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第5話「死者」

「やめなさい!!」

「わっ、」

 気づけば、母に思いっきり抱き寄せられていた。


「よ、ようわからんけど、開けたら駄目なんやろ?なんか、入れたら駄目なんやろ?だったら」

 

 母の言葉は、そこで途切れた。

「なに、その手」


「なにって」

 母の視線の先、右手の甲を見る。

 そこには、細い、黒い、妙な線が入っていた

「……花?」

 そう、みえる


「え、これ石鹸で落ちる?落としに行きましょ。とりあえず」

 母が慌てて私の手を引っ張り、立ち上がる。そのとき


 ブー、ブー、ブー……

 電話が鳴り出した。


「……フジサワさんだ」

 画面にはそう表示されていた。そういえばLEIN交換してたんだっけ。

「えっと、なんとかのみみ、の?あのカフェの」

「うん」

 母に相槌を打ちながら、スマホを手に取る。


「まって。

 スピーカーにして。何か変だったら、切る。」

 たしかに、その方がいい。

「わかった。出るね。」


『良かった。ルコちゃん、無事か』

スマホから流れるフジサワさんの声。変わりないように聞こえる。

 

「無事です、なんとか」

『戸締りした?変なの出てきてない?』

「戸締りはしました。変なの……は、出てきました。けど応じてません。」

『いい子。でもそうか。出たか』

 フジサワさんの声は珍しく、苦しげに歪んでいる。

 

「なんで、何があったか知ってるんですか」

『リンドウから聞いた。話すと長いんだけど、リンドウとその主人とは長い付き合いでね。』

 リンドウさん。さっきの白いレインコートの人。


『とりあえず、そいつのことは信じていい。リンドウは今、一旦ヨスガくんとこっちにいる。……キョウカちゃんの様子がおかしくてね。けどすぐ向かうってさ。』

 ほっと、息をつく。


『けど、それまで何が来てもドアを開けるな。いいね?

 ……とくに、ヨスガとキョウカ』

 え、そっちにいるんですよね?という言葉を飲み込む。もうここまで来たらなんでもありだ。


「わかりました。あとフジサワさん、なんか手にへんな模様が出たんですけど」

 お花みたいです。と伝える。


『……。

 ねえルコちゃん、君は巻き込まれた人だ。今なら、まだ引き返せるかもしれない。

 代償がないとは言えないけど』

 

 急に何を言い出すんだこの人は

「どうやって?」

『政府か、自警団に保護してもらう。そうすれば多分、この件からは離れられる』

「代償は?」

『何をされるかわからないこと。そもそも保護してもらえるかもわからないこと。正直俺は、奴らを信用できない。けど、君にとってそれは、俺達も同じだ。』

「じゃあ無理。フジサワさんを信じる」

「ルコ」


 そっと、母の手が私の手に重ねられる。

 母は「ルコの母です。割って入ってすみません」と言って口を開いた。

「保護してもらお。これはもう、私たちには手に負えない。国とか、そういうおっきなものに」

「フジサワさん。印瞳家のこと、国は知ってたの」


『……知っていた』

「もう一度聞く。人を、家族を殺す家を、この事態の元凶を、国は知ってたの」

『知っていたよ』

 

 横で母が息をのんだ。フジサワさんは語りだす。

『 しかし別に、国はただ悪事を働いてるわけじゃない。

 簡単に言うと、成果のある悪事。だから難しい。


 カフェで少し話したよね。印瞳家はキョウカちゃんから護力(ごりょく)ってエネルギーを奪っていた。それで、結界を張ったり、戦ったり。それは事実だ。

 俺も、ルコちゃんも、それらの悪事によってもたらされた、平和という成果を享受していたんだよ。


 だから国は見逃したんじゃない。使っていたんだ。』


 部屋に沈黙が降りた。ルコはそれを、真っ先に破る。

「フジサワさん。

 私はね、この世界が優しいって信じたい。

 この世界を好きでいたい。

 そのために、知りたいし、見たいの。すべて」


「……ルコ」

 母の呟きを聞いて、目を合わせる。

「そうしないと、私はこの世界で好きに生きれない」


『……そうか。

 じゃあとにかく、今の状況をどうにかしなきゃな。

 リンドウが来るまで開けない。出ない。招かない。避難訓練でよく聞くでしょ?OK?』

「「おはしも」しか聞かない。急に軽いですよ」

『軽くしないと、怖いからね

 ……ごめん、ちょっと切るよ。ちゃんと守ってね。』

「え、繋いでてほしいです」

『そうしたいのはやまやまなんだけど……ああそうだ、これだけ。


 ヨスガくんを、全部受け入れちゃ駄目だよ。許すのもね。それじゃあ』


 ツー、ツー、と、通話は切れてしまった。

 

 雨はまだ降り続けている。部屋が急に広くなったような気がした。

「……怖いし、テレビ、つけよか」

 母はそう言ってリモコンを操作する。


 こんな時でも世界は回っていて、かわいいパンダのニュースなんかを流していた。


「正直、やめた方がええと思う

 誰も信用できんのなら、家族で逃げよ。お父さんとルイにも連絡して……」

「そしたらみんな死ぬ。多分」

 母の提案に、即答する。

 

「わ、わからへんやろ」

「うん、分からない。でも誰かを頼った場合も、分からない。だったら信じた方がいい」

「……そうね。」

「ごめんなさい。こんなことに巻き込んで」

「それはええんよ……ただね、ママはついてくから。」

「私成人だよ。」

「巣立ってく我が子を追いかけたりはしない。けど危険な方に行く我が子は追いかける。」


 その言葉で、少しのいらだちと、大きな安堵を得た。得てしまった。

「ごめん、頼もしい。」

「当然。」


 少し笑みが零れて、息が吸いやすくなった。


 ヴー、ヴー、

 突然、また電話がかかってきた。スマホを手に取る。


『坂西教授』

 画面に映される文字。

 いつもお世話になっていて、なんでも教えてくれる教授。

 印瞳は危険だと引き止めてくれた人。

 でも、このタイミングで?


「スピーカー」

 母が言う。

「うん」

 電話に出た。


『佐藤、大丈夫か』

「……大丈夫ですけど」

『そうか、良かった。

 今知り合いから連絡を受けてな。君が……危ないことに巻き込まれてるって』

「知り合いって誰ですか」

『……警察みたいな人だよ、何があったんだ。とりあえず、今からそっちに行くから。

 君を保護してくれるそうだよ、大丈夫、信用していい。』

「そうですか。じゃあその人の所属、教えてください」

『……。』

「私を何故、どう保護して、どう扱うのか教えてください。」

『佐藤、大丈夫、大丈夫だから』

「適当にでっち上げすらしないんですね

 ああ、そういえば教授、私、色んなことを知りました。教授はご存知でしたか?護力って」

『誰から聞いた』

「知ってたんですね、嘘が下手。」

『もう十分だ』


 ツー、ツー、

 最後の声は、坂西教授の声じゃなかった。

 もう十分?どういうこと?


 ピンポーン

 チャイムが鳴り響いて、母と顔を見合わせた。

「リンドウさん、かな」

 母がモニターを見る。


 黒いジャケットに、赤に近い茶髪の、男の人。

「フジサワさん!」

 嬉々として、名前を呼ぶ。いつものエプロン姿じゃないのは当然だけど、見慣れないなあ。そう思いながら急いで玄関に向かおうとした。


「まって。」

 それを、母に引き止められる。

「フジサワさんが来るとは、言われとらん。」

 ……そうだ。リンドウさんが来るって。


 ピンポーン

 もう一度、チャイムが鳴った。


『ルコちゃん、俺。フジサワ。』

 

「……ママ、通話オンに」

「しとらん」


 それなのに、フジサワさんの声が聞こえる。

 違う、これはなにか、違う。


『速報です』

 付けっぱなしのテレビの中で、アナウンサーのお姉さんが告げる。

『本日午後九時頃、てんぐの都内にある飲食店で男性が倒れているのが発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました』


 リビングの時計は21:16を示している。

 飲食店

 男性

 死亡


 頭の中で警報が鳴り響いている。

 ちがう。

 そんなわけない。


『死亡したのは、カフェ「こまいぬのみみ」店主、藤澤 和(フジサワ カズ)さん、四十八歳です』

 

 

 


 

 

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