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#082b 青空のファンファーレ

 ここは最果てのダンジョン地下一階、出入り口付近の階段前。


「――やっぱりダメみたい」

「だよね」


 最後の最後、念のため深山にダンジョンの中で決闘(デュエル)大会への参加申請をお願いしてみたが、案の定エラーで弾かれてしまった。

 つまり凛子たちも連れてこのまま強制参加できるかなって思ってのトライだったけど……どうあっても絶対に外界と繋がることは許されないみたいだ。

 もしかしたらこのダンジョンの中だけは前身である別のゲーム(WEOE)な扱いのままなのかも知れない。

 そう考えるとダンジョンから出る時、ログインした時みたいに真っ白な世界になって数分間も待たされるあの現象への説明にも繋がる気がした。


「じゃあ出ようか」

「うん」「へーい!」


 取り残されている凛子と未のことを考えると後ろ髪引かれる思いだが、しかしその気持ちを断ち切って俺は目の前の深山・岡崎の二人にそう伝えた。



   ◇



 『ミャア さんから決闘(デュエル)の同チームメンバーとして勧誘が来ています。』

 『応じますか?』


 どんな決闘(デュエル)であるかの試合内容――『イベント戦』と書かれた詳細表示と共にそんな通知が俺に届く。もちろん迷わず『はい』を選んだ。

 勧誘される側に承認ウィンドウによる二重確認が無いのはすでに把握済みだが、しかしそれでも軽く緊張してしまう。

 どうやら俺、システム的に何かを決定するのはちょっとしたトラウマらしい。


「お」


 決定直後から白い世界に覆われるまでは同じだが、しかしダンジョンからの脱出やログインとは違いほんの数秒ですぐに世界に色が取り戻される。そのことにちょっと驚く俺だった。


「うっひゃ~! ちょーぜつ良い眺めぇ!!」


 隣で絶叫している岡崎の気持ちは良くわかる。

 転送された先は青空。雲の上だった。

 標高5000mとかありそうな非現実的なロケーション。ざっくり簡単に表現するなら、ここは中央に幅80mほどの六角形の舞台を据えた闘技場(コロシアム)。全周をぐるっと座席に覆われておりその座席より外界には空以外に何も無い。

 言うなれば直径300mほどの小島がそのまま天高くに浮いている感じだった。

 そんな浮いている小島の外周――観客席には東西南北の四方に周囲よりさらに上空へと高く突き出した平台が存在している。何となく、将棋の取った駒を置くあの台を思い出す形状だ。

 俺たちは今、ここに居る。

 一辺20mほどの広さがある、この天高くへと突き出した座席も何もない平台の上に俺たちは転送されていた。眼下には数万人は収容可能そうな闘技場が広がり、背後には雲と澄み渡る青空。そりゃもう絶景としか言いようがない。


「お、岡崎さんっ、そんなに顔を出したら落ちちゃう!」

「へーきへーきっ、そんなドジ――はわああああっ!?!?」

「きゃあっ!?」


 何その茶番。

 柵すらもない平台の端で眼下に広がる闘技場(コロシアム)を覗き観ていた岡崎が、そのまま前のめりに滑り落ちてしまう……という演技をしていた。

 言うまでも無く岡崎にはダースとガロン、対になっているふたつの風の魔法(フェレット)が存在するのだから今さら焦ることも無い。案の定――


「――なんてね?」

「もうっ……!」


 ふわっ、と強烈な上昇気流に身体を乗せた岡崎がすぐに戻って来る。


「こら、岡崎」

「へっ? コ、コーダもびびっちゃった!?」

「違う。もうここは大会の会場内なんだ。戦う前から敵に岡崎が飛べることをわざわざ教えるようなことをするんじゃないっ」

「あっ、ご、ごめっ!?」

「まあ幸い対戦相手には見られてないと思うけど、気を付けてくれ」

「……はぁい」


 しゅんとなって肩を狭め、素直に反省のポーズを取る岡崎だった。

 たぶん大会の開催時間までまだ40分ぐらい余裕あるからだろうが、少なくとも方角的に南に位置する俺たちのこの平台の上には、ほかに誰の姿も見当たらなかった。

 違う東西や北の平台には誰か居るようにも見えるが、逆を言えば『誰か居る』ぐらいにしか認識できないほど遠くなので岡崎の姿と判別できないだろうし、そもそもそんな遠くでの一瞬の出来事、目撃している可能性なんてほとんど無いだろう。


「……ここが控室ってことなのかな?」


 東西南北、4つしかないことが少々気になるが他に代案があるわけでもない。そう仮に推察しておくと改めて俺はコンクリより粒子の細かい不思議な質感の平台の上へとそのまま直に座り込んだ。


「ちょっと作戦会議」

「はい!」「へい!」


 深山と岡崎も習って俺の前に座ってくれる。


「もちろん間に合うなら予定通り『ステージ』を組むけど……第一試合、凛子と未が間に合わない想定で作戦を考えておきたい」

「うん」

「さっきの岡崎への言葉じゃないが、セオリーとしてなるべく敵にこちらのスキルやアイテム、魔法の種類なんかの情報を出したくない。可能な限り温存したい」

「……ごめぇ」

「その上で贅沢を言うなら、第二試合以降の敵が警戒するような強烈なインパクトを与えたい。なぜなら今の俺たちってのは敵からの遠慮のない攻めに脆いからだ」

「未ちゃんが居ないものね?」

「それもあるけど魔法使いがふたりに弓師に一般市民。どう考えてもこのチーム構成はそもそも四方から攻められるような乱戦のごり押しに弱い。もはや近接攻撃が届く間合いまで踏み込まれたら俺たちの負け……ぐらいに考えて良いだろう。だから『安易には間合いを詰められない』と相手に印象付けておきたい」

「ほほぅ、なるほどなるほどぉ~」


 お前、絶対何も考えてないだろ?


「じゃあ質問。そんな俺たちのチームが勝つためには、まずどうしたら良いと思う?」

「えー……近づかれる前に、遠くから魔法をピチピチ当ててく感じぃ?」

「まあまともに考えたらそうだろうけど……実際、それが上手く行くと思うか? 魔法使いがふたりと弓師というミドルレンジ以降が得意なチーム構成なのは誰でも一見してわかる。敵もバカじゃないからバラバラに散ってから同時に間合いを詰めて来るだろう。それを俺たちはどう迎え撃つ?」

「あの……『ステージ』は使わないのよね?」

「もちろんだ。可能な限り情報は絞りたい。というかそもそもあのふたりが揃わないと本当の意味では成立しない」

「あっ」


 深山もうっかりしていたらしい。

 確かに今まで散々実験(リハーサル)をしていた通り、あの新規の創作魔法(シルバーマジック)は単体で発動できるけど、でもそれじゃ不十分だ。()()()()()()


「コーダァ、もういいから教えろよぉ、もったいぶんなよぉ!」

「もったいぶってるわけじゃない。みんなから妙案を募集しているだけだ」


 確かに俺には俺で案はあるけど、それがとても完璧だとは思っていない。もっと良い案が出て来ることを心から期待している……可能なら俺の案を出したくない。

 それは正直、博打要素が強くて危険だからだ。

 ちょっとした想定外の展開やアクシデントひとつで簡単に終わってしまう。

 一回戦目で早々に敗退とか絶対に嫌だ。


「出来る限り情報を絞って……安易に間合いを詰められないように印象付ける……威嚇…………それ、どうなのかな……」


 深山が口元に手をあてて独り言をつぶやいている。

 そろそろ彼女のことを理解しはじめている俺は直感できるが、こう思案している時の深山ってのは大抵においてすでに答えを導き出している。

 今はその自分の案が正しいかの精査をしているのだろう。


「深山。何かある?」

「え。あ、はいっ。その……ちょっと危なくて一回きりの方法だと思うけど」

「うん、聞かせて」


 もしかして俺と同じ答えに辿り着いてしまった……?

 そう思わせる前置きだった。


「その、ね? 香田君。第一回戦目……ひとりだけで出場するのはどうですか?」



   ◇



「――みなさん大変お待たせしました~! ただ今より第一回公式決闘(デュエル)大会本戦の開幕をお知らせしまーすっ!!」

「っ!?」


 それは前置きもなく、本当に突然だった。

 毎度おなじみになってきた司会進行役のえりりんさんが良く通る声で高らかにそう宣言する。

 同時にどこからか響く、管楽器による軽快なBGM。

 それらに呼応してまるで地響きのような歓声が遅れて足元から届いてきた。

 見下ろせば、数万人のプレイヤーたちが手に持つ武器をガチャガチャと地面に打ち付けたりしてドンチャン騒ぎをしている。リアル世界のライブ会場とはまったく違って観戦者のお行儀は良くなく、軽い無法地帯な雰囲気だった。

 もちろんラウンジと同様に、周囲のプレイヤーに誰も攻撃することはできない。

 ……いや、できないからこそ周囲に気兼ねなくバカ騒ぎができるのだろう。

 統制が取れていないその騒ぎ方はとてもじゃないがひとつひとつの音を拾うことなどできず、総体としての『騒音』という表現が一番ふさわしい感じだった。


「ちょっ……サークラセンパイはぁ!?」

「……来てない、わね」


 ふたりの会話を耳にしながら俺も焦る気持ちで周囲のこの平台を改めて見回すと、いつの間にやら背後にはランク入りしているどこかで見た面々がチームメンバーを引き連れていくつか現れていた。

 アクイヌスや剛拳王、神奈枝姉(KANA)さんの姿は見当たらない。きっと違う四方の平台にそれぞれ配置されているのだろう。

 ……そして凛子や未の姿もどこにも見当たらない。

 やはりというべきか、残念ながら間に合わなかったようだった。


「ではでは改めましてざっくりと本戦のルール説明をしたいと思います。はいっ、スゥートちゃん表示出して!」


 ふと見ればこれから戦場となる六角形の舞台の真ん中に女性の姿があった。あれが司会のえりりんさんだろう。

 その彼女が真っ直ぐに手を上げると、その頭上――俺たちにとっては真正面の辺りの空間に、突如として巨大な文字が浮かび上がった。

 恐らくは実際そこにホログラムのような文字が現れているわけじゃなく、各人にとって見やすい位置と角度で適切な表示が擬似的にされているだけ。いわゆる操作モードのステータス表示みたいなものだ。


 ・6対6のチーム戦

 ・トーナメント方式

 ・15分間1セット勝負

 ・痛覚5%設定

 ・非デス設定

 ・体力が0になった時点でスタン状態となり、即時退場

 ・この退場者は以後、同日中の同じチームの試合には復帰できない

 ・敵チーム全員の棄権・退場、または敵リーダーの降参宣言によって勝利

 ・決着がつかず制限時間に達した場合、退場した人数によって判定

 ・事前に登録しているメンバーの当日変更は不可

 ・アイテムの使用制限は一切無い

 ・外部から舞台内の出場者へ一切の直接的な干渉は禁止

 ・ただし音声またはチャットによるアドバイス、声援などの連絡行為のみ許可

 ・トーナメントの勝者上位3組に賞金とクラウンが授与される


 主だったところで以上の項目が空中に表示されていた。

 この中で特筆して上げるものがあるとすれば、それは間違いなく『全員の棄権』の明記である。


「……よし、助かった!」

「へ?」

「たぶん凛子たちは途中からでも大会に参加できると思うよ」

「マジで!? やったぁ!!」


 相変わらず理由は聞かないで結論だけ素直に受け止める岡崎だった。


「香田君。それって『棄権』のところ……?」

「そう。全員が棄権したら負け――つまり裏を返せば、全員じゃない棄権も認められているってことだね」

「でもでもさ、退場になるともう二度と参加できないんじゃネ?」

「いや、自分から棄権した人は退場者じゃない。体力が0になってスタンになった人だけが『退場者』とちゃんと定義されているから、おそらく大丈夫だよ」

「ほー」


 岡崎は相変わらず、わかったようなわかってないような返事をしている。


「これってつまり、温存したい人とかは事前に棄権することで自由にパスできるってことを意味してそうだな」

「それは……わたしたちの作戦みたいに、情報を秘匿するため?」

「もちろんそれもある。でもたぶん一番に考えられるケースは回復待ちじゃないかなぁ?」

「回復待ち?」

「ああ。例えば魔力が尽きた魔法使いを無理に決闘(デュエル)へ参加させても、単に狙われるだけでただの足手まといになっちゃうだろ? 壁として使い捨てるなら別だろうけど……そうじゃないなら、不参加で次の試合まで回復に徹してもらったほうが遥かに有益だ。恐らく棄権はそういう使い方になるだろう」

「なるほど。わかりやすい解説をありがとうございます、先生っ」

「はははっ」


 いつぞやの森の中の、教師と生徒の『ゴッコ』を思い出して自然と笑いが出てしまった。言った深山自身もクスクスと笑ってる。


「ほほーぅ」

「もちろん岡崎も、魔力がもし尽きたらそうしてもらうからな?」

「へぇーい!」


 どうやらEOEの世界は基本、自然回復に頼るゲームのようだ。

 食べ物は体力が直接回復するんじゃなくて回復速度の向上という強化(バフ)だった。まだ確認してないが、みーから買ったポーションも恐らく爆発的な回復量に一瞬だけ強化される内容のはず。

 なぜならみーは俺が購入する当時、口酸っぱく『どんなに急いで飲んでも受けたダメージが帳消しになるわけではなく、あくまでダメージ計算が終わってから回復する手順だ』と説明してくれていたからだ。

 つまりそれこそ瞬間的に体力の値が加算されるのではなく、段階的な自然回復を基礎としている効果だという証左に感じる。


「ではさっそく行ってみましょう……! 記念すべき第一回公式決闘(デュエル)大会の本戦、第一試合をこれより開始したいと思いまーすっ!!」


 その宣言と共に、始まりを告げる盛大なファンファーレが青空に響き渡る。

 飛び散る擬似的な紙吹雪。

 そしてウオオォ、と再び地鳴りのような歓声が再び足元から届いた。

 否応なく込み上がる、形容しがたい独特な緊張感。


「さて……どうなることやら」


 ――こうして凛子と未という主要メンバーを欠いたあまりにも不十分な状態で、俺たちのチーム『火竜(ほりゅう)』は大舞台の戦いへと挑むことになった。



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