#081c 絶対に負けない
「――んじゃ、したらばぁ~!」
「ああ、岡崎サンキュ」
第七試合が終わったその直後。
俺たちをこの真四角な白い建物から降ろしてくれた岡崎は、そう謎の挨拶を残して再び建物の屋根へと昇って行った。責任感でも覚えてくれているのか、どうやらしばらくはこのまま観戦を続けるらしい。
「……深山?」
「え……あ、ううんっ」
深山がさっきからずっと大人しい。
俺の左腕にしがみついたまま顔をうつむかせていたその様子が心配になって声を掛けると、慌てた様子でパッと作り笑顔を見せてくれる。
問い質してもいいけど、たぶん確認するまでもない。
ある意味でいつも通りの深山。彼女の目の前で違う誰かが俺を奪おうとすると、すぐこんな風に自分を引っ込めてしまう。
凛子相手ならわかるけど……神奈枝姉さん相手にまで尻込みするなんてなぁ。
高井との一件は、まだまだ深山の心に深い傷を残しているようだった。
……まあそれはそうか。人間はそんなデジタルじゃない。
心の傷が一瞬で癒されることはないし、どんなに理性で押し殺そうとしても内側の本能は隠し切れない。
「……」
今は時間がない。
一刻も早く対策を練りたい。
明日は絶対に負けられない。
そんな風に気持ちばかり焦っている俺。
しかし幸いにもその深山の沈んだ顔を見て、俺はふと立ち止まることができた。
対策を練りたい……それは何のために?
自分に問う。
それはもちろん優勝するために。深山の『ロック』を解除するために。
そして深山の――
「深山」
「はい」
――ようやく初心を忘れそうになっている自分に気が付いた。
そうだ、これじゃダメだ。
俺は俺に誓った。
深山に幸せな時間を用意する、と。
俺は深山の笑顔を取り戻すためにここまで来た。走り続けて来た。
……そのはずなのに、その深山の顔を曇らせたら本末転倒じゃないか?
何をやってるんだ、俺は?
「何か食べようか」
「はいっ?」
いつもが取り澄ました綺麗な人だけに、こういう時にふと見せてくれるきょとんとした顔が可愛い――おっと。
「その顔、可愛い」
「か、かわ、いいってぇ……きゅ、急にどうしたのっ?」
ほんとこの一言は深山にとって特別なんだなぁと再確認。
途端に大きな瞳を丸くして顔を真っ赤にさせてくれる。
だから乱発はしない。
とても大切な言葉だからこそ、本当に心からそう思った瞬間しか言えない。
今がその瞬間で良かった。
「空が青い」
「え?」
「人が多い」
「香田君??」
「そして深山は可愛い」
順番に指さしながらそう伝える。
『急にどうした』と言いたげだったが、空や山やそれらと同じように深山のことが可愛いと認識したからそう伝えたまでのこと。それを端的に伝えると。
「なあ、何か食べよう」
改めてそう告げ、返事も聞かずに手を引いて歩き出した。
◇
「意外と売ってるものだなぁ、食い物」
お酒があれだけEOEの中で楽しまれているのだから必然の結果だが、しかしここまでとは正直予想外。
この予選は観戦する側からすると、完全にお祭り状態なのだろう。食べ物系の露店や出店がずらり人の出入りが活発なメイン通り側に軒を並べていた。
眺めてみると肉を串に刺した豪快な食べ物や、氷を砕いたデザートのような何かが見かけられる。
「――ひゃああああっ、待って、待ってほしいの!!!」
「ん?」
一段と人だかりのできている露店があって何を売っているのだろうかと覗き込むと、姿は見えないもののそんな聞きなれた幼女っぽい声が耳に届いた。
「はぁいっ、それは50E.なのっ。あ、お客さんかってにふれちゃダメなのーっ!!」
今さら姿を確認するまでもない。
この人垣の向こうにある露店は、確実にみーのポーション屋だろう。
……たしかにこの予選大会では特需が発生してそうだ。
何せ短期決戦の一発勝負なのだ。
大した量ではなくてもその回復によって敵の一撃を耐えられ、引いては勝敗が左右することも往々にしてあり得る。
せめて一本ぐらい常備しておきたいのがプレイヤー心理ってものだろう。
「忙しそうだ。邪魔しないように素通りしよう」
「くすっ……はい」
深山と手を繋いでさらにメイン通りへと目指し歩みを進める。
「こ、香田君、あれっ!」
「ん? ……えっ!?」
深山が軽く叫んで指さした先。
その出店の看板に書かれた文字がインパクトあり過ぎて、ふたりして思わず立ち止まってしまった。だって手書きのその看板には――
「――や、焼きそばぁ!?」
もう異世界とかファンタジー調とかの世界観なんて一瞬で吹っ飛ぶ思いだった。
小さなその出店の中ではタオル状の布を頭に巻いたオヤジが鉄ヘラみたいなのを鉄板の上でカチャカチャ躍らせていたりして、いよいよもってリアルのお祭りみたいな情緒溢れ過ぎる酷い光景が目の前に広がっていた。
「……麺とかどうやって作ってるんだろう?」
「小麦とかこの世界にあるの?」
「さあ?」
そんな俺たちの会話に割り込むように店主が声を掛けて来た。
「らっしゃい、らっしゃい! とりあえず試しに食べてみなよ!」
深山とちょっと視線と合わせて意思の疎通を図ってから。
「じゃあ、一人前……」
「あいよ、毎度ありぃ!」
先に代金の8E.を支払う。
すると『ソースらしきもの』にからまった『麺らしきもの』が鉄板の上でざっと炒められて、木をくり抜いて作った容器に入り、葉っぱのフタが為され、木の箸まで付けられて『焼きそばらしきもの』が手渡された。
「自信作だ。あったかい内に食べてくれよな!」
じわぁ……っと甘くてしょっぱい何ともいえない香りが鼻孔をくすぐる。
青のりやかつお節は再現できなかったみたいだが、しかしよく頑張ってる感じがする。
「じゃあ、さっそくいただくよ」
何かの枝なのだろうか?
筒状の細い真っ直ぐな2本の木片――箸を手にして、麺をひとつまみする。
「はい」
「ひゃっ!?」
面白い声を出す深山に構わず俺は。
「ほら。あーん?」
「……っっ!?!?」
そういいながら彼女の小さな口元へとそれを運んだ。
「ちょ、こ、香田君っ! わ、わたしひとりで食べられますっ!!」
周囲の視線を気にするようにキョロキョロと左右を見ながら断る深山。例によってバレないよう未謹製の巨大な帽子を被っているのだから気にする必要なんかないのに。
「食べたくない?」
我ながらこれはちょっとあざといと自覚しつつ、ちょっと悲しそうな顔をしてさらに彼女の口元近くへと麺を運ぶ。
「そんなことっ……い、いただき、まふっ!!」
何を心配してるのやら、今度は慌てて釣り針に食いつく魚のように勢いよく俺の箸の先を口に咥えてくれる深山だった。
「――――~~っっっ……!!!」
声にならない声を上げて、目を丸くしてる。
「どう? 美味い?」
「はふっ……熱、……い、のっ……」
「あ。ごめん!」
痛覚がリアルの半分以下のEOEでそんなに熱そうにしているってことは、かなりの温度なのだろう。
「どれ――」
「――はいっ」
俺も興味が抑えられなくて焼きそば(らしきもの)を食べようとすると、笑顔の深山が手を伸ばしていた。
「?」
「今度はわたしが香田君を食べさせる番」
「いや別に俺は――」
「――わたしの番、よねっ?」
有無をいわさぬ凄みのある笑顔。
俺は黙って深山に箸を渡すと。
「はい、あーん?」
「……あーん」
何だこれ。バカップルみたいじゃないか。
今さらさっき自分のやってた愚行を自覚する俺だった。
こういうことする人間を過去の自分は内心で侮蔑までしていたというのに……人間、状況が変われば心境も思想も大きく変わるもんだ。
「はふっ、はふっ!?」
熱い。
覚悟していたけど想像よりかなり熱い。
そして――
「――硬い」
「うん」
コリコリ、というかゴリゴリ、という食感。
何だろう……この感じ。
「太いゴボウをかじってる感じ?」
「ああ、それだ!」
深山の例えが的確で思わず指さしてしまう。
噛むと次第にそのゴボウ食感の麺状の何かはジャキジャキと口の中でバラけて行く。EOEの世界なのに無駄にお通じが良くなりそうな圧倒的食物繊維感である。
しかし、これ。
食感のインパクトがあまりに強くて味を楽しむ余裕がなかったが……。
「味、頑張ってるなぁ!」
「うんっ、中濃ソースっぽいよねっ」
腹を抱えるほどじゃないが、互いに不思議な笑いが込み上がって声を殺して吹き出す俺たち。
「ぷっ……香田君、香田君! わたしもうちょっと食べたいです!」
「ああ、はい。あーん!」
「あ、あーんっ……」
例え異世界でも。仮想空間であっても。決して空腹にはならないとしても。
それでも食は人間の本能に訴えかける根源的な欲求であり、そして喜びなのだと思い知る。
不思議なぐらい、幸せだ。
たった一人前だけど、もはや量の問題じゃないのだろう。
ちゃんとエモーショナル・エフェクトとして腹が少し膨れて来て、何ともいえない深い満足感が得られる。
「はい、これ……ソースの味、感動しました!」
たぶんお持ち帰りしても良いのだろうけど、空になった容器を店主に返しながら率直な感想を伝えておいた。
「あんがとよ! ここまで来るのに軽く1年は研究したんだぜぇ?」
きっと無限と思える組み合わせの色々な果実を調合したり加工したりして、今ここに至ったんだろうなぁ。こういう創意工夫もまた面白そうに思った。
何より人を笑顔にする工夫っていうのは、本当に魅かれる。
もし深山に酷い誓約なんて存在してなくてお気楽にEOEを楽しむことができるなら、きっと俺もそういう方向に研究のベクトルは向いていたと思う。
――そうだな。
例えばこのファンタジーな世界に家電とか野暮なモノを発明したらどうだろうか?
あるいは車みたいな乗り物とか?
……そんなあり得ないifの世界を軽く想像して、思わず笑顔がこぼれてしまう俺だった。
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様ですっ」
「あいよぉ! またおいで!」
満足感に包まれたまま深山の手を引いて、人通りの多いメイン通りを南下した。
いつも通る路地裏のショートカットコースからするとずいぶん遠回りな帰路だが、たまにはこういうのも良いだろう。
「――深山、ありがとう」
「えっ」
「さっきまでちょっとガツガツしてたね、俺。気が付かせてくれてありがとう」
「ううんううんっ! わたしこそ……その。暗い顔をしてて、ごめんなさい」
ぎゅっ、と繋いでる俺の手を強く握る深山。
「あと、ね……」
「ん?」
そのまま彼女は俺の二の腕に顔を埋めるように頬ずりしてくれる。
「優しい香田君……好きです」
「……うん。ありがとう」
食べ物なんて体力が満タンの現状では何の足しにもならないし、無駄な散財だったのかもしれない。
でも、深山の沈んだ顔がこんなに柔らかくなるなら。
そして予選の試合を観戦している内に緊張から視野が狭くなって柔軟さを失っていた俺の心もこんなに解放されることになるなら、これ以上ない良い買い物だったと思う。
無駄は、無駄じゃない。
何かに特化するということは、何かを切り捨てること。
無理をするということは、引き戻れなくなるということ。
その分だけ多様性や柔軟性が失われ、状況の変化への対応が遅れる。
あるいは致命的な欠陥を生み出す。
――中庸にありたい。
ほどほど良い感じに整えたい。
実践できているかは定かではないが、しかしそうありたいと願う心がここにある。
一歩間違えるとただの『中途半端』になりかねない難しい道だが、これが俺のやり方。バランスのとり方。
「うん……見えて来た」
おのずと先ほどまで軽くパニックになっていた、戦士タイプが多いチームへの対策方法が導かれて来る。
無い壁をどうこうしようという考え方がそもそも歪で無理があった。
そもそもにおいて『全対応しよう』という考え方自体が、おこがましかった。
神じゃないんだからすべてに対して有利であろうなんて不可能だ。
「? 何が見えて来たの?」
「絶対に負けないじゃんけんの結末、かな」
「???」
そう、そんなの糞食らえだった。
絶対に負けないじゃんけんなんて、絶対に面白くないに決まってる。
俺はずいぶんとコンセプトから外れたことを考えていたんだなぁ。
「ごめんごめん。じゃあ戻って新しい魔法の修正をしようか」
「ねえ香田君。もう完成していると思うけど……どんな修正をするの?」
「そりゃもちろん――」
にやっ、と俺は笑う。
「――もっと良い感じに面白くなるように、だよ」





