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第2話 「花火と君と、僕と死体」


 天井が落ちてきているような、いつもエネルギーにしている空気そのものが敵に回ったような。何か、尊大なものに推し潰される感覚。

 そんなものに支配されて、私は硬直していた。ヨスガくんはそれを意にも介さず語り出す。


「綺麗だろ?この子はキョウカ。……僕の大切な人なんだ」

「ヨスガくん、その子、しまって……」

「?……わかりました」


 ヨスガくんがフジサワさんに答えたあと、ひゅうっ、と全てが軽くなった。

 途端に息がしやすくなって、力が抜ける。


「ぷは」


 ――なんだ、今のは。

 人じゃない。何か神聖なものですらない。なんというか、あれは――


「ちょっと、急に怪異ちゃん出すのやめてよヨスガくん……。」

 あの重圧不意打ちだとキツいんだからぁ、とフジサワさんがごねる。

 

 怪異?


「一番分かりやすいと思って。すみません。」


 ヨスガさんはソファーに腰掛け、「大丈夫?」と声をかけてくる。なんでもないように。首をこてんと傾げて。


「だ、いじょうぶ。――詳しく、教えて。」

「どこから話したらいいか分からなかったんだ。でもそうだね、ちゃんと、最初から話そう。少し長くなるよ。」


 そうしてヨスガさんは語り出した。

 まるで怪談話のような。それにしてはどこか優しく、思い出話にしては、おどろおどろしい、

 ある夏の話を。


◆◆◇◇


 ――八年前。

 僕は印瞳家次期当主だった。


 廊下を、僕とそう歳の変わらない子供たちが駆けていく。

 パタパタ、パタパタ、

 羨ましいと思ってはいけない。

 ……つい最近、彼らは僕と同じ折檻を受けていないと知ったばかりだ。


 見ていたら目的を思い出した。そうしたら気持ちが急いて。一歩、勢いつけて踏み出した。

 

「ヨスガ様」


 急ブレーキをかける。進めたのは一歩だけ。

 振り返らなくても誰かわかる。印瞳 龍二(インドウ リュウジ)。僕の教育係。


「……リュウジ」

「どこへ行くのです」

「裏庭へ」


 彼はそれを聞いて押し黙った。何故かはわからない。

 ――今思えば、全て知っていたのだろう。


「……目前のことに夢中になり、敵を見誤りませんように。そう思うほど、随分と腑抜けた顔をしておりました」

「気をつける」

「……久しぶりに見ましたよ」


 そう微笑んだ、気がした。

 

「今後は控えなさい。貴方は次期当主なのですから。」


 彼はそう言い捨て去っていった。

 リュウジは変なところで、嫌がらせみたいに厳しい。

 なのに時々、柔らかい顔で僕を見るから嫌だ。


 周りに視線がなくなったのを確認して、僕はめいっぱい空気を吸い込み、駆け出した。


 ――あの子の元へ。


◆◆◇◇


「調子はどう?キョウカ」

「よくない。心配だった」


 開口一番そっぽを向かれてしまった。


 長く、もふもふした白い髪。夕焼けのような赤い目に、太陽のような白いひし形の瞳孔。ずっと同じ着物から覗く、今にも折れそうな真っ白い腕。

 すぐに溶けてしまう心地よい雪のような子。


「ごめんね。あの時はまさか、もうご飯の時間だなんて思わなくて。でも急いで逃げたから問題ないよ。

 それに僕はすごーく偉いんだからね。誰も僕に逆らえない!」


 ――本当にそうなら、君を連れてとっくに逃げ出してるけど。


「……ふふ、そう」


「今日も絵を描いたんだ。――献上いたしまーす!」

「くるしゅーないぞー、みせてみろー」


 そうして、僕の絵を見せる、小さな展覧会が始まった。

 ――檻越しに。


 ここは裏庭の小さな祠から入れる、大きな地下の部屋。

 そこには、座敷牢がポツンとある。祀っているかのような、階段の上に。


 その中に、その子――キョウカはいた。


 いつからかはわからない。この子はずっとここに閉じ込められている。でも、偶然見つけたその部屋で、僕は絵を描くようになった。

 そのうち時間が無くなってきて、絵を見せるだけになっても、僕は通い続けた。

 ここでなら好きなものを好きな人に見せられる。


 幸せだった。


「……ねえキョウカ。僕が描いた絵は、外の世界だ。君が好きなこの景色が、外にあるんだ。

 夕焼けも、街の灯りも、花火も――

 僕と逃げて、見に行こう」


 そんなこと、言わなけりゃよかったのかな。


 鍵を盗んで、檻を開けて、キョウカの手を引く。


 その時、キョウカの顔をよく見とけばよかったのかな。


 ――そこにあった赤い着物を着せて、蒸し暑くて、暗い道を、裏庭から続く山道を滝の近くまで歩く。そして、岩場に腰かけ、髪を三つ編みに編んであげた。


「……これは?」

「んーと、勇気が出る、おまじないらしいよ。君へのプレゼント。」


 よく妹にしてやるんだ、という言葉はなんとなく飲み込んだ。


◆◆◇◇


 この橋を渡れば、村から出られる。

 それにいい時間だ。


「キョウカ、見て」


 ドーーン、という音と、暖かい光。

 絵に描いたような花火。


「……すごい。すごいね!よすが!

 よすがの絵でみたやつだ。えっと……はなび!」


 嬉しいなあ、キョウカが嬉しいと、僕も嬉しい。


「キョウカ。」


 キョウカの左手を、両手で包み込む。

 それを見つめながら、僕は告げた。


「ずっと一緒にいようね。どこまでも逃げて、どこまでも行こう。きっと、永遠に……!」


 顔を上げたら、そこにはキョウカの嬉しそうな顔がある、と思っていた。


「……あ」


 それだけ発した口は、戦慄いて、瞳も恐怖に歪んでいる。

 キョウカのこんな顔、見たことない。

 違う、そんな顔をさせたいんじゃない。どうしたの、怖いの、大丈夫、僕がいるからね、ああでもそんな君も



 そのあたりから、僕はあまり記憶がない。

 気づけば布団の上だった。横にはリュウジがいて、でもお前がどんな顔をしていようが関係ない。


 飛び起きようとした僕を、リュウジが宥めて寝かす。

 全部夢だったのだろうか。

 そんな期待を打ち砕きそうだったから、リュウジが開く口を塞ぎたかった。


「全て計画のうちでした。

 貴方が瞳飲の怪異(どういん かいい)――貴方はキョウカと呼んでいましたね――その存在と仲を深めるのも、瞳飲(どういん)が貴方に希望を抱くのも

 ……その希望が、絶望をより深くし、儀式での瞳飲(どういん)の出力が増幅」


 最後まで聞いていられなかった。

 リュウジを振り切って部屋を飛び出し、朝日さす、いつもの廊下を走り抜ける。

 腹が立つ腹が立つ腹が立つ

 やけに厳かな口調でにそんなことを口走るリュウジが。なんだかよく分からない理屈で罪を重ねるこの家が。

 僕からキョウカを奪おうとしている!


 ドンッ


 大男と衝突した。

 尻もちをついても立ち上がる。急いでこの男をどけてキョウカの元へ――!


「キョウカが、何処にいるのか知っているのか」


 僕はぴた、と動きを止め、そんな発言をした大男を見上げる。


 腰まである長い茶髪、青い目。

 そのひし形の瞳孔で


「……その目で見下ろすな……!」

「知って、いるのか」


 僕の睨みに、大男は繰り返すだけ。

 ドタドタと、後ろからリュウジが僕に追いつく。が、リュウジは僕を見ていなかった。


「マダラ……!

 っ駄目だ。まだ駄目だ。今は……

 せめて、その子が心を落ち着かせてから、だ。」

「何故その必要がある。必要な過程だ。」

「残酷すぎる!!!」


 肩で息をしながら、大男とそんな問答をするリュウジ。


 ……腹が立つなあ。

「来い。……ヨスガ。

 キョウカの元へ連れて行ってやる。」


「……!!!」


 リュウジが、目を見開いて、口を引き結ぶ。

 その顔から目を背けて、僕は大男に着いて行った。


 その先の部屋に、いた。


 ――()()()。の方が正しいか。


 キョウカは椅子に腰掛けていた。

 下を向いていた。


 そっと近づいて、頬をすくい、顔を見る。


 笑顔が見えたと思った。目が半開きに見えたから。

 よすがって呼んだと思った。口が開いていたから。



 

 目も歯も顎も、ないなんて。


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