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#077b カマイタチ ~上級編~

「――ううううぅぅん……???」


 結論から言うと、全然上手く行かなかった。

 炎と風。

 属性は違うものの魔法をプログラムするという観点においては大きな差異があるわけじゃないし、もう少しトントン拍子でサクッと創れるつもりだったのだが……。

 属性の違い、というヤツは想像以上に魔法の挙動に大きな影響を与えていた。

 俺はもう降参って感じで唸るばかり。


「岡崎、確認。魔力容量の残りは?」

「ごめーん! もう8しかな~いっ!」

「……だよね」


 ここらへんも開発の速度が上がらない理由のひとつ。

 岡崎の全魔力容量は52。媒体の容量は10。インターバルの自然回復を加味しても、たった6~7回の実験でほぼ空になってしまう。

 つまり深山みたいに無尽蔵に魔力があるわけじゃないので、どうしても厳選した的確な実験内容を求められてしまい、むやみやたらと試行錯誤(トライ&エラー)を繰り返せないわけだ。


「じゃあ休憩。良かったらここ使って」

「はへっ?」


 俺は一度アイテム欄へと四本の白い柱となっている誓約紙の束を収納すると、再び手の上へとポップさせる。

 そして今度は横向きに寝かせる形でこの路地裏の土むき出しの地面へと並べた。


「うっひょ、何これ何これっ!?」

「まあ……床?」


 一本が約30cmだから、四本並べば合計で横幅1.2m程度か。

 そして縦幅は5mという……イメージとしては畳を縦に二枚繋げたような長さの簡易な床を作ってみせた。

 ちなみにこの床の高さは約20cmだから、一般的な玄関の高低差よりやや低いぐらいだろうか。


「硬いだろうけど土の地面よりかはマシ――」

「――おっじゃましまーすぅ!!」


 話を聞くまでもないようだ。

 律儀に靴を脱いで岡崎は俺の誓約紙の上へと大の字になって寝転がっていた。

 はしゃいでる様子を眺めながら俺も端に腰掛けることにする。

 ちなみにこの白い柱は、一般市民のスキル『編集作業』によって生成された書物――というにはあまりにも厚みがありすぎる何かだが、一応は書物の体裁をしているので各ページを繋ぎとめている『背表紙』というものが存在する。

 一般的に書籍タイトルなんかが縦書きで記されているあの部分だ。

 全ページを束ねている背表紙部分は当然ながら他の面と違い紙の端が露出していない平坦な処理が成されているので、今回この背表紙を上にして横に並べてみた。

 結果、見た目はもはや完全に真っ白な板状の床となっており、紙の微妙な弾力もあって寝心地としてはそこまで悪くなさそうだった。

 少なくとも紙の端がチクチクと肌に刺さることはないだろう。


「魔力容量が回復するまでたぶん一時間ぐらいあると思うから、そのまま仮眠取ってても良いよ?」

「ええ~! 香田に寝ているところ襲われちゃうじゃーんっ!?」

「襲わない、襲わない」

「……何か微妙にムカつくんですけどぉ」

「いいから休んでてくれっ。俺はしばらく考察してるから!」

「うへーい」


 岡崎は普段装備していない魔法使いのマントをアイテム欄から取り出し、それに包まってミノムシみたいになって目を閉じた。

 それは別に寒いとかではなく、岡崎もちゃんと女の子だってことだ。

 寝ている間に無防備な格好にならないよう対処――


「ぐががががっ」

「――寝るの早っ!?」


 寝つき良すぎるにもほどがあるだろ。

 その下品ないびきはいかがなものかと思うが、しかし俺がいまいち寝つき悪い側の人間なんで素直に羨ましい。


「いやいや……それだけ疲れてたのに無理してくれてたってことかな?」


 幸せそうに眠る岡崎のあどけない寝顔をしばし見届けると、少し緩んだ気持ちを引き締めて自分のやるべき作業へと戻った。


「――さて」


 現実に戻ろう。事態は問題山積である。

 深山と魔法の創作に明け暮れた経験がこんなにも活かせられないとは正直まったく思わなかった。

 もちろん記述のノウハウはそのまま使える。

 だからプログラムの構築については技術レベルで何も問題ない。


「挙動……だよなぁ」


 深いため息が自然と漏れた。

 そう。魔法によって発生する効果の挙動が、深山の炎とまったく違った。

 非常に『ふわふわ』しているのである。

 まあ空気なわけだし、ある意味で必然ではあるが……この『ふわふわ』な挙動によって、炎で培ったテクニックの多くが使えない。


 具体的にはまず、圧縮からの炸裂である。

 炎ではエネルギーを一点に圧縮・集中させることで最終的に驚異的な爆発力を生み出せた。

 それはガソリンエンジンの圧縮自己着火のようなものなのか、はたまた核融合レベルまで行っているのか不明だが――いや。そもそもEOEの開発者であるN.A(エヌ・エー)が言っていた通り、この世界のあらゆるものは実際の物質ではなく、単なる『物理演算』というプログラムの結果によって導き出されたデータに過ぎない。

 だからもしかすると現実の挙動とは全然違う不具合(バグ)みたいなものかもしれないが……結論として炎は圧縮が極限状態に到達すると自壊して炸裂する。

 それがこの世界のルール。

 だが、空気にこれがなかなか適用できない。

 岡崎の魔力容量が深山と比較して天と地ほどの開きがあるというのも関係はしているだろうが、とにかくその限られた魔力コストの中では炸裂するほどのパワーがどうしても生み出せないのだ。

 かなり『ふわふわ』しているから、おそらく1/1000ぐらいまで際限なく縮むのではないだろうか?

 とりあえず結果的には限界まで圧縮されることもなく、単に盛大な『バンッ!』って感じの音が鳴り響くだけのしょぼい魔法となった。

 もちろんそこから発生する風の威力はやっぱりそよ風レベルである。


 なので圧縮はあきらめ、次はとにかく風として空気を可能な限り高速で移動させてみた。その結論としては――


「――これも、正直なところ微妙だよなぁ」


 本命の選択肢だっただけに、地味にショックは大きい。

 この『ふわふわ』している空気というのは想像以上に良く(から)み合う。

 どんなに勢い良く風を吹かせても、崩れるように周囲の静止している空気と混じり合ってすぐに拡散し、減速してしまうのだ。

 例えば口元に手を当てると吐く息にそれなりの勢いを感じるが、ほんの数十cm手を離すだけでほぼ勢いが皆無となってしまうのとまったく同じ。

 ちなみに魔法で創り出した風自体の速度はなかなかのもので、極々短い数mの距離をほんの少量の空気に対して瞬間的に発生させれば、おそらく時速300kmに迫るだろうとんでもない突風を発生させることが可能だった。

 しかし、それでもカマイチのようにはならない。

 相手の体勢を崩すぐらいの効果はありそうだが、しかしそれだけである。

 ……まあ改めて常識で考えれば、そりゃそうか。

 そんな速度でカマイタチのように物体をスパスパ切れる現象が発生するなら、新幹線が通るだけで通過するホーム内は大惨事になってしまう。

 考えが甘かった。

 空気ってヤツはとにかく『ふわふわ』してて軽く1/1000ぐらいまで縮むほどに当たりが柔らかいから、そんな速度で衝突してもダメージなんてほとんど発生しないのだ。


「さすが、威力が一番弱い魔法属性だけはある……」


 速度など一切関係なく、ただ触れるだけで燃焼という驚異の攻撃力が発生する炎とは対極に位置すると言って良いだろう。

 逆に言えば炎には『炸裂』という追加要素(ブースト)まで存在しているし、いかに攻撃に特化されている属性だったのかをこうして改めて思い知らされる形となった。


 とりあえずここまで実験した中で使えそうな遺産は、大きな破裂音を発生させるヤツと短い距離ながら強烈な突風を発生させるヤツの2つぐらい。

 前者は敵の耳元で鳴らせば驚かせて混乱ぐらいはするだろうし、後者は敵の体勢を崩すアシストに使えそうだ。

 しかしどちらも正確な位置の指定が必要そうだから、激しく移動している相手には使用がなかなか難しそうである。


「…………びみょ……」


 思わず誓約紙で作った床の上に俺も寝転がり、そのまま建物の隙間から覗く夜空の大きな月を見上げた。


「三日月か」


 EOEを始めた当初は見事な満月だった。

 それから二週間で三日月……このままだと新月は月末頃になりそうだ。

 もしかしたら月初に新月となって15日前後に満月となり、また月末に向けて新月となっていくというキッチリした周期かもしれない。

 つまり月の位置で大体の時間がわかるように、月の満ち欠けで大体の日にちがわかる仕組みなのでは?――という推測だった。


「さ……現実逃避はこれぐらいにしないと」


 そういや昨日、椅子の上で寝ていたしあまり睡眠がとれていない。

 道理で眠たいわけだ……と納得しながら俺は再び身体を起こした。


「――空気を硬くする、というのはどうだろうか……?」


 さっき単なるイメージとして凛子に伝えた『空気の弾丸』というヤツを実際に創作してみようというわけだ。


「空気を圧縮すれば簡単に崩れない、かなぁ?」


 『ふわふわ』でなければ当たった時に相手へダメージを与えられるかも知れない……という感じの理屈だったが、このアイディアもすぐに頓挫する。

 何もかもが中途半端なのだ。

 これは単なる脳内のシミュレーションだが、空気を圧縮して崩れないようにするだけでそれなりの魔力(コスト)を消費しそうだった。

 そしてそれを弾丸のように発射する……?

 単なる風の移動だけでも時速300kmとかが精一杯なのに、圧縮に費やした状態ではそれこそボールを手で投げるような速度でしか移動しない気がした。

 ――そりゃダメだ。


「全然質量が足りないぞ、それ」


 空気をどんなに圧縮してもおそらく数g程度の重さにしかならないだろう。

 中学生レベルの古典力学だが運動のエネルギーというのは質量×速度であり、そのエネキルギーを用いた衝突時の破壊力というのは放つ物の形状や硬度に大きく関わってくる。

 軽い。柔らかい。

 すなわちそれら性質を持ち合わせている空気を『高速で当てる』というアプローチは攻撃手段として(はな)から絶望的だってことだ。


 結局はふりだしに戻る。

 これはなぜ俺が『対象者の周囲の空気を減らす』なんてまどろっこしいアプローチを序盤から試していたのかというその理由と繋がる。

 どうやら直接的な攻撃を諦めてサポートや妨害、嫌がらせに徹したほうが戦力になると俺もどこかで直感していたわけだ。


「……結局それしかないのかよ?」


 正直、不満だった。

 それじゃ魔法を創作する意味をあまり感じない。

 ネットで調べた情報を見る限りだと、サポート系の呪文であれば風属性にはそれなりのものが現状でもすでに揃っている。

 ……それを参考に、それらの上位互換的なモノなら創れるだろうけど。

 つまり通常より強い風を吹かせてより広い範囲のプレイヤーを足止めさせたりとか、通常より多くの砂ぼこりを巻き上げて視界を悪くしたりはできるだろうけど。

 ――でもそれって、そこまでの意味があるのか?

 いや。果たして高レベルプレイヤー相手に通用するのか?

 そう思った。

 その『通常より』ってヤツは、レベル17の岡崎の『通常より』だ。

 レベル30相当でも、レベル60相当でも何でもいいが……そんなの、レベル250とかに到達している相手からすればドングリの背比べだ。

 どちらにしても、まともに通用なんかしないだろう。

 だから俺は、既にある呪文の上位互換を創ることにあまり意味を感じられない。

 想定外の『何か』だから通用する。相手の対応が遅れる。

 そうやって奇襲に次ぐ奇襲を繰り返さなければ、俺たちは勝てるはずがないんだ。


「そう。正攻法なんてものは、不要……!」


 もっと言えば、そこまで強大な火力もいらない。

 それは深山が担当する。

 つまり岡崎に求めるのは、深山にはない速さと攻撃の範囲。

 そのために岡崎には射程だけを伸ばすよう指示まで出した。

 それを今さら『創れませんでした』なんて情けない理由で無駄にできない。

 偉そうに指示を出した以上、俺は責任を果たさなければならない。

 何としても、必ずだ。


「――むにゃ……どったのさ、コーダ?」

「ん? あ、ああ。起こして悪い。独り言うるさかったよな? 気にせず良かったらまだ寝ててくれ」


 ほんと最近は独り言が多いなぁ、俺。


「にしし……んにゃ、目も覚めたし魔法の名前でも考えてるかなぁ? アタシだけの魔法だし……にしししっ♪」


 嬉しそうにそう言ってくれるのは有り難いけど、ここまで袋小路に入っちゃうとそれがプレッシャーに聞こえて仕方なかった。


「どういう名前にしよ~かなぁ? こう、ズバーッて! カマイタチーッて感じの魔法になるんしょ?」

「……いや。すまない。それは変更になるかもしれない」

「うへっ!?」

「悪い。違う何か、すぐに考えるから……」


 自然と視線が下がって行く。

 カッコ悪ぃなぁ、俺。


「カマイタチ、難しいって感じぃ?」

「ははは……そう」

「そっかぁ。まあアタシって『カマイタチ』が何なのかさーっぱりわかんなかったから、ぶっちゃけ助かっちゃったかも? 正直、全然名前のイメージが湧かなかったしぃ?」


 にししっていつものように笑って頭をぽりぽり掻いている岡崎。

 気を遣ってくれているみたいだった。その気持ちはすごく有り難い。


「まあ、カマイタチはカマイタチだよなぁ。確かに違う名前をつけろって言われても困ってしまうかも」

「ねねね、コーダ。それで?」

「ん?」

「その『カマイタチ』って結局なんなん? バカなアタシにおせーてぇ?」


 ニコニコと人懐っこく笑う岡崎。その笑顔はさっきまで深く思い悩んでいた俺にとっては軽い癒しだった。

 いいね、いっしょにアホっぽい会話でもして一度頭をリセットしようか。


「妖怪だよ?」

「うへぇ!? 何それっ!!」

「そもそもイタチってわかるか?」

「ううん、全然!」


 まったく気持ちの良い笑顔である。


「こう……猫――いや違うか。ミンクというか、オコジョというか、あんな感じの生き物」

「みんく……おこじょ……?」

「わからないか。うーん……フェレットなんて言っても余計に――」

「あぁ、フェレットぉ!」

「わかるんだ、そこは!?」

「アタシ昔、二匹飼ってたの! 懐かしーっ!!」

「おお……なるほど」


 岡崎の肩にチョロチョロと歩くフェレットをイメージする。

 ……へぇ。意外と似合ってそうな感じがした。


「なんだよーぅ、コーダァ。別に妖怪でも何でもないじゃん? フェレット可愛いじゃん!?」

「いやいや。そのフェレットみたいな小動物が鎌を持って飛び掛かって来るという、それはもう立派な空想上の妖怪だから!」

「カマ……おカマ?」


 今、どんな画を想像しているのかコイツの頭の中を覗いてみたいぞ。


「鎌ってのは、早いところが動物の爪みたいに丸くなっている包丁みたいな武器のことだからなっ?」

「おお、すっげ! コーダ相変わらず物知りぃ!」

「……いやそんなことはないぞ?」

「またまたぁ! アタシその『カマ』っての生まれてから一度も見たことないと思うしぃ?」

「確かに手で草刈りでもしない限りは……見ないか」


 言われてみたら俺自身も現物を見たことがないことに気が付いた。

 あくまでゲームとかで、死神が持ってたりしててイメージ湧くだけだ。


「へえぇ~。じゃあその妖怪が突然襲ってきて、スパーッて切り掛かる――……ほぉん? 何それぇ? サークラセンパイ、そんな変なのイメージしてたのぅ?」

「いや、それはあくまで現象から膨らませた想像の産物。実際は身に覚えがないのに突風と共にいつの間にか肌が切れていたりする現象のことを言う」

「うっそ、何それ、怖っ……!? いつの間にか肌が切れるとかあり得ないし!! それマジで妖怪の仕業じゃネ!?」

「ははは……きっと昔の人はまさに岡崎みたいに怯えたんだろうね。実際は真空でも鎌を持ったイタチでもなくて、単に――……」


 あー……。


「ほぇ? どったの、コーダァ?」


 結局これが、俺の限界。

 独りでうんうんと唸ってても、たかが知れていた。

 ――いや。それすら(おご)りか。

 そもそもにおいて、人ひとりがやれることには自ずと限界がある。


「コーダ? おーい?」


 いつもこういう時に思い知らされる。

 以前は深山に。今度は岡崎に助けてもらった。

 俺が見当違いのところを探して見逃していた『引き出し』をこうしてあっさりと指し示し、見事に開け放ってもらった。


「ありがとう岡崎。おかげで最適解を見つけ出せたよ」

「???」


 相手が岡崎だから我慢するけど、本当ならもっと大はしゃぎしたい。

 深山相手なら抱き寄せて。

 凛子相手なら手を繋ぎ、グルグルとその場で回転していたことだろう。


「さっそく創ろう。岡崎のカマイタチ――いや、フェレットを」


 今、この瞬間に確信した。

 俺の創作魔法(シルバーマジック)はまだまだ進化する。

 その伸びしろに潜む莫大な可能性を予感し、込み上がる興奮に震えた。



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