第1節 4章 叛逆編Ⅱ
叛逆編は主に政治的な話を扱っていますが、全体的に見ればいよいよ本編始まったかな?という感じです。たのしんで。
「まあ座れ。彼に飲み物を。ゲンジ君、何がよい?」
一瞬戸惑うものの、アルコール類を頼むのに慣れていない源二は紅茶を頼んだ
椅子に座らされると、やがて執事が紅茶を目の前に置き部屋を後にする
「ようやく会えたな志乃 源二君。初めまして、ウェインフリート帝国皇帝、アルレイド・センだ。」
センは先ほどの大雑把で男前な感じではなくどことなく敬意をはらったような自己紹介をすると、源二は委縮した。
しかし、それを委縮とは捉えなかったセンは少し笑うと飲み物に毒は入っていないから安心しろと言って老紳士はカップを傾ける
「まさか君が、かのブラッディーメアリーを我が国に引き込むとは思ってもみなかった。彼女は軍とかかわることなく、我々とは直接かかわりを持たないという条件付きでクリス殿から聞かされているが...いやあ、本当に驚きだ。」
源二は謙遜を見せると、センは再び豪快に笑っていた。
「それで、あまり関係のある話ではないのだがエルフの森やその他の土地で魔物が活発化している件、なにかわかりそうか?」
「いえ、それに関しては詳しいことまでは...ただ普段は群れを成さない個体が群れを成したり、おかしな挙動をすることは確実です」
センは腕を組み考え込む素振りを見せる。そのようすがあまりにも長いので源二は心配になり声をかける
「いや、ここのところ一部の辺境伯たちが怪しい動きを見せていると聞いておってな。」
「怪しい動き?」
「ああ。多少の食糧難で反乱を起こしやすくなるのはわかるんだが、エイレーネと内通しているとのうわさが立っているのだ。
もしかしたら、君がらみのことかもしれん。気を付けてくれ。」
源二は突然の忠告を深く受け止めると、あとは他愛もない世間話で済んだようだった。
センは執事を呼び出すと、続けてエルフの森の代表を呼んでくるよう言い聞かせ、皇帝も退室した
やがてドアが開かれ顔にシワが目立つエルフの女性を連れてきた。
「これは、ゲンジ様お初にお目にかかります。ディディー・ジェイデンと申します。」
エルフの女性は源二に礼をすると、席へ座る。源二も立ち上がり一礼すると、席に座る
「いかがですか、鍛錬のほうは」
「お陰様で順調です。いつもありがとうございます」
「いえいえ、そのようなことは。あなた様がいてくださるおかげで、亜人族自治区は魔物の跳梁を抑えられているのですから。どうやらそのせいで周りの魔物が活発になっているようですが」
「え、俺たちのせいなんですか?魔物が増えてるの」
「いえ、冗談ですよ」
笑みを浮かべながら話した意味が伝わらなかったのかと肩を揺らして笑いだすと、慌てだした源二を宥める
ジェイデンはこれといって重要な話はしなかったが、源二の体調や生活を気にしていたり、エルフの森の亜人族自治区以外のギルド管轄領の状況を話し合ったりセンと話したような魔物の異常行動の件について意見を述べ合っていた。
「ジェイデンさんは、なんで僕のことを殺そうとか思わないんですか?」
女性は顔を引き締め、真剣な眼差しで源二を見つめる
ジェイデンが話しやすい穏やかな性格だったからか、青年にとってはふと思ってしまったことが口からこぼれたにすぎなかったその質問に突然真剣味がこもると、源二の顔も強張る
「我々の種族は、苦渋の決断で大戦時人間側へ裏切りを働きました。しかし、人間はそれだけにとどまらず、今度は闇の魔法使いを手にかけたのはご存じかと思います。
それは、我ら亜人族も同じ。魔族を裏切ったと思えば、人間に裏切られ、同胞を失った。だから我らはこれ以上同胞を失うわけにはいかない。源二さん、私はいつかあなたを希望の光としてこの国を担っていただきたいと思っております。」
源二は王城の廊下を歩いて会場へ戻っていた。
その様子はまさしく、心ここにあらずといった様子で歩みを進める
考えているのは当然、先ほどジェイデンに言われたことだった
自分がいずれこの国を担う。それは高校生である源二にはあまりに大きすぎる重責であった。
それはもちろん、やはりこの世界は闇の魔法使いを決して歓迎はしない。ジェイデンも源二の存在を利用しているのに過ぎないということも源二なりに理解していたのだった。
やはり戦いは避けられない。人間を殺すことは容易い。容易いが、やっていいことではない。以前はこんなことさえ思わなかった、魔物を殺すことさえ抵抗を覚えていた自分がいつの間にか心のどこかで人を殺めるなど造作もないと思っている自分がいる。どんどん壊れていく自分が、おかしくなっていく自分が恐ろしかったのだった。
「ゲンジ!どこ行ってたのよ!もう、帰るわよ。」
大広間からペトラが出てくると、お酒が入っているのか額がほのかに赤みを帯びていた。
源二はその妖艶な姿にネガティブな思考が吹き飛ばされると、ペトラに謝罪しながらも、正面階段を降りるペトラの後を源二はおろおろと追い、少女は後ろを振り返ることなく歩き出す
「これはこれは、アンリ・ペトラ」
若い男性の声が背後からかかると、源二とペトラは振り向く。
薄青色の短い髪をオールバックに整えた成人男性らしき人物が立っていた。その姿をみてペトラが驚愕の表情を浮かべる
「クロセス・フロスト...連合小王国の王子であるあなたが何故!?」
「おっと、警戒しないでくれ。ここには正式な紹介を経てはせ参じたんだ。ここで戦いをしたいわけじゃない。しかしペトラ、同じ境遇の君に少し良いことを教えてやろう。君は再びこの輝かしい世界に立つチャンスを得るか、それとも惨めに堕ちるか。考えておくといい。
それと、ウェインフリート第三権、ゲンジ。レヴィアンでは世話になったね。篠原綾子は元気か?」
そういうと、男は一段また一段と階段を降りる。そして源二と同じ段に立つとすれ違い、源二は咄嗟に男のほうへ振り向くと、男は馬車へと乗り込み走り去っていってしまったのだった。
「それは、連合小王国の最北、シザーベントという国を収めているクロセス・フロスト通称、雹王だね。
やはり僕が倒した暗殺部隊は彼の差し金だったのか、いやー悪いことをしちゃったねぇ」
フォールンは全く反省していない様子で謝罪を述べると、源二は深いため息をつく。
芽亜利もフォールンの様子に笑みを浮かべると、クリスが席に着く。
やはり、自分の名前を知っていたこと。篠原を襲ったことを知っていることを考えると、やはりあの男がその騒動の主導を担うということを証明していた。
「ゲンジ、フロストは大戦時代アンリ家と同様、最前線を務めていた。アンリ家はペトラの母とペトラ本人が生き残ったがフロストは両親ともに死んだ。その後フロストが一人取り残されたが、今は連合小王国で一国の王となった。センの前に顔を出すのも不思議なことではないが...報告を受けた辺境伯たちの怪しい動きというのを考えると、何かあると考えて間違いない。」
「また篠原先生が狙われるってことですか?」
「まだわからない。とりあえずはお前も警戒しておけ。」
源二は今の言葉をしっかり飲み込むと、気疲れをやっと癒せると肩の力を抜くと、下がった方に白い指がおかれると体温を感じない奇妙な硬さが伝わってくる。
「ゲンジ君、訓練の時間だよ。」
源二は聞かなかったことにしたかったが、肩に手が置かれている以上どうにもできないと今日も寝れないのかと諦めることにして、フォールンの後に続いた。
「フォールンさん、ペトラはなんでお母さんとではなくずっと一人でいるんですか?」
「残念だけど、それは僕の口からは教えられない。だが、これだけは言っておく。彼女と君が出会ったのは神のイタズラかただ事でない因縁がある。もしかしたら近いうち彼女を殺すかもしれない。だから心しておいてくれ。」
「なんで!どうしてペトラを!」
「だからそれは教えられない。まだ情報が確定していないからね。それにこの件は本人から口から話したほうが良い。
僕らも他人の因縁を容易に話してしまうほど堕ちてはいないからね。まあ堕ちてるからこの名前なんだけどね」
つまらない冗談はともかく、いずれ仲間を手にかけなければならない可能性があるというだけで、源二の心は酷く動揺していた。
しかし、その動揺を嘲笑うかのようにフォールンやクリスの訓練は苛烈を極めていた。
フォールンは闇の魔法使いではないものの、どういう原理なのか死角から、四方八方から石が飛んでくる。石に集中すれば本人がどこからともなく近接戦闘を仕掛けてくる。本丸のフォールン本人を攻撃しようとも追いつくことができない。追いつくことができても当たることがない。
一周回って全く身にならなそうな特訓を行っている最中、ごく普通の戸建ての家の中ではペトラとエレーナが向かい合っていた。
「それで、パーティーはどうだったの?」
「どうっていつも通り嫌味言われて、色眼鏡で見られて終わり。」
「そうじゃなくて、ゲンジ君とよ!」
「特には...」
エレーナの深いため息が容赦なくペトラの心にダメージを刷り込む。
「いい加減話したら?」
「ゲンジが親の仇かもしれないって?」
「そこまでは...あなたのお母さんのことはまだ消息不明なんでしょ?」
「消息不明なんかじゃないわ、王宮の地下牢獄。」
「もし、ゲンジ君が召喚者だったらどうするの?」
「わからない...」
エレーナは俯くと、ペトラはペンダントを握りしめる
それはペトラがまだ幼いころ、ペトラの母セレナは毎日のように暗闇を怖がっていたペトラを寝かしつけてくれていた。
父は出兵後帰ってこず、お付きの兵士たちから父の死を伝えられ辛かったにも関わらず一日たりともペトラを気にかけない日はなかった。
すると、突如家には神聖エイレーネ帝国の騎士が攻めてきた。
後から知ったことだが、父オルフィンが敵の手に落ちたのだという理由で魔族への内通者ではないかと疑われていたそうだ。
その世界ではよくある大義名分だった。だからこそこれからアンリ家がどういう道のりを辿るのか悟ったセレナはペンダントを渡したのだった。
「世界が平和になりますように...」
「え?」
「お母さんの口癖。召喚者、アンリ・セレナの口癖よ。」
ペトラはそう呟くと、立ち上がり自室へと入っていってしまった。
「早くしないと、ゲンジ君取っちゃうわよ。」
エレーナも席を立つと、自室へと入っていった。
一方、愛済鏡花と佐伯凛と西宮和、平崎康史の一行は最初に派遣された街を離れ神聖エイレーネ帝国皇帝の実娘であるシャルロットが収めるパラトスという街に向かっていた。
身を狙われた篠原は水面下で起こっていたことなど知る由もなくその後王都へと帰還していた。その噂は鏡花たちの耳にも届いてはいたものの、篠原教諭が暴漢に襲われたが何の外傷もなく無事という程度のことしか伝わっていなかった。
それは、当然源二の生存やフォールン達の存在が関与していたことは未だに篠原の胸の中にしか存在していない。
鏡花達も篠原の出来事を聞かされたときは心配していたが、それ以上に街の発達に助力したり、村を整備して感謝される興奮にいつの間にか埋もれて行ってしまっていた。
それに加え、自分たちを一目見たいと娘ではあったが本物の王女様に遭いに行くので、女の子としてはかなりワクワクしていた。
実際に鏡花たちの働きは他の班と比較してもかなりのもので、全属性を使える鏡花はもちろん、西宮は持ち前の頭の良さを生かし自分なりに魔法の使い方を落とし込んでは実験を繰り返していたのだった。その力は最初こそ連れ去られた源二のためと少し悲しい動機だったが、今こうして多くの人間に慕われる力を持っているということは本人たちにとって誇らしいことだった。
やがて、街の外観を捉えると一行は感嘆の声を漏らす。
「流石、第二の王都といわれるだけあるね」
西宮和が言った通り、パラトスは統治者の立場が高いということもあり衣食住飾医ともにかなり整っており、むしろ鏡花たちの手など借りる必要などないのではないかとさえ思ってしまうほどであった。街の中へ入るとその活気はやはりその名に恥じぬほど活気づいていた。
やがて城までたどり着くと、鏡花達はメイドたちに連れられてシャルロットと面会をすることになった
王城ほどではないが立派な部屋に中央に据えられた王座。しかし、入室するとそこには鏡花達以外にも別の人物たちの姿があった
「龍弥くん!正吾くん!」
鏡花は久々に会った友人に笑みを浮かべる
佐伯はゲッといやそうな顔を正吾に向ける
「鏡花ちゃん!久しぶり!」
龍弥も正吾も久々の再開に嬉しさを溢れさせた
感動的な再開を前に王座に座る女性は苦笑を浮かべるが気を取り直し口を開く
「初めまして、私はアレクサンドラ・バルドル・ラインハルトの娘、シャルロットと申しますわ。
皆様のお噂は兼ねがね、この度はお父様に我儘を申しまして皆様を此処へお呼びいたしましたの。私、以前からあなた方の作り出すものに強い興味がありましたの。是非、この街でごゆっくりしていっていただけたらと思いますわ。
何か御用がありましたら、ここにいるメイドや執事達か私の騎士団におっしゃってください。
ローザ、こちらへ。」
シャルロットはローザという人物を呼ぶと、少しボーイッシュながらも王女としての気品を兼ね備えている王女とは違い、美形の男性とさえ思わせる女性が白を基調とした鎧に身を纏い鏡花たちの前に歩み出た
「副団長のローザです。街にいる間は護衛騎士と、私たちがお供させていただきます。団員は全員女性ですが、ご心配なさらず。皆非常に優秀で誇り高き騎士。皆様のことはこの身に代えましてもお守り致します。」
そう言い放つと、正吾は龍弥と向かい合い無言でハイタッチをした
鏡花はその様子に苦笑し、佐伯は顔を顰める
しかしそれもつかの間、シャルロットと共に食事をする頃には皆の緊張はすっかりほぐれていた。
特に鏡花や佐伯、龍弥と正吾の班にいた女子生徒である永井 真衣と井上 紗耶香という女子生徒は同姓ということもあり、シャルロットと仲良く談笑しながら食事をとっていた。
男子たちも身内でやれ姫騎士だの女騎士たちの騎士団だの独自の雑談に花を咲かせていた。
シャルロットは篠原暗殺のことを知りはしていたものの、彼女の持つクールなポーカーフェイスを見抜けるものは誰もいなかった。女は、特別召喚者を憎んでいるわけでも恨んでいるわけでもない。むしろ率先して関わり、知恵を借りようとありったけの援助を施していたのだった。
彼女の管理する騎士団もその見た目とは裏腹に非常に優秀でほとんどの人間が魔法を使いながら剣技も修める正真正銘のエリート騎士団だった。
そのころ、源二達の魔物の調査は森だけにとどまらず近隣の街道沿いまで調査が及んだ。
しかし、これまでの報告のように多くの魔物の存在は確認できず芽亜利もとうとう血の匂いを感じなくなっていたのだった。
それでも、源二達は今日もエルフの森の中を歩いていたのだった。
「私、鼻の利く動物じゃありません事よ?」
「そんなこと言ってられないじゃない、探さなきゃいけないんだし。」
芽亜利は気だるそうな顔を浮かべながらも源二の腕に抱き着くと、何かに気づいたのか咄嗟に振り返る
突然木の上に人の気配を感じ振り返ると、そこには長髪の男性のエルフがいた。
「やっと見つけました。ゲンジ様、ペトラ様!」
エルフとの交流に心当たりがない二人は揃って首を傾げる
ペトラが要件を聞くと、どうやらジェイデンが探していたようだった。
ただ事ではない要件にペトラの顔がやや緊張が走ると、一行は亜人族自治区であるエルフの村までたどり着いた。
亜人族自治区は源二だけであればよく立ち入る場所ではあったが、人間の立ち入りが許されないことは基本的になく、周りの森よりも実りが多いのか、それとも管理が行き届いているのかペトラはたまに感嘆の声を漏らしていた。
一行が村にたどり着くと、住まいは木から木へと伝うようにできており、絵にかいたようなエルフの村だった。
源二達はその中にあるジェイデンがいる家に通されると、そこには王城であった朗らかな表情の顔にシワが目立つ初老の女性が座っていた。
「お初にお目にかかります。ペトラさん、ゲンジさん。」
ジェイデンは軽く頭を下げると、ペトラは深々と頭を下げる。
一瞬なんでこんな挨拶をしているのか判らなかった源二は咄嗟にペトラに頭を押さえつけられ、礼をさせられる
ジェイデンは様子をにこやかな表情をうかべると、二人を椅子へ座るよう促す
「さて、今日ここに呼んだのは魔物の異常発生とその行動についてです。
私たちの自治区でも調査は行ってきたのですがここ最近きっぱり見かけなくなってしまったという報告を受けていたのですが、今日私たちの兵が魔物と遭遇しました。
以前ギルドを通して報告を受けていた通り、本来行動を共にしないはずの個体同士が確認されたのですが...
その魔物たちが逃げて行ってしまったのです。」
ペトラは驚いた様子で立ち上がる。源二はその異常さがあまり理解できなかったが、芽亜李までもが驚いた表情を浮かべていることから、この事態の異常性がうかがえる。
魔物はその修正上、人間に襲われるというより人間に襲い掛かるという感覚に近く、強い魔法を使える人物を意図的に避けることから何らかの方法で魔法の使用者の強さを認識して攻撃を仕掛けているといわれている故に、最初から逃げるという選択肢は持ち合わせていない。
それ故に今回の報告は信じられないといった結論に至るのであった。
ペトラがその場に立ち尽くしていると、勢いよく部屋にエルフの青年が駆け込んでくる。
「何事か!」
身内の失礼を叱咤するように強い口調で言い放つ。しかし青年はそれを全くもろともしなかった
「ウェインフリート地方辺境伯の一部、及び神聖エイレーネ帝国の一部辺境伯と連合小王国軍が反旗を翻しました!」
突然の報告に一瞬の空白が生まれる。
ペトラはさらに信じられないという表情に、芽亜利は楽しくなってきたと言わんばかりに狂気がこもった笑みを浮かべていた。
「そうか、下がってよい。」
青年はすぐさま退室すると、ジェイデンは考え込むような恰好を見せる
「ペトラ殿、私はこれより王宮に向かう。及び立てして申し訳なかったが、この話はまた。」
「もちろんです。この度はお会いできて光栄でした。」
ペトラは深々と礼をすると、部屋を後にした。
その後、源二達一行は森を駆け抜け、街を目指していた。
やがてギルドの受付所までたどり着くと、ペトラたちを待っていたかのように冒険者ギルドの局長が待っていた。
「ペトラさん、こっちこっち」
局長は少し小太りな優しい顔のおじさんで、とても冒険者の関係者とは思えないほどの優しさが表面にまであふれている人だった。
「パーティーの件、今年もありがとうございました。早速ですが、ウェインフリート帝国の地方辺境伯統括領であるグラズ、リュッセンガルを収める三人と、連合小王国の一人クロセス・フロスト、神聖エイレーネ帝国の地方辺境伯数名が新王国であるカールスタッド王国の樹立を宣言しました。」
「自称王国の樹立...」
「左様です。皇帝陛下は早速出兵を決めたそうです。つきましてはギルドにも協力要請が来ましたので...」
「わかりました。冒険者たちにはそのように伝えておきます。」
「後ほど受付からも声をかけておきますので、よろしくお願いします。」
「はい、それでは。」
ペトラはだいぶ焦った様子で受付を後にする
「あなたたちも行くところがあるでしょう?今日は一旦お別れしましょ」
やっと状況に追いついたのか思い出したようにとりあえず拠点まで戻らなければと思い、ペトラと別れる。
源二はかなり緊張した様子で拠点へと走って戻った
拠点へ戻ると、エマがいつもの如く書庫で本を読み漁っていた
「エマさん!なんか反乱が起こってるって!」
「ああ、知っとるぞ。カールスタッド王国の樹立の件じゃろ?」
「なんでそんなに落ち着いていられるんですか!戦争するんですよ!?」
「今すぐ始めるわけではあるまい。とりあえず落ち着くのじゃ。」
源二はここに来て初めて一人だけ興奮していることに気づき、落ち着きを取り戻そうと椅子に座る、芽亜李に出されたお茶をのんでいると、やがてクリスとフォールンが帰ってきた。
「やあ、ゲンジ君。早いね!」
フォールンはウキウキとした様子なのか、少し声が高揚していた
「ゲンジ、ギルド関連の報告を頼む。」
源二は言われた通り、ギルド局長に言われたことを報告するとクリスは表情を一切崩さずに頷く。
「それで、魔物の件は」
今なぜその報告が必要なのかはわからなかったがとりあえずそれについても包み隠さず報告をすると、少しして口を開く。
「エマ、ゲンジの二人は戦線に参加しろ。私とフォールンはゲンジの追っていた魔物の調査を引き継ぐ。
我々の目標は現ウェインフリート領であるグラズ、リュッセンガルの奪還。それ以上の侵略行為に関しては我々は関与しない。」
源二はクリスとフォールンが調査に出向くと、机に突っ伏した。
「大丈夫かの?」
「正直、怖いです。」
「まあ、お主の初陣じゃからな。当然じゃろう。」
「いや、戦うことじゃなくて...俺が人を殺すことに...」
「前から思っていましたけど、なんでゲンジ様は人を殺めることを拒まれるのでしょうか」
芽亜利が問いかけると、源二は自分の心がますますわからなくなっていた。人を殺してしまうということはしてはならないこと。そんな概念が消失した源二にとってはちょっとした自制行為に過ぎない。しかし、長い年月をかけて育まれてきた精神はそう簡単に殺人という行為を許容はできない。しかし、固定概念として植え付けられていたからこそ、その真を問われたときに明確な回答を得られなかったのであった。人は人を殺してはいけない。この回答が一切の意味を持たなくなった源二にとってはかえってその意味を深く考えさせていた。
「わからない。」
「まあ、無理に人は殺めなくともよい。今のお主ならそれも可能じゃ、じゃが...敵に情けはかけるでないぞ。お主はそう思っていても敵はそうは思っていない。隙を見せれば奪い取られるぞ。」
エマは真剣な声で、源二にアドバイスすると思春期の青年の中にその言葉が深く突き刺さる。
源二はその時、僕らの先祖もこういう気分を味わったのだろうかと思考を巡らせていた。
出兵日の前日、アルレイド・センの部屋にはクリスの姿があった。
「セン、第三権力である我々も出兵に同行することに決定した。これは正式な決定だ。」
「それは頼もしい!だが、まさかお主が出るのか?」
「まさか、エマとゲンジを向かわせる。条件は二つ、我々はいかなる指示を受けない。それと、不法占拠されたグラズ、リュッセンガルの奪還以降は助力しない。」
「十分だ。だが、ゲンジ君は冒険者として扱わせてはくれないだろうか。なに、エイレーネに喧嘩を売るつもりはない。もしもの時に備え、こちらにも切り札が欲しい。」
クリスは表情を一切変えず続きを促すと、センは深い笑みを浮かべながらも続きを話し出した。
「ウェインフリートもエイレーネも同様に汚点を背負ったわけだ。だが、もしエイレーネに借りを作ることができればと思ってな。」
「なるほど、一考の余地がある。では、源二の処遇に関しては追って知らせる。それまでは先ほど伝えた通りだ。」
「わかった。感謝する。」
出兵当日、帝国の兵士達やギルド関係者たちは民たちから激励され、見送られながら帝都を後にした。どの世界でもやることは同じかと遠目でその様子を源二とエマ、そして芽亜利が見ていると別ルートで駐留地へと向かった。
駐留地へとたどり着くとそこには武装した人々でごった返していた。
酒を飲みかわす人々、装備を確認する人や馬を確認する人、駐留地になった街の人々もやってきた兵士たちを相手に忙しそうに働いていた。
その光景に源二は圧倒されていると、エマに急かされ馬を降り管理する兵に預ると彼女の後に続くと、源二達はその街の伯爵廷へとあたりまえといった表情で入り、メイドに部屋の場所を聞き作戦を立てているであろういわゆる本部へと入室した。
部屋の中には皇帝はいないものの、皇帝の側近の人物やパーティーで見かけた貴族たちが顔を連ねていた。ペトラの姿もその中にあった。
源二達は黒いローブを深くかぶっていたが、それを脱ぐと声にならない悲鳴が伝わると、ある貴族が言葉をこぼす
「ブラッディーメアリー...なぜここに...」
「ああ、これは連れじゃ。我々も第三権力者として正式に助力することに決定した。」
エマがそう言い放つと、パーティーでは華やかで気品のある顔を作っていた貴族たちの口元が引きつり、不格好な笑みを浮かべながら源二達を迎えた。
しかし、作戦の内容などは聞くことはなく当主に部屋を貸せと催促すると客室でだらだらと過ごしていた。
「エマさん、第三権力ってなんですか?」
「話していなかったかの?我らはウェインフリートを収める第三の権力者と呼ばれておってな。どうでもよいことじゃが、第一が皇帝、第二が亜人族代表、そして我々が相互にウェインフリートを管理しているということになっている。最も童やフォールンは何もしとらんが。」
「クリスさんですか?」
「そうじゃ。クリスが全部やっておる。童の顔が利くのはエルフ族くらいかの」
源二は知らず知らずのうちにとんでもないところに所属してしまっていたのかと胃がキリキリと痛む感覚を覚える
「あの、それにしてもなんでこの部屋なんでしょうか。」
「仕方ないじゃろ、多くの貴族がおるのに童たちだけ一人一部屋というわけにはいかないんじゃろ。まともに休息する場所があるだけましじゃ」
「いや、そこまでとは言わないですけどなんで寝床が二つなんでしょうか」
「童が一つ、お主と芽亜利で一つじゃ。それにいつもお主らは寝床を共にしているじゃろ」
「は?」
源二は突然伝えられたことに咄嗟に芽亜李の顔をみると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「もしかして...」
「あら、私とて鬼ではございません。ゲンジ様の了承なく子を仕込むようなことはしておりませんわ。」
確かに、以前当たり前のように一緒に寝ようとしてきたことを拒否したことがあった。というのも、思春期の男が年頃の女性と一緒に寝床を共にするという状況は幸福であることに間違いはないものの、純粋に気疲れの激しい源二はさらに悩みの種を増やしたくはなかったし、芽亜利はただでさえ言動の一つ一つが怖い。そして極めつけは絶対に子供を作るということが源二には責任が取れないという理由で断ったのだった
しかし、こともあろうにこの少女はその拒否をばれなければ犯罪ではないと言わんばかりに寝ている間だけ寝を共にしていたのである。やはりこの少女は良くも悪くも恐ろしいと心の中で再認識すると、ドアがノックされる。
エマは魔法でドアを開くと、そこにはペトラが立っていた。
気を利かせたのか、エマは部屋を後にする
「もう、来ないかと思ったじゃない。それにしてもあの登場の仕方は何!?あんたのせいでパーティーで一緒にいた私が質問攻めにあったんですけど」
源二はペトラのいつも通りの叱咤に苦笑いを浮かべていた。
その頃、シャルロットが収めるパラトスでは緊張が走っていた。
「それにしても、不幸中の幸いですわ。皆様がまだここにとどまっている間に反乱が起こって。」
「大丈夫なんですか?反乱なんて。」
「ええ、彼らは新王国を建国したといっているのです。別に侵略行為を働くということではありません。時期にお父様が話し合いを持ち掛けるか、あるいは兵がここに集結します。
もちろん、私たちの街は近隣の領地の叛逆によって国境となってしまいましたが、それでもいつも以上に警戒をしておりますのでもうしばらくの辛抱です。
今下手に動いては敵の斥候があたりをうろついているやもしれませんから、ここにとどまるのが良いでしょう。」
シャルロットと、鏡花達一行は街の兵士たちが慌ただしく準備をする様子を下に見ながら食事をとっていた。
シャルロットと女子生徒たちはすでにかなり親しくなっており、意中の男性の話や、人気の高い貴族の話、好きな食べ物や、鏡花達が前の世界で食べていた甘味や料理などをこの世界の食べ物を使って再現していた。
実際にその料理の数々はこの世界の料理とは目新しさという観点でも味という観点でもやはり一線を博していた。
シャルロットは女性ということもあり女子生徒の作る甘味や装飾品などの女性的な感性がより女子生徒たちの仲を深めていた。
龍弥や正吾といった男子生徒も最初は女騎士たちを妄想の中であられもない姿に剥いて妄想を膨らませていたが、より距離感を縮める為に剣の手ほどきや魔法の手ほどきを受けていた。
騎士たちも優秀だったものの、ローザは副団長として忙しく代わりに副団長の一つ下の階級である、副団長補佐の任についていたミーシャという女性を紹介してもらうと、手解きを受けていた。
ミーシャもローザとは少し違う系統なものの凛々しいクールな印象の騎士で、深い青色の髪を一つに結んだ女性で、思わず龍弥と正吾は目をとられながらも、彼女のあまりの厳しさに次第に訓練をまじめに受けるようになっていたのだった。
それに加え、この世界に来てすでに長い時間が経過しているということもあり城での暮らしもすっかり慣れていた鏡花達にとっては、むしろこの場所は宮廷よりもクラスメイトの人数が少ないため、より質の高いもてなしを受けていた。それにより、身近で反乱がおきようともこの天国のような場所を誰も離れようとはしなかった。
やがて食事が終わり、それぞれが寝床へ着く。
街は城壁がまだ明るい灯をともしていたが、鏡花達は気も知れず今夜も深いまどろみの中へ意識を手放した。
シャルロットもまた、今日の報告を副団長であるローザなどに聞き眠った。
身体を激しくゆすられシャルロットが意識を覚醒させる
「殿下!殿下!起きてください!殿下!」
「なにがあった!」
ローザは青ざめた顔で短く切りそろえた髪を乱したまま答える
「パラトスが包囲されました...」
「いつの間に伏兵が!」
「いえ、兵ではございません...魔物です...」
シャルロットさんはかなり優秀なお姫様ですが、まあ可哀そうですよね。




