第1節 最終章 崩壊編Ⅳ
「おかしい...おかしい...」
フォールンは視線の先にいるクリスの姿を見つめながら呟く。
ペトラとシャルロットは訳もわからず、フォールンに視線を移す
「なぜ、根源が生まれない?クリスがアトラスと共に滅びれば、この世界に根源へと扉が開かれる。そのはずなのに...」
次の瞬間、フォールンの背後に一人の少女が降り立つ。
「逃げるのじゃ、フォールン。
今は体制を立て直すのが先じゃ。」
「何が、一体何が...」
「罠だったんじゃよ。お主が気付くはずもあるまい。
ここは後、焼け野原になるぞ!お主らも、命が惜しくば、早く駆けるのじゃ!」
「謀ったな、サイファー...
まさか、また僕に禁忌を犯させるなんて...」
「どういうことなのですか!」
「アトラスの最初の人柱、最初の生贄。終末と言われたその魔法使いは、ある禁忌の書物に強い想念を抱いた。
世界創造の歴史。星と星がぶつかり合い、神が僕たちを作った逸話に想いを馳せた者がいた。」
「それって...」
「多分そうだ、君が読んだ本だよ。シャルロット君...
僕もあるということだけ知っていたが...
この世界の創造、森羅万象が綴られた本。カラミティーファイルと呼ばれた本は、今の教皇。つまり、シモンド・サイファーが所持している。
その本には、根源。魔法が生まれる前や世界創生にまつわる神話のようなものが綴られていると。
幾多の禁忌、人類が犯したのは、未だ幼く魔法の道を歩み始めたものに、真理を突き付ける。
幼い子の身に有り余る真実を突きつけ、背けなくさせる。
詰まるところ、最初のピラーとはそうして生まれたらしい。」
「じゃあ、今起こってるのは...」
「恐らく、シモンドサイファーが勇者誕生の時に僕に隠れて植え付けていた保険の引き金が引かれたんだ...
最初のピラーの力を解き放ち、根源を生み出させなくさせるのか...それも僕にはわからない...」
「終局点魔法...物語を終わらせる魔法なんてふざけたものかと思ったけれど...まさか、本当にこんなものが起こるなんて...」
シャルロット達がすでに息絶え、何かに吊るされるように浮遊するクリスの姿を視界に捉えると、目を見開く。
「空が...落ちてくる?」
少女が目にしたものは、星が大空を駆け回る姿。
いつもはただ点をもたらす星達が、突然に生命を帯びたように一筋の道を生み出していた。
淡く、青い線、紫色で、赤色のその線は、今まで見たこともない神秘さと、大いなる空に力強く流された破片に絶望さえ抱いていた
「言ったろ、それが終末をもたらす魔法。
この世界は、僕らが認識できないほど大きな星の衝突によって生まれた。
もし、これを読んだのだとしたら、その真偽に関わらず、そのように幼稚性と絡み合い、想像力を侵略したのなら、今から起こることは、人間の想像の限界の上に起こる星の墜落...」
シャルロットだけではない、ペトラも空を見上げる。
星が流れを描き、一つの線を作って、こちらに向かってきているのかわからないような、そう感じるような錯覚を生み出す。
「どうしたら...」
「間違いない...サイファーはクリスの体を再起不能にして、形だけでも無理やりに勇者とその力を残すつもりだ...」
「どうやったらその魔法を防げるのですか!」
「無理だよ。もう発動してるし、最もこれは僕にもわからない、読んだこともない本の内容を、知る訳もないだろ?」
「そんな...」
シャルロットは地面に堕ちると、グッと草を握りしめる。
「どうして、こんなことに...」
「私のせいよ...せっかくシャルに逃してもらったのに、いつも余計なことに首突っ込んで...
今日だって、源二のためにこんなことまでして...
もう居ないやつの為に、こんなことを...」
「顔をあげなさいな、みっともない。」
ペトラが力なく見上げると、その先には純白のドレスを見に纏った芽亜利が立っていた。
「あんたは、悔しくないの?なんもできなくて、今からここで死ぬんだって、何もできずに死ぬんだって。」
「残念ながら、私にその心は持ち合わせておりませんわ。
源二様に頂いたこの命は、あのお方がいなくなった時にすでに亡くなったようなもの。
いつ私が死のうとも、すでに死んでいる私にとっては何の意味も変わりません。」
「そう...
私ね、正真正銘の馬鹿だった。
シャルが私を逃す為に自分の身を危険に晒してまで逃がしてくれたのに、勝手にシャルを恨んで。
自分の力に溺れてたくさん人を殺して。
自分の立場を手に入れたと思ったら、自分と同じような境遇に似た奴を助けたくなって、でもそいつは私と違って。弱くて、悲観で、優しくて、儚かった。
羨ましかった。自分の力に溺れようとしないあいつが。
でも、あいつじゃないあいつがどんどん壊していって、とうとうアイツも壊れた。
結局死んじゃって、気付けば私はまたこうして復讐しようとしてる。
もう、疲れた...」
悲観に喘ぐペトラを尻目に、風が吹き荒れ、クリスの体から空を覆うような巨大な魔法陣が現れる。
その光景に息を呑むものもいれば、ただ地面を眺め、無力さに打ちひしがれるもの達も居た。
「私も、あなたと共にいて悪くはありませんでしたわ。
もちろん、エレーナ。貴方ともね。」
芽亜利は背後を振り返ると、エレーナが立っていた。
エレーナは傷だらけのペトラの肩に手を組み、立ち上がらせると、空を見上げる。
「まぁ、悪くないんじゃないかしら。死因が隕石に降られたなんて、後世に語り継がれそうじゃない?」
「何を悠長な...」
シャルロットが思わず口をこぼす。
それもそのはず、彼女はこの中で最も自分の無力さに打ちひしがれていたのだった。
教皇の書庫で読んだ本、その内容が真実の通りで、その真相を知っていたにも関わらず、阻止できなかった。
シャルロットの脳裏には自分だけでない。せめて、パラトスの民達だけでもこの星の被害を受けないでほしい。
そう願う他にできることなどなかった。
「クリスさん...」
「すまんな、ゲンジ。」
「どうして貴方が...」
「根源を生み出す。その為には闇の魔法使いを完全に殺し尽くす必要がある。
これで、根源は生まれる。ハズだった。まさかあの男が私の中に罠を仕掛けていようとはな。無様でならない。」
「どうして、そこまでして根源を...」
「根源は、魔法を生み出す存在そのもの。あれを生み出しさえすれば、この世界から魔法が消える。」
「魔法が消える...」
「そうだ。長きにわたり争いの中心にあった魔法そのものが消えて無くなるのだ。」
「だから、俺を...」
「すまなかったな。」
白い世界の中にポツンと立ち尽くす二人の間に源二の言葉が返されることはない。
「あの魔法は...」
「アトラスの母体。最初のピラーとなったものが持っていた魔法だ。」
「本当に、この世界は腐りきってるんですね。
恨みが恨みを買って、また恨まれ、憎しみ合う。」
「そうだな。むしろ、私が生まれたこと自体がその象徴だったのかもしれない。」
「そんなことないですよ。クリスさん。
俺、クリスさんに救われたんです。最初に助けてくれたのもそうだけど、闇の魔法使いだからって命を狙われるだけの俺を強くしてくれたし、クリスさんも闇の魔法使いだったから、楽だった...
あの時クリスさんに殺された時も、クリスさんはそんなことしないって勝手に思い込んでたから、あんなに怒ったんだって。今ならわかります。」
「そうか。だが、私も死んだ。自分自身を犠牲に根源を生み出そうとして罠に嵌り、挙げ句の果てに多くの巻き添いと共に私の体は朽ちずに永遠の修復の中で悠久の時を経る。
いつしかの狂戦士のようにな。」
「だれでも失敗はします。」
源二は白い世界を歩み出し、踏みかえた足跡に草が生え、色が灯る。
「今度は僕が、クリスさんを。みんなを、守る番です。」
クリスは柔かで安らかな笑みを浮かべると、光に包まれていく源二を見届ける。
その刹那、源二の眠りついた体に光が這い上がり、砂が風に流れるように姿そのものが消失していく。
その姿を視界に捉え、女が高く笑いたてる。
「流石ですわ。ゲンジさん。これで、私の勝ちですわね。」
虚空に浮かぶクリスの体が煌々とした光に包まれる。
誰もがその姿に目を細め、突然起こった光に集中し、戦慄する。
「嘘....」
「ゲ...ン.ジ...」
どこからともなく、右手に一刺しの槍を持つ。
その瞬間、既に消え去ったクリスのもたらした魔法陣とは異なる大きく、厚い魔法陣が現れる。
その瞬間、その近くにいたもの達の心臓が跳ね上がり、震え上がる。
「何、あの魔法...」
その光景は、エマやフォールンなどの歴戦の猛者でさえも心奪われるほど、幻想的な魔法で衝撃的な畏怖をもたらしていた。
「世界の壁が...壊れていくのじゃ。」
その言葉を皮切りに、ペトラやシャルロット達の視線が凍りつく。
「ママ...」
「こんなに大きくなって...ペトラ。」
「ママ!ママ!」
ペトラは傷だらけの体を無理やりに動かし、エレーナの肩を抜け出すと、二つの紅蓮の髪が揺れる。
「本物だ!本物なんだ!」
「ええ、そうよ。」
ペトラがより一層強く抱きつくと、それを覆い込むようにしてセレナが慈愛の笑みを浮かべる。
「ペトラ、源二君を助けてあげて。ママ、応援してるから。」
「わかった...わかった。」
「じゃあ、ママやらなきゃいけないことあるから、いくね。ペトラ、ママの分まで幸せになるのよ?」
その言葉を聞くと、細かくペトラの肩が震え、嗚咽が漏れ出す。
セレナは一際大きくペトラを抱き込むと、頭を撫でていた。
「お母様...」
そう声がかけられると、アレーは振り返る。
「シャル。
随分と、時が経ちましたね。」
「ええ。」
「もう、一人でベッドに入ることができないなんて言わなくなりましたか?」
「そんなこと!」
「昔の貴方は本当に可愛らしかった。
今ももちろん可愛らしい自慢の娘よ、シャルロット。」
「お母様...その、私は...私は立派にやれているのでしょうか...」
アレーは頷くと、シャルロットの肩に手を置く。
「立派よ。私なんかいなくとも、貴方は立派にやっているわ。自慢の娘、最高の女王様になるわ。」
「でも、止められなかった。何も、止められなかった。
貴族の反乱を鎮められず、憎しみの連鎖にまかれてばかり...」
「そんなこと、なんでもないわ。
それでもうまくやってる。パラトスを納め、ラインハルトを助けてあげて。
あの人は昔から、危なっかしい人だから。」
「はい...」
「これで最後のお別れよ、シャルロット。
私は本当に誇らしいわ。今は亡き女王として、母として...
じゃあ、いくわね。」
そう言うと、振り返り源二の元へ歩き出す。
やがてその横にセレナと肩を並べる。
「頼んだわ。ゲンジ君。あなたならできる。」
その瞬間、幾多の魔法陣が重なり合い、干渉し合うと一つの線を作り上げ、一陣の魔法陣が作り上げられる。
セレナとアレーがさらに手を翳すと、後ろにいるもの達を覆い隠すようにして半透明の障壁が紡ぎ出されると、あたりが日の光を帯びたように地面のあたりから淡く白い光が包まれ始める。
やがれそれが膨らみ、源二の背中を煌々と照らすと、まるでそれが少年の背に後光が差し込んでいるかのような錯覚さえ呼び起こさせる。
「光が...」
ペトラが言葉を溢す。
「ただの光じゃない。闇の魔素、夜の間なのに、闇の魔素を吸収しているが故に枯渇しているのじゃ。」
「そうか...
彼が使っている魔法は決して強い精神破壊をもたらすものじゃない!
恨みでもなければ、拒絶でもない...」
「どういうことじゃ。」
「世界を素の形に戻す魔法。
召喚の魔法を通し、世界を超越してきた源二君はその召喚の過程が強い想念として結びついたんだ!
もし、彼のいた世界が魔法そのものが存在しない世界なら...いや。それとしか説明できない。
彼の魔法は、元の世界の形、魔法がなかった世界へ戻ろうとする魔法...」
息遣いが聞こえる
その刹那、鼓膜を激しく震わすガラスを割ったような破壊音と、風の唸り、地面の鼓動が五感を支配する。
一刺しの槍が音を置き去りに、光を超えて、色を置き去っていく。
視界になど捉えられるはずもないその投擲を証明するかのように世界が歪み、呼応し、激震する。
槍がアトラスの体を抜け、クリスの体さえも激しい閃光の中に消える。
剣と体、星が一直線に結ばれあい、視線の中で光のなかへ消え去る。
否、視界さえ許さない閃光だった。
その場にいた誰もが目を背き、音に身を震わせ、身体を安定させるために地に伏せる。
当然の行動がどこか、超越的で果ては神に祈りを捧げるかのように誰もが一人の少年を見上げていた。
やがて音が止み、ひとりの少年が墜落する。
重力に従い、みるみるうちにその体が地面へ落ちそうになるのを見る一同の中から、1人の少女が駆け出す。
荒い息遣いだが、体の傷はもうどこにもない。
壊れかけの鎧と、切り裂かれた服だけが風に靡く。
「グレートウィンド!」
そう叫ぶと、目前に迫る源二の体を押し上げ、衝撃を和らげる。
ペトラはその隙に地面と少年の間に体を滑り込ませると、倒れ込む衝撃と共に地面に辿り着いた。
「ありがとう...ペトラ。」
少女は力強く顔を横に振る。
源二の頭には後頭部のあたりに柔らかさを感じ、身体中に駆け巡る痛みなど気にもならない心地よさがペトラの手から頭を通して伝ってくる。
「早く帰ってきてよ...バカ。」
「ごめん。」
「もう、ごめんは禁止ね。ほんとに、帰ってきてくれて、よかった....」
ペトラと源二の頭上にはあたりを再び包み込む闇を照らし、祝福するようにして砕け散った星々が祝福するようにして大いなる空に一筋の光線が描かれていた。
誰もが、その場に項垂れるなか、それでもエマとフォールンだけは悠々と立っていた。
「我々からしてみれば、闇の魔法はなんと稚拙で、切実な魔法なんじゃ。」
エマがそう独り言をこぼす中、特に疲れた様子のシャルロットが立ち上がるとペトラと源二の元に歩み寄る
「その、はい。」
そう言って手を伸ばすと、源二は痛む体に鞭を打ってその手を掴むと、大空が少しだけ近くなる。
「本来、貴方は生かしてはおけないはずでした。結果的にそれがこんなことを招いてはしまいましたが、貴方が救ってくれた。
私たちだけじゃない。パラトスの民達を。
感謝します。」
「もう、やめにします。貴方を討とうとするのは。
貴方を追いかけてみてわかりました。もうこの世界に恨みは必要ない。
時期女王だからこそ、私がそれを望むことに意味があると思うんです。
それに、ウェインフリートのあの方となら私も少しは...
ともあれ、なんと言って良いか、本当に助かりました。
これで、鏡花ちゃんや龍弥殿達にも貴方のことを教えてあげられそうです!」
シャルロットはわずかに涙を浮かべながらも源二に笑いかける
「キョウカ...誰だ...そいつは...」
最終章、一節読破ありがとうございました!一節では"過去"をテーマに話を構成しました。未だこの世界にはわからないことだらけですが、闇の魔法使い、最厄の魔法使いが生まれるまででした。
余談ですが、ゲンジ君が詠唱しない理由は本編でも説明されていますが、別に言っても当然発現はします。
次からは巻末をお送りして、さっそく第二節に入りましょう。




