3節最終章 絶界ノ終極天編 Ⅱ-Ⅶ
「私達、いや。俺達はこの運命に終止符を打つために戦う。
今はこれしか伝えられない。愛しているよ、ペトラ、エレーナ、芽亜利。」
狂戦士と、馬が消えると、2人は自動的に街を覆う嵐の方へと視線を移す。肌で感じる焼けるような濃い魔力の渦が、その中心にいるであろう2人の強さを物語っている。
ペトラ達が城壁に降り立ったのを見て、先に逃げていたエレーナやエマ達が駆けつける。
「平気かの?」
「はい...ゲンジが、助けてくれましたから。」
そして、虚空から龍の手が伸び、城壁にツバキを置き去り消えていく。
辛うじて生きてはいるが、体からの出血が止まらず、骨折も酷い。
エレーナが駆け寄って、処置を始める。
「あの子...あんな時にまで私たちを構って。」
「ゲンジ君は、そういう子ですから。」
「エレーナは、あんなゲンジ見てられるの!?アタシは!」
「じゃあ、ペトラは彼の何がわかるの!?
私には、私にはわからない。真剣に考えれば考えるほど、ゲンジ君の痛みが私の想像なんかとは違うってそう思うから。
上辺だけ取り繕って同情するだけなら簡単よ。でも、そんな関係になりたいんじゃない。
それでもまだ行きたい?だったら行くといいわ。私は私のすべきことをする。芽亜利ちゃんはきっとゲンジ君が守ってくれる。
今彼は、その一番辛いところと向き合ってるのよ。」
「その通りじゃ。これは、この世界の向き合うべき現実でもあって、ゲンジにとっての現実じゃ。」
ゲンジは目を閉じ、地面に突き刺した剣の柄を撫でる。
滴る鮮血が、突き刺した地面を黒く染め上げる。
「やる気になったか、ゲンジ。」
何も言わず、ただゲンジの相貌は遥か遠くの自分を見つめるだけ。
その蒼い光だけが瓦礫や荒れ狂う白と黒の粒子の嵐の中でも見て取れると不意に笑みが止まらなくなり、心の中で叫ぶ。
ーー見ろ、ヨル。我々の作り出した神はこの剣に届き得る存在になった。
我々の判断は正しかった。これで、救済される。ーー
ーー源ちゃんが求めるなら、私はなんだってするよ。ーー
ーーもうこの世界など、壊れてしまえ。ーー
この場所にもう守るべきものはない。今なら思う存分、この煮えたぎった怒りをぶつけられる。
その力が、痺れるほどに湧き上がってくる。
ゲンジの身体に、鎧とヘルムが纏わり、剣を引き抜きその鋒をラインハルトへ向けると一気に魔力が暴走する。
縛り付けていた鎖を解き放ち、持てる魔力の全てを注ぎ込む。
身体の中、記憶の中で結ばれた数々の運命が形を持って飛び出していく。
「これが、人類の叡智。我の忌み嫌う獣の創造。」
遥か上空まで覆い尽くす真っ黒な流星群とそこから振り下ろされる粒子が大きな2頭の龍を形どり、その身体はどこか人間のように光と闇を司る現象を巻き留め、見下ろす。
ガーディアン。
光と闇の均衡を崩す人間の生み出した原初の禁忌。
命の盃を壊し、注がれた歪な魂が、散っていった人間達の熱をも我が物とする。
この世界のどこにも救済などありはしない。あるのはゆっくりと進んでいく未来への瞬間という現実の連続。
その現実が作り出した逃れようのない運命が過去に沈む亡霊達を巻き込んで顕現する。
それを遠くで見つめるペトラ達は絶句しかない。シノハラも何度もその絶望を見てきた。彼の心のうちに秘めた言えない傷を嫌というほど味合わされた。
だが今回のは桁が違う。
鏡花を巻き込んで、決壊した彼の心が何もかも飲み込んでいく。
その中で1人、その光景をただ見つめ、思考する観測者がいた。
この光景を、私は知っている。
ラインハルトの元から1頭の龍が放たれるとゲンジのガーディアンと交差する。
人間の作り出した光、闇の龍がその象徴的な畏怖を汲み取って創造される、ガーディアンという龍と確かな器を持って顕現する龍は似て非なる性質を持ち合わせる。
故に相殺されることはない。3頭の龍が大空へ舞い上がり雄叫びを上げる。
その動きの速さも、まるでゲンジとラインハルトを見ているように大きな身体が目にも留まらぬ速さの攻防を生み出す。
攻防というよりもっと秩序のない潰し合いに近く、拮抗した力同士が容赦なく破壊された街並みをさらに破壊する。
宙に浮き上がった教会の塔を破壊し、闇の守護者が光の龍を地面に叩きつける。
1対2では圧倒的な戦力差で、光龍は地面に叩き伏せられ光の守護者の膨大な魔力に闇の守護者ごと焼き尽くされる。
しかし闇の守護者の身体はみるみるうちに再生を始め、その様子を横目にゲンジはゆっくりと前に歩き始める。
ラインハルトの不敵な笑みは崩れず、剣を持つ。
目にも留まらぬ速さで急迫し、交わしたラインハルトの背後の黒色がゲンジの作り出した赤と青の痕跡を強く映し出す。
その距離も規模も今までとは桁が違い、城壁の外ですら見てとれる
剣の重なり合う音が響き、ゲンジの姿が目まぐるしく移り変わる。
剣が合わさったかと思えば姿形が消失し、背後から襲いかかる。
しかし、ラインハルトは何も見ずにその攻撃を防ぎ切る。
ここだけを切り取ればこれまでも見ていた光景だが、ラインハルトの目の前に現れたのはゲンジの姿だった。
おかしいのだ、背後では気配も剣を受けた重い感触もある。
しかし今目の前でゲンジが襲いかかり、剣を振り翳す。
どちらが虚像か。最後を判断するのは、彼がどういう人間か。
こういう瞬間。この男は自分をどうしたいか。
そんなこと決まっている。
ラインハルトは瞬時に背後の剣の発現を解き、自らの身体の前に障壁を映す。
「愚か者が。」
点ではなく面で。ゲンジが選び取ったのは剣の攻撃ではなくその体から振り出される強烈な蹴り。
障壁がガラスの音を立てて崩れ落ち、ラインハルトの身体がその衝撃に負けて虚空に投げ出される。
それをゲンジが追いつき、幾次元にも渡ってラインハルトを追撃する。
方やガーディアンも容赦なく光龍を叩き潰し、街を巻き込んだ壮大な破壊劇が繰り広げられ、その無惨な波動だけが泣き崩れたペトラの肌を撫でる。
「ペトラ、目を逸らしちゃダメよ。」
エレーナがペトラの肩を抱き留め、その相貌に映る潤んだ光景は反射する大きな龍とゲンジとラインハルトの描き出す縦横無尽、その放物線から飛び出た当て損ないの破壊によって彩られていた。
だがその実情は、もっと呆気なく、そして残酷に満ち満ちていた。
ゲンジはラインハルトを容赦なく痛めつけ、浮かぶ岩石に叩きつけ、容赦なく剣を突き刺しその浮かぶ石船ごと破壊する。
そして、その身体が奇跡なのかカストス教の教会の一部だけが残された大きな地盤に叩きつけられ、その軌道を鮮血が描くと、摩擦でその動きが止まり、ラインハルトの体はピクリとも動かず、いつの間にか光龍も2頭の龍に叩き伏せられていた。
「ラインハルト、お前の世界はお終いだ。」
「やはり....見込んだだけの男だ...ゲンジ。」
「お前にかける言葉なんてない。報いを受けろ。永遠に続く無間の地獄の中で己の犯した罪を知れ。」
「なぜ、人間は神を殺した。
お前は、考えたことがあるか。」
「そんなこと、どうだっていい。」
「すべて、都合が悪いだけだ。懇篤は、時にその者へ苦しみを齎す。いいや、その殆どが直視し難い現実と、未来という今の連続だ。
ゲンジ、お前は気がついているのだろう。人間とは。神とは何か。」
「知る由もない。俺が見ているのは、お前がのたうち回って死ぬことだけ。
苦しみ、後悔して死んでほしい。」
ラインハルトは僅かに笑う。
「我々は、神を殺してなどいない。だがもっとわかりやすいものにしがみついた。
魔法、その手から飛び出る我々の創造を超越する力は神という我々が近くし難い信仰という人間の創造性を満たしてくれるのに相応しい。知覚できない、神の存在証明を確かなものにするこの上ない代弁者になってくれる。
故に、魔導を極める者は神に近くなり、そして人として乖離していくジレンマを抱える。
属性は自然の摂理、我々の知るセカイという形の現象に収まっていく。
辻褄という言葉さえ人間が生み出し、不特定で偶発的で操作不可能な混沌に秩序を齎してくれる。
さぞ、都合がよかろう。」
ゲンジはラインハルトの喉元に剣を突き立てる。
「ゲンジ、貴様は人間を見誤っている。愛。親切。友情。そんな人間の作り出した揺籠なぞ捨ててしまえ。我々は超自然的な生物であり、俺とお前は万物を操る権利を得た。
だが...お前はそれを自覚していないようだ。まだ物足りないようだ。」
「神になどなるつもりも、道家に興じるつもりもない。堕ちろラインハルト。」
刹那、ゲンジの剣が振り下ろされるがまるで何もなかったかのように消失し、浮かび上がる教会を背後に天に登る。
「神?そんな人間の作り出した言葉。捨ててしまえ。
これは儀式だ。貴様が絶界に到達し、その先にある孤高の極地へ辿り着くための。」
「「終極天魔法¬【インバース】」」
ーーヨル、これで全て終わらせる。ーー
ーー悪の芽を解き放て、ラインハルトーー
「「極光反転」」
次にゲンジが知覚したとき、ラインハルトはゲンジの背後に背を向けて立っていた。
「知覚とは、なんと脆いことか。「終極天・絶/キングダムガード」」
ゲンジの左腕が音もなく落ちていく。
地面に落ちて初めて気がつき、焼け落ちて灰となって消えていく。それほどに強烈に焦げ、そして認識できない。
言葉も出ない。ゲンジの声から漏れるのは苦悶の声だけだった。
「元あるべきお前の姿に戻してくれよう。」
ラインハルトは一瞬にしてゲンジを蹴り飛ばす。それに呼応して守護者達が動き出すものの、2頭の軌道を塞ぐように宇宙から現れた黒い体躯。
目にも留まらぬ速さで片方の守護者を攫い落とし、倒れていた光龍も叩き伏せる。
「私を超越するのは貴様だけではない」
ラインハルトの剣がゲンジの体を切り裂き、大きすぎる魔法陣から射出され、描き出される直線がゲンジを貫き、勢いを殺すことなく地盤ごと貫いていく。
ラインハルトの高笑いだけが、治ることの知らない強い痛みに重なってくる。
強い憎しみと一緒に、伴う痛みに記憶が交差する。
抵抗しようとも受け入れ難い現実の連続が襲う。
再び襲いかかり、交差する2人の座標。その刹那、ゲンジの姿が消失しラインハルトの背後をとる。
視界の半分は鮮血に潰れ、治ることなく絶えず焼け続ける。
しかし、ゲンジに襲いかかる新たな痛みは、何も見ずにラインハルトの伸ばした剣が虚空を貫き、背後から貫く剣。技など何もない。単純で単調な力量差。
「なぜ...お前はそんなにも...人類を恨む。お前だって、人の子だろうが...」
「わかりきった質問だ。お前は何のために戦っている。
人間のためなのであろう。
くだらぬ野望よ。人間のためにと戦ったとて奴らはそんなことは気にも留めない。
真の邪悪は無関心だ、ゲンジ。」
「お前にそんなことを説かれたところで!」
再び、ゲンジがラインハルトに襲いかかる。
剣を一度振り抜くだけでその斬り口にあらゆる暗闇が吸い込まれるような一撃だがラインハルトには届かない。
ゲンジの手から放たれる攻撃の数々がラインハルトとヨルの剣の前に伏せられる。
「呆気ない。お前はまだこんなものではないはずだ。
何のためにあの女を手にかけたか。」
ゲンジは、叩きつけられた地盤の上で、よろめきながら立ち上がる。
「返せ...」
「なに?」
「芽亜利を、返せ!!」
ラインハルトの高笑いとゲンジの喰らいつくような攻撃がまた連続する。
「この世で唯一覆らない奇跡、それが死だ。」
ゲンジは強くラインハルトの剣を弾き、雄叫びを上げる。
それに呼応し守護者達の口に魔力が蓄積され一気に解き放たれると街を縦横無尽に破壊する。
ーーこの肌を駆け抜ける憎悪。世界の理すら超越するエゴの爆発。ーー
「そうだ、もっと吼え、己によって殺されていけ、ゲンジ。」
ゲンジの黒色が、ラインハルトに襲いかかる。
ヨルのものとは違う、また違う次元の黒色がラインハルトと重なる。
「真なる闇。これが、この世界の孕む、真実の姿か。」
幾つか、無間には輝きがある。己を照らす精神という光、他人に結び付けられる強い絆。
その支柱がゲンジの放つ咆哮と木霊する守護者の轟に触れて粉々に砕け散っていく。
解き放つ力に触れて、自らの持っていた記憶が泡となって消え、作り出した魔法の城の中に再構築され、それを読み取る魔法によってこの一瞬にでさえ突き刺さるような過去が心を蝕む。
自然と息が上がるが、疲れているわけではない。強い耳鳴りと手の震え。心の暴走が、その血塗られた手と剣を強く揺らし始める。
身体がコントロールできず、自然と声が漏れる。
その間にもラインハルトとヨルの手によって身体中が傷つけられては繋がる。
記憶を通してヤスリをかけられたような痛みが襲い、意識が磨耗する。
「どうした。ゲンジ。立ち上がれ、そして抗え。」
ゲンジは血塗られた鎧を動かし、目にも留まらぬ速さで急迫する。髪を濡らす血みどろが揺れ額を赫く彩り、相貌の青を色濃く写す。
刹那、ゲンジの振り抜く剣に乗る肉の感触、骨を叩き割る硬い感覚。
散る命の源と、慣れた鮮血の香り。
目の前に切り裂かれたのは自分の身体でも、ラインハルトの身体でもない。人形のように現れた鎧の頭頂部。その装甲の中にある龍弥だった。
押しのけ、さらに襲いかかる。
次に剣に届いたのも召喚者の姿を模した仮の形。
だがその姿と記憶が絶えず刺激し、蘇る。
「お前の為を想い、その身を捧げてきたもの達を淘汰する。
それが、人間の辿り着いた非情の極地。
だがその先に待つ勝利こそ、何にも変え難い禁断の果実を実らせる。
神が神たらしめる。我々が死を超越するからこそ、人は跪き我々の存在をより確かにする。」
ゲンジは容赦なく身体を叩き切り、次々と襲いかかる旧友達を薙ぎ倒す。
耳鳴りがより深く、剣の震えは治らず、視界が揺れる。
殺そうとするその殺気にだけ反応し、また手に伝わる気味の悪い感触。
ラインハルトが攻撃を辞め、深くまで堕ちていく召喚者達の記憶を見下ろしていた。
ゲンジも、己の血塗られた手を見て、落ちていく召喚者達を見下ろす。
この歪な光景は、自分が作り出した。友達の、親友のあの眠そうな顔は、何をしても反応することはない。
「奪い去ってやる。お前をこのくだらない世界に繋ぎ止めている者達を、お前が愛を注ぐ何もかも、我が奪い取ってやる。」
「やめ...辞めて」
「ペトラとエレーナと言ったか。奴らも当然」
「「アアアアアアアアア!!!」」
ゲンジの咆哮がラインハルトの言葉を遮り、その咆哮に乗って、街を消し飛ばす程の魔力の爆発が起こる。
そこら中に拡散する魔素が掻き集められ、ゲンジの咆哮がもたらす津波に攫われて何もかもを破壊し尽くす。
それは、ペトラ達の逃げ延びた城壁の物陰ですら例外なく飲み込み、真っ黒な煙となって襲いかかる。
それをエマとシャルロットがかろうじて防ぐものの、当たりを漂う岩石は悉く砕け散る。




