お前はもう怖くない第八話
残るトランプは26枚。そして使える八切りはたったの三回……現状まともに使える攻撃手段がそれしかないというのになんとも心許ない数だ。しかもそれが全く相手に効いていないというのだから、俺の絶望と言ったらない。
「も~、逃げ足の速い奴だな~」
「あ、あぶっ、あっっぶねぇぇええ!」
訂正。八切りの残り回数、あと二回。
ポポの怪力を回避するために咄嗟に使ってしまった。
「ま、まずいですよヒキガネさん! このままじゃ――」
「分かってるよ! このままじゃ死ぬことくらい!」
「いえ、そうじゃなくて神チューブの視聴率が落ちてます! 『負けたな風呂入って来る』って! 動画配信者としてピンチです!」
「誰が動画配信者だバカ! 今どうでもいいだろそんなこと!」
なんでこんな状況でそんなことまで気を配らなければいけないんだ。というか視聴してるお前ら神がこんな街に誘導したせいでこうなってんだぞ。
「おいエリン! リアルタイムでコメント拾えるんならなんか使えそうなこと言ってる奴はいないのか!? この状況を打破できそうなやつ!」
「えぇっと……『ポポちゃん可愛い』、『ポポちゃんペロペロ』、『トランプ使い(笑)よりポポちゃんをアップでうつせ』……だそうです!」
「どいつもこいつも!」
誰だトランプ使い(笑)って言ったやつ! 俺だって好きでこんな武器使ってんじゃねぇんだよ!
「あっ、『なんでこいつ八切りしか使わんの? バカなん? 見た目からしてそうだけど』ってコメントもあります!」
「一言多いんだよ! 言っておくが俺の見た目は割といい方だからな!」
「『それはない』『それはない』『それはない』だそうです!」
「うるせぇ!」
コメントなんか読ませるんじゃなかった。ポポ以外からも精神的に攻撃されるなんて。
それに八切り以外の技を使うとしてもだ。エリンから聞いた神連中で採用されている役は八切りの他にスート縛り、階段、Jバック、革命の四つ。どれも攻撃技とは思えないし効果も謎。使えるトランプに限りがある以上、おいそれと使うわけにはいかない。
……いや、あと25枚もあるんだし、少しくらい使っても平気か?
「ならこれだ! 《スート縛り》!」
八切りの時もそうだったが、便利なことに初めて使う役でも、使おうという意思を持つことでなんとなく使い方がイメージとなって頭に浮かぶ。
俺は浮かんだイメージに従ってハートの5と6の二枚をポポに向けて投げつける。すると二枚のトランプは鎖状のエネルギーを纏い、そのままポポに巻き付いた。
なるほど、スート縛りは拘束技か……。
「ん~? なんだこれ、邪魔だな~」
しかしせっかくの新技もポポの怪力には全く歯が立たず、エネルギーの鎖は一瞬で破壊された。
うん。わかっちゃいたけどそう簡単に振りほどかれるとちょっと悲しい。
「くそっ、こうなったら一度きりの必殺技、ゴッドボンバーアタックを使うしか……っ!」
「のぞき見してる神様方ぁー! 早く打開策だしてぇー! このままじゃ私がボンバーアタックをする羽目にー!」
「あっ! おいこら逃げるな爆弾!」
「もう完全に武器として見てる呼び方ッ!!」
バカな奴め! 今更お前だけ逃げようとしても無駄だ! 俺にはこのスート縛りがあるんだからな! ポポはともかく貴様を捉えるのはたやすい!
「――って、あれ?」
敵前逃亡を企てた愚か者にクローバーの9と10を投げたが、しかしその二枚はエネルギーを纏うことはなく、そのまま地面へと落ちていった。
……なぜだ? 味方に技は使えないとか? いや、それはない。俺はエリンを味方とは認識していな――じゃなくて、そんなルールは大富豪にはないはず。
ならば……そう、大富豪だ。これを能力としてではなく純粋に大富豪として考えるべきだ。そういえば野犬に襲われたときも思ったじゃないか。
手札の概念があるということは、つまり――
「まさか、これ…………《場》の概念もあるのか……?」
今まで八切りしか使ってこなかったから気づけなかった。八切りは場を流す効果があるからだ。
スート縛りは同じスートしか出してはいけない。場に出ているのがスペードならスペードを。クローバーならクローバーを。
そしてポポにハートで縛りをかけた以上、場が流れるまで俺はハートのトランプしか使えないということ……っ!
「場の概念ですか……ただでさえみすぼらしい武器なうえに、面倒なルールのある能力ですね」
「お前マジでこの戦いが終わったら覚えてろよエリン。また萌え萌えキュンキュンなセリフ言わせんぞこら」
「まぁまぁそう怒らないでくださいよヒキガネさん。今回はその、面倒なルールのおかげで助かったんですから」
「それとこれとは話が別だからな?」
身の安全が確保されたと判断したらしいエリンがのこのこと近づいてきた。
まぁしかし、エリンの言っていることも確かではあるわけだし、今回だけは大目に見てやってもいいかもしれない。
「む~? なんだ~おまえら。急によゆ~そ~な顔しやがって~」
俺達の気の抜けた会話。まるで勝利を確信したかのようなその内容が、ポポの気に障ったらしい。
ポポ・グラン・デウスディル。たった一人で大陸を相手に出来る魔王軍幹部の一人にして、超怪力を持つ幼女。かわいらし見た目をした彼女が、初めて本気を見せようとしている。
だが、それももう遅い。
「悪いな、怪力幼女。お前はもう怖くない」