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#058 約束のカタチ

「――誰だ、お前」


 街中で暴れていた巨漢のかかとを背後から切り捌きながら現れた細身の男は、剣先の血のりを横に払いながら、俺へと睨みを利かせて問う。

 むしろそれは、こっちが尋ねたいぐらいの気分だった。


「誰って……そりゃ同じカナリヤ、なんだろ? 『サリウス』さん」


 たぶん周囲が俺のことを『カナリヤ』と呼ぶその根拠――自分の着ている黒いコートをつまみ、その男の頭上にあるネーム表示を読み上げながら精一杯の作り笑顔でそう答えるしか咄嗟とっさに出来ることは無かった。

 しかし……レベル182かぁ。

 そりゃ確かに警察ゴッコも出来る強さだろうな。


「ふざけるのも大概にしろ。神聖なカナリヤを騙る不届き者が……」


 まるで時代錯誤なサムライのように黒い長髪を後ろで結っているその男が、今すぐにでも切り掛かりそうな殺気を込めて俺を凝視し続けている。


「いや、俺は最近加入したばかりだからアンタは知らないだろうけど――」


 所持者の体格にふさわしい、細く長い剣先が真っすぐに俺へと向けられた。

 こんな場面だが、その剣の見事な装飾に目を奪われてしまう。

 気品と風格が兼ね備えられており、そこには一見してわかるほどの上等さが表れていた。

 ――さっきの博物館で、色々なアイテムを眺めていて理解したことがある。

 装飾の細かさやデザインの風格は、ほぼイコールでレアリティの高さを意味しているのだ。

 プレイヤーによる手作りはまた別だろうが……少なくとも既存のアイテムひとつひとつをこのゲームのデザイナーが造っているだろうことを考えれば、貴重なレアアイテムほどデザインに力が入るのも至極当然なことと思う。

 つまりこの剣は、さっきの博物館に将来並ぶかもしれないと感じさせるほどの見劣りしない名刀だろうってことになる。

 そしてその名刀が薄っすらと光を帯びて輝いているところを見ると、何らかのスキルか魔法がすでに発動しているのは確かだった。


「ほう。副隊長の私が知らない、とな?」


 ――あれ。そうでしたか。

 たぶん警察みたいな組織の、その副隊長さんでしたか。


「今すぐに、そのまがい物のコートを脱げ……大人しく従えば悪いようにはしない」


 確かに本物の警官が偽物の警官を見つけたら、ただでは済まさないだろう。

 放っておけば組織としての信用問題にも係わる。

 ここでもし逃走したり逆らえば、今、目の前で苦痛にうずくまっている巨漢のヤツと似たような処分を食らうのは明白だと感じた。


「参ったなぁ……」


 ちらりと見れば、背後の凛子はすでに弓を取り出していた。

 凛子のあの一撃なら簡単に倒せるだろう。

 遥かに高レベルで全身鎧(フルプレート)の剛拳王ですら貫いたのだから、確実。

 でも衆人環視の中、秘匿するべき性能まで披露するというのは、周囲への被害の甚大さも含めてあまり得策とも思えなかった。

 だからそれは最後の切り札。

 俺は頭をフル回転して、どうにかこの場を平和に納める妙案を絞り出そうとしていた。


「――疑うなら、KANAさんに直接確認したらどうだ?」


 結論としては、これだった。

 ランク一位に君臨しつづけているEOE界頂点に立つ彼女が、このカナリヤという警察のような組織を管理している。あるいは運営に関係している――そう推論した。

 困っている人を見逃せないあの人の性格ならそういうことをやりそうに思えるし、何よりその推論の証左はこのプレゼントしてくれたコートだ。これで無関係ということは無いだろう。


「馴れ馴れしく御方(おんかた)を名で呼ぶな……!」


 あれ? これ……MMORPG、だよな?

 同じプレイヤーを『御方(おんかた)』と呼ぶそのノリには正直ついて行けそうに無かった。

 演じている深山の『ミャア』とは全然違うナチュラルさを感じる。

 ここが本当に異世界や中世時代なら理解も出来るけど……現代に生きてて、心の底からそう言える境遇は正直理解し難いと思った。

 俺なら例えどんなに尊敬してても『あのかた』ぐらいの表現が上限だ。


「いや、俺……三位で。KANAさんは一位だし、同じランカー同士だから」

「貴様なんぞが頂点に君臨される御方(おんかた)の横に並んでると思い上がるな……!」


 ……本当にこの人、現代人なのか?

 NPCだったりして?

 思わず影を確認してしまう俺だったが、残念ながらというか何というか……彼の影は確かに石畳の街路に落ちていた。


「じゃあ、ランク外のアナタが三位の俺相手に偉そうに語るのはどうなんだ?」

「クッ……このっ……レベル1の分際で!!」


 さっきから思うけど、この人、肩書ステータスに弱すぎだろう。

 あんまりこういうのは趣味じゃないけど、しかし一番有効そうだったのであえて三位の優位性を強調してみたら、案の定そんな返しだった。


「その理屈で行くと、レベル250しかないKANAさんは剛拳王より下、ってことにならないか?」

「…………もういい。黙れ」


 あ。やり過ぎた??

 ズカズカと倒れている男の身体の上を無造作に踏み越えて、俺へと一気に間合いを詰めるサリウス。


「しかもそのコート……良く見れば御方(おんかた)のための、金のカナリヤを模造しているではないか……」


 どうやらこのコートの胸のところに小さく刺繍されている、鳥のマークのことを言っているらしい。


「だから、そのKANAさんから直接貰ったんだってば」

「よくもぬけぬけと、そんな見え透いた嘘を……!!」


 背後の凛子はきっとすでにSSでも取り出している頃だろう。それをこらえさせるように手のジェスチャーで制し、俺は半歩だけ後ろに下がって何とかその殺気へと踏みとどまると。


「このこと、KANAさんに後で伝えるけど構わないんだな?」


 まるで『先生に言ってやろ』とのたまう小学生みたいな感じで超がつくほどカッコ悪いが、あえてそう切り出した。

 当然それは、心酔している様子の彼に物凄く有効そうだったからだ。


「……何をどう伝えるつもりだ?」

「だってアンタって、KANAさんを尊敬している風でいて……その実、失礼なほど私物化しているよな?」

「ハッ! ほざけ!!」


 いかにも怒り心頭という感じだが、しかし踏み込むその脚が止まる。

 明らかに俺の言葉の続きを待っている様子だった。


「KANAさんが認めて俺にこのコートをくれたのに……それをアンタは勝手な推測に基づく感情だけで否定している。それはKANAさんの判断を軽視してないか? 自分の大事な『KANAさん』、あるいは『カナリヤ』を汚されたくない一心で、僭越な振る舞いを結果的にやってないか?」

「――……っっ……」

「どうやらアンタは、『KANAさんはそんなことしない』と判断してるようだが……それは自分の勝手に思い描いている都合の良い偶像じゃないのか? まるで愛玩物のように自分のコントロール下に置きたがっているように見えるぞ? もしそれが違うというのなら、なぜ今すぐKANAさん本人にチャットで確認しない? ――ほら。そこからは単に『認めたくない』ってだけのアンタの勝手な感情が浮き彫りになるだろ?」


 まあ言うまでも無く、俺はただいま必死だ。

 どうしてもこういう時に長文になってしまうのが直らない。

 もう少しスパッと端的に言い表したいんだけど。


「……」


 とにもかくにも、説得は成功した……らしい。

 剣先を下げ、サリウスという名の、俺とまったく同じコートを着ているその男が背を向けた。


「……その言い分は、認めよう」


 かなり独善的で前のめりだが、猪突猛進というわけでも無いらしい。

 突き詰めると理性が上回る人だということだ。

 警察に近いような組織に属しているだけはある、というべきか。

 しかし――


「ただしそのコートを例え偽物であっても羽織るなら……この世界を後方から守る盾であることは自覚しろ。何時(いつ)いかなる場合も悪から背を向けることだけは許さん」

「悪、ねぇ」


 ――真っすぐな分だけ色々危ういな、この人。


「そんな誓いを立ててこれを着たわけじゃないけど、周りからそう期待されることは理解したし、覚悟した……とりあえずはそれで良いか?」

「ふん……せいぜいこちらに迷惑を掛けないよう自重してろ」


 そう最後に言い捨てると、苦悶の表情で倒れている巨漢の襟首を捕まえて強引に引き起こし、そのまま尋問を始める様子のサリウス。

 後は本職の彼に任せて部外者の俺はこの場を離れることにしよう。


「あ、あのっ」

「ん?」


 背後から呼び止められたので振り返ると、あの蹴り上げられていたスレイヴの女の子が深々と頭を下げてくれていた。

 緩く結ばれた大きな三つ編みが前に垂れ下がっている。


「ありがとうございました……」

「いえ。カナリヤですから」


 軽く手を振って、それだけで俺は凛子の元へと戻る。


「お待たせ」

「こ、香田……だいじょぶ……?」

「うん。突然巻き込まれてビックリしたけど大丈夫。心配掛けさせてごめん」

「んーん……」


 ぎゅっ。

 俺の黒いコートにしがみついて、顔を埋める凛子。


「無事で良かったっ」


 珍しく無傷で必要以上に事を荒立てるでもなくやり過ごせたことを、その凛子の笑顔で再確認した俺だった。


「じゃあ、買い物でも行こうか」

「んっ」


 凛子の手を取って俺たちは歩き始める。


「おっと……その前に」

「んむ?」


 とりあえずこれ以上巻き込まれるのは勘弁してもらいたいので、速やかにコートを脱いでアイテム欄へと収納することにした。

 ――しかし、KANAさんからもらったこのコート……やっぱりというか、とんでもない代物だったんだなぁ。

 対雷撃の性能もそうだが、それ以前にこれを着る意味自体がまた強烈だった。


「あ。脱いじゃった……」

「凛子ってあのコート、嫌いじゃなかったっけ?」

「んーん。もう香田の匂いがするから、好きっ」


 にゃははっと笑いながらそんなことを言ってくれる凛子だった。



   ◇



「へぇ。こういうところもあるんだな」


 毛布にランタンの油に、あと緊急時の体力回復を考慮しての果実……と思いつく限りの必需品から買い集めた俺たちは一段落着いて、中央通りと呼びそうな大きな通りにある噴水の前まで来ていた。

 噴水の周辺には至る所に石像や腰掛け出来そうなベンチが据えられており、そこで寛いでいる人たちも大勢居る。

 ここには喧騒や活気というより、昼下がりの平和な空気が広がっていた。


「……んー。あとは何か買い忘れ、無いかなぁ?」


 手を繋いで並んで歩く凛子にとってはここは見慣れた光景みたいで、目もくれずに忘れている物がないかを脳内でチェックしているようだった。


「あ。そうだ、凛子。忘れない内に誓約紙、見せてくれる?」

「え? はいっ」


 完全に信頼してくれている様子で、疑うことも無く嫌な顔ひとつしないですぐに誓約紙をポップしてくれる凛子。


「えーと……どう書こうかな……? 悪い、ちょっと時間掛かりそうだからそこらへんに座ろうか」

「あ、うんっ!」


 そうか。

 見慣れた、とかそういうことじゃなくて単に我慢してくれていたのか。

 どこかで深山のことを考えて遠慮していただろう凛子が、俺のその提案ですごく嬉しそうにうなずいていた。


「ね、ね? どんなこと書いてくれるのっ?」

「凛子の必殺技の威力を調整出来るようにしたいなって……街中だと周りへの被害とか抑えたいだろ?」

「おおっ」

「現行の弓矢の増強(イニシャライズ)が64倍と大出力だから、ほどほどに抑えたバージョンを考えてる。パッと暗算は出来ないけど……たぶん10倍ぐらいの威力になるのかな? そのかわり2発を連射出来る利点が生まれそうだ」

「さっすが私のご主人様~! あったまいーっ!」


 内部処理がどういう仕組みなのかは特に興味無いのか、無条件でそう褒めてくれる凛子だった。これはこれで、やっぱりちょっと嬉しい。


「はははっ、ありがと。それでんーと……ファースト、セカンド、という使い分けにしようか。つまり最大出力なら『イニシャライズ・ファースト』。ほどほど抑えたのが『イニシャライズ・セカンド』って宣言になる感じ」

「おーっ、かっくいー!」

「もしかしたらまたどこかで絡まれたりするかもしれないし、暫定的に今すぐ修正するね。ごめん、少し待ってて」

「はーいっ」


 特に不満も無さそうで、笑顔の凛子が俺の邪魔にならないよう、隣に腰掛けたまま並んで自分の誓約紙を覗きこんでいた。


「……」

「…………」


 何か凛子の視線がむず痒いけど、待たせないためにも加筆修正に集中する。


「……なあ、凛子」

「ひゃい!?」


 難しい記述部分が整って少し余裕が出来たので、特に意味も無く凛子へと声を掛けた。


「いつも、ありがとうな」


 俺から出て来たのは、自然とそんな言葉だった。


「は、はいっ!?!? ど、どーしてそこで香田がお礼言うのかなあ???」

「だって……いつも俺のこと、最優先にしてくれているだろ?」


 視線は外せないから、今、凛子がどんな顔をしているのかは確認出来ない。


「それは……私のほうだしっ……私なんかのこ――あわわっ」


 俺が何か言うまでもなく、凛子は慌てて訂正してくれる。


「――わ、私のこと……香田、すっごく大切にしてくれてる……」

「そりゃ大好きで、大切だからな」


 当たり前すぎて普通な返事になってしまった。

 思考に余裕があれば、もうちょっと気の利いた言い回しも出来たと思うが。


「…………嬉しいー……」


 ぼそりと隣の凛子がつぶやいていた。

 うん。ちゃんと受け止めてくれて、俺も嬉しい。


「あ、あの、香田っ」

「ん?」

「左腕なら……触っても良い? 邪魔しないからっ……」

「もちろん」


 いつも必ず右側に並ぶ凛子が、わざわざ俺の左側へと移動してまでそれを望んでいた。

 凛子の顔を眺めたいけど、もう少しで記述の修正が終わるので我慢する。

 視線誘導の入力って基本とても便利だけど、こういう時だけは融通が利かないなぁ。


「お」


 ――ふにょん、と凛子の身体の中でも最も柔らかい部位が俺の腕に触れた。

 どうやら俺の左腕を抱きしめてくれているらしい。


「香田……っ」


 たぶんそのまま、すりすりと頬ずりをしてくれているようだった。それが地味に嬉しい。コートを脱いで、半袖のインナーシャツ姿になって正解だったと思った。


「ね……邪魔なら……ちゃんと言ってね……?」

「邪魔じゃないよ。嬉しいよ」

「ん」


 『邪魔なら』……か。

 それは単にこの作業に対してだけの言葉じゃない気がした。

 だからちょっとばかり足りない気がして、言葉を付け足す。


「良かったら、ずっとそばにいて」

「……はい」


 ぎゅっ……と離れないように。いや、離さないように俺の腕をもっともっと締め付ける凛子。


「ごめんね、もう終わるから」

「んーん……ずっとしてて欲しいぐらいっ……えへへ」

「うん」


 それは俺も同じだった。

 昼下がりの公園で、ふたり並んでベンチに腰掛けて。そして触れ合いながら安らかな時間を共有している。

 こんな優しい時間なら、いくらでも過ごせる気がした。

 きっと凛子も、同じ穏やかな気持ちなのだろう。


「……凛子の調子、ずっと良いね」

「ん……香田のおかげ。全然不安じゃないよ……?」

「そっか」


 それは何よりだった。

 彼女の心の平安を取り戻せたなら、こんなに幸せなことはない。


「参考までに……どんなところが助けになったのかな?」

「ん。香田のお家に連れて行ってくれて……お部屋入れてくれて……アルバム見せてくれて……」


 ああ。つまり、プライベートか。

 俺の聖域の中に入れたその実感が、心の支えになってくれたのか。


「そっか。実感、かぁ」


 100の言葉より、1つの実感。

 アルバムや俺の部屋や……目に見えて触れられるモノの強さを思い知る。


「だから、ね。私……大丈夫だから」

「ん?」


 その言葉には、続きがある気がした。


「――もっと深山さんのこと、大切にして……?」

「え」


 正直そんなことを言われるとは思ってもいなかったので……思わず視線を誓約紙から外して左隣の凛子を見やった。


「深山さん……すごく不安がってるよっ……?」


 凛子は思っていたよりずっと悲しい顔をしていた。

 今にも泣きそうなぐらい。

 そして印象的な、博愛に満ちたその瞳。


「いや、俺…………その。足りてない?」

「ん」


 言葉少なく小さくうなずくだけの凛子。

 たぶんそこから先は、深山のテリトリーだと感じているのだろう。

 具体的に『こういうことをしたら』ということは一切言うつもりが無いらしい。


「……そっか。ありがとう、もうちょっと考える」

「お願いしますっ」


 つい先日、『深山さんばっかり!』と癇癪かんしゃくを起こしたばかりなのにな……どうやら本当に今の凛子は、満ち足りてくれているのだろう。

 だから深山に譲ろうとしている。


「……」


 改めて思うけど、凛子と深山の関係性って複雑だ。

 もっとぶつかり合っても不思議じゃないのに、あまりそうならない。

 たまに言い合ったりもしているけど、あれってどっちかというと叱咤激励で、『もっとしっかりしてよ!』みたいな仲間意識が根底にありそうだ。

 そう……仲間。つまり共生関係に近いのだろう。

 凛子は、自信の無い自分が俺を独占することに――あるいは、性的な部分で俺に応えられないところに、強い負い目を感じている。

 凛子の世界から見た深山ってのは、言うなれば理想の女性像そのものなんだろう。

 本来は敵わないはずなのに、むしろ自分が優先される状況は居心地が悪い。

 あと、深山がログアウト出来ない状況の中で俺を奪い取った……なんてことも言ってたっけ。


 それは深山からすると真逆なんだろうな。

 すでに俺と凛子の関係が出来ている中で、自分の入る余地なんて無いと思っている。

 ――いや、事実、そうするつもりだった。

 俺は凛子を選んだ。

 だから深山はたぶん、盛大にフラレようとしていた。

 真っ直ぐな彼女は自分の気持ちを裏切れない。

 嘘をつけられない。

 いや。すでに誓約によって強制的に真実を暴かれてしまった以上、どうやっても今さら隠せるはずもない。

 だからむしろ諦められるぐらい全力で体当たりして、そして未練を断ち切れるほど深く傷つきたい……当時の彼女からはそんな風なものを感じ取れた。

 でもそれは、凛子には耐えられない。認められない。


「なるほど」


 確かにそれは、深山の立場が弱い。

 凛子の恩情によって『生かされている』と感じる部分もあるだろう。

 何より俺自身が一度は凛子を選んだ。

 その事実は、簡単に払拭出来るはずもない。

 だから現状はフェアじゃない。イーブンじゃない。


「……実感、かぁ」


 その言葉には、覚えがある。

 あの時は俺なりにベストを尽くして、深山にそれを捧げたつもりだった。

 でもそれじゃ、まだ足りないのかもしれない。

 ただの100の言葉にしかなっていない。

 それを本能的に理解してか、深山に自分の欲望をあえて見せたつもりだったけど……深山にとってはそれすらも『求めたから応えてくれている』というラインをいまだ越えられていないのかもしれない。

 更新日のインタビューの時、『一方的に恋してるだけ』と称していたあの言葉が思い浮かぶ。

 たぶん今も、そこからそんなに深山の認識は進んでない気がする。

 もっと強力な実感。

 もっと揺るぎない確かなモノ。

 今、求められているのはたぶんそれだ。

 見たり触れたり出来るモノが、きっと良い。


「――はい、完成。細かいところはあとでもう一度チェックしたいけど、とりあえず今はこれで」

「あ、うんっ……香田、ありがとう」


 そんな悶々と悩む思考とはまた別に、ほぼ全自動的に誓約紙の記述を整えた俺。

 凛子は素直に嬉しそうに微笑んで誓約紙を戻す。


「じゃあ最後にぜひ寄りたい店があるけど、良い?」

「もちろんっ」


 どうやら凛子も俺の意図を理解しているらしい。

 むしろ我慢していたかもしれないな。

 だからどんな店かも一切確認せずに、すぐに即答してくれていた。



   ◇



「――これください」

「毎度ありぃ!」


 ソフトモヒカンの店主から代金と引き換えに商品を受け取った凛子は。


「はい……香田」

「うん、ありがとう」


 神妙な面持ちで、俺へとその装飾の少ない銀色の短剣(シルバーダガー)を手渡してくれた。


「あの。本当にそれでいいの? もっと良い武器――」

「――いや。これで良い。凛子が当時の所持金で買える、この武器が良い。元の武器は、俺にはちょっと重すぎるみたいだしね」

「あ……うんっ」


 もちろん凛子が俺から奪った元の武器(キラーエッジ)はすでに返してもらって今は未の手の中にあるけど、そういうことじゃない。

 これはいつぞやの埋め合わせ。


 『私は卑怯で馬鹿なことやりました。騙してごめんなさい』


 あの時、()()()()()が俺に謝罪していたその言葉を思い出す。


「香田……これで友達になってくれますか?」

「うん。もちろん」


 それからちょっと考えて。当時の会話を思い出して。


「でも、強奪したのは絶対に許さないぞっ? お前の顔、絶対に一生忘れないからなっ?」

「うん。許さないで……一生、忘れないで」


 うつむいて目を細め、懐かしむように凛子が微笑んでいた。


「忘れるとか、もう無理だよ」


 ぽん、とそのツーサイドアップの可愛い頭に手を置いて、俺も微笑んで見せる。


「えへへー……」


 俺の手のひらの感触を楽しんでいる様子の凛子だった。

 笑顔がずっと絶えない。


「じゃあ後は帰り道で深山さんのお土産買って、それでおしまいっ?」

「いや。深山のお土産はここで買おう」


 そう、もうひとつの目的はこれだった。

 俺にはこの街での一連の出来事の中で総括のように得た、ひとつの良いアイディアが浮かんでいた。


「え。ここで?」


 こぢんまりとした武器屋の店舗をキョロキョロと見回して少し首を傾げる凛子。

 当然店舗の中には、物騒な武器だけがずらりと並んでいる。


「ああ。もしあるなら、ね?」

「?」


 なぜこの武器屋なのかと言うと、店主がプレイヤーでちゃんと応対してくれているからだ。

 他に周った店はどこも留守で、料金を賽銭のように箱の中に投入すると額に応じた商品が購入出来るという自動レジみたいな販売方法だったのだ。


「すみません。もうひとつ……いや、三つ買いたいモノがあるんですが」

「あいよっ、安くするぜぇ!」

「いえ。どんなに高級でも構わないので――」


 俺は少々無理な相談を持ち掛けてみた。



   ◇



「――ただいま~っ!」

「あーっ、サークラセンパイ遅いっ!! マジ待ってたんだからっ!」

「およっ」


 帰って来て一番最初に出迎えたのは、少々意外だったがドア前で待っていたらしい岡崎だった。


「お。未はまだ寝てるな……良かった」


 可能なら目覚めた時、俺が傍に居て状況を説明してあげたかった。


「んじゃアタシ、行ってくっからぁ!!」

「え? あ、ああ」


 ものっすごい勢いでピューッとヨースケの部屋から飛び出して行く岡崎。

 よっぽど街に出たかったらしい。知らない街でもひとりで構わないあの行動力はちょっと見習いたいぐらいだ。


「陽が完全に沈む前には帰ってこいよ~?」

「ほぉーいっ!」


 すでに夕方になりつつあったが、まあれでも1~2時間ぐらいは楽しめるだろう。岡崎の好きにやらせることにした。


「……って、深山は?」


 部屋主のヨースケが不在なのはまあ必然としても、深山の姿まで見当たらないのは少し意外だった。


「お部屋の掃除?」

「まだ使ってもいない空き部屋、そんなに掃除する必要とかある?」

「んー」


 ふたりでちょっと首を傾げてしまう。


「とりあえず向かうか……206だっけ?」

「んーんっ」

「うん?」


 ニコニコ笑顔の凛子が首を横に振った。

 一瞬、意味がわからない俺。


「香田がひとりで行ってきて? 私は代わりに未ちゃん看てるからっ」


 もちろん未が目覚めた時にパニックにならないためにも、それは有り難い進言だけど……意図としては違うところにあるだろうと思う。


「……ありがとう。ちょっと行ってくるね」

「んっ」


 ひたすらフェアであろうとする優しい凛子に見送られて、俺はヨースケの部屋を出た。


「えーと206は……ああ、斜向(はすむ)かいか」


 中央の吹き抜けを挟んで斜め向こう側のドアにその数字を見つけ、向かう。

 ふと見れば下の酒場では昼間以上に多くの人たちで溢れていた。

 『酔っぱらう』というステータス異常を純粋に楽しんでいるのか、それとも有益な情報交換でもしているのか。

 ……俺も後であの中に入ってみようかな?


「ここか」


 宿といっても三階建てでさほど大きな建造物というわけでもない。ほんの一分も経たずに目的のドアの前へ着いた。


 ――……コン、コン。


 よく見れば少し開いているけど、でも俺はドアを軽くノックする。

 だってそれが礼儀だから。


「深山……?」


 返事が無い。

 それで少し俺の胸の中がザワつく。

 さっきあんなことがあった後だし、決して街中が安全というわけでは無いと知ったからだ。


「深山……入るね?」


 努めて冷静に、俺はゆっくりとドアを開け。


「ぷっ」


 ……その姿に思わず笑った。

 たぶんベッドの寝具でも整えていたのだろう。そしてあまりの心地良さに思わずそのまま寝潰れてしまったのだろう。

 白いシーツに包まるようにして、すやすやと安らかに眠る赤ん坊のような深山の寝顔が、部屋に溢れる優しい西日に照らし出されていた。


「ごめんな……暇させたね」


 どうせ起こすことになるのだろうけど、でもそれも何だか惜しくてつい(ささや)くような小声でそう話し掛けると、やっぱり静かに歩み寄って、サラサラなその細い繊細な髪を何度か撫でた。


「……」


 うん。そういうのも悪く無いかも?

 ふと俺は、予定していたのと違う新たなお土産の渡し方を思いつくと、寝ている深山の手を取って――


「――ん…………?」

「おはよう、深山」


 案の定、すぐに目覚める深山だった。


「え。あ……香田君……おかえりなさい」


 ぎゅっ。

 寝ている間に繋いでいた、この俺の手のひらを握ってくれる。


「? あれ……?」


 どうやら違和感があるのだろう。

 思ったよりすぐに、深山がその事実に気が付いたようだった。

 自分の手にある違和感――主に、右手の薬指の辺りを眺めて。


「え……」


 目を丸くさせて驚いてくれる。


「え、えっ……!」


 もっともっと大きく見開き、夕日の暖かな光を受けてキラキラと輝くその宝石みたいな瞳の中に、実際の宝石が映し出されていた。


「お土産」

「――っっ……!!」


 あ。こんなに喜んでくれるものなんだ?

 大事そうに胸の中に押し込んで、顔をうつむかせて涙を滲ませる深山。


「こ……これ……っ」

「うん」


 もちろん指輪をその指にはめる意味ぐらいは知っている。

 誤解とかじゃない。

 これが俺なりの出した答え。

 実感。見たり触れたり出来る、揺るぎない確かなモノ。

 ……でもだからこそ、次のコレは……どうしようかとちょっと悩んだ。

 せっかくの意味がボケてしまわないかと、つい心配してしまう。


「深山。左手も出して?」

「えっ」


 恐る恐る、という感じで深山は左手も差し出してくれた。

 そして俺の右手には、もうひとつ。宝石を掲げるリングが現れる。


「……どこに、する?」

「ここに」


 迷って本人に相談してみたら、即答だった。

 左手の薬指だけをピンと伸ばして、俺に遠慮なく示してくれた。


「これ……その……魔法の媒体……?」

「そうなるね」


 俺は深山の細い指を痛めないよう、右手と同じように再び優しく優しくリングを通す。

 便利なもので、一回り大きなこのリングは指の奥まで進むと自動的に狭まり、適度な輪の大きさに整えられた。

 システム的には単に『アイテムを相手に装備させる』というだけのこの行為にも、人間には違う大きな意味合いが備わっている。


「――……っ……」


 言葉を失い、ただ、大きく息を吸う深山。

 今度は右手で左手を愛しそうに包み込んで、目を細め、顔をほころばす。

 まるでもう二度と外さないと俺にアピールしているかのようだった。


「これで深山に、男が言い寄って来なくなると良いんだけど」

「――え……その」

「うん?」

「これ、魔法のため……よね?」

「そうなるね」

「もうっ…………勘違い、しちゃいそう……っ」


 深山はそれでも愛しそうに……大事そうに、角度を少し変えながら何度も何度も自分の薬指にある、その小さな宝石を眺め続けていていた。

 以前の俺なら、頑張ってもここまでだったと思う。

 でも今の俺は少し違う。


「それでも良いよ? 少なくとも俺はまわりの男にそう勘違いさせたい」

「え」


 本人の意思とはまた別でこんなの不本意だろうけど、でも本当にヨースケには感謝している。ここまで自分の気持ちをハッキリさせることになったのは、紛れも無く彼の影響もまた大きかった。


「深山は、俺のモノだから。これはその証拠」

「やぁ……っ……泣いちゃうっ……泣い、ちゃう……っ」

「無理に我慢しなくていいよ。凛子も深山も、互いに遠慮し過ぎ」

「うん……うんっ……!」


 たまらない様子で深山が俺の胸の中へと飛び込んでくれる。

 そして一言、噛みしめるように彼女が呟いた。


「…………嬉しい……」


 部屋に差し込む西日に照らされる深山の笑顔とその濡れた瞳は、この宝石に負けないぐらいにキラキラと輝いて見えた。

 

 これが今ここで出来る、俺なりの精いっぱい。

 少しでも深山の心を満たせられたなら、幸いだと思う。



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