世界を渡ってしまったような、そんな気分でしたわ。」
「ゲンジ君は...」
「それが...」
ルカは勢いよく起き上がると、シャルロットを見つめる
「強い魔法を使ったことによる代償。
どうやら、彼が使った魔法は今回が初めてでも何度も使用を試みたことがあるそうです。」
「それなら、僕も...」
シャルロットは頷く
「まさかあれほどの力が隠されていたとは...闇の魔法による力が、あの規格外の力を生み出しているのか。それとも召喚者であるが故にそうなっているのか...
私達だけではありません。
あの魔法は、姿こそ見えなくとも生き物としての危機を感じました。
王宮、お父様もかなり警戒しているそうです。」
「また、ゲンジ君が狙われているのですか?」
「まだ、わかりません。いくらお父様のことでも、その傷に差し込む影の一つまで、知り得る訳ではありませんわ。」
「そうですか...」
勇者が意味深に掛け布団を掴む
「他の召喚者にも、ゲンジ様のことは御内密にお願いします。
本当は、私も話してあげたい。召喚者の皆様は今でもゲンジ様のことを気にかけていらっしゃいます。
ですが、今の彼は元の世界の記憶を失い、戦士としての道を歩き始めてしまった。
変わり果てた友人を作り出した原因が我々だと知ったらと思うと...」
「その件についてはわかりました...
あの、僕の剣は...」
「アトラスは、あの一撃で砕けてしまいました。」
「ピラーを追って、ピラーになって最後。あの剣を絶った。その代償が、自分の心を失っていく...」
頷く
「僕のせいです。僕が、彼を巻き込んだから...」
「アトラスの中には、アンリ・セレナ。彼の追っていた召喚者が居ました。
いずれこうなっていました。これは、教会の悪事を見抜けなかった、いや。坐視していた皇帝側、いいえ、お父様の責任ですわ。」
勇者は笑みを浮かべる
「それは、ここの部屋だけにしといた方がいいですよ。
次の女王様がそんなことを言ってはいけない。」
「こんな私なんて、まだ...」
勇者は近くに置かれていた衣服に手をかけると、手早く着替える
「僕も、ここを後にするよ。しばらく1人にしていてくれ。」
そういうと、勇者は戸を開けて出て行ってしまった。
空は薄暗く影が落ち、虫達の囀りが紅く焼ける影を一層濃く写していた。
ゆらゆらと揺れ動く蝋燭が灯る黒い部屋。
雅な装飾がこれでもかというほど施された部屋に源二は1人座っていた。
戸がノックされ、1人の男が入ってくる。
「ゲンジ...様。お時間です。」
そう拙い言葉をかけてきたのは、正装をきっちり着込んだウェルマーだった。
「様なんていいよ、ウェルマー。」
「そんなわけにはいきません。わいは嬉しいんですわ。ゲンジはん。アンタに命を救われ、御館様にも救われたんです。」
「そっか...」
「どこか、痛むんですかい?」
「いいや、結局こうやって戦いあって、どこにそんな感謝されるところがあるんだろうって思って。
俺の魔法は結局は自己中な魔法だし、俺は俺のやりたいことの為に、お前の人生を巻き込んで、曲げたことに変わりはない。」
「わいだって、人に言えないことの一つや二つありますわ。お天道さんの前で言えないことももちろん。
でも、アンタはワイを救ってくれたことに変わりはない。それがゲンジはんにとっては嫌なことでも、ワイにとってはそれがなかったら今頃明日生きるにも困るしょうもない商いでしたわ。」
源二は軽く笑う
「関西弁じゃ締まらねぇよ。」
「カ?カンサイベン?なんですかい?それ。」
「そりゃあ関西弁は...関西弁は...」
源二の顔に影が落ちる
一瞬、何もないようなことが泡のように湧き出ては溶けていく。
今までは普通に話せていたであろう内容のはずなのにまるで記憶の大海に溶け切ってしまったように何も言葉が浮かんでこない。
こういう感覚を覚えるのはいつも、前の世界のことだった。
むしろ、全て忘れられればそれでよかったのに、ふとした瞬間に言葉に出てくる。
でもそれが説明できないが故に、自分の記憶が消えていくことを自覚してしまうのが帰って首を絞めていた。
「なんでもない。行こう。」
長い廊下の突き当たり、雅な襖を横に開くと、ゾロっと影を着込んだかのような黒を基調とした制服やドレスなどを着込んだ人物達が座っており、源二は一身に視線を浴びる。
しかし、それに臆することなく開かれた中央の道を進んでいくと目の前にはこちらの世界と分け隔てるようにして簾のようなものが降りている。しかしその向こうにいるのは間違いなくツバキさんだった。僅かにいつものように不敵に微笑むような姿が脳裏をよぎる。
「拝謁を許す。皆、今日はよく集まってくれたな。さぁゲンジ、こちらへいらっしゃい。」
ツバキはそういうと、簾のようなものの形が歪み、縦ではなく横に開けるとゲンジの姿を飲み込むようにそのまま透過させる。
目の前にはやはり、深みのある笑みが待ち受けていた。
「さあ、私の隣へ。」
そういうと、源二は何も言わずに座る
「この者は、第三権より引き受けた正式な我が子となる。文句のあるものなど居ないだろうが、良い機会だ。この者が妾の隣にいるに相応しくないというものがいるならばそれはそちらの思い上がりに過ぎないこと、心に留めよ。」
そう言うと、多くの布が擦れ合う音とともに、向こうの世界では何人もの人間が深々と頭を下げていた。
こう見ると、やはり自分の隣にいる女性は只者ではないと思い知らされると同時に、やはり読めなかった。
「では、儀はこれにて。帝都の者は他の者をもてなせ。何か妾の耳に入れたい者はいつもの通りに。行って良いぞ。」
ツバキはそういうと、ゲンジの手を軽く握る。次の瞬間にはいつもの通りの月の光しかない黒の世界、和室のような所にいた。
音もなく消え去ったツバキと源二を見届けた家臣達は二人の存在が消えると、張り詰めた緊張が解けたように、ゾロゾロと話し声が聞こえ始める。
商いをしているということもあって、個人的に付き合いがあったり、共同で事業を奴までいるものもいるのだろうか、世間話に花が咲いている。
「それにしても親方様が誰かの母になるとは...」
強面といった印象を受ける男がぽつりと呟く
「でもあれ、あのゲンジってのがこないだの星の墜落を防いだって。」
「ああ、知ってるぜ。ありゃあの日の空は様子がおかしかったし、あの規模の魔法なんて、気付かない方がおかしい。ありゃあバケモンだよ。」
「でもよ、なんでそんな強力な魔法を使える奴がツバキさんの子になんてなるんだ?
あれだけの力がありゃ、一人でもやっていけるだろうに。」
「さぁな、でも親方様もとんでもない切れ者だ。強さってやつは必ずしも武力だけじゃねぇってこった。」
「親方があのゲンジとかいうのを食っちまってるってことか?」
「かもな。俺も契りを結ぶときに対面したのが最初で最後だったが、よく見えない部屋からでも伝わってくる美貌。でもありゃ、手にしちゃいけねぇ。あんな者に魅入られちまったら生きては帰れねぇ。」
強面の男が額に汗を伝わせながらもそう答えると、思い当たる節があるのか話し相手の男も静かに頷く。
「これで、晴れて私たちは結ばれました。ゲンジさん。」
「紛らわしいこと言わないでください、ツバキさん。」
「あら、そんなことありませんよ?私たちは今から、親子なのですから。」
そう言われると、源二の首元に柔肌が回し込まれると、力なくツバキの方へ枝垂れかかってしまう。
「なにか腑に落ちない様子。どうしたの?」
「その、なんでツバキさんは見返りにこんなことを。」
「なんだ、そんなこと。」
「そんなことって、親子になるって結馬校なことだと思いますけど...」
「別にペトラを働かせても良かったのだけれど、ゲンジさん。あなたの魔法はちょっと他のものとは違うし、あまりに危険すぎるわ。」
「だから、俺を手元に置いて、強い縛りをかければ自分の力が強くなる...そういうことですか?」
「うーん、半分正解...かしら。
私、そんなに悪い人に見えますか?」
「ご、ごめんなさい...その、そういうつもりじゃ...」
「はぁ、傷つきましたわ。こんなふうに思われていたなんて。」
少しわざとらしく悲しんでみせるツバキだったが、源二も思わず酷いことを言ってしまったことに動揺を浮かべていた。
しかし、体が自由に動くことはない。
「体の傷、治ったんですね。」
「はい。」
「アトラスを破壊したことによって、その主たる因を断った...それによって聖刻さえも無に帰す...」
「そんなに、俺の魔法って...」
「別に気に病むことはありませんわ。故郷に帰りたい。友人と再会したい。家族と共に居たいと思うことはむしろ当然ですもの。
ただ少し、立場が悪い。ただそれだけですわ。」
「もしかして、俺の記憶が無くなったから、代わりに母親を?」
「うーん、そういうことにしておきましょうか。」
「それより、離して下さい。その、当たってます...」
ゲンジは背中に感じる柔らかな熱を感じながら、不覚にも意識を集中させてしまう。
「ゲンジさんがこの左腕を切り落とされてから、シアンの花。痺れや幻影の効果をもたらす魔の草と言われるこの効能も、普通の人間では卒倒してしまうような量を嗅がせても、何も思わなくなってしまいました...」
そう言うと、名残惜しそうにツバキは組んでいた腕を離す
「ツバキさんは、意外と優しいですよね。最初はとんでもない女の人だと思ってました。見境ないし、裏社会を牛耳る人なんて怖い人だなって思ってたんです。
でも、ツバキさんは見返りは求めても、いつも俺たちを助けてくれる。
今回だって、クリスさんのことはあったけど、助けてくれた。
俺がガーデンの世界に行ってから、ツバキさんは俺が帰ってくる事を信じてくれてた。そうですよね?」
ツバキはかすかに笑みを浮かべるもののその息にはため息のような諦めのようなものも含まれていたような力のない風が溢れる。
「それは、あの子に言ってあげたら?私はなんも思ってないわ。賭けに勝った、それだけよ。
それよりも、あの子だけはあなたのことを気にかけてくれていたわ。女として、あれほど思われてる貴方は幸せ者よ。」
ツバキは珍しくゲンジを押し出すと、その勢いに驚き、立ち上がる。
「やっぱり、ツバキさんは優しいです。それじゃあ。」
ゲンジは部屋を後にすると虚空の中に溶け込むように独り言が漏れ出る
「ただのズルよ、ゲンジさん。ガーデンに入れるのは、貴方だけではないもの...」
源二の視界が一気に開けると、目の前には灯が灯る大屋敷が飛び込んでくる。
整備され尽くした石垣を超えて戸を開くと、奥から誰かが様子を観に来た。
「エレーナさん。」
「おかえりなさい。」
「戻ってたんですね。」
「てっきり私も散々休みを取ってたから、当直で一晩漬けさせられるかと思ったんだけど、何故か突然返されちゃったのよ...」
源二の脳裏にはあまり良くない解雇という二つの文字が浮かぶが、やはり労働というものは何よりも厳しそうだ。
「それより、式はどうだったの?なんか変なことされなかった?」
「変なことも何も、ただ怖い人たちの前を歩いただけですよ。」
エレーナは軽く笑みを浮かべると、源二と共にリビングの方へ歩いて行った
「それで、思ったよりも早く帰れたから、みんなで夜ご飯作ったの!もうすぐ準備できるから待っててね。」
源二はそう言って椅子に座らせられると、視線の先にはエレーナと芽亜利が鍋の前で何かを作っていた。
芽亜利も随分変わったな...そんなことをぼんやり思い浮かべている間にも、源二の心は今ここにいない一人の少女の姿を辿っていた。
源二はおもむろに立ち上がると、リビングからバルコニーにつながるドアを開けると、再び外へ歩き出す
植物が生い茂り、虫の囀りが暗闇を彩る中、段々と水間の流れる音が鼓膜を揺らす。
少年が立ち止まると、その先には大きな角ばった石の平な部分に座り込む少女の姿があった。
少年は何も言わずにその少女の横に座る
「どうだった。」
「別に、なんともなかったよ。」
沈黙が続く
「ごめんね、私のせいで。」
「全然、ペトラのせいだなんて思ってないよ、誰も。」
「なんで、なんでそんなに優しくできるの?」
「優しいかな...」
沈黙
わかんないけど、俺も誰かに優しくしないと、自分を許せないのかも...
色んな人を救う反面、色んな人を傷つけて、殺した俺には、誰かに優しくして、愛想良くすることが、自分が自分を許せるのかも...」
「そう...バカね。源二は。」
微かな笑みを込めた息を吐く
「じゃあね、せめて私にも。私にも少し分けて?」
ペトラは源二の元に座り直すと、肩のあたりに頭を預ける。
水の囀りに従うように吹く風が、甘い香りを夜風に溶け込ませる
「でも、俺はペトラの思いには応えられないよ...
俺は...元の世界に...」
「知ってる。だから、無茶は言わない。少しだけ、少しだけでいいから。源二の痛みを...私にも分けて?」
水間のうねりが全くと言っていいほど耳にも届かない。時の経過さえ忘れてしまいそうなほどの穏やかで熱い空間が流れていく。
「もう背負わせてるよ。一緒に住んでても、親子になってる間も、戦ってても、死んでても。いつも、考えてた...」
ペトラは軽く笑みを溢す
「何それ、アンタも好きってことじゃん。」
源二は鼻腔を擽る甘美を換え潜り、冷たい石に手を這わせると、再び温かみのある絡みが、卒倒してしまいそうなほどの激情が、暖かさの中に籠っていた。
これにて第一節は完結!少し投稿や、二節用の登場人物シート、魔法概論やそういったものを再びまとめた用語集を用意します。
二節はかなり長くなっていますので、また章を何個かに切りながら話を続けたいと思います。目安としてはまた1万字から5千字くらいを考えてます!




