#078d 平行線の彼方
「こいつはぁ驚いた……物凄い奇遇だな、香田孝人クン!」
「エドガー……さん?」
振り返ると、三日月を背にしてたたずむひとりの体格の良い男がそこに居た。
取り乱した深山を追いかけて『始まりの丘』の境界線付近で出会った、初心者狩りを監視する気さくな風迅剣士。
その後、深山がラストクエストのボーナスモンスター『ウラウロゴス』へと詠唱する際も道を切り開き護衛してくれたその人でもある。
「みゃ? えど。もしかしてお兄さんとお知り合いなの~?」
「ええ、むしろこちらが驚きました。まさか師匠と――」
「えど。めっ、なの!」
「――……はい。失礼しました。ミーさんとそんなに仲が良いとは」
「お兄さんは、みーのお得意様でおともだちなの~!」
「みたいですね」
俺がみーの頭に手を置いているその状況がよっぽどエドガーさんにとって驚くべき状況なのだろう。両眉を吊り上げて、まるで呆れたように俺たちを見やっていた。
たしかにプレイ始めたばかりのレベル1の初心者が、このゲーム最古参かと思うようなレベル341のベテランの頭を子ども扱いして撫でてるとか、言語道断な気がしてきた。
「あ~」
エドガーさんの視線を感じて手を降ろすと、みーはいかにも残念そうな声を出してくれていた。本当に人懐っこいベテランさんである。
……しかし『師匠』か。
みーのレベルとプレイ時間を考えればむしろ当然と言えるぐらいだが、しかし、少し斜に構えたような30過ぎの成人男性に師匠と呼ばれ尊敬される幼女とか、どうしても見た目で違和感を覚えて仕方ない。
多少俺もEOEのプレイ時間が長くなり理解してきているが、エドガーさんの『レベル80』というのもかなりすごいのだ。
そこまでレベルを上げるためにはどれだけの戦闘や偉業が必要なのか想像もできないぐらい。
街で歩いている人たちを見た限りおそらく10~20が平均的なレベル帯だろうから、むしろそれらの人たちからするとエドガーさんこそ『師匠』と呼ばれるぐらいの存在だろうと思う。
「みーって……やっぱりすごい人だったんだな――あ、いや、だったんですね?」
「みゃみゃみゃ!? お、お兄さんはだめなのっ! みーのことそんな風に言っちゃだめなの~!」
「う、うん」
どうしても幼女プレイをご所望のようである。
まあこの脅威のレベルだもんなぁ。みんな尊敬を抱きすぎて親しく接してくれる人が少ないのかもしれない。
……ならば仕方ない。
引き続き、恐れを知らない愚かな初心者を続けることにしようか。
「しかしエドガーさん、どうしてここに……? 始まりの丘の初心者狩りはもう大丈夫なんですか?」
「ははは。四六時中べったりあそこで見張ってるわけじゃないぞ? あれはラストクエスト前で、数日前から初心者狩りの皆々様があの場にお集まりになられていらっしゃったからだ」
「ああ、なるほど」
ボーナスモンスターの『ウラウロゴス』が出現して、初心者専用の『始まりの丘』から一般のフィールドへと出て来るあのポイントってのは絶好の待機場所なんだろう。
数日前から一時的にあの場所へとホーム設定にするような経験値稼ぎにギラギラしているプレイヤーの集まりの場へと、何も知らない無警戒な初心者がひょっこり顔なんて出したらまさに『狩ってください』と言わんばかりの状況になることは改めて理解した。
ただ殺されるだけならまだしも、不当な誓約を書かれてスレイヴになんてされたらそのままEOEを辞めてしまうかもしれない。
「それに今は、あのお嬢ちゃんのおかげでやたら周辺の見晴らしが良くなっちまったしなぁ。まあしばらくお役御免ってわけだ」
それもまた納得。
深山の『四門円陣火竜』で一面焼け野原になってしまった始まりの丘。
ろくに隠れる場所もないから初心者が不意打ちを食らう心配も少ないのだろう。だから狩りの場として不人気になった……結果的に深山が初心者を狩りから守っていることになるのだから、間接的にとはいえまったく皮肉なものである。
「……で。今は週末だし変な酔っ払いが暴れてないかこの街で巡回中、とそんな感じだな」
本当にこの人は、こよなくEOEを愛しているんだろうな。
そんな治安維持みたいな地味なことを――
「――あの。ひとつ変なことを質問して良いですか?」
「ん? あぁ、もちろん構わないが」
「エドガーさんは、『カナリヤ』なんですか?」
そう。つい最近この街で知ったことだが、どうやらEOEの治安を守る自警団のような存在のことを『カナリヤ』と呼ぶらしい。
そしてエドガーさんのやっていることって、まさにこれに当てはまる気がしたわけだ。
「ははは、参ったね。カナリヤのキミにそんなこと質問されてしまうとは」
「え……あ。いえ、俺はカナリヤじゃないです。あのコートは貰い物で」
「へぇ」
神奈枝姉さんの名前はあえて出さないように気を付けた。
『カナリヤ』を表すあの貴重なアイテムを他人に譲渡したことに対して、何らかの問題や罪に問われる可能性を感じたからだ。
もちろん『誰から?』と問われたらそれなりに取り繕うつもりだったが――
「残念ながら俺もカナリヤじゃない。少し在籍していた時もあったがあそこは変に組織として思想が強くてね……肌に合わなく、すぐに出ちまったよ」
――特にこれ以上追及されることもなく、さらりと彼は自分への問いを答えてくれていた。
「なるほど。わかる気がします」
「ほう? そうかい?」
ニヤリ、とちょっと挑発的な笑顔を見せて来る。
『キミに俺の何がわかるのかな?』と言ってる気がした。
「サリウス……でしたっけ。カナリヤの副団長の人に会いましたが、『思想が強い』というエドガーさんのその言葉がわかるような印象の人でした」
「はっはっは! よりによってサリウスかい。そりゃまた極端なヤツと会っちまったモンだなぁ? 一応元関係者としてフォローを入れておくが、あそこの団長さんは気さくで優秀、とても面白くて良い人だからな? 全部が全部、あんな感じの人間だと思われてたらさすがに気の毒だ」
「は、はあ」
「ですよね、ミーさん?」
「…………みゃみゃみゃみゃ……」
「?」
あれ? もしかしてみーはカナリヤのことが嫌いなのかな?
さっきから会話に参加してこないし、今もそう問われて露骨に渋い顔をしていた。
「ところでそういう香田クンこそ、こんなところでどうしたんだい?」
「え」
本音を言おう。
実は内心、一瞬だけ『ダンジョンの奥深くに落ちたうちのパーティのこと助けてあげて欲しい』とお願いしたい気持ちが込み上がった。
――いや、それは違う。
PKみたいな他のプレイヤーへの嫌がらせや迷惑行為を監視しているのがこの人のライフワークだ。別に都合の良い便利屋とかじゃない。
凛子たちがダンジョンに入ったのは自らの意思によるものだし、こんなのは死ぬかもしれないというリスクを承知の上での、よくある冒険のひとつだろう。
『何でわざわざ手伝わなきゃいけないんだ?』
……もしそう問われたら、俺は何も返せない。
それこそ凛子相手に伝えた言葉通りだが『一方的に得をするような関係』を強請るような稚拙な発想だと自覚した。
「……少し、魔法の研究をダンジョンでしてました」
「ほう? 例の『シルバーマジック』ってヤツかい?」
「あれ? ご存じでした……?」
「おいおい、そりゃそうだろう。キミはもうちょっと自分の知名度とやらかしたことの自覚を持ってもいい」
『やらかした』。
その表現は、少しばかり心の奥底に引っかかった。
「四日後の大会に向けての研究か……なるほどねぇ」
「あ。それで報酬の件ですが」
「ああ、メール拝見したよ。有り難い話だと思うが、しかし辞退しておこう。俺はその情報を受け取れる資格がない」
「いえ。最後までじゃないですが、しかしミャアのことを――」
「――もう少し、ハッキリと伝えなければならないようだな」
「え?」
「俺としては……キミの『やらかした』ことに関与したくない」
「……」
言葉を失う。
「公式が認めて新属性を用意したぐらいだ。不正だなんてとがめるつもりはない。大した偉業だ。認めるし、感心もするよ」
「……でも関与したく、ありませんか」
「ああ、悪いね。これは完全に俺個人の感情の問題だ。レベル1とか2とかの初心者が、長年の努力を積み重ねたプレイヤーをあっさり凌駕している現状を快く思っていない」
レベル80。
さっき言ったように、そこに到達するまでどれだけの戦闘や偉業が必要だったのか、想像もできない。
それを全否定されたような気持ちになってしまったのだろうか?
理解はできる……できるけど、それは飲み込めることでもなかった。
「努力しました。試行錯誤を重ねて、俺は俺なりの努力をもって新しい魔法を構築する、という結果を掴み取りました。時間としては短いのかも知れませんが……そこは評価してもらえないものでしょうか?」
「評価するよ。努力だけじゃなく、おそらく常人にはない奇抜なアイディアやセンスもあったことだろう。そんなキミの才能を否定するつもりはない」
「……では、どこが問題ですか」
「EOEというゲームのバランスを、キミは壊している」
「――……」
それは否定できない事実と思った。
「俺はこの愛する世界を守りたい。そのために日々動いている。そういう者からして、キミという存在はむしろ疎ましいと感じているのが正直なところだ」
「えど……それいじょうはだめなの!」
「ミーさん、すみません。でも中途半端に伝えるより最後まで誤解なく伝えるほうが互いのためだと思いますので、言わせて頂きます」
エドガーさんは、威圧するように……いや。説得するように、俺へと一歩近づいて真正面から鋭い眼光を向けて来る。
「シルバーマジックという魔法が公式で認められた以上『使うな』とは言わない。『プレイするな』とも言わない。ただ……ようやく調和が取れつつあるこの世界のことを配慮し、バランスを壊さないように少しだけ『自重』してくれないか?」
「嫌です」
俺は迷うことなく即答した。
「――ありがとうございます。おかげで少しばかり目が覚めました」
「どういう意味かな? ……それは皮肉かい?」
「いえ。心からそう思ってます。おかげで自分の置かれている状況と覚悟がより明確になりました」
俺も決して目前のエドガーさんから視線は外さない。
ここだけは譲らない。決して譲れない。
「俺はバグによって、レベルを上げることができません」
「は……?」
後々、不利になるかもしれない。
このまま敵対することになるなら、いらぬ情報を与えたことになるのかもしれない。
でも俺は、自分の正当性をありのまま主張する。
「俺の大切な人が、ロックされてログアウトできない状況です」
「……それは、気の毒に」
俺は一歩、エドガーさんに踏み込む。
「――その人を救いたい。そのためにランク一位になり、ロックなんて馬鹿げた行為を容認している公式に物申したい。それを止めさせる新たなルールをこの世界に設けたい」
何も臆する必要はない。
胸を張って伝える。
「レベルの上げられない俺がやれる、その最善を尽くしたい。それを駆使して大切な人を救いたい――いや、絶対に救う。それが例え結果的にこの世界を崩壊させることになるとしても、です」
「……それが他の大勢のプレイヤーにとって、絶望になるとしてもか?」
「はい」
「バランスの崩壊は、ゲーム自体の衰退に繋がりかねないと理解しているのか?」
「ええ」
「ご存じの通り、EOEは革新的な唯一無二の存在だ。この試みは絶対に成功となって実を結ばなければならない。大げさに聞こえるかもしれないが、人類の新たな礎となるべき価値ある試みだ」
「そうですね」
「この開発に人生を賭けているスタッフもいるだろう。このゲームをプレイするためだけに財産を投げ売り、捧げている者もいるだろう」
「そうでしょうね」
「何万人というプレイヤーの貴重な空間と、新たな可能性を奪うことになるかもしれないんだぞ?」
「何が言いたいんですか?」
「言っちゃ悪いが……たったひとりのプレイヤーの、よくあるロックの解除のために少しばかり大掛かりが過ぎないか?」
「では言わせてもらいますけど――」
俺は、一度大きく深呼吸をして。
「――知ったことじゃないです」
端的にそう伝えた。
「大切なその人の貴重な一ヵ月間は、この世界より遥かに重たい」
こんなの全然共感してもらわなくてもいい。
ただの所信表明なのだから。
だから相手に理解してもらう努力を放棄している俺の台詞は、珍しく長文になっていなかった。
「完全に平行線だな」
「そうですね」
一周回って、互いに少し笑っていた。
皮肉なもので『ああこりゃ無理だ』って互いに理解し合った瞬間だった。
「だめ~! ケンカ、めーっなのぉ~!!」
そこに突然、物理的に割り込んでくるみー。
瞳いっぱいに涙を浮かべていた。
「ミーさんすみません……お騒がせしました」
「いや、ケンカってわけじゃ」
「だめぇ、だめなのぉ~!!」
あーあ。とうとう『わーん』って泣き始めてしまった。
「まあそもそも……ちょっとばかり前提が大げさ過ぎたかな?」
「ですね」
『この世界が壊れても』という前提に言及して、少しばつが悪そうに眉を下げているエドガーさん。
これは互いに最優先に守りたいモノが違うというだけ。
本質的に、実は良く似ている博愛に満ちた主張を俺たちはしているのだ。
だからこれは決してケンカというわけじゃない。
「約束します。俺は絶対に不正行為をしない。他人への嫌がらせを目的とした迷惑行為はしない――しかし、我が身に降りかかる火の粉は振り払います。俺の大切と思う存在を守るためなら、このEOEの世界を破壊しても構わない。そう思ってます」
苦笑いをしているエドガーさんは一度しゃがみ、泣いているみーを抱えてから立ち上がると。
「そうか――そうだな。だから俺は、そんなキミに関与したくない」
「はい……よく理解しました」
そう話は綺麗にまとまり、そしてこれで決別は決定的となった。
「まあそれはそれとして……ロックされているその人のこと。助けてあげられることがあったら言ってくれ。ぜひ手助けはしたい」
泣いているみーの背中を擦っているその姿はまるで優しい父親のようで……不思議なぐらいに眺めてて心が痛かった。
「じゃあ俺といっしょに大会に出てくれるんですか?」
「ははは。参ったなぁ、そう来たか」
もちろん本心から依頼をしているわけじゃない。
言ってしまえば、ちょっとした意地の悪い冗談。
「まあロックについては俺自身も思うことが多分にあるので、協力することもやぶさかではないのだが」
「いえいえ。こんな『やらかした』ヤツと仲間と思われたくないでしょう?」
「まあ…………そうなってしまう、のかな?」
互いにまた、クスッと軽く合ってしまう。
決して互いの主張が合意に至ることはないだろうが、しかし俺はやはりこの人を嫌いにはなれないと感じた。
「そうだな……大会に参加はできないが、ひとつ、香田クンへとアドバイスぐらいならできるかもしれない」
「アドバイス?」
抱えているみーの背中を、ぽんぽん、と優しく叩きながらエドガーさんは静かに語る。
「――実はその昔、ロックを含む『リアルに影響を与える誓約』について、公式へと廃止を要請したランク一位は存在したんだよ」
「……!!」
「その結果、どうなったと思う?」
「……今の現状がすべて物語ってると思います」
「まあそういうことだ。厳密には誓約について『60日間』という期間の制限を設けるに留まった」
「……昔はそれすらなかったんですか」
それで死人が出たり、あるいは監禁罪に問われたりとかしたら運営はどうするつもりだったんだろうか?
いくらアングラだって言っても、ムチャクチャが過ぎる。
それこそ小説やアニメに出て来るデスゲーム物のVRMMOみたいだ。
……その頃はまだ、そんなノリがまかり通るほど規模が小さい内輪のゲームだったということなのだろうか?
「つまり運営はロックを容認している――どころじゃなく、それを廃止することにむしろネガティブってことですか……?」
商売として考えれば、決してあり得ない話ではない。
何せログインし続けた分だけ、売り上げが伸びるのだからその観点だけで言えばロックは大歓迎な状態と言える。
「そういうことだ。一筋縄では行かないと考えておいたほうが良い」
「ありがとうございます……すごく有益な情報でした!」
ほとんど俺は無意識に、右手を差し出していた。
特にためらうでもなくエドガーさんもそれに応え、握手を交わす。
「さて……ミーさん。そろそろ帰りますか?」
「んみゃ、みゃ……っ」
そういやもう夜中の三時だったな。
エドガーさんの胸の中で半分寝てるようなみーが、ぎゅーっと彼の服を握って顔を埋めていた。
それを眺めて、俺たちふたりはクスッとまた笑い合ってしまう。
「あ、エドガーさん。最後に」
「うん?」
俺は拒否されないよう先に誓約紙bの柱を一本だけポップさせ、静かに石畳の地面へと置いた。
「それは……?」
「誓約紙です」
「は? これ全部が、か?? そ、そりゃ…………参った……驚いた……」
茫然とした表情をしているエドガーさん。
「クラウンアイテムの『フェイクメーカー』を使い、誓約紙を増殖させました。おそらくこれが一般市民のジョブスキル『編集作業』の実用的な使い道となります」
「おいおい。情報は結構だと言ってるのになぁ……」
「大丈夫です。これはエドガーさんの危惧するシルバーマジックには一切関係のない情報ですから」
「……ではありがたく頂戴するよ。なるほどね、誓約紙を増やすことができればそうやって一冊にまとめられるわけか」
「誓約紙を増やす行為自体、おそらく一般市民以外は不可能なはずです。厳密にはこれも増やしたのではなく『ひとつの塊』ですが」
「増えるその瞬間、ジョブスキルの発動によりひとつに自動でまとまる理屈か。だからシステムルールに抵触しない、と」
「そういうことです」
5mほどもある白い柱をふたりで見上げながら語り合う俺たち。
「なあ……しかし実際のところ、こんな呆れるほどのページ数があって何か意味があるのかい?」
「意外とあるもんですよ、使い道。まあ元々の目的とは別な用途になっちゃいましたが」
「その先は聞かないほうが良い感じかな?」
「……そうなると思います」
実質これで、シルバーマジックが誓約紙への記述で起こしている現象だと半ば伝えることになっているが、エドガーさんもそこはあえて言及しない。
「なるほど。有益な情報をありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「長年の謎がひとつ解けて、スッキリしたよ」
ニッ、と歯を見せて笑う彼の笑顔はまるで子供のようだった。
「じゃあ香田クン、これで」
「あ、はい」
「大切な人のロックが解除されることを心から祈っているよ。大会は……そこそこ自重して頑張ってくれ」
「すみません。EOEの全プレイヤーから憎まれるぐらいバランスぶっ壊す勢いで頑張ります。そして大切なその人を救ったら……もう二度とこの世界に来ません。それで勘弁してやってください」
「……なるほどね。悪くない手打ちだ」
つまりどんなにバランスを壊す存在がいても、そいつがもう二度とログインしないなら存在しないこととそう大差はない。
きっと過ぎ去ったその後には、禁忌の扱いにでもなることだろう。
それできっとバランスは戻る。
「まあひとつ、お手柔らかに頼むよ。それじゃお休み」
最後にそう言って、泣き疲れて眠るみーを抱えたエドガーさんは路地裏の細道のほうへと消えて行った。
「元々の目的……か」
俺は誓約紙の柱をアイテム欄へと戻しながら、ひとりそうつぶやく。
それはあまりにも不確定要素が多すぎる、遥か彼方の遠大な計画。
もしこの誓約紙を『元々の目的』に使用してしまうその時は――
「目論見通りに行けたらいいんだけど」
――きっと彼から心底恨まれることになるのだろうな、とそう密かに覚悟した。





