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#077d カマイタチ ~応用編~

「――よし。俺たちもダンジョン行くか、ダンジョン!」

「へっ?」


 路地裏の細道を街の中心側へと向かって歩きながら、俺は隣で指輪を眺めてる岡崎にそう提案した。

 理由のひとつは、とっさに逃げ出した先がたまたま偶然あの広場の方向だったから。

 あの広場なら周辺に建物もないし、過疎化が進んでるから実験の場としてふさわしい――と考え、それならいっそダンジョンのほうが色々と効率的だと考えがシフトしていった。

 地下一階の弱いモンスター相手なら実験ついでに岡崎の経験値稼ぎも期待できるだろう。

 二つ目は、凛子と一度合流したいから。所持金0ってのはさすがに心もとない。

 あとダンジョンに潜りっぱなしだという未の様子もちょっと見ておきたい――いや。文句のひとつでも言っておきたい。

 そして三つ目。理由の最後に、深山。

 実はしばらく待っていたのだがあれから連絡がないってことは……高井とじっくり話し込んでいるのだろう。

 おそらく深山と合流したあとは、もう四日後に差し迫った決闘(デュエル)大会までひたすら魔法制作に明け暮れることになるのは必至だ。

 だから深山からの連絡に気が付くのが遅くなる可能性はあるものの、自由な今のうちにやれることをやっておこうと思う。


「凛子からお金貰わないと、もう無一文だ」

「にしし、確かにぃ!」


 すでにあの石畳の広場を目指し歩いているのだから事実上は事後承諾だが、岡崎に端的なわかりやすい理由をひとつ伝えて同意を得ておいた。


「……なあコーダ」

「ん~?」

「ちょっとヤバイ」

「ん?」


 隣で歩いている岡崎がうつむいてそうぼそりとつぶやく。


「ヤバイって、何が?」

「……」


 何かと鈍感な俺だけど、岡崎が普通な状態じゃないことぐらいは直観でわかる。


「――……楽しい」

「? そりゃ良かったな?」


 思わせぶりかよ?

 何でそんな深刻そうな空気で――ああ、そういうことか。


「……いいんじゃないのか? きっと深山も楽しんでいる岡崎といっしょに居たいと思う」


 そうだった。

 岡崎にとってのこのログインは深山への贖罪しょくざいなのだ。

 罪滅ぼしをしているその最中なのに、それを楽しいと感じてしまっている自分に気が付いて岡崎は自己批判をしている――きっとそういうことだろう。


「ほら、顔上げる!」

「ひあっ」


 岡崎の顔をあご下から手で掴まえて、やや強引に上を向かせた。


「ちゃんと話をして謝ったんだから、もう必要以上に引きずるな。いつまでもそんな深刻な顔をされているほうがウザいだろ? 空気読めよ?」

「ううぅぅ」

「楽しくないのか?」

「……楽しい」

「じゃあそんな泣きそうな顔すんな! キモい!」

「コーダ酷い~っ!」

「最初に教室で寝ている俺のことキモッて言ったのお前だろっ?」

「うううぅー……」

「ほら。楽しそうな顔してろ!」

「アタシ、マゾじゃないしっ! キモい言われて楽しい顔してたらマジでただの変態じゃん!?」

「たしかに!」

「手ぇ放せぇ~! しゃべりにくい~!」

「嫌だ、断る!」

「うええええっ!?!?」


 あご下から俺の手で顔を掴まれてる岡崎はほおが潰れて涙目で、もうその変顔見てるだけでこっちが吹いてしまいそうだった。


「岡崎に、もうひとつとっておきの魔法を与えてやってるんだ。ありがたく受け取っておけ」

「ほへっ?」

「今、俺は岡崎に魔法を与えている。素直になる魔法だ。この手が離れたその瞬間から、お前は笑顔になる」

「前々から思ってたけど、コーダってさぁ……」

「ん?」

「――隙ありっ!!」

「ぐがっ!?」


 岡崎も同じように下から俺のあごを掴んでほおを潰す。

 これを他人が見たら、さながら我慢比べでもやっているかのような画になっているに違いない。


「ほーれほれほれ、コーダもこれで魔法に掛かったぁ! 手を離したらそのスカした顔ちょっとは直して素直になりなよぉ?」

「ぐぐっ……この顔は生まれつきだっ、今さらどう直せっていうんだよっ!」

「ぎぎぎぎっ」

「ほら、同時に手ぇ放すぞっ、バカバカしいっ!」

「コーダから先に離せぇ……先にやったコーダから先に離せぇ……!」

「ぐ……珍しく理に適った主張を……仕方ないな。ほら、3、2、1――」

「――ぷはぁ」


 俺が先に手を離すと岡崎も手を離した。律儀なヤツめ。

 岡崎はやっと解放された自分の顔を撫でまわすと――


「あはっ……!」


 目を細めて笑っていた。

 それじゃまるで可愛い女子高校生みたいだ。


「あれぇ!? コーダ何も変わってないじゃんっ!! 素直になる魔法じゃねーのかよっ!!」

「残念だったな。未ほどじゃないが、この顔は生まれつきだ!」

「ちぇーっ、そんなのズルじゃん! ずーるーいー!!」

「仕方ないなぁ……じゃあひとつだけ素直になってやるよ」

「お?」


 俺はテレ隠しで岡崎にさっきまで掴まれていたあごの辺りを撫でると。


「お前は、俺の大切な仲間だ。だから笑顔で居て欲しい」


 そう現在の俺の認識を素直に伝えておいた。

 もうこれで岡崎のことを駄犬扱いもできなくなりそうで非常に残念だ。


「――……だ、だからぁ……コーダってさぁ……!」

「何だよ?」

「知るかぼけぇ!!」


 顔を真っ赤にした岡崎がそう叫ぶと、勝手に先へとひとりで駆け出して行く。


「おいおい、置いて行くなよ!?」

「にしし……そっかそっかぁ、ひとりだと怖いもんねぇ? 不安でちゅねー?」

「ぐっ」


 俺にイニシアティブ取れたのがよっぽど嬉しいようだ。

 くるっと振り返っていかにも意地の悪そうな笑顔を俺に見せていた。

 そして再び駆け出す岡崎。


「最弱くぅん、追いつけるかなぁ?」

「くそっ、舐めるなっ!」


 意図せず追いかけっこをすることになってしまった俺だった。



   ◇



「――……コーダ、だいじょうぶぅ?」

「だいっ……じょ……ぅ……ぶ、だぁ…………」


 軽いスキップ混じりな岡崎の先導へと俺は全力疾走で追いかけて、そしてこのざまである。さっきの壁に穴を開けて逃亡した時にも感じていたことだが……この魔法使い、やっぱり足が速い。


「ぜぇ……岡崎、はぁ……もし、かして……陸上部、だった、とかぁ……?」

「中学時代にちょっとやってたって、前に言ってたじゃーん?」

「ははは……そ……だっけ……はぁ……っ……」


 基本ステータスというのは、どうやらある程度リアルを引き継ぐらしい。

 初めてEOEに入る直前、剛拳王――清水もそれを匂わす発言をしていた。

 だとすると岡崎は昔、陸上部で……俺は完全なインドア派。

 それがこうして如実に結果として表れていた。

 もう少し筋トレとか走り込みでもしておけば良かったな……。


「ごめん……扉、開けて……くれない……?」

「へいへい!」


 まったく呼吸ひとつ乱れていない岡崎が軽く体重を掛けるだけで、ステンレスみたいな質感の目前の扉は容易に開かれた。


「よぅーし、行っくぞぉ!!」

「……おう」



   ◇



「どうだ、岡崎。凛子の位置わかるか?」


 ダンジョンへと踏み込んだのとほぼ同時に、凛子とフレンド登録をしている岡崎に確認してみると……ふるふると首を横に振っていた。


「表示出てこなぁい」

「同じ階に居ないってことか」


 まあ過去に潜った時のあの感じだと、地下一階のモンスターでは未と凛子のエースコンビにとって物足りないのも確かだろうしむしろ必然と言える。

 俺は操作モードに入り、ソフトウェアキーボードを開いて『to』の項目に『りんこ』と入力。直接メッセージを送ることにした。


「凛子、どこにいる? 今、岡崎とダンジョンに入ったんだけど――」


『りんこ>ふぎゃああああちょまってええええ』


「え?」


『りんこ>今、せんとーちゅううぅ! ごめっ、片付いたらっ!!」


「ああ、邪魔して悪かった。落ち着いたら連絡して」


『りんこ>ごめ(´・ω・`)』


「顔文字わざわざ入れなくていいからっ! もう返事不要!」


 これ以上は確実に迷惑になっちゃうので一方的にチャットを終わらせ、操作モードを閉じた。


「サークラセンパイ忙しいってぇ?」

「ああ、戦闘中らしい。あの調子ならしばらく掛かりそうだ」


 気持ちとしては助けに行きたいところだけど、肝心の場所がわからない以上はどうしようもない。

 気持ちを入れ替えてやれることを進めることにする。


「さて岡崎。とりあえず出ようか」

「へ? 出るって……どこからどこに?」

「ダンジョンから外に」

「今ここに来たばっかじゃん!?」

「まずはお前の魔力を回復したい」


 そう、これも『色々と効率的だ』としたダンジョンに来た理由のひとつ。

 おあつらえ向きとはまさにこのこと。ダンジョンを出る時に全回復するこの仕組みはまるでこういう実験のためにあるかのようだ。

 これならいちいち魔力の自然回復を待たないで済む。


「あ、待って待って! もう26も魔力貯まったし、一回なら――」

「いやダメだ。ガロンを使うなら初回だし満タンにしておきたい」

「……へーい」


 そこで『どうして?』と真意を問わないのが相変わらずの岡崎だった。

 こういうところで信頼されていることを間接的に感じてしまう。


「よし、一度戻ろう」



   ◇



「――うん……ここが良いかな?」


 一度ダンジョンを出て全回復をして再び潜って。

 そして入り口付近にある(コケ)がびっしりと覆われている地帯へと俺たちは入った。

 地面に生えている苔を踏むと、まるで上等なカーペットのようにふわふわである。


「高さも充分だな」


 ダンジョンだから天井はあるものの、高さ的には軽く20m以上はある。

 ……まあ大型モンスターも出て来るわけだし当然か。

 感覚的には学校の体育館よりもう少し高いぐらいの空間になっている。


「うーむむむ……」

「どうした?」

「ぶっちゃけわかんネ!」

「……わからないのは俺のほうだよ……!」

「ねぇコーダ! ガロンって……何に使うのさぁ!?」

「へぇ」


 岡崎なりにガロンの使い方を自主的に色々考えてくれていたらしい。

 そういう能動的な心構えはすごく良いと思う。


「右手の<ダース>がアタシから敵へ風を起こして……左手の<ガロン>は逆に敵からアタシへと風が吹く――だよねぇ……??」

「ああそうだ。良く覚えてたな、偉い偉い」

「あ、頭撫でなくていいからっ!」

「嫌いじゃないくせに」

「……こ、これだからコーダはぁ……」


 俺の手から逃れるように一歩下がって、改めて岡崎が自分の左手を眺める。


「ねぇ……敵からアタシ側に風吹かせる意味って無くネ?」

「いや、全然そんなことないぞ? 超重要だぞ?」

「…………悔しい」


 おや、珍しい。

 いつもなら『アタシってバカだしぃ』って感じで簡単に俺に答えを求めるだろうに、今回は妙に自分で考えることにこだわっている様子だった。

 言われるだけじゃなくて、ちゃんと考えて自分のモノにしたい――そんな感じのこだわりに思えた。

 それはもしかして、『自分の魔法』だからだろうか?

 ……もしそうだとしたら、ちょっと嬉しいな。


「ねえ……敵からアタシ側にあんな風が吹いたら、危なくネ?」

「ああ、なるほど。まずはそこからか」


 利用価値について疑問を抱いている岡崎の根底をひとつ理解した。


「自分の魔法で、自分にダメージは与えられない。これは深山が過去に体験として証明していることだから確実だ」

「へぇ~、アタシはアタシの魔法でダメージ受けないんだぁ? それならちょっと安心かも!」

「ただし、自然にある物質へと作用したその二次的な結果を自身が受けることは可能だ」

「……ごめん。もうちょびっとわかりやすくぅ……」

「例えば、深山の魔法で起こした炎を使い炙った果物を食べて、深山はそれを熱いと感じることができる」


 これも過去に実際やったこと。

 ここから察するに……深山の魔法の炎で深山は一切のダメージを受けないが、深山の魔法の炎によって樹が炙られ、それに引火して発生した自然由来の媒体の炎は、深山にダメージを与えるかもしれない。

 簡単に言えば、魔法の炎が消えた後にも残っている炎があれば、それは自然由来の炎と定義することができると思う。


「わ、わかるよぅなぁ? わかんないよぅなぁ……?」

「じゃあさっきの実験で話をしようか。岡崎が生み出した<ブラスト>――デコピンによる烈風は、岡崎に一切のダメージを与えない。これは理解した?」

「うん……理解した、と思う」

「その烈風を使い<アクセル>――加速させた小石も同様に、岡崎にダメージは与えない」

「うん……理解」

「ここからが肝要。<アクセル>で加速させた石が壁に穴を開けて、その破片が飛び散ったとする。その破片は恐らく岡崎に当たってダメージを与えるだろう。なぜなら破片は自然に存在する石が衝突したことで発生した物理現象であり、直接的に魔法が作用しているわけじゃないからだ」

「…………うううぅ……と、とにかく……どばぁんってぶつかった後は気を付けろってことぉ?」

「ああ。まあとりあえずはそう考えて良いと思うよ」

「んでぇ?」

「んで?」

「これ……ガロンって結局何に使うのぉ? ほんとに超重要なのぉ?」


 どうやら降参らしい。

 俺もこれ以上は引っ張らずいきなり正解を伝えることにした。


「なあ岡崎。背後から襲ってくる攻撃って、避けづらいと思わないか?」

「あー!」


 一発で伝わったらしい。

 つまり発生ポイントを敵の位置よりもっと奥に設定し、そこからガロンを撃つという発想。

 今回俺たちはレベルがずっと上の、実力では到底敵わない相手へと奇襲に次ぐ奇襲で戦うのだから、こういう捻りって非常に大切だ。


「あるいは例えばさ。物陰に隠れている相手に使ったらどうだ?」

「コーダ、あったまいいっ!!!!」


 これまた一発で伝わってくれた。

 そう、これも使い方のひとつだろう。

 盾だったり防御魔法だったりで身を守るというのは当然に相手がしてくる対処方法のひとつだ。

 それを正面から突き破るのは限界がある。

 敵から岡崎へ、という一般的な攻撃と真逆のベクトルを持つガロンはそんな相手の前提を簡単に崩せるだろう。

 想定外からの一撃こそ、まさに奇襲の基本。


「そっかぁ……ガロン超重要じゃん!!!」

「だろ? まあそういう使い方もできるってことで……そろそろ本命の実験に入ろうか」

「本命ぇ……?」

「ちょっと空でも飛んでみようか、岡崎」



   ◇



「――じゃ、一番! 岡崎(あい)、いっきまーすっ!!」

「おう、いってこい! いざって時は俺が下で受け止めるから! あと、くれぐれも出力は抑え気味にな? 最後もちょっと怖いだろうけど背中から――」

「んもぉ~、コーダはアタシのカーチャンかよぉ~!? 大丈夫、大丈夫! もうちゃんとわかってっから何度も言わなくていいからぁ!!」

「そ、そうか……?」


 ちゃんとわかってるかなぁ……不安で仕方ない。


「コーダ、見てて! いいっ?」

「ああ」


 すぅ……と岡崎は一度深呼吸をして、まるでアスリートみたいに軽く跳ね、手首をぶらぶらとさせ、見るからに集中力を高めていた。


「シルバーマジック……」


 まずはその始まりを告げる宣言をすると、そのまま左手を真っ直ぐに下へと伸ばし。


「――……ガロンッ!!」


 岡崎は自分の足元へとピンッ、と軽く中指を弾くとそのまま垂直に跳躍する。


「ふわあああぁぁぁ……っっ……!!!」


 岡崎は見事、宙へと自身の身体を打ち上げた。

 『浮く』というより『打ち上げる』。

 だから正確には『飛ぶ』ではなくて『跳ぶ』だろう。

 指し示した足元の地面から岡崎へと吹き上がる烈風。

 自らの跳躍する身体を<アクセル>でそのまま頭上高くへと持ち上げていた。


” 自分の魔法は、自身にダメージを与えない。 “


 では、その魔法は術者の身体から完全に弾かれてしまうのか?

 ――違う。単に『ダメージを与えない』というシステム的な処理を受けるだけで、物理演算の一切から無視されるわけじゃないのだ。

 それは深山が放った、四門オールアラウンド円陣ゲート・イン・ザ・火竜サークルドラゴンの爆心地ですでに確認済みである。

 もし深山があの強大な魔法を放った際に爆発を身体で弾いていたら、あんな美しいすり鉢状の跡にはならない。

 恐らく深山が立っていた地点から後ろがまるで伸びる影のように地表を残すはずなのだ。

 あるいは深山の身体を爆発がすり抜けたと仮定するなら、深山はあの爆心地に立っていたはず。

 でも深山は死んだ俺に対して、確かにチャットで――


 『ぐすっ…………何もない焼野原で……わたし、だけ……ですっ……』


 ――こう伝えて来た。

 焼け焦げた炭すら残ってないあの爆心地で、果たしてそんな説明になるだろうか?

 あれは自分の現状を真剣に伝える大切な場面なのだから、『目の前にクレーターみたいなのがあります』みたいな表現となるのではないだろうか?


 だから現実は、おそらくそうじゃない。

 深山自身もあの爆発に飲み込まれて『一切のダメージを受けることなく』周辺の焼野原まで実際に吹っ飛んだのだ。

 そういう必然の推測からこの応用へと、今こうしてアイディアは結びついた。


「わ、わわっ……うっひゃあっ!!」


 まるで競技用トランポリンにでも――いや、あれ以上か。

 ガロンによって吹き上がった空気が数秒間滞留していたらしく、上昇の頂点でしばし数秒間の滞空が続いた。

 そして魔法の終了と共に岡崎の身体がゆっくりと落ちて始め、それは見る見る間に自由落下として加速を始める。


「っと……!!」


 俺は念のため落下地点へと駆け寄る。

 とてもあれを受け止められる筋力などないが、しかし下敷きになるぐらいのことならできるだろう。


「岡崎っ! 背中から――」

「――はいはい、わかってるってぇ……!!」


 正直驚いてしまう。

 岡崎にまるで緊張のようなものが見て取れない。

 焦ってタイミングが早まってしまうようなこともなく、絶妙な着地寸前のタイミングで――


「――ガロン……ッ!!」


 落下する自らの背中めがけて指を弾き、再び魔法を放った。


「よ、っと……ぉ!」


 まるで見えないクッション。

 身体を寝かせて空気の当たる面積を増やした岡崎の身体が、ふわっ、と再び小さく舞い上がるように持ち上がり、そこから1mばかり下の苔が敷き詰められた地面へとゆっくり舞い降りる。


「……驚いた」


 俺はさっきから全然違うことにひすら感心していた。

 魔法の挙動はほぼ予想通りだったのだが――岡崎の挙動は全然違っていた。

 背中から落ちるなんて、そうそう上手くやれるものじゃない。

 どうしても恐怖に駆られて落下する地面へと顔を向け、本能的に手をつこうとしてしまいがちだと思う。

 それが結果的に空気の当たる面積を減らし、減速した後も上手に着地することを困難にさせる動作だとしてもだ。


「ひゃあああっ、ヤバイ! これ超楽しーっ!!!」


 ところが岡崎はその恐怖を見事に克服し、しまいには100点満点をつけられるような足からの軟着地まで華麗に一発で決めてしまったのだ。


「……どうしてそんなに上手い? 実はトランポリン選手だったのか?」

「へっ?? どうしてって言われてもぉ……」


 ポリポリと頭を掻きながら返事に困った岡崎はしばし考えたあと。


「ちょっと似てるかも? ……うん、似てる」


 不思議なことを小さくつぶやいていた。


「――アタシのやってた走り高跳びに似てるかも、これ」



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