#059 新たなる作戦会議
#059 新たなる作戦会議
「――あ、未。起きたか」
日も暮れた夜。
宿屋にぶらり戻ってきた岡崎も手招きして呼び、未が目覚めたこのタイミングでメンバー全員をベッドの周辺に集めた。
「未ちゃんおはよっ!」
「兄さん……ここは? 今は何時……?」
まだ寝ぼけている様子の未はぐしぐしと手の甲で自分の赤い瞳を擦っていた。
珍しく目に見えて不機嫌そうに眉をしかめているのは、感情の発露ではなくて純粋に寝起きだから視界がボケて見えづらいだけだろう。
「ここはヨースケの部屋。街中の宿屋だよ。時間はたぶん夜の8時ぐらい」
「ヨースケ……ああ。本当に男、だったんですね」
「そういや未は寝ててまだ会ったこともないのか。鍛冶師の人で、未の望む武器を作ってくれる人だよ」
「武器を……作る? それはどんな武器も可能なんですか?」
「たぶんね。さっそくだけどリクエストある?」
未は、ほんの一瞬だけ考えた様子で。
「――ではさっそくですが、ポンプ式のショットガンを二丁」
「いやこれファンタジーモノのRPGだからなっ?」
「そう。つまらない」
「わかってて言ってただろ……それで真面目な話、どんなファンタジー系の武器が欲しい? その鍛冶師のヨースケは留守しているから、今の内に考えておいてくれるか?」
「ん……わかりました。それで? この状況は?」
「ああ。そろそろ腰を入れようと思う」
「…………未の中に?」
「どういう解釈だ、それは」
淡々とオッサンのギャグみたいな返しをされてしまった。
「そろそろ本腰を入れて考えてみようと思う」
気を取り直し、ついでに言い直す俺。
「今日は確か7月23日……になるのかな? 少しあやふやだが、とりあえずあと一週間ほどで『決闘大会』というチーム戦が行われる。俺はそこで一位を取って、現在ログアウト出来ない深山を夏休みの間に助け出したい。そのために、皆にこうして集まってもらっている」
「皆さん……どうかお願いします」
深山は丁寧に、その場で深く頭を下げていた。
「うんっ、まっかせてぇ!」
「戦力になるかびみょーだと思うけどぉ……まあ、アタシで良ければ?」
「……兄さん。その決闘大会の詳しいルールを説明してください」
「ああ、うん。凛子、お願い出来る?」
「うんっ――」「――あ、香田君。それ、わたしからします!」
「え? 深山が?」
「はい。EOE事務局、というところからルールについての詳細が書かれたメールが届いていました」
「うっそ」
六位の深山に届いてるなら、三位の俺にも――……っていうか。
「……メール? チャットだけじゃなくて、そういう機能もあるんだ?」
「ん。メールなら長文を送れるし、相手がログアウトしてても送れるよっ?」
「なるほど」
必要に迫られたことが無かったから試しに使ってもいなかったが、確かに利点はありそうだ。
相手が寝ていたりして返事出来ない状態の時もあるし、チャットより迷惑にならないのは現代社会の電話とメールの関係そのままに感じた。
「ああ、もしかしてこれ――」
操作モード右下に並んでる内、右から三番目の箱型のアイコンをアクティブにしてすぐに絶句した。
『未読:28件』。
知らなかったとはいえ、罪深い表示だ。
「……あちゃー……」
送信主の大半は知らない名前。
件名は『こんにちは』とか『はじめまして!』とかそんなものばかり。
これはつまり……三位の俺への勧誘とかそんな感じなのかな。
もしかして、見知らぬ人にチャットでいきなり連絡するのはEOE的に馴れ馴れしい失礼な行為だったりするのだろうか?
「お」
その中でひとつだけ、見覚えのある名前があった。『エドガー』。
件名は『すまないね』とある。
一瞬躊躇したけど、すぐに開く。
『やあ、どうも。エドガーだ。不通が続いたのでメールにしておく。』
『お姫様護衛の件、最後まで遂行出来なくてすまなかった。』
『もちろん報酬は結構だ。』
『あと乗り掛かった舟だから、取り残されているだろうあのお姫様をもし見かけたら護衛しておくよ。』
「参った……悪いことしたなぁ」
送信の日付は7月20日だから、三日前になる。ラストクエスト『ウラウロゴス』討伐の直後ってことだ。
エドガーさんの存在は決して忘れてなかったけど、正直、機会があれば……ぐらいの優先順位だった自分を少し恥じた。後で返信しておこう。
「香田君?」
「あっ、ごめん! ついメール読んでしまってた。深山、じゃあすまないけど運営側からのメールを代わりに読み上げてくれる?」
「はい……最初の挨拶文は飛ばしちゃうね?」
コホン、と小さく咳払いして深山がこの大会の詳細について記載されているメールを要点だけ掻い摘んで読み始めた。
俺も追って、自分宛に届いている該当のメールを開いて目で追いながら深山の説明へと耳を傾ける。
「まず予選は7月30日。島内にあるダガザ、アーカムヨルド、クロード、タルタラの四都市に設けられた会場にてポイント争奪のバトルロイヤル形式で行われます。制限時間内で生き残ったチームの内、上位2チームが本戦に出場となります」
地味にさっそく新規情報が満載だ。
とりあえずこの島には四つの都市がある、と。
正直予選は免除されているので、むしろ街のことで頭はいっぱいだった。
「翌7月31日が本戦。会場をコロシアムに移し、予選からの進出チームに当月のクラウン授与者によるチームを交えてのトーナメント形式で行われます」
「……コロシアムって? ここから遠い?」
「んーん。ごめんなさい、知らない」
凛子はしょぼくれた顔で首を横に振る。
「あ、コロシアム……はい! 公式大会専用の舞台で、開催中は希望する全プレイヤーがその場所に転送される、そうです!」
深山が気張って説明してくれた。
「転送か。クラウン授与が行われた『ラウンジ』みたいな感じかな? それ、メールのどこらへんに書いてあるの?」
「ううん……マニュアルに書いてあったの」
「あー」
深山が以前、ひとり待たされている時にマニュアルを全部読破していたことを今さらながら思い出した。
「うー……私の出番のはずなのにぃ……」
「ははは。どんまい、凛子先輩」
ぽむぽむ、と手ごろな高さにある凛子の頭に手を置くと、むぎゅっとそのまま腕に抱き付かれてしまった。
「深山。試合のルールと注意事項をみんなに読んで聞かせてくれる?」
「はい」
すでに軽く目を通して把握している俺は、重要そうなポイントに絞って話を進めさせた。
「まず、チームは6名までで、メンバーはパーティ外からの選出も可能」
「メンバーはチームリーダーが申し込み時の登録フォームより事前に指定」
「なので、大会中にメンバーの変更は不可能」
「試合は予選・本戦共に15分間の1セット勝負」
「大会中のすべての試合は決闘モードを使用」
「大会中の決闘モードは痛覚レベル最低とし、非デス設定」
「なお、非デス設定時はHPが0になった時点で気絶となります」
「気絶したプレイヤーはその場で決闘から退場となり、以後、同日中の同じチームの試合には復帰出来ません」
「決着の条件は、メンバー全員の退場、またはチームリーダーの降参宣言」
「もし決着がつかず制限時間に達した場合は、退場した人数によって判定」
「……掻い摘むと、以上こんな感じです」
深山の澄んだ声は良く通る。まるでアナウンサーみたいだ。
「……なるほど」
「香田君? どうしたの?」
「いや。深山なら、女子アナとかも良さそうだなって」
「も、もうっ、香田君っ、ふざけないでっ!?」
別にふざけてないんだけどね。
むしろ清楚なイメージがピッタリだと思う。
まあとりあえず決闘大会について話をまとめようか。
「深山、ごめん。ついでにコロシアムについても聞かせてくれる?」
「え。あ、はい!」
もちろん全員が各自マニュアルを読めばそれで済むのだろうけど、280ページほどもあるマニュアルから該当の記述を探すのすらも大変だ。
もう少し言えば各人の情報に差異があってもダメなので、すでに把握している深山に続けてお願いしてみた。
「――コロシアム。公式大会専用の会場。天空に存在している」
「座席は参加・観戦する全プレイヤー分が自動で用意される」
「コロシアム観戦中のあらゆる直接的な攻撃行動は許されない」
「コロシアム観戦中は武器・呪文・アイテムを他人へと使用出来ない」
やはりここらへん、『ラウンジ』と同じ仕組みのようだ。
「コロシアム中心部に存在する舞台は80×80mの六角形」
「舞台は平坦で一切の障害物が存在しない」
「舞台を破壊することは出来ない」
おいおい。思ったよりこれは……。
「……魔法使いに不利だな、これ」
「ん。狭いし、隠れる場所が無いんだねっ?」
「未の出番だな」
「はい」
あれ? 未のやつ、心なしか楽しそうな瞳をしている気がする。
そういやチーム戦なんてきっと初体験だろうしな。
……そう考えれば未がワクワクするのも、わからなくはなかった。
「ありがとう。なるほどね……大体のイメージは掴めたかも。要点としては『倒す』より『倒されない』ことが何より重要かもしれない」
「んむ? 香田、それって何が違うの?」
「無理して勝っても、倒れたメンバーが多かったら次が勝てないってことだよ」
「あーっ、そっか!」
「俺たちは7月31日の本戦から参加となるけど、一回戦目が前日の予選から上ってきたチームと当たるだろうから……可能なら予選も観戦しておくべきだな。そこから得られる情報も多いだろう」
「はい」「うんっ」「っていうかダメって言われても観に行くしぃ!」
それは確かにその通りだ。
こんなの、楽しみで仕方ない。
「よし、大会の詳細についてはとりあえずこれで充分だろう」
「はいはーい、しつもーん!」
岡崎が元気良く手を上げる。
「質問?」
「6人目、どーすんの? ヨースケにでも協力してもらうのぉ?」
「あー……」
隣にそれぞれ座っている凛子と深山の顔を確認すると……露骨に微妙な顔をしていた。
「――いや。現状ではこの5人だけで挑もうと考えてる。幸いルールを読む限りだと、必ずしも6人でなきゃいけないという訳でもなさそうだし」
これ……ヌルい判断だろうか?
ふたりの気分を害してでも、強力な助っ人を入れるべきだろうか?
もちろんそっちのほうがより勝利の確率が高まるのだろうけど……。
「は、はいっ!」「うんっ!!」
……こんな嬉しそうな顔を見てしまうとなぁ。
まあ、気心の知れた信頼出来る仲間でないとチームに入れても足並みがそろわないだけ、という可能性もあるしな。そうポジティブに解釈しよう。
そもそも深山が楽しくなきゃ、何の意味もないんだ。
「じゃあ次に行ってみよう。まずは……現状の確認かな。皆、レベルと経験値はどんな感じ?」
「はい……レベル9で、経験値は16」
まずは把握してて確認の必要が無かった未から教えてくれた。
「はーい。アタシは当然のレベル1ぃ。経験値は…………あれ、うっそ! 124って、いつの間にぃ!?」
「ああ。たぶんそれは昨日、100匹ほど襲い掛かってきたモンスターと戦っていた時に稼いだんだろ。未ばかり目立ってたけど、岡崎だってモンスターの足止めとか頑張ってたろ?」
きっと岡崎は一匹も倒してはいないのだろうけど、それでもレベル1としては充分な活躍を認められた、ということだ。
「うひゃーっ!! なーんか超嬉しいんですけどぉ!?」
「レベル上げる作業は少し待っててくれ。皆と作戦を練ってから伸ばす方向を決めて行きたい」
「ほーいっ!」
岡崎を確認したので、今度は右側の。
「凛子は? どう?」
「う、うんっ……私も次のレベル9に上げられそう……えへへ……」
「そっか。それは良かったな」
「……うんっ!」
凛子は、目を細めて噛みしめるように喜んでいた。
それはきっと万感の思いだろう。
ずっとずっと、経験値を奪われ続けてレベル8で停滞していたのだから。
「深山は?」
今度は左隣の彼女に確認してみる。
「はい。わたしは現状のレベル3から五つ上げられそうです」
「じゃあレベル8か。それは大きいな!」
「はいっ」
どうやら体力や魔力量の底上げだけじゃなく、ポテンシャル値もいくつか上げられる期待が持てそうだ。
深山のポテンシャル値については、特に検討が必要なのは間違いない。
「ちなみに俺は言うまでもなくレベル1のまま、と」
ちらりと自分の経験値も確認すると……うーむ。またしても、なかなかすごい量が貯まっていた。
たぶんフェイクメーカーでの増殖あたりが高評価だったのだろう。
使い道も無いのだし、このままだと次回までにはかなりの数字になりそうだ。
……次回、俺がランク争いに参加出来るのって再来月だっけ?
すでにその頃にはこの大会の結果に関係なく、自動的に深山はログアウト出来ることになっているのだし、そもそもあまりに先のこと過ぎて正直ピンと来ない。
もしかしたらEOEのプレイを止めているかもしれないな……。
「よし、次に岡崎と未のユニークアイテムを確認したい」
「あーっ、それ忘れてたぁ!」
凛子が突拍子もない声を出して驚いていた。
かくいう俺自身も、こうやって本腰入れて態勢を整えようと考えたついさっきまで失念していたポイントでもある。
「ユニークアイテムぅ……?」
「ああ。アイテム欄で光ってるヤツがあるだろ? それがユニークアイテム。その人だけが持っているレアアイテムなんだ。それの性能は人それぞれ違うから確認したい」
「うん、いーけど……えーと? こうやってカーソル、ってやつを重ねて?」
ぎこちない動きで確認してる岡崎。
「えーと。これを読めばいーの?」
「ああ、頼む」
『これ』と指さしているその先には何もないが、たぶん岡崎の視界の中には性能を説明しているテキスト文が現れているはずだった。
「……えー……何これぇ?」
「あーもー! オカザキ、早くぅ!!」
焦れた凛子がジタバタ手を振り回していた。
「へいへい。んーと……『グループ・リンクス』だって……たはっ」
たぶん岡崎から見て心躍るような内容でもないのだろう。
少し苦笑いを漏らしていた。
「えーとぉ……ブックマークしている任意の複数の者と、直接チャットすることが出来る……だってさ」
「……任意の複数の者と、直接チャットすることが出来る? 本当にそう書いてあるのか?」
「コーダ、疑うのぉ?」
「あ、悪い。疑うというか……うーん」
「ぬーん」
俺の真似をして隣で腕組みする凛子。
「んんん?」
「ま、正直なところオカザキのそれはちょっとハズレって感じかしらね?」
「にしし……やっぱそう?」
髪をくしゃくしゃと掻きながら困ったように笑ってる岡崎だった。
まあ確かにこれは深山のSSみたいに一発で有効とわかる性能ではなさそう。
別にチャットでも『to』の項目に複数の名前を入力すれば同時に発信は出来るしな……だとしたらこれの利点って何だろう?
「つか、チャットって最初からそーいうモンじゃなかったの? アタシ、いっつもこのブックマークのリストからチャットしてたけどぉ」
「それ、オカザキだけだからっ」
「うん。つまり早いところが……ブックマークをメッセージアプリみたいに使えるって感じなのか? いちいち名前を入力したり指定しなくても、項目をアクティブにするだけでチャット出来たり、あとブックマークしている複数の人に同じメッセージを手軽に送ったりすることが可能ってことかな」
「何かそれ、岡崎さんらしいアイテムよね?」
「確かに」
うん、確かにそれは携帯をいつでも握ってる岡崎らしい。
やはり思うけど……ユニークアイテムって、少なからず持ち主本人の影響を受けている気がする。
最初にそう感じたのは、凛子の小さなハサミの形をした『ミニシザー』を見た時。
そこに気が付くと、不必要に複雑で言葉遊びみたいな使えない消しゴムだった俺の『サムイレイザー』もそうだし、深山の輝く星のような『シャイニングスター』もそうだと振り返って納得できる。
そして今回、岡崎のユニークアイテムの内容を聞いて確信するに至った。
もはやここまで来ると偶然じゃないだろう。
「ああ、なるほど!」
「ん?」
「いや、些細な事だ。気にしないでくれ」
「……?」
ようやく合点がいった。
もうずっと以前になるけど、岡崎と俺が深山の件で言い争いしていた時、突然に鈴木もその輪の中に乱入してきて当時驚かされた記憶がある。
あれって岡崎のこの『グループ・リンクス』の性能によるものだったんだな……と今さらながら理解した。
つまりああやって、話している途中で自由に第三者をチャットに招き入れたりするのが正しい使い方なのだろうか……?
だとすると、とりあえずパッと思いつく利用方法としては連絡役を岡崎に任せて、チーム内の伝達をスムーズにしてもらうのがまずは良さそうだと思った。
もし岡崎が嫌がるなら、実際の戦力にはならない俺がアイテムを借りて連絡役になっても良いかもしれない。
「じゃあ最後に、未のユニークアイテムは?」
「わくわくっ」
もしユニークアイテムが本人の影響を受けるとしたら……一番予想するのが難しいのは、この未のだと思う。正直想像もつかない。
「…………つまんない」
どうやら言うようにつまんない内容らしい。
ちょっとヘソを曲げているみたいだった。
「未、聞かせて。ほら」
「はい……」
実際に手のひらの上にポップさせて未が説明してくれる。
「……『ビッグ・クワイエット』」
「へえ」
「わっ」
「ほほうっ?」
それは手のひらに余るほどのやや縦長のサイズ感で、メタルの質感のアイテム。幅5mm程度の黒いスリットが無数に本体に入っている。
まるでそれは、大昔に使われていたレトロなマイクみたいな形状だった。
「……このアイテムが使用された場合、半径10m以内に居るあらゆるモンスターおよびプレイヤーは5秒間、一切発声することが出来ない」
「ただし使用者本人には、その効果は及ばない」
「チャット・メール等によるメッセージの発信は可能」
「クールタイム300秒……こんな感じ。つまんない……」
『大いなる静寂』か。
なるほど……威圧で相手を黙らせるというのは確かに未っぽいアイテムと思った。
というか――
「――なかなか強いな、それ」
「え?」
俺の一言に、未を含む全員から疑問の声が上がった。
「香田……これ、五秒間だけおしゃべり出来ないアイテム、だよね?」
「ああ。そして五秒間だけ呪文が唱えられないアイテムだ」
「あっ!」
俺の意図はそれだけで一発で伝わってくれたようだったけど、何よりワクワクしている俺の心がその先も説明したくて仕方なく、言葉を続ける。
「相手の射程から考えて遠距離に居る魔法使いの呪文を封殺は出来ないだろうけど、狂戦士の未が懐に飛び込んだ先は、話が別だ。相手は五秒もの間、防御や回避の魔法を一切唱えることが出来なくなる。『ここぞ』という相手を逃がしたくない場面で使えば、絶大な効果になると思うよ」
「なるほどぉ~!」
「付け加えるなら、効果の対象がプレイヤー個人じゃなくて『範囲』なのも、密集した敵の本陣に突っ込むことを考えたらすごく優れている性能だ」
すぐに使用のイメージが湧く。それぐらい近接主体の未にふさわしいアイテムだと思った。
弓師の凛子と合わせ、もはや一番人気だと思われる魔法使いに対し強力なメタとなるチームが結成されつつあることを再認識した。
「――じゃあ、自ずとチームの作戦も見えて来るな」
そろそろ情報も揃ったし、具体的な作戦の立案というまとめに入ろうと思う。
「まず開幕に、敵と反対方向にある六角形な舞台の端に全員で移動しよう。そこをこのチームの本陣にする」
「あの……香田君。それは未ちゃんの負担、大きくならないの?」
さすがはこういう時に意見してくれるパートナー。深山がすぐに俺の意図を理解して質問してくれた。
つまり後手を取って守る作戦というのは、大丈夫なのかと言いたいわけだ。
「うん。実際のところ『未次第』と言えるほど頼ることになるかな? ――なので未だけは、皆が端に移動するまで敵に向かって突っ込んで欲しい」
「はい……それで構いません」
臆するどころかむしろその未の瞳の中には、静かな炎が巻き起こっているかのように見えた。さすがは特攻近接マニアな俺の妹という感じ。まったく頼りになる。
「えっ、あ。守りを固めるわけじゃないんだ……!?」
「むしろ超がつくほど前のめりだよ。凛子は俺たちを置いて良いから、可能な限り真っ先に端に行ってそこから弓で未と深山の護衛をして欲しい」
「あいあいっ!」
「深山はとにかく、どんなことがあっても端を真っすぐに目指す。なぜなら当然、相手の標的は深山に集まるはずだからだ」
「はい!」
「いざとなったら俺が肉の盾になってでも、深山を守るからね? これは死ななくて痛みの伴わないただの試合だから、深山は気にしないでくれ」
「…………はい」
「なので岡崎は俺といっしょに深山の護衛しつつ凛子の居る端まで退避。ついでに状況を全員に逐一報告して」
「ほーい!」
「未が秒で倒されない限り、これで俺たち四人は端に集まれるだろう」
「…………」
あ。未に怒られちゃった。
冷たい非難の視線で睨まれてしまう。
『そんな失態、絶対しない』って言いたいようだった。
「よっぽど射程に極振りしてない限りは、凛子の弓矢のほうが魔法使いの射程よりずっと長いはずだから、すでにこの段階で勝ちパターンに入れるはず。当然射程外からプチプチ削られている状況を打破するため、相手は強引な手段を使ってでも間合いを詰めようと――」
「――……大丈夫」
「ん?」
未が唐突にそう宣言した。
「未が全員殺せば、問題ないです」
「はははっ。うん、もしそうならそれが一番だね。じゃあ万が一、未が敵を取り逃しちゃって俺たちの本陣に突入になった時の話としよう」
「……はい」
ちょっと不満そうだけど、そんな俺の妹のことは置いておく。
「そこで深山の魔法の出番ってことになる」
「はいっ!」
「火力を絞った四門円陣火竜でも良いけど……もっと軽くて複数の動きの早い相手にも確実に当たる、そんな魔法をこれからの一週間で、ふたりで創ろう」
「ふたりで……っ……はいっ!!」
うん、嬉しそうにしてくれている。
やっぱり明確な目標があるとモチベーションが違ってくるなぁ。
俺もワクワクしてきた。
「その上で、凛子」
「んむ?」
「たぶん俺たちのユニークアイテムのように、相手もこちらが想定していない効果やスキルを使ってこの作戦を崩しに掛かるだろうと思う」
「ん」
「その時は…………凛子の必殺技『ターミネイション』の出番だ」
「おーっ!?」
……地味に恥ずかしい。
以前頼まれていた必殺技の名称だが、こんな単語しか思い浮かばなかった。
ちなみにPC用語で『強制終了』を意味している。
「この『ターミネイション』は、俺たちのチームの最後の切り札だ。だからいざって時以外は使用しないようにお願いしたい。使わないならそれに越したことはない」
「らじゃーっ!!」
大はしゃぎで凛子が海軍式の敬礼をしてる。
「ターミネイション……『終了』? ねえ香田君、これってどう書くの?」
「どうって……『ターミネイション』ってカタカナの表記しか考えてないけど」
「ねえねえ、じゃあこんなのはどうかなっ?」
『終止符<ターミネイション>』
またしてもこのお嬢様は、キラキラした瞳でチャットをフル活用して漢字での表記を俺に伝えて来た。お、おお……これはまた……。
「やべぇ、そういうのイカすじゃん深山姫っ!!」
「かっくいーっ!!」
どうやら俺だけじゃなくて全員に送信していたらしい。
まあ、凛子本人がそれで良いなら何も言うまい。
「じゃあ、イニシャライズ、セットアップ、終止符……こんな感じ?」
「待って待って! その『イニシャライズ』と『セットアップ』もいっしょなのっ!? ならちゃんと様式として揃えなきゃ……!!」
「おうっ!?」
瞳をキラッキラに輝かせて力説している深山。
「じゃあイニシャライズは……えーと……『準備』とかっ?」
「いやいや、もっとイカしてるのありそーじゃん!」
「うーん……ねえ、香田君はどう思います?」
「えっ、俺?」
取り残されていたはずなのに不意に呼ばれて、思わずポリポリと頭を掻くと。
「そうだなぁ」
俺も童心に帰ってその名称会議に参加した。
◇
それから約一時間後。
「――死ノ宣告……絶望セシ刻……絶対ナル終止符……」
「未ちゃん、それ最高っ!」
まあ結局のところは何も思いつかない俺を置き去りに、意外な伏兵である未のアイディアがこうして採用されていた。
「じゃあ行きまーすっ……!」
しゅたっ!
凛子が手を上げて立ち上がると。
「死ノ宣告……絶望セシ刻……」
ぐぐぐっ……と弓を引くポーズ。そして。
「絶対ナル終止符……!!」
「きゃーっ、ステキーッ!!」
さっそくドヤ顔で実演してみせる凛子。
そしていつになくハイテンションの深山だった。
そのセンスはともかく、満足そうで何より。
「はははっ」
うん。確かに楽しいな、こういうのも。
――こうして『火竜』チームの作戦会議は、和気あいあいとした楽しい雰囲気の中で、しばし続けられたのであった。





