#078c 師匠と弟子
『りんこ>……地下56階(;・ω・)』
「はあっ!?」
ダンジョンの中で実験を繰り返していた俺へとようやく届いてきた、凛子からのチャットメッセージの一報。
しかし告げられた彼女の現在地――階層が、あまりに想定外な数字過ぎて俺はもう唖然とすることしかできなかった。
……56? 地下56階っ!?!?
「何をどうしたらそんな階層に到達できるんだ??」
『りんこ>その。地下3階に……落とし穴があって(ヽ´ω`)』
「あ…………察した」
『りんこ>はい(ヽ´ω`)』
たぶん本来は容赦なく殺すためのトラップなのだろう。
――いや。もしかしたらその落下に耐えられるような上級者にとっては、地下深くへと一気に進むショートカットルートなのかもしれない。
だとすると、とっさに狂撃乱舞を発動させて瞬間的に筋力強化した未が凛子を抱えてなんとか着地。そして今、必死に帰ろうとしているその最中……って感じだろうか。
『りんこ>うーっ……地下56階、超強いモンスターだらけだよぅ!』
「うん、そりゃそうだろうね……変な話をするけど、ダメそうならいっそ早めに死んでしまうのも手だと思うよ」
『りんこ>未ちゃんが納得すると思いますか(´;ω;`)』
「…………しないだろうなぁ」
『りんこ>はい。むしろ燃えていらっしゃいます(´;ω;`)』
「目に浮かぶよ……それでぶっちゃけ、どうにかなりそうなの?」
『りんこ>とりあえず少し安全な場所はさっき確保できたから』
『りんこ>そこで回復しながら少しずつ少しずつ倒していって』
『りんこ>……帰還ポイントまで戻りたい、とのこと(ヽ´ω`)』
どうやら隣の未から話でも聞きながら伝えてくれているのだろう。
途切れ途切れに今後の予定を伝えてくれた。
ちなみに帰還ポイント、というのはたぶんあの全回復してくれる石像のことを言っていると思う。
しかし……なるほどな。
15分に一回。しかも単体の敵のみという条件付きだが凛子の必殺技を使えば自分よりずっと上のレベルのモンスター相手でも倒せるはずだ。
それで一匹殺しては安全なところに逃げ込んで……というやたら気の長いヒット&アウェイを繰り返せば一応不可能ではないと俺も思った。
「……深山を連れて、助けに行こうか?」
『りんこ>んーん。もう逃げ回ってて私も自分がどこに居るのか……』
『りんこ>たぶん合流とか無理だと思うからふたりで頑張る(´・ω・)』
「そっか…………わかった。じゃあ変更しよう」
『りんこ>んむ?』
「ポテンシャル値を敏捷性に使用くれってお願いしてたけど、あれを変更して生き残る可能性が少しでも高くなるステータスに充てて欲しい」
『りんこ>生き残る可能性……』
「ああ。もし凛子の必殺技でも一撃で倒せない敵が居るなら『威力』を。あるいは敵の一撃で殺されそうなら体力を。未に置いて行かれそうならスタミナを。凛子の判断で自由に割り当ててくれ。死んじゃって経験値を失ったら元もこうもなくなる……どうか頑張ってくれ」
『りんこ>あい(`・ω・´)ゞ』
「あと凛子、ごめん」
『りんこ>んむ?』
「今日は凛子といっしょに居るつもりだったのに」
『りんこ>にゃははっ……う、嬉しー……』
元々はそういう約束だった。
なのに岡崎と魔法を創るのに没頭し過ぎて、凛子を暇にさせてしまった俺が悪い。
だからこうして謝るのだが……凛子はむしろ喜んでくれているようだった。
「無事に戻って来れたら、何でもひとつワガママをきくよ」
『りんこ>絶対にすぐ帰るううううう!! Σ===c⌒っ゜ω゜)っ』
「はははっ。やっぱり凛子とのチャットは楽しいなぁ。この感じ、すごく久しぶりだ」
『りんこ>うん……私も楽しい。えへへ(*´ω`*)』
『りんこ>あごめ』
『りんこ>モンスター来ちゃった!』
「そっか、頑張れ! 返事はいらないから」
『りんこ>はーい、頑張ってきまーすっ!!』
返事はいらないって言ったのにそんなメッセージ返してくれるもんだから、俺のほうからソフトウェアキーボードを閉じてチャットを一方的に終わらせることにした。
「サークラセンパイ、どったの?」
「何かダンジョンの地下56階まで強制的に落とされたみたいで、かなり大変なことになっちゃってるみたいだ……」
「うへぇ……!! マジそれっ!? 助けに行くのぉ??」
「いや。自分たちでどうにかしてみるってさ」
「ひゃー……」
気持ちとしてはやはり助けに行きたいが、現実的に考えて魔法使い二人と一般市民ではむしろ凛子たちのところに向かうその途中で簡単にこっちが全滅しそう。
単体なら遠い間合いからの攻撃で行けると思うが、敵が多数の時はどうやっても接近を許してしまう。そうなっては簡単に総崩れとなってしまうだろうことは容易に予想できた。
――いや。総崩れじゃなくても誰かひとりが死ぬだけで『全員が強制リセット』だったっけ。
駄目だ。無理ゲーが過ぎる。
むしろ打たれ弱い俺が凛子たちと合流なんてしたら、足を引っ張るだけだったと今さらながら気が付いてしまった。
「岡崎。一度外に出ようか」
「へーい!」
まあ言ってしまえば凛子も未もただのダンジョンに冒険に行っているゲームプレイヤーなだけで、死んでゲームオーバーになってもまた翌日から普通にログインしてプレイを再開できる。
あえて突き放した言い方をすると、死ぬとロストする経験値がもったいないってだけなのだから事態を冷静に受け止め、俺たちは俺たちでそのロストするかもしれない分を違う形で補って、チームの総力を落とさない努力をするべきなのだ。
「……不甲斐ない」
そんな言い訳じみた思考をしている自分がとても情けない存在に思えた。
いつも最弱・最弱って自分を嘲笑している俺だけど、こんなに無力さを感じたのはもしかしたら初めてのことかもしれない。
◇
ダンジョンから転送されて広場まで戻る俺たち。
夜空を見上げると、月はもうかなり低い位置まで下がっていた。
あの感じだと今は午前3時ぐらいだろうか……?
そろそろ深山からも連絡があるんじゃないかと期待して外へと出てみたものの、残念ながら通知は特に届いて来なかった。
もうずいぶんと以前になるが、出会った当初ブロックしている凛子相手に届かないメッセージを俺から送ったことがある。
その時は凛子がブロックを解除した際にまとめてメッセージが届いたらしい。確かそんなことを言っていた。
だからブロックすらもしてない現状だし、もし深山からのメッセージがダンジョンに防がれて届いて来なくても、こうして外に出た段階でまとめて届くものだと予想していたのだが……。
「メールも届いてないなぁ」
一時期はワッと届いてきていた勧誘の類のメールもその後は途絶えているようで、今ここで確認したところ新着の知らせは一件もなかった。
チャットメッセージがどうしても送れない場合、こっちの手段もある。
ここにも深山からの一報がないということは……やっぱりまだ、高井と長く話し込んでいる状態なのだろうか?
もう三時間ほどになる……そんなにアイツと話すことなんかあるんだろうか?
「……」
――ああ、嫌だ嫌だ。
あまりよくないことを想像してしまう自分の発想のネガティブさと下種さに呆れてしまう。
深山は俺のこと、好きだと言ってくれた。
深山は、高井とひとりで会うことを選んだ。
だから俺はそれを信じて待つしかない。
「岡崎、悪い。ちょっとメールする」
「ほーい、どっぞーん」
岡崎は気を利かせてくれているのか、決してこっちを向かずに何もない石畳の広場をぶらぶらと散歩していた。そのままどっかに行ってしまう。
……たぶん見ていられないほど不機嫌そうな顔をしてるんだろうな、俺。
「気持ち、入れ替えなくちゃ」
さっき視界にちらりと入ったから――というのもあるが、何より今は心が穏やかじゃない。ろくに集中して物事を考えられる状況でもないので、淡々と自分がやるべきことをひとつずつ熟していくことにした。
俺は操作モードからメールのウィンドウを開いて。
『ご無沙汰してます。香田です。お返事遅くなってすみません。』
『先日はわざわざメールありがとうございました。』
『報酬の件、あんな中途半端な形になってしまったので――』
こんな感じで、しばらく保留にしていたエドガーさんからのメールへの返信をこの空いた時間に入力していくことにする。
『――たぶん誓約は発動しないと思います。』
『でもそれに関わらず、今度お会いする機会があれば――』
不思議とメールだと、音声入力の気分にならない。
少々面倒だが視線誘導による文字入力でしたためていると。
「あ。お兄さんなの!」
「ん?」
不意にこの耳に届く、可愛い声。
『――目の前で色々と実演を交えてお伝えしたいと思ってます。』
『ありがとうございました。』
そう慌ててメールを終わらせ、送信。
急いで振り返るとそこには金髪のツインテールがまずは視界に飛び込んで来た。
……というか、思ったよりずっと俺の足元近くにすでに寄っていたもので角度的にほとんど頭部しか見えなかった、とも言える。
「こんばんはなの~!」
「やあ、みー……こんばんは」
そう、この閑散とした広場でポーションの露店を開いているレベル341の古参プレイヤー、見た目はまるで幼女みたいなちっちゃな『みー』がそこに立っていた。
俺は挨拶しながらしゃがんでみーと同じ視線の高さにすると、それが嬉しかったのか彼女は俺の人差し指を小さな手のひらで捕まえてにっこりと笑う。
「こんな夜おそくにどうしたの~?」
「ははは……ちょっとダンジョンで実験、かな。そう言うみーは?」
「みーは、おしごと! なの!」
ふんすっ、と拳を作って気合いを入れるポーズを俺に見せてくれる。
その仕草がいちいち可愛くて微笑ましい。
はきはきとした受け答えと愛くるしい表情。こうしてコミュニケーションを交わしているだけで、元気を分けてもらっているような気分になってしまった。
「お兄さん……おなか痛い痛いなの……?」
「ううん、違うよ。心配してくれてありがとう」
ほんと俺ってすぐ顔に出てしまう人間なんだろうなぁ。
自分ではどこか未みたいなクールさを気取っているつもりの認識だから、この周りからの反応とのギャップにいつも戸惑ってしまう。
「…………」
「ん?」
じー……っと俺へと視線を逸らさず見つめるみー。無言のままツインテールが相変わらず謎のギミックでぴょこぴょこ動いてる。
あまりにその視線が熱っぽく感じられて、まるで何か物欲しそうな顔に見えてしまったのは気のせいだろうか?
「なでなでなの~! 元気だしてなの~!」
「わっ……はははっ」
酷い顔をしている俺を心配してか、同じ視線まで下げていた俺の頭へとそのモミジみたいな小さな手を乗せて、わちゃわちゃと撫でてくれる。
「うん……元気になって来た! ありがとう」
「どういたしましてなのー!」
屈託のない柔らかい笑顔を見せてくれるみー。
そして。
「…………」
「?」
また沈黙。
ただただ俺を真っすぐ見せて、ツインテールをぴょこぴょこ動かしてる。
……うーん?? 気のせい、じゃない……のかなぁ??
「――わ、ひゃあっ!?」
「おかえし」
まるで頭を撫でて欲しいように思え、自分の直感を信じて優しく撫でる。
おそらく見た目通りじゃなく中身はそれなりの年齢のプレイヤーと推察しているのでこんな子供みたいな扱い、失礼じゃないだろうか……?
「ぞ、ぞくぞく、する、のぉ……!」
ほんとどんなギミックなんだろう?
今度はツインテールが猫のしっぽみたいに膨らんで細かく震えてる。
見事なエモーショナル・エフェクトだ。
「はひゃあ……ひゃあっ……みゃみゃみゃみゃ……っ」
「……」
……いや、断じて違うぞ?
俺、幼女相手にいやらしいこととか一切してないからな??
「――あ、師匠こちらにいらっしゃいましたか……!」
「みゃ……?」
俺の背後から駆け寄るような気配と共に、そんな男性の声が届いて来た。
「大変失礼しました。ちょうど知人から連絡がありまして――……おや?」
「みーはいま、お兄さんと良いことしてるさいちゅーなのっ、えどはちょっとそこで『まて』なのっ!」
「ん?」
形容し難い感覚を受け、しゃがんだままというやや無理な体勢ながら背後へと振り返ると。
「こいつはぁ驚いた……物凄い奇遇だな、香田孝人クン!」
「エドガー……さん?」
過去に二度ほどお世話になった、あの風迅剣士がそこに立っていた。
「みゃ?」





