#077c カマイタチ ~回答編~
週末土曜、深夜1時過ぎのメイン通りはむしろ昼間以上かと思わせるほどいまだ独特な活気に溢れていた。
『酔狂』という言葉はまさにこのためにあるのかと感心するぐらいだが、わざわざEOEという仮想現実の中で『酔っぱらう』というステータス異常を楽しむ人がまさかこれほど居るとは。
「中身はサラリーマンとかなのかな……?」
まあ考えようによっては『ゲーム内通貨』なんていうある程度レベルの上がったプレイヤーにとってはさほど価値のない、勝手に貯まっていくようなただの『数値』で好きなだけお酒が飲める利点もあるってことか。
まあ仮想のお酒だけど……いや、もしかしたらこの世の物とは思えないような、ここでしか飲めない味とかあるのかもしれない。
しかも後に訪れるだろう『二日酔い』という好ましくないステータス異常も、おそらくはポーションや薬草の類で瞬時に回復できるだろうし、どれだけ飲んでもリアルの身体を悪くすることがない。
しかもEOEなんて同じ趣味の人間だけが集うお花見会場みたいな場所だから、他のプレイヤーに迷惑さえ掛けなければどんなバカ騒ぎをしてもうるさく言うヤツらもほとんど居ないだろう。
……なるほど。考えれば考えるほど酒豪にとっては夢のような場所だ。
丸一日飲み放題で二日酔いの心配なし、オマケで異世界風の冒険もできちゃう込み込みツアーパックが一万円と考えると、確かに大人から見ると居酒屋行くのがバカバカしいぐらいのメリットがあるのかも知れないな。
「コーダコーダぁ! アタシこれ! これにする~!」
「――ん? 決まった?」
道端で茣蓙のようなものを敷いて飲み会を繰り広げていたパーティを遠くから眺めていた俺は、岡崎にそう呼ばれて隣へと振り返る。
「へぇ。ずいぶんと大人しいデザインを選んだなぁ」
岡崎が選んだのは、小さな小さな赤い宝石が埋め込まれているだけの、装飾が少ないシルバーの細い指輪。それがまったく同じデザインで2つ。
「にししっ……大人~って感じっしょ?」
その笑いかたはあんま『大人~って感じ』じゃないけどな?
「宝石の容量はいくつだ?」
「24!」
「……ふむ。ちょっと小さいけど……まあ岡崎の魔力容量が52ってことを考えればそれでも問題はないか」
ほぼ半分だから、フルの24全部を使うとすると、左右のリングを1回ずつ使用可能ってことになる。
理想を言えばもう少し宝石の容量が大きければ『ここぞ』って時に火力を高められるけど……それは本来凛子や深山が担っている部分だから、さらに岡崎にまでそれを追及するのは欲張り過ぎになるかもしれない。
岡崎は、軽く速く遠く。
その本来の目的を見失わないためにも中庸――ほどほどが一番、である。
「よし。じゃあそれにしようか。買うよ」
「え、ええっ……わ、悪いよぅ?」
「いいから。これは必要経費だから遠慮は無用だ」
「……じゃ、あざーすっ!」
岡崎が選んだそのシックなデザインの2つのリングを受け取ると。
「えーと……2つで800E.か」
アイテムを手にすると強制的に操作モードに移り、清算画面が視界中央に現れる。
今は夜中ということもあって、露店は無人取引のモードになっていた。
このモードは店主の売り込みがなくて気兼ねなくゆっくり買い物できるが、同時に性能について問い合わせをしたり値段交渉ができたりという利点もない、完全な自動販売機状態。
ちなみにこのリング。
深山の指輪からみたら実は桁がひとつ違うぐらいの大変お安いものだが、しかし宿代でいうなら三ヶ月近く泊まれるという大金でもある。
お金は有限。大事に使わないと……。
「――ん?」
押そうとした『購入する』のボタンが灰色になっていて、それでようやく俺は気が付いた。
「しまった……」
「へ?」
「あ、いや!?」
完全にうっかりしていた。
情けない。これは本当に情けない。
何を隠そう……お金がないのだ。只今の所持金、たったの150E.。
たしか先日、1万E.を凛子から受け取ったというのに……日本円にして約100万円ほどにもなるその大金のほとんどすべてをたった数日で使い果たしていた、というこの酷い状況に自分で呆れた。
「マズイ……ウチの財務大臣と連絡がつかないんだっけ」
思わず頭を抱えてしまう。
今、パーティ全体の所持金すべてを管理している凛子は、未の居る――そしてチャットが遮断されてしまう『最果てのダンジョンへ』と入っていた。
案の定、試しに凛子宛てに送ったチャットのメッセージはエラー音と共に弾かれてしまった。
「はぇ? コーダ、どったの? もしかして買えないの?」
「は、はは……すまん。その……金が尽きた……」
カッコ悪過ぎて泣きたくなってくる。
「買う買うっ!! やっぱしアタシが買うっ!!」
「――へ? お前、これ買えるだけのお金を持ってるのか?」
何せ岡崎はつい最近まで戦闘経験ほぼゼロのレベル1だったのだ。
いったいいつ、そんなお金を得る機会が――
「ああ。モンスターのウロコ、拾ってたな!」
「にしし! そうっ、大正解っ!!」
指南役の師匠から一枚5E.で買い取るって話を聞いた岡崎は、ダンジョン内で両手いっぱいになるぐらいモンスターのウロコを拾いまくっていた。
それと初回ログインボーナスとして初期装備と共に支給されたであろうお金を合わせれば、これが購入可能になるってことらしい。
「全然足りないが、これも足しにしてくれ」
「え、ちょっ……んもぅ。さーんきゅ!」
有無を言わさず俺の所持金、最後の150E.を岡崎の手の中へと強引に捻じ込む。
「じゃあ買うね――じゃじゃーんっ!」
ほぼ全財産を費やして購入した岡崎は、さっそくその場で両手の中指にそのシンプルなデザインのシルバーリングを通して俺に見せた。
「にっしっし、えっへっへ……」
角度を変えながら何度も何度も自分の指を眺めている。
岡崎もやっぱり女の子なんだなぁ……なんて失礼なことを、その嬉しそうな笑顔を見てつい考えてしまっていた。
「よし、じゃあ戻ってさっそく実験だな」
「おーうっ!!」
両手に指輪。これが創作魔法の基本スタイルだった。
さて、準備万端だ。
◇
「――そういや名前はどうしようか?」
ここは再び、道が舗装されていないあの路地裏。
俺は土の地面に敷いた白い床の上に座り、最終チェックとして自分の記述した誓約紙aの文面を眺めながら隣で謎の準備体操を念入りにしている岡崎へと質問をした。
「ん? 何のぉ?」
「おいおいっ。今から実験する魔法の! もうどんな内容か実験でなんとなく理解してるだろ?」
「えー……思いつかないから何でもいーやぁ。コーダが決めて?」
飽きたな?
確実に考えるの飽きただろ、お前!
「お前はほんと固執しないっていうか……アバウトだなぁ」
「だってぇアタシ、バカだしぃ?」
そういう返事に困る自虐は勘弁してもらいたい。
「そう言わず、な?」
「んーじゃ『フェレット』で!」
物凄い投げやり感である。
深山の性格とはまるで正反対。本当に水と油って感じだなぁ。
「……そうだな。『カマイタチ』じゃそのまんま過ぎて宣言を聞くだけでどんなことが起きるか連想されてしまうし、そういうアプローチは良いと思う」
ちなみに四門円陣火竜……も皮肉なもので、それはそれで聞いても『はぁ?』って感じになるのでちゃんと対策になっていたりする。
「ただ今回、表裏一体の2種類を用意したんだ。だから個別の名称も二種類欲しい」
「うへぇ……めんどっちー……!」
ちょっとは隠せ、本音!
「そういうなよ。じゃあ岡崎が飼ってた二匹のフェレットって名前、何ていうんだ?」
「へっ? ……『ダース』と『ガロン』だけどぉ?」
「じゃあ、それにするか」
これが例えば『へっぽこぴー』とか『みずようかん』とか脱力系の名前だったら却下だったが、思ったより端的で悪くない名前だったので迷うことなくそう提案した。
「岡崎の右手がダース。左手がガロン」
「ダース……ガロン……」
自分の手のひらを見詰めながら少しぼんやりとした口調で岡崎が言っていた。もしかしたらその手のひらにダースとガロンを乗せていることをイメージして、ちょっと昔を懐かしんでいるのかもしれない。
「嫌か?」
「――え? あ、ううんっ、超良い! すげー良いよそれっ!!」
瞳を輝かせて俺へと詰め寄るように目の前に座る岡崎。
どうやら俺の提案をそのまま受け入れてくれるようだった。
「じゃあ次。魔法を実行するにはその名前での宣言と共に、もうひとつ動作が必要となる」
「ややこしー……っ!」
「いやいや。慣れたらたぶんそうでもないよ。ただ――これ、だけ」
「うひっ!?」
指を構えると、それだけで首を引っ込めて大げさに岡崎は驚いていた。
「で……でこぴん……?」
「そう、デコピン」
今回岡崎に授ける創作魔法は制御するべき項目が多くかなり複雑だ。
それをどう簡単に操作させるかが、俺の腕の見せ所。
いかに直感的に……いかに正確に。
これが曖昧なままでは期待する効果は決して得られないだろう。
「ただし人差し指・中指・薬指・小指。どれでも自由に使えるデコピンだ」
「何それぇ?」
「人差し指が、10cm」
「うん?」
「中指が、1m」
「???」
「薬指が5mで、小指が10m」
「……どゆこと?」
「これは『ダース』や『ガロン』の大きさ。最初はわからなくていい。とりあえず人差し指側を弾くと小さく、小指側を弾くと大きくなるとまずは覚えておいてくれ」
「うん……それぐらいなら、まぁ」
次に構えて見せたデコピンを実際に弾いて岡崎に何度も見せる。
「デコピンの弾く強さは、そのまま魔法の強さだ。これは大丈夫だな?」
「オッケ。それは全然だいじょーぶ」
「最後に、『ダース』または『ガロン』と宣言してからデコピンを弾くまでの時間が距離だ」
「は、へっ???」
「……うん。これが一番概念として理解するのが難しいから追々で構わないし、何か違う方法の希望があるなら岡崎のやりやすい形に後から修正するよ」
「ううん……やる。アタシこれでやるから!」
珍しく岡崎が真剣な口調で言い切った。
それは俺の創作した魔法をすごく尊重してくれているような気がした。
「じゃあ概要だけ簡単に伝えるが……宣言してから弾くまでの時間が長いほど、岡崎から見て遠くで魔法が発生する」
黙ってうなずく岡崎。
「1秒に8mずつ遠くなる。これは大体、岡崎が全力疾走している速さだとイメージしていい」
「……つまり名前が『よーいドン!』で、デコピンが『ゴール』?」
「すごいな。驚くほど察しが良くて助かるよ」
計算し易さで言えばきっと1秒10mとかの設定にするべきなんだろうけど、今回は岡崎がいかに直感的にイメージできるかが最重要。
だからこれで良い。
「わかったぁ! つまり遠くのヤツにデコピン当てる魔法ぉ!?」
「ははははっ、うん。まあそういう使い方もできる」
「?」
ちょっと首を傾げているけど、相変わらずそのまま疑問を呑み込む岡崎。
いつもながら話が簡潔に終わるので非常に助かる。
こんなの、論より証拠――語るより実践なんだ。
後でゆっくり理解していけばいい。
「そしてもうひとつ」
「うへぇ……まだあるのぉ!?」
「大丈夫。さっき言ったように表裏一体だってだけで、基本はまったく同じだ」
「お、とっ、とっ!?」
岡崎の両手を取ると、驚かせてしまったのか少し目を丸くしていた。
「この利き腕の右手――『ダース』が、岡崎から外へ」
「?」
「対してこの左手――『ガロン』が、外から岡崎へ」
「……外から?」
「そう、外。これは方向を意味する」
「……ぶっちゃけ全然わかんなぁい……」
今まで真剣に聞いていた岡崎だったが、いよいよそこでギブアップ。
困ったように眉をハの字にして泣きそうな顔を見せている。
「ごめんごめん、いきなり理屈だけ言われてもさっぱりだよな?」
俺はいつもより念入りにそんな岡崎の頭を撫でると。
「――さ。ずいぶん長いことお待たせしたね。そろそろ実践と行こうか」
「実践……っ!!」
そう伝えた。
途端、瞳を再び輝かせる岡崎。まったく現金なヤツだな。
「ああ。岡崎のためだけの新しい魔法『フェレット』の完成式だ!」
まあ当然ながら俺も俺で、超ワクワクしてるけどな?
◇
「――シルバーマジックぅ……!!」
初っ端から何だけど、ホントにこれ必要なのだろうか……?
現在は主に魔法関係の共通初期処理の実行を俺の誓約紙へと委ねるための宣言であり、深山いわく『けん制』としての効果も狙っているモノらしい。
……まあ実際のところはおそらく『カッコイイ』という点と『香田製のオリジナル魔法だ!』と広く知らしめる宣伝的な効果を深山は狙っているのだろう。
その気持ち自体は嬉しいのだが、軽く速くを目指す岡崎が使うには少しばかり足枷となってしまっている。
なので深山には悪いが、こっそりと『宣言時のポーズの指定』を削り、一度宣言すると一時間ずっと適用され続けるような一文を付け加えた。
つまり最初に宣言してしまえば、以後の一時間はいちいち『シルバーマジック!』と叫ばなくても宣言を省略できるわけだ。
「……からのぉ~」
バッ。
岡崎は右手中指を曲げ、デコピンの準備をすると。
「<ダース>……!!」
力強くそう宣言し、曲げて溜めていた中指を勢い良く弾いた。
この間、約1秒。
――ブバァァ……ッッ!!!!!
岡崎の目前、約10m先で巻き起こる時速400kmほどの烈風。空気がビリビリと振動しているのがわかる。
そして1m毎の等間隔で立てている誓約紙b~eの内、中央のcとdがその烈風に煽られてゆっくりと後方へと倒れて行く。
――ズドォォンンンッ……!!
一本150kg余りある誓約紙の白い柱が二本倒れ、地面が僅かに揺れた。
「やったっ……香田やったぁ!!」
「何もやってない」
「……はへ???」
見るからに上機嫌で尻尾でも振っているかのような岡崎には悪いが、バッサリ全否定である。
俺は倒れた誓約紙c・dを一度アイテム欄に戻し、再びポップさせて元の位置に立たせた。
「まず狙いがちゃんと定まってない。デコピンで弾く指の伸ばす角度がそのまま狙う方向になる。今、曖昧に狙ったからこの二本の隙間に抜けて行っただけだ」
「そ、そっか……これで狙うのかぁ」
ピン、ピン、って何度も指を弾いて練習する岡崎。
もちろん『ダース』と宣言していないのでそれで暴発することはない。
「そして二本同時に倒れたということは、つまり指を弾くタイミングが早すぎるってことだ。この柱よりずいぶん前に発生しているから、風が拡散して横に広がり、幅3mのこの辺りに弱い風が当たったという証拠だ」
「うぅ……ごめぇん」
「最後に、気合が足りない」
「はひ!?」
「もっと強く弾くことできるだろ? もっと気合MAXで弾けっ!!」
「は、はいぃっ!!!」
「やり直し! もう一度!! 今より0.2秒ぐらいタイミング遅らせて指を弾け! 回避不可能なゼロ距離で当てろ!!」
「――――っっっ……!!!」
『そんな難しいこと言うな!』と非難したそうに頬を膨らませて岡崎が黙り込む。
だが不平不満は口にせず、そのままもう一度腰を少し落として構えた。
「シルバーマジック……ッ!」
「一度宣言したら一時間はもうそれ必要ないから!」
「っ!!」
眉間にシワを寄せ、岡崎は中指を曲げて力を込める。
そして同時に、その真っ直ぐに突き出している右腕の手首を左手で掴まえ、狙いがブレないようにしっかりと固定し。
「<ダース>……!」
今度は勢いに任せず、一瞬の静寂を経て彼女のできうる最大限の力を込めて指は弾かれた。
――ズパアアァァンンン……ッッ!!!!
まるで屈強なボクサーが渾身の力でサンドバッグでも殴ったかのような乾いた音が誰もいない路地裏に響いた。
そして――
「う、そぉ……!!!」
――重さ150kg余りある誓約紙cが真後ろに2mほど吹っ飛び、そのまま地面に二転・三転と勢いよく転がって行く。
俺の体重の2倍以上ある誓約紙の柱であれだ。俺がまともに食らえばおそらくそのまま向こうの建物の壁まで吹っ飛ばされていることだろう。
死ぬほどじゃないだろうが、重症ぐらいにはなりそうに感じた。
「コーダ、すっ……げぇ! これ、すっげえっ!!!」
見た感じ、今回の岡崎の<ダース>はほぼベストだった。
おそらく魔力を24フルで消費したに違いないし、間合いもドンピシャ。
どうやら岡崎にふさわしいインターフェイスを用意できたらしい。
たった2発で精度をここまで高めたその結果から手応えとして感じられた。
「まあ攻撃力MAXでこんなもんか」
例えば魔力24を使った深山の<エムフレイムバレット>なら俺は3回分死ねるぐらいのダメージをきっと食らうことだろう。
直感的に言えば、ざっくり6~7倍ぐらい強いってことだ。
――いや、6~7倍ぐらいしか強くない。
今までそよ風みたいなものしか吹かせられず、攻撃力が皆無だったことを考えれば100点満点である。
しかも……非常にシビアなスキルを必要とするものの、超近距離から放たれる『見えない攻撃』というのはほぼ回避不可能である。
そう。空気は視認できないのだ。
そこまで考慮すると単に攻撃力が高いだけで回避されやすい<エムフレイムバレット>よりずっと実戦的とすら言えてしまうかもしれない。
こうなると『風の魔法は一番攻撃が弱い』とか、もはや冗談にしか聞こえないレベルだった。
「コーダ! コーダぁ!!」
「お、おう? どうした?」
「マジありがとうっ、これでアタシ、みんなの役に立てる……!!」
岡崎が今にも泣きそうになって感激してくれているところ悪いが。
「いやいや。さすがにちょっと待ってくれ。まだ始まってもない」
「へっ……?」
そう事実を伝えて話の腰を折らせてもらった。
「今のって、基本を説明するためのただの前振りだからな? 童話でいうなら『むかーしむかし、ある村におじいさんとおばあさんが住んでおりました』――ぐらいだから。まだ主人公が登場してもいないから!」
「そ、そう……なのぉ??」
「せめて『カマイタチ』ぐらい登場してから盛り上がろうぜ? 今の、スパッと切れてたか?」
「あ~……!」
ただのデコピンで舞い上がっちゃってた岡崎はすっかりその存在を忘れてしまっていたらしい。指摘されて素っ頓狂な声を上げていた。
「というわけで次だ。『カマイタチ』をやるぞ?」
「へ、へいっ!」
俺は地面にしゃがみ込み、頬杖をつく。
「風の魔法で攻撃ってのはさっきのデコピン――じゃあカッコつかないな。<ブラスト>とでも名付けておこうか。あれが現状の限界だ。強烈な突風をぶつけて相手を吹っ飛ばすことはできるが、正直、外傷を与えられるわけでもない。空気ってのはどうしても柔らかい」
立ったままの岡崎を見上げていた俺は、思わず口を緩ませる。
「――と思ってた」
「へ?」
「固定概念に縛られて、俺はそう思い込んでいた」
「こてーがいねん……?」
「そう。魔法の攻撃は魔法を使い魔法で攻撃するものだと俺は勝手にそう決めつけていた」
「んんん?? ごめんコーダ……アタシってバカだし、よくわかんないや! ちゃっちゃと答え教えてよぅ!」
「そうだな。じゃあいきなり答え合わせだ。岡崎、あの誓約紙の柱を狙って<ダース>を打ってくれ。さっきと同じく中指を使い、威力MAXで」
「うん、わかった!」
「……ただし今度は、<ダース>の宣言と同時に指を弾いてくれ」
「はへっ!? でもそれって――」
「――いいから。論より証拠、なんだろ?」
「う、うん……」
岡崎はさっきと同じく自分の右腕の手首を左手で固定して指を曲げ、中指へと強い負荷を掛ける。
最大限の力が加わり、手が細かく震えている。
まるで今まさに放とうとしている弓のようだった。
「……っ」
岡崎の目が見開き、同時に指に溜められていた力が放たれるその瞬間。
俺はさっきから手のひらに隠し持っていた『とあるモノ』を宙へと投げ放つ。
「<ダース>……ッ!!!」
創作魔法『フェレット』のひとつ、<ダース>が放たれた。
瞬間、まるで爆発したかのように一面に白い煙が立ちこもる。
――ダバババババッッ……!!!
まるでそれは凛子の車の中で大雨をしのいでいた時、耳にしていたあの轟音のようだった。あるいはマシンガンの銃声。
そう思うほどの瞬間的に重なり合った鋭い音が耳に届いた。
「は……い?」
まだ何が起きたかわからない様子の岡崎は、しかし目前の煙――いや、砂ぼこりが晴れて行く中で、ボロボロに変わり果てた10m先の白い柱を凝視していた。
「ほら、カマイタチ」
「スパッてレベルじゃないじゃん!? 一瞬でボロボロっしょ!!!」
「確かに」
上出来だ。正直なところ想像以上だった。
「コーダ……い、今、何やったのぉ……!? 新しい魔法っ!?!?」
「別に。そこらへんに落ちていた小石を拾い集めてダースが発生するその中に投げ入れただけだよ?」
そう、俺はずっと思い込んでいた。
魔法の攻撃ってのは、魔法によって行われてるものだと。
どこかで『呪文を唱えて魔法そのものを敵にぶつける』という古典的なイメージに囚われていた。
「空気が柔らかいなら、硬いモノをぶつければいい――簡単な話だった」
「あー……!」
俺は拳大ほどの比較的大きな石を拾いながら立ち上がった。
「こんなデカイのだと重くてダメだけど、小指の爪ほどの小石なら風に乗る。凄い勢いでスパッと切れるぐらいのことはあると思わないか?」
「あーっ! それが昔話のカマイタチぃ!?」
「そう。種明かしをしちゃうと何の捻りもない話になっちゃうけど、小石や鋭く尖った小枝なんかが強風に飛ばされて、すれ違いざまに肌を切る……それがおそらく妖怪カマイタチの正体。決して真空が原因とかじゃない」
「なるなる~!」
「まあ小石ぐらいで人は死なないけどさ――」
ちらりとさっきの標的となった誓約紙の柱へと視線を送る。
ボロボロに引き千切られていた紙の束が、まさに今、リアルタイムで修復されている。
『誓約紙は破壊が行われても即座に元の状態へと戻ります』と説明していたあのチュートリアルの通りの現象だ。
「――時速300kmで飛んでくる無数の小石の雨とか、最高に嫌じゃない?」
「い、嫌すぎぃ……!!」
リアルで今、目撃しただけに岡崎の顔は真剣そのものだった。
「じゃあこれ――<アクセル>とでも呼ぼうか。その応用編。岡崎、最後の魔力を使ってもう一度同じ設定でダースを撃って」
「あいよ!」
「ただし今度は危ないから、<ブラスト>を放ったら即座にそのまま手を下げろ!」
「え……う、うん」
「もう一度言っておく。ブラスト――デコピンを撃ったら、必ずそのまますぐに手を下げること! 約束してくれ!」
「わかった、約束する……撃ったらすぐに手を下げる」
俺の真剣さを感じてか、生唾を飲みながら頷いてくれた。
「よし! 岡崎自身の魔力容量が媒体を下回る場合は自動的に残っている魔力全部を使うようになってる。気にせず全力でやってくれ!」
「おうっ」
若干緊張しているのか、岡崎は身体を奮い立たせるように身構えて右手を真っ直ぐに誓約紙の柱へと向けた。素早く手を下げるためか、今度は手首に左手を添えることはしていない。正しい判断だ。
「じゃあいくよぅ!?」
「ああ」
岡崎はまた中指を曲げて指先に力を込めると。
「ダース……ッッ!!!」
創作魔法を放つ。
「――それっ……!!」
俺はワンテンポ遅れて、岡崎の手のあった位置へと拳大ほどもある大きな石を全力投球で投げ入れた。
「ひ、ぎゃっ……!?!?」
ドンッ……と、まるでそれは大砲を思わせる重低音だった。
そこに空気が裂けるような鋭い破裂音も重なり合い、本能的に恐怖を感じる壊滅的な轟音が狭い路地裏に響き渡った。
「まあ300kmはさすがに無いだろうけど、200kmは行ったろ!」
気分はワールドクラスの投手って感じだ。
たぶんこんなの実戦では使わない。
これ以上なく粗雑で原始的で何の捻りもない、ただの実験。
だが、個人的に痛快だったのもまた事実。
あれだけの質量の塊があの速度で衝突したその破壊力たるや、もはや殺人的である。
目の前にある誓約紙の柱は真ん中から破裂して――
「あ」
「あっ」
その向こうの建物の壁に、大砲でぶち抜いたような1m近くの大穴がポッカリと空いていた……。
――おい、今の音……!?
――あっちだ!!
「岡崎」
「うんっ」
「ダッシュだぁ……!!」
自動修復中の誓約紙の柱をアイテム欄へと回収すると、俺たちは奥へと続く路地裏の細道を闇に紛れるように全力で駆け出す。
「コーダ、すげぇじゃん……! 天才じゃんっ!?」
「たははっ……素直にその言葉には喜んでおくよ……!」
なんだか悪ガキにでもなったみたいな気分だった。
ゲーム内の仮想オブジェクトだというのに罪悪感ハンパない。
今は注目を集めたくない事情でこうして逃げてしまっているけど、明日もう一度様子を確認して、もしプレイヤー個人の持ち家だったら修理するって謝りに行こう。
「マジすげぇじゃんっ、あんな応用した使い方あるなんてさぁ……!」
「いや、岡崎……あのさっ」
「ん~?」
そろそろステータス最低の俺は限界。
荒い息を吐きながら走る速度を緩めて天を仰ぐ。
「はぁ……はあ……っ……まだ、半分も……使って、ねぇ……からっ」
「はいっ!?」
くそっ、魔法使いのくせにスタミナあり過ぎだろ!
息ぐらい切らしてくれっ。
「まだ基礎……でっ……はあっ……応用、じゃないからっ、こんなのっ」
「うっそ!?」
俺は驚いてる岡崎の左手を握って。
「まだ……ガロンすら使ってない、じゃないか……?」
その先に広がる膨大な可能性を彼女に示唆した――





