5.友人
「長谷川~、最近どうよー」
「何が?」
「ほら、もう俺らも社会人二年目じゃん?」
「だなぁ。月日の経つのは早いよなぁ。よくもまぁ丸一年を無事に乗り越えられたと思うぜ。俺らって結構すごくね?」
「実際そうなんだよな。ギリギリ留年を免れた社会不適合者の、どこに出しても恥ずかしい俺らだったのになぁ。俺らは生まれながらに人類の原罪を背負わされているんだ」
「なんだよそれ、意味わからんぞ」
「適当こいたわ」
「知ってる」
「そうじゃなくてよぉ、彼女だよ彼女」
「あー?彼女ぉ~?」
俺はスマホを覗き込んでいた顔を持ち上げて相手の顔を見る。大学からの親友である神田俊平が萎えチンを惜しげもなく晒してだらしなく椅子に腰かけている。その手には塗装中のガンプラが握られていた。
「そうだよ、彼女だよ。俺らももう今年二十四になるんだぜ?知ってたか?」
「マ〇オさんって何歳だったっけ」
「二十八だったはず」
「まじか。タ〇オって三歳じゃなかったか?」
「そうそう。つまりあいつは二十五のときにはもう結婚してるわけ」
「すげぇな」
「で、今俺らは何歳だ?」
「二十三だな。記憶障害やタイムリープとかが起きてなければ」
「そうだ。俺らはもう二十三なんだぜ、長谷川」
「厄年とかそう言う意味か?」
「確かに今年俺たちは厄年だな」
「まじか。冗談で言っただけなのに。後で厄祓い行こうぜ」
「いいな。って、長谷川。厄年のことは今はどうでもいいんだよ。お前、分かってはぐらかしてんだろ」
「当たり前だろ。なんだよ彼女って。俺らにはまるっきり縁のない不毛な話題はやめろよ。大学の四年間でただの一人の女子とも付き合ったことがない俺らなのに。虚しくなるだけだろ」
「そりゃ虚しいけどよぉ、そんな俺たちでもそろそろ現実を見つめ直さないといけない年齢だろ」
そう言って神田が塗装用の道具を片付け始めた。どうやら一段落ついたらしい。
「まぁなぁ」
俺は中断していたスマホゲーをキリの良いところまで進めてから、アプリを終了させると座り直す。
「で、なんだ。急にそんな話をし出して。会社に良い子でもみつけたか?」
「いや、良い子はいっぱいいるが、俺とは全くと言って良いほど縁がない」
「そうか。分かってはいたことだが、身につまされるぜ」
「同期の奴がよ、婚約したって言うんだよ」
「早くね?」
「式自体は来年とかにするつもりだってさ。で、その彼女とは大学からの付き合いらしい」
「あぁ、なるほど。勝ち組だな」
「まぁ、それは否定しない。実際そいつはイケメンだからな」
「そうかぁ」
「この前飲み会があったんだよ。同期でな」
「ほうほう」
「それでな、どうやら結構な数の男どもが彼女持ちらしいんだよ」
「あー……」
「そんな奴らに囲まれながら俺は酒を飲んでいてな。こう、な」
「分かる分かる」
「どげんかせんといかん、と思ったわけよ」
「そうか。で、どうするんだ?始めるか?マッチングアプリとか」
「いやぁ、うーん」
神田は煮え切らない態度だ。
「マチアプってイケメン狙いの女が多いらしいんだよ、聞くところによればな。俺なんてお呼びじゃないだろうな」
「そうなのか?」
「らしいぜ。女遊びしまくりのイケメンたちが複数の女を掻っ攫って行く構図らしくて、俺みたいな凡夫にはお鉢が回ってこないらしい」
俺は神田の顔を見た。
「そうか」
「お前は興味ないか?そういうの」
「いやぁ、うーん……」
「長谷川ならいけると思うんだけどなぁ」
「やめろよ、照れるだろ」
「そこはお前、謙遜するところだろ……フツー」
「俺になんてとてもとても」
「おせぇよ」
神田が汚れた手を洗うために席を立つと、洗面所へ歩いていった。ちんぽをぶらぶらさせながら。
扉の向こうで小さく水道から水の流れる音がする。しばらくして再び戻ってくると、あいつの手にはペットボトルのお茶が二本握られていた。
「ほらよ」
「サンキュー」
一本を俺に手渡して、神田は椅子に戻った。
キャップを回して一口飲む。俺もヤツに倣って一口飲んだ。
「俺、思うんだけどよ」
「うん?」
「お前なら、彼女できると思うぜ、俊平」
俺はそれだけを言った。
「そうか?」
神田の顔が少し明るくなった気がする。
「世の女の見る目がねぇんだよ」
「まるでお前には見る目があるような口ぶりだな」
神田が笑った。
「とりあえずそのだっせぇ髪型を変えて、オタ趣味をちょっと控えめにして、服をせめてしま〇らからユニ〇ロに変えればどうにかなるだろ」
「そういう問題か?」
「俺が知るわけねぇって」
「確かに」
机の上に飲みかけのペットボトルをどんと神田が置く。
「でも長谷川、俺の服はしま〇らじゃなくてG〇だ。二度と間違えんな」
「わりぃ」
「いいってことよ」
日曜の昼下がり。太陽は燦燦と輝いている。
外は青い空がどこまでも広がって、真っ白な雲が形を変えながらゆったりと流れていって、窓の向こうからはどこかの子供が甲高い笑い声を上げながら歩いているらしい。
この部屋の外には、窓一枚を隔てて明るい世界が広がっているのに、この部屋の中は灰色の空気に沈んでいた。
俺たちみたいな人間には、世界は眩しすぎる。
でも、そう思っていたのは俺だけだったのかもしれない。
もうすっかり開き直っている俺とは違い、神田はまだ色鮮やかな世界を諦めてはいないようだった。
「そうか……」
俺の口から零れた言葉を耳ざとく聞きつけた友人は、何だと言いたげに俺を見たけれど、俺は何も言わなかった。
俺はそんな友人の顔をじっと見つめながら考えた。そして、言った。
「合コンとかしてみるか?」
「合コン?お前にそんな伝手があるのか?」
疑わし気な目で見つめてくる。失礼な奴だ。
「お、何だ、お前ぇ。俺をなめんじゃねぇぞ。先輩に頼み込めば合コンの一回や二回、組めなくもないんだからな」
「それはお前の力じゃないだろ」
「あったりまえだろ、女の知り合いどころか、友人すらほとんどいないというのに」
「知ってる」
「だよな」
俺は手持無沙汰になって、もう一度スマホのロックを解除して、別のゲームを起動する。
「そう言えば、お前、最近ジムに通い始めたんだよな?Xで見たぞ」
「お、そうそう。そうなんだよ」
「すげぇな。どういう心境の変化?」
変わり映えのしない運営からのメッセージを読み飛ばす。
「んー、ちょっとな。自分がどう見られるかをちょっと気にした結果というべきか」
「なるほど」
「でもそんな大したことじゃないんだぜ?意識が変わったなんて思ってくれるなよ。まじで下らない理由から始めただけだから」
「そんなに言い訳並べなくてもいいじゃん。恥ずかしいことしてるわけでもないんだし」
「まぁ……、そうなんだけど……」
俺は神田に対してやましい気持ちから口ごもる。
「で、どれくらい行ってんの?」
「週に一二回くらい」
「それで元取れんの?」
「取れてる取れてる。俺個人としては」
「へぇ」
「そのおかげでちょっと筋肉ついた気がするんだよな。体力もついたし」
「確かに。久しぶりにこうして会うことになって、俺最初お前を見たとき違和感を覚えたもん」
「だろ?腹まわりもすっきりした気がするぜ」
「腹かぁ」
そう言って神田は自分の腹の肉をつまむ。
「大学のころはこんな肉ついてなかったのにな。一年でこんな悲しいことに」
「ストレスかねぇ」
「ストレスだろうなぁ」
「で、どうするよ」
「何が?」
「ばっか、お前。合コンの話だよ」
「そうだなぁ」
友人は考えるような態勢ををとる。
「俺と仲いい先輩が結構格好良くてコミュ力あるから、お願いすればかわいい子集めてくれると思うんだよな」
「ふーん」
神田は考える風に虚空を見つめた。
「お前は合コンしたことあるのか?」
「一回だけ誘われて、な。でもほら、俺コミュ障なところあるだろ。気まずくて。そんで、先輩にも迷惑かけられないから、その一度きり。それ以降は行ってない」
「お前がコミュ障なら俺はどうなるんだよ」
「お前はやればできんだろ」
「いやー……。てか、お前俺らと話してるときは全然コミュ障っぽくないじゃん。お前が駄目ならやっぱり俺も厳しくね?」
「大丈夫だろ。結構女の子から話しかけてきてくれるぜ?先輩も気を聞かせて話振ってくれるし盛り上げてくれるし」
俺は神田を安心させるためにそんなことを矢継ぎ早に言った。そんな俺の言葉に神田はしばらく考えて、口を開いた。
「やっぱやめとくわ」
「そうか?遠慮しなくていいんだぞ」
「お前の先輩と俺って面識ないじゃん?迷惑かけるのはお前に悪いよ」
「気にすんな。もし心配なら俺も参加するし」
「いや、うん……。でも、やっぱ。うん、ありがたいけどいいわ」
「なんで?」
「今すぐじゃなくていいかなって思って。その前に、俺もジム始めて見ようかなって思ったんだわ」
「へぇ、お前も俺のこの引き締まった体にあこがれちゃったか?うん?」
「馬鹿がよぉ、調子にのってっと潰すぞ」
「っス」
「合コンに参加する前に、まずはこの腹を凹ませてからでもいいかなって思ってよ」
「まぁ確かに一理ある。もてたいならある程度もてるための努力が必要だよな」
「それな」
「それなら、お前の決心が固まった時にまた声をかけてくれよ、俊平。お前のためなら俺、一肌脱いでやってもいいぜ」
俺はおどけるようにして神田に向かって力こぶを作って見せる。
「ありがとよ、啓介」
「いいってことよ」
俺はログインボーナスを全て取得して、スマホの画面を閉じた。デイリーミッションをする気にはなれなかった。
「なぁ、腹減らね?」
神田がそう言うと、なんだか急に空腹が意識され始めた。
「減った減った」
「食いに行こうぜ」
「いいねぇ、どこ行く?」
「中〇だろ、常識的に考えて」
「北〇ラーメン、いくか?」
「あたりめぇだぁ」
「お前、そう言って前回腹壊したの忘れたのか?」
「半年も前のことだ。覚えているわけがないだろう」
「ケツの穴がもてばいいんだが」
「もたせるしかあんめぇ!」
ガハハと笑いながら俺らは財布を掴んで立ち上がると、揃って部屋を出た。
「そうだ、長谷川。今度お前の通ってるジム教えてくれよ」
「なんでだよ」
「俺もそこに行くからだよ」
「なんでだよ」
「一人だと怖いだろ」
「嘘だろ?」
「何だよその顔。やめろよ、照れるだろ」
「いい歳こいて一人でジムも通えないとか、お前やべぇよ」
「やばくねぇよ」
神田が自分の部屋の鍵をかける。
「腹減りすぎて死にそー」
「一食抜けばちょっとは痩せるかもしれんぞ」
「俺は食べて痩せたいの」
「宇宙の法則が乱れる!」
「そしてインフルエンサーになるぜ」
「ダイエットの?」
「そう。食べるダイエットを広めるんだ」
俺は神田の腹の肉を掴んだ。
「キャー、啓介さんのえってぃ」
「この腹はやべぇよ」
「これからジムに通うんだから大丈夫だって」
「サラダバーのある店に変更したほうがいいんじゃないか?」
「今はラーメンの気分なんだよ。そしてこれは未来への投資。筋肉に変換するための肉が俺たちには必要だろ」
「へぇへぇ」
俺は一足先に歩き出す。
「そうだ、長谷川」
そうしたら、背後から声を掛けられた。
俺は振り向きざまに返事をする。
「夏になったら海に行こうぜ。お盆とかにでもよ。休みだろ?」
「海だとぉ?ナンパでもするんか?」
「ったりめぇよ。俺はそのころにはムキムキのマッチョメンになってっからよ。女なんてよりどりみどりよ」
「ひゅーかっこいい~」
「期待してろ」
「失敗する方に百ペリカな」
「なんでだよ」
「なんでって、お前……。大学二年の時のこと思い出せよ。忘れたとはいわせねぇぞ」
「う、頭が」
「二人で見た夕暮れの海はきれいだったな。お前はまたあの夏を繰り返すというのか?」
俺がそう言うと神田が俺を追い越して走り出す。
エレベーターを通り過ぎて階段へ。
「俺は過去は振り返らない男なんだわ」
「いや、過去から学べよ」
「俺たちには明るい未来が待ってるぜ」
「キャー、かっこいー」
「ついてこい、啓介!」
俺もつられて神田の後から階段を駆け下りた。階段を一段飛ばしにする神田の笑い声が俺の耳にはっきり聞こえた。
おしまい




