22 恵みの雨
王都の外に出て、こちらに向かってくるマンイーターの群れに目を向ける俺達。目の前には、大きな樹木に目と口が出来、太い枝の様な両腕、まるで御伽話に出て来る木のお化けのような姿をした魔物が物凄い速さで向かってきた。
「一見すると強そうには見えないんだなが」
「まぁ、通常だったら物凄く打たれ弱いから物理攻撃を加えた瞬間にボロボロに砕けるんだけど」
「枯れ木じゃないあのマンイーターに、物理攻撃はおろか斬撃が通じるとは思えません」
「だよな」
普通に剣で切っても表面を傷つけるだけし、殴ってもこっちが怪我をするだけだ。北方にいる本家よりも格段に打たれ強いだろうな。
「ルータオ王子には悪いが、やっぱり火を使わない訳にはいかないな」
「そうね。ファングレオの牙でも引き裂けないだろうし、ファイヤードレイクを呼ぶしかないわ」
「そんな事よりも、来ますわよ」
マリアの声に俺とシルヴィは、素早く剣を抜いてもう50メートルもない距離まで迫っているマンイーターを睨んだ。本当にあんな足でここまで速く走れるな。ここまで来ると、マンイーターの王都侵入を完全に防ぐことは出来ない。
「行くぞ!」
「はい!」
「出て来い、ファイヤードレイク!」
俺達がマンイーターの群れに突っ込むと同時に、シルヴィは召喚術でファイヤードレイクを召喚させた。
「ファイヤードレイクは南側からマンイーターの群れを倒して!」
シルヴィの命令に、ファイヤードレイクは「ガアアァ!」と咆哮で答えて、南側から順にマンイーターを炎で焼き尽くしていった。やはり火が最も有効みたいで、ファイヤードレイクの吐く炎でマンイーターは燃え上がりそのまま動かなくなった。
「あちゃー!はぁー!」
人間離れした馬鹿力で、マリアはマンイーターを殴る蹴るなどして次々に倒していった。
(素手でよく木の化け物と戦えるな)
しかも、殴られたマンイーターは粉々に粉砕した。本当に人間なのだろうか。
「それを考えると、俺がこの中で一番のクソ雑魚じゃねぇか!」
何て叫びながら、俺は聖剣でマンイーターの身体を次々に両断していった。こちらに向かって伸ばされた蔓は、火の魔法で全て焼き払った。でも、逆に言えばそれしか出来ない。
「何言ってんの!竜次だってかなり強いじゃん!」
「いや、俺はシルヴィやマリアみたいに突出した何かを持っている訳ではない!そもそも、俺1人の力なんてちっぽけなもんだよ!」
与えられた恩恵の「奇跡」も、俺1人だけだと精々身体能力の強化と記憶力の向上、技術習得速度の向上くらいなものだ。2回目の大襲撃の後に見せた、洗脳を解く力はシルヴィの力も借りないととてもじゃないけど使えない。
そう考えると、この世界の聖剣士って1人だととても無力だ。パートナーがいないと、本当の力が発揮できないくらいに。
「私だってちっぽけだよ!召喚術が仕えなければ、剣と魔法で普通に戦うしか出来ないんだから!竜次がそこまで思い悩み事なんてないわよ!」
「シルヴィ!」
俺が叫んだ瞬間、シルヴィは足下に迫って来た蔓を魔法で焼き払った。
「それに、ただ叫んだだけで竜次の意図が伝わるって、まるで一つになったみたいで私は嬉しいわ!竜次のパートナーなんだって、私が竜次だけのものだって実感できるから!」
「ッタク!」
嬉しいこと言ってくれるじゃないか!
これも恩恵の力なのか、自分とシルヴィに迫る危機をいち早く察知する事が出来る。その為、万に一つでもシルヴィを危ない目に遭わせることは出来ない。遭わせてはいけない。
その後俺は、シルヴィの身に危険が迫ったら真っ先に助けてあげられるようにしながら戦った。
「顔がにやけてるわよ!」
「気のせいだ!それより、この化け物どもを駆逐するぞ!」
「えぇ!」
互いに背中を合わせて聖剣とファインザーをそれぞれ構えると、俺とシルヴィの右手から金と銀のフェニックスの紋様が浮かび上がり、身体の底から力が溢れ出してきた。
「シルヴィ!俺の背中、任せたぞ!」
「竜次こそ!私の背中は任せたわ!」
たくさんのマンイーターに囲まれているというのに、俺の気持ちは怖いくらいに落ち着いていた。シルヴィを身近に感じ、傍にいてくれるだけで安心感が生まれる。こんな感情は今まで感じたことが無かった。
そのお陰なのか、聖剣の切れ味が更に鋭くなっていき、太いマンイーターの身体を一撃でスゥと両断できるまでになった。東方にいる集団は俺とシルヴィとマリアで、南側にいた集団はファイヤードレイクのお陰で何とか侵入される前に駆逐する事が出来たが、それ以外の集団は町の中に入ってしまい、避難している人達を襲っていた。しかも、マンイーターに有効なファイヤードレイクは時間切れにより召喚陣から住処へと帰った。
残りのマンイーターを、俺達だけで駆逐しないといけない。
「行くぞ!」
「「はい!」」
町に入ったマンイーターを駆逐する為に、俺達は再び王都へと入っていった。検問所には誰もいなかったので、お金も払わずに入った。金貨を80枚も払ったのだから、何年かはタダで入れてもいいだろ。
「最悪だな」
王都に入ってすぐ、俺達はその光景に愕然とした。町に入って来たマンイーターたちが、手当たり次第に人間を捕まえては次々に捕食していった。
シルヴィから聞いた話だと、最初は蔓を使って相手の養分を吸ってから改めて捕食するのだと。
だけど、あのマンイーター共は最初から生きた人間を捕まえて食っていき、蔓は人間を捕まえる為に使っているみたいだ。
そんなマンイーターに対して、この国の騎士達は戦おうともせず物陰に隠れてガクガクと震えているだけであった。国民が危険に晒されているというのに、自分達は隠れてやり過ごすなんて本当に何の役にも立たないな。
逃げ惑う住民の中には、松明を持って威嚇している人もいるみたいだが、殆ど効果がないみたいであった。
「シルヴィ。この状況を覆せる魔物はいないのか?」
「いないわ。それ以前に、そんな魔物なんていないわよ。逆に被害を甚大にさせてしまう魔物ばかりよ」
「そうか」
やっぱりそう都合よくいかないか。
「となると、一匹ずつ地道に潰すしかないのか!」
「楽をしてはダメって事でしょう!」
「それ以外に手段はないって事ですね!」
正直言ってあまり気が乗らないが、それ以外に方法がないのなら仕方がないか。先ずは、人を捕まえている個体から倒していきながら、周りにいる他の個体も潰すという形になる。本当なら火を使って一気に焼き尽くしたいが、住民がまだ町に残っているこの状況でそれは出来ない。
だが、俺が一番腹を立てたのは
「何やってんだよ!もっとまじめに戦えよ!」
「アンタ達のせいで、家が滅茶苦茶になったじゃないか!」
「何で侵入を許したんだ!」
「食われた家族を返せ!」
マンイーターにではなく、助けてあげた俺達に罵声を浴びせる無神経で自分勝手な住民であった。
コイツ等、助けてもらうのが当たり前だと思っているのか、せっかく捕まっている所を助けてあげたのに何で文句や罵声を浴びせられなくちゃいけないんだ。それも、助けてあげた人全員から。
「一人二人ならまだ聞き流せるけど、何なのここの連中は!何でこんな奴等の為に戦わなくちゃいけないのよ!」
俺が必死で声に出さないようにしているのに、シルヴィは声に出して不快感を露わにした。だが、気持ちは分かる。
感謝をしろとまでは言わないし、見返りなんて最初から求めてなんていない。でも、だからってあんな酷い事を言う事は無いだろ!こちとらそんなアンタ達を助ける為に戦っているのに、何でそんな俺達を悪者扱いするのだ!
助けた住民の中には、マンイーターを倒した直後に石やレンガを俺達に投げてくるような奴もいた。
「出て行け!この悪魔が!」
「アンタ達のせいで、私達の生活が滅茶苦茶じゃないか!」
「お前達のせいで、俺達の大切な平和が無くなってしまったじゃないか!」
「死ね、この悪魔!」
国王があんなクズなら、国民もクズという事か!
自分達の平和を脅かす奴は全て敵で、自分達の平和を確約して保証してくれる奴こそが味方という認識を持っているのだろうか!
やっぱり、こんな連中なんか助けてやる必要なんてなかった!
「いい加減にしろおぉ!」
そんな俺の怒りを代弁するかのように、王城から聞き覚えのある声が聞こえた。それも、かなり強い怒気が篭っていた。
マンイーターが周りにいない事を確認してから、俺達は王城の方へと目を向けた。声の主は、ルータオ王子であった。マイクに似た特殊な魔法道具を使って、ルータオ王子は住民全員に向けて怒りを露わにした。
「我々の為に戦ってくれた人達を悪人呼ばわりして、あまつさえ石やレンガ投げるなんて事が許されると思っているのか!貴様等は何時からそんなクズに成り下がったんだ!」
住民も、まさか一国の王子の怒りが自分達に向くなんて想像すらしていなかったのか、大きく眼を見開いて信じられないと言った顔をしていた。その様子だと、反省するどころか何故自分達が怒られているのも分かっていない様子であった。
「よく聞け!これが魔人共の影響だ!我々がのうのうと暮らしている中、他の国では魔人共と日々戦っている!これが今のこの世界の現実だ!今回来てくださった聖剣士様御一行だって、魔人共から我々の世界を守る為に戦っているのだ!今回だって、我々を助ける為に命がけで戦っているのだぞ!それなのに罵声を浴びせる事が許されると思っているのか!石やレンガを投げつけ、悪魔呼ばわりするなんて許される訳がないだろ!貴様等は人間の中のクズだ!」
現実を突きつけられ、自分達の行った行動を咎められ、更にはクズとまで言われた住民達は皆その場に崩れ、塞ぎ込んだ。
「嫌だ嫌だ!戦いなんて嫌だ!」
「こんなに辛くて悲しい事をするくらいなら、最初から目を背けた方が良かった!」
「こんなの夢だ!こんなの夢だ!こんなの夢だ!こんなの夢だ!」
「こんな現実、残酷すぎるわ!」
受け入れたくない現実を前に、住民達はただ嘆き叫んだ。
そんな住民達に追い打ちをかけるかのように、ルータオ王子は縄で縛った実の父でもある王の襟首を掴んで前に出させた。
「よく聞け!この男こそが、このような状況を招いた元凶だ!」
その言葉を聞いて、住民達は再び一斉にルータオ王子の方を向いた。縄で縛られた国王は、絶望に満ちた顔をしていた。
「この男は、国王でありながら国民の事を一切考えず、ただただ己の求める平和のみを求め、怠け、目を逸らし、国民が苦しもうとも、騎士達が汚職に手を染めようとも意に介さず、怠惰の限りを尽くした!今回の事も、事前にマンイーターがいた事を知っておきながら、この男は何もしようとはせずそこから目を逸らして現実逃避を図った!そのツケが、今このような事態を招いた!」
国王の腐り切った性根を知り、住民達の怒りは俺達から国王の方へと向けられた。
「この男は死刑になる事は確実!だが、今は我々を助けに来てくださった聖剣士様の為に、皆も一致団結して戦わねばならない!我々はもう十分に逃げてきた!今度は剣を取って共に戦う時だ!」
ルータオ王子の言葉で目を覚ました住民達は、それぞれ武器を手にマンイーターに立ち向かっていった。
「王子の言葉だけで、住民が動くなんて」
「それだけルータオ王子が、この国の人達から高い支持を得ているという事です」
「お陰で、住民の怒りが国王と騎士達に向いて助かったわ」
「ああ」
お陰で、こちらも戦いやすくなった。
ルータオ王子のお陰で、住民達から害意を向けられる事が無くなり、俺達はマンイーターを狩る事が出来た。普通の樹木の姿をしている為、普通の剣では傷を付けるのがやっとだ。
だけど、俺の持つ聖剣と、シルヴィの持つファインザーならほとんど手ごたえを感じる事無く切る事が出来る。マリアは規格外だから、パンチとキックだけで粉々に粉砕なんて普通は不可能だから。
「とは言え、流石にこの数はキツイな!」
「私だって、これだけの数のマンイーターを相手にするのは初めてよ!」
「王子の言葉で奮起してくれるのは構いませんが、これではたくさん犠牲者を出すだけです!」
「確かに!」
松明一本では胴体に焦げ目をつけるだけだし、剣や斧では浅い切り傷を付けるだけ。木ってこんなに強かったのだなって、改めて実感した。こりゃ、本当に山火事クラスの火がないと全滅させられないのかもしれないな。松明で倒すにしても、大量の油が必要になる。
(正直言って、加勢なんてされても迷惑だ!)
何も出来ずにただ食われるくらいなら、どうか何もしないでさっさと安全な所へ避難して欲しいぞ。無駄に命を散らせるものではない。
というか、こういう時に騎士が先導して住民を誘導して避難させていかなければいけないのに、王子の言葉を聞いても尚物陰で縮こまって震えていた。本当に使えないな!
「ま、この国騎士共がぐうたらの税金泥棒だから、王子はわざわざ俺やマリアを頼って来たんだろうけどな!」
税金泥棒という言葉が余程効いたのか、半ばヤケクソ気味ではあったが騎士達がようやく重い腰を上げて剣を抜いた。今頃剣を抜いても遅いんだよ!残ったマンイーターは、もうそんなにいない筈だから今更加勢されても邪魔なだけだから!
「お前達!火を放って一気に焼き払うぞ!」
「なっ!?」
「おい!」
「馬鹿なのですか!?」
ちょび髭の生えた騎士の命令で、騎士達が一ヶ所に集まって一斉に火を放った。だが当然、その火がマンイーターを焼く筈がなく、代わりに逃げ遅れた住民と、家屋が燃やされていった。
建物が燃やされた事で、王都の北側と西側が炎に包まれる大災害が起こった。
「あの馬鹿!住宅や逃げ遅れた人達がいる中で、あんな魔法を普通使うか!」
「実戦経験が皆無ですから、それが分からないのでしょう!」
だからと言って、これはあまりにも酷過ぎるぞ!確かに、燃え広がった炎によって残ったマンイーターは全て焼かれて灰になったが、そのせいでもっと多くの人が炎に焼かれて死んでいったぞ!だからそんなやり切った顔をするな!
「まったく!余計面倒な事をしやがって!」
当然の事ながら、火を放った騎士達は称賛される事無く、住民達からかなり酷い罵声を浴びせられ、ルータオ王子やミエラからも厳しく非難された。あ、指示を出したちょび髭のおっさんが一般人に剣を奪われて、その剣で首を刎ねられた。
「クソッ!」
単純に水を放っても効果がないだろうし、この炎で風を吹いても逆に火の勢いを強めてしまう。
(どうすればいいんだ!)
燃え盛る炎を睨み付ける俺の手を、シルヴィがそっと握って来た。
「落ち着いて。竜次なら出来る。私も協力するから」
「シルヴィ」
「竜次は独りじゃない。あなたの隣には、何時だって私がいるから」
「ああ」
俺は、本当に無力な人間だ。
いくらフェニックスの恩恵があっても、俺一人では何にもできないただの人間だ。こうして危険な魔物と戦えているのも、恩恵とシルヴィがあってのもの。俺一人ではとてもじゃないけど、ここまで強くなる事は出来なかった。
シルヴィが何時でもいてくれるから、俺はどんな時にも立ち向かう事が出来たのだ。
「ずっとそばにいてくれ。俺にはシルヴィが必要だから」
そんなシルヴィの為に、俺は戦いたい。その為に俺は、この世界に召喚されたのだと思う。
彼女と共に暮らすこの世界を守る。
(だから欲しい!この大火災を消す力が!)
その瞬間、俺とシルヴィの紋様がまた強い輝きを発し、身体の奥から新たな力が湧いて出てくるような感覚を感じた。
「シルヴィ」
「えぇ」
俺とシルヴィは、それぞれ繋いでいない方の手を挙げて意識を集中させた。
「温かい。まるで、竜次に抱き締められているみたい」
「俺もだ」
この世界の聖剣士とは、聖剣を持つ者とそのパートナー、2人揃って初めて本当の聖剣士と呼ぶことが出来る。俺とシルヴィは、2人で一つなのだから。
それを改めて自覚した瞬間、空を分厚い雲が覆い、王都全土に雨が降った。その雨が徐々に火の勢いを弱めていき、10分後には火は完全に鎮火した。
「終わった」
「えぇ」
雨に打たれながら俺とシルヴィは、一気に全身の力が抜けてその場に座り込んだ。同時に、紋様も消えた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
火が消えた瞬間、住民達が歓喜の声を上げて喜んだ。
「これが、フェニックスの聖剣士の力……」
「まさか、シルヴィア様がフェニックスの聖剣士様のパートナーだったなんて……」
ルータオ王子は、この危機的状況に雨を降らせて終息させた俺に驚きの声を漏らした。
ミエラは、シルヴィが俺のパートナーだった事に驚いていた。聖剣士のパートナーは生まれる前から決まるものだから、その内の1人がシルヴィだったのだから、無理もない事であった。
「2人とも、お疲れ様」
労いの言葉を送ってくれるマリアは、家屋の壁に寄りかかりながら天を仰ぎ、俺とシルヴィが降らせた雨を眺めた。
「竜次……」
「いつもありがとう、シルヴィ」
肩に頭を乗せるシルヴィを、俺はそっと抱いてあげた。
「抱き締めて」
「ああ」
要望通り俺は、そっとシルヴィを抱き締めた。
その後、雨は1時間後に止み、後にこの雨は「奇跡の雨」と呼ばれるようになり、アルバト王国全域に広がる事となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マンイーター騒動が終息した翌日。
これまでの悪事がすべて露呈されたゴディパフ国王は、斬首刑による死刑が執行された。国民の安全を蔑ろにし、騎士達の汚職からも目を逸らし、自身の平穏にのみに力を注いだ怠惰の化身の様な王は最後まで自分の考えを改める事無く、国民全員の反感を買いながら首を刎ねられた。
更に調べてみると、この王様ときたら私用で税金をたくさん使い、贅沢三昧していた事が発覚した。欲しい物は全て税金を使って手に入れて、豪遊する時も税金をこれでもかという位に使った。同じような事は、従弟のモロゾとその家族も行っていたみたいで、一族諸共同じ罰を受ける事になった。
これには国民だけでなく、ルータオ王子やミエラはもちろん、うちのお姫様2人も大激怒。国王の処刑の後で、王城に仕えていた家臣達の意識の改めや、同じ事をしてきた家臣や貴族達の糾弾と処分を徹底的に行った。
国王が処刑された事で、ルータオ王子が正式にアルバト王国の新しい国王にる事が決まり、婚約者のミエラは次期王妃となる。結婚は、魔人達の脅威から世界を救ってからという事になった。
国王になるルータオは、先ずはフェリスフィア王国との同盟を表明し、共に魔人達と戦う事を決定した。とはいえ、今の騎士達がてんで役立たずの税金泥棒である為、全員からその地位を剥奪し、新たに募集を掛ける事になった。騎士達の訓練は、ルータオ自らが行う事になった。これにより、この国は少しずつ変わっていこうとしていった。
そうしてすべてが落ち着くのに1ヶ月も掛かった。
「何か、思った以上に長居してしまったな」
「それだけ、ゴディパフの汚職が酷かったんでしょう」
「コラ。新国王の前で、前国王の事を呼び捨てで呼ぶな」
チラッとルータオを見たが、特に気にした様子もなく水着姿のミエラとイチャイチャしていた。そう、俺達は今聖なる泉で水浴びをして穢れを浄化していた。当然、俺の目の前にはビキニ姿のシルヴィがいて、キス出来そうなくらいに身体を近づけていた。というか、もう抱き着いているといってもいい。
「竜次ったら、凄くドキドキしている♪」
「きき、気のしぇいだ!」
「強がらなくていいのよ。私にメロメロになっても良いのよ」
「うううぅ……」
別に意地になる事は無いと思いつつも、やっぱり好きな女の子の前ではどうしても格好をつけたくなってしまうんだよ!前までの俺では考えられなかった事だ!
「お2人さん、イチャイチャのは結構ですが、私も近くにいるという事を忘れないでください」
「お、おう!」
「えぇ~」
コラ、そこで「えぇ~」はないだろ。すぐ隣には、緑色のビキニを着たマリアだっているんだから。マリアとて、目の前でイチャつかれたら面白くもなくなるよな。
「それよりも聞いてください」
「ん?」
「国の諜報員から情報を頂いたのですが、ファルビエ王国北部の荒野にファフニールの目撃情報が出たそうです」
「「っ!?」」
そのファフニールって、もしかしてルータオが1ヶ月前に遭遇したという例のファフニールか!西方にしか生息していないらしいから、間違いないだろう。
詳しく聞くと、そのファフニールのこれまでの進行方向には必ず破壊された町があって、それは少なくとも5つあったそうだ。幸いと言っても良いのか、アルバト王国はファフニールの被害を受けていないそうだ。
「今はまだジッといるみたいですけど、何時動き出してもおかしくないらしいのです」
「でしょうね。ファフニールをはじめとした厄竜は、住処を離れる時は例外なく必ず人里を襲いに行く。他の種類は視界に入った町を手当たり次第に破壊するけど、ファフニールだけは違う」
「どういう事だ?」
「ファフニールは、悪の気が物凄く強い町に引き寄せられる習性があって、襲う町に悪い奴等がたくさん住んでいる場合が多いの」
「気というのは、全ての生き物が身体から発していると言われている目に見えないエネルギーみたいなものか?」
「まぁ、そんなとこ。ファフニールには、その生き物が発する気を色で識別する事が出来るらしく、その中でも特に強い悪の気を発している人物がいる町だけを狙って襲撃するそうなの」
シルヴィの話を聞く限りでは、悪い奴を攻撃するドラゴンのように聞こえるが、実際はそんな生易しいものではない。
ファフニールは、特に強い悪の気を発する人物がいる町を徹底的に破壊し、最終的にはそこに住んでいた生き物全てを殺し尽くすのだそうだ。
そして、最後に強い悪の気を発していた人を食って、一度巣に戻って身体を休めてから新しい獲物を求めて飛び立つのだそうだ。悪の気の強い町を狙って襲撃するのは、その人物が放っていた悪の気を食って吸収する事で、ファフニール自身の力を更に高めていくのだそうだ。
(つまりは、自分が強くなる為に町を襲撃して、関係ない人達を殺すというのか。捕食する訳でもなく)
目的があって町を襲撃し、その度にどんどん強くなっていく分、他の厄竜とは比べ物にならないくらいに危険なドラゴンなのだ。
だが、そこで2つ疑問がある。
「何でわざわざ、襲う町を選り好みする必要があるんだ?飛び抜けて悪い奴ならどの町にもいるだろうから、別に選り好みをしなくても良いんじゃないのか」
人間の心には、善と悪の2つの心が必ず存在する。その為、人間は誰しもが悪の気を持っていて、悪の気を持たない人間なんてこの世には存在しないと言ってもいい。
その為、悪い人間なら世界中何処にでも存在する。シルヴィの言う特に強い悪の気を持つ人間も、全ての町に必ずいる筈。この国にだって、国民から徴収した税金を私的目的で乱用した前国王や、自分達の立場を悪用して乱暴狼藉を働いた騎士達だっている。彼等だって、かなり強い悪の気が発せられていた筈だ。
それなのに、何故ファフニールは彼等を襲わなかったのだろうか?それどころか、この国の被害はゼロときた。こんなのおかしい。
「もう一つは、そんなに強い悪の気を好んでいるのなら、何でキリュシュラインのあの暴君と王女が狙われないんだ」
特に強い悪の気を持つ人物を狙うのなら、西方諸国に戦争を仕掛けては乗っ取っているキリュシュライン王、そんな王の甘い汁を啜って傍若無人に振る舞っているあの王女を何故狙わないのだ。アイツ等の悪の気なら、他のどの悪党とは比べ物にならないくらいに強いだろうし。
「キリュシュライン王と王女が狙われない理由は分からないけど、選り好みする理由は分かるわ」
流石は魔物の専門家、その理由も既に分かっているみたいだ。マリアもその理由を聞きたいらしく、真剣な顔になって聞き耳を立てていた。
「竜次も知っていると思うけど、人間には善と悪の2つの感情があるでしょ。どんなに悪ぶっていても、その心にはわずかに善の気があったらファフニールの捕食対象にはならないの。というか、殆どの人間の気は大体そんな感じなの」
確かに俺もその考えには至った。どんなに強い悪の気を放っていても、やはり人である以上僅かながらも善の気も発しているもの。
だからファフニールに狙われなかったのだな。その僅かな善の気を嫌っているから。
「でも、中にはその善の気すら発していない人間がいるの。そういう人には、決まった特徴が存在するの」
「どんな特徴ですか?」
「人を陥れる事を何の躊躇いもなく平気で行う奴、無差別に人を殺す事に何の後ろめたさも存在しない奴、そして、人から大切なものを無理やり奪ってあたかも自分の物だと言い張る奴。そういう奴の気には善の気は全く存在せず、そういう人をファフニールは狙っているの。流石にその全員がそうという訳ではないけど、殆どは善の気が全く発せられていないの」
確かにいるよな。自分が行っている事が悪だと全く思わず、平然と悪事を行うどうしようもない犯罪者が。シルヴィが挙げた3つの特徴を持つ人間は、その代表の様なものだろう。だからファフニールに狙われているのだな。
「だから分からないの。何でキリュシュライン王と、あの王女が狙われないのか分からないの。だってあの2人、私が挙げた狙われやすい3つの特徴を全て持っているもの」
その理由は流石のシルヴィでも分からないらしく、それも西方諸国がキリュシュライン王国の傘下に入った理由の一つではないかと、シルヴィは推測している。
「おそらく、餌を求めてこんな所まで来たんだと思うの。西方では、フェリスフィア以外は全てキリュシュラインの属国になったから、あまり餌を取る事が出来なくなったんだと思うの」
最初にルータオから話を聞いた時は否定していたが、今の西方諸国の情勢を考えるとあり得なくもない事が分かった。
キリュシュライン王国は、一体何隠しているというのだ。
「それはそうとマリア、例のあの結晶について何か分かった?」
「あぁ、これの事ですね」
そう言ってマリアは、胸の谷間から赤色の小さな結晶の欠片を取り出して俺とシルヴィに見せた。と言うか、何でそんな所にしまっているんだ!
見せてくれた結晶は、2~3センチ程度の小さな赤色の欠片で、パッと見は宝石の様に綺麗だが、触った感じでは小学校の理科の授業で触らせてもらったミョウバンの結晶によく似ていた。
「諜報部隊に調べてもらったら、キリュシュラインで研究が進められていた進化の石に似ているそうです」
「進化の石?」
「魔物に埋め込む事で、その魔物の細胞組織を変化させて、より巨大に、より凶暴に、より完璧な生命体にさせる事が出来る魔法道具の一つです」
「でも、埋め込まれた魔物が皆凶暴になってしまい、手に負えなくなってしまったという事で研究自体が禁止になった代物で、今これを使うと裁判抜きで死刑が確定してしまう程の違法になるの。その為、どの世界でも使用は禁止されていて、かつて研究が進められていたキリュシュラインでも例外ではなく、今では開発されていないわ」
「でも、どの世界でも闇ルートというもの存在していまして、スルトを通じて闇市場では密かに取引されているのです」
どの世界にも、ギャングや暴力団のような組織が存在していて、その中でトップに君臨しているのが「スルト」という犯罪組織である。
このスルトという組織は、危険薬物や武器の密輸入や売買、更には違法な違法な魔道具の開発までも行っていて、その資金を基に巨大な組織へと成長したのだそうだ。
マリアの推測では、破棄された筈の進化の石をスルト何らかの手段で入手し、研究してたくさんの魔物に埋め込んでいるのではないかと言うのだ。
「でも、何でソイツは進化したマンイーターをこんな所に送り込んだんだ?」
「それについてはおおよその想像はついていたけど、今回の調査でそれを行った人物が分かった」
「ただ、それだけではあの人を取り押さえる事が出来ませんでしたので、その後も諜報部隊の力も借りて昨日ようやく証拠を掴む事が出来たのです」
「それで1ヶ月も掛かったのか」
でも、それならすぐにでもその人物を取り押さえる事が可能という事になる。
「なら、明日のあの人を取り押さえるか」
聖なる泉で穢れを落としながら、俺とシルヴィとマリアはその人物を失脚させる為の算段を話し合ってから泉を後にした。




