乾坤一擲
徳島インディーズとの第7回戦。
今日はシールバックの本拠地開催のナイトゲーム。
「買い物だ!」
外国人選手は日本という異国の地に楽しんでいた。野球から離れたこの時は観光客に紛れていた。
徳島インディーズには外国人が多い。
新加入のバナザードに加え、創設から在籍しているジョンソン、中継ぎのイム、マイケル・ダグラーソン、先発投手のペドロ・レドモンド。控え外野手のシュルツ・ワグナー。
と、本来、外国人は1軍登録ができるのは4人までと決められているルールの中、チーム内には6人も登用している体制。
球団関係者はこのような形をこのように答えた。
『外国人にも四国を含めた日本の文化を知ってもらいたい。様々な国の野球選手を雇っていく方針だ』
バナザードはヨーロッパ。ジョンソンはキューバ。イムは韓国。マイケルはアメリカ。レドモンドはメキシコ。シュルツはオーストラリアと、多国籍軍過ぎる構成。しかし、どの選手も出身国で埋もれていた猛者達。
日本野球のレベルの高さを知っている者もおり、待遇もそこまで良くはないこの球団にやってきたのは挑戦と日本を知れる機会だから。
やはり、外国。どこからやってこようと、文化の違いに興味は唸りだす。
「アニメー!ゲーム!漫画ー!」
バナザードの行動は純粋な観光客。
「ジョンソン!見てよ、見てよ!日本固有の文化だよ」
「……バナザード。Though you stay in Japan for a long time, is why; like the thourist do react?」
一方でもう日本に来て3年は経っているジョンソンは、英語での会話を催促するように声を出した。訳は、『なぜ、お前は長く日本に滞在しているのに観光客のようにしている?』である。
外人同士らしい。言葉のコミュニケーション。
「ここは日本だぞー!ジョンソン!」
「……オレハ、カタコトガゲンカイダ」
流暢な日本語が話せるバナザードが時に羨ましいジョンソン。
言葉の壁を痛感した1年目は苦労が絶えなかった。監督業と通訳を兼ねる野際が来てからは少しずつチームメイトと話せるようになった。
新加入したバナザードとはよく喋り、もう友達のようになれた。プレイスタイルもよく似ており、バナザードの技術面の先生もジョンソンが務めていた。
「四国にはない物が多いなぁー!」
「Shikoku is an island in the islands」
そんな自由時間、今日の対戦相手の外国人達も同じことを思っていただろう。
「Oh-、インディーズ プレイヤー!バナザード & ジョンソン!」
「!その声はどこかで……」
シールバックの、嵐出琉、マルセド、ケント、コールドバーク、パリッシュ。外国人、5人組である。
嵐出琉とケント、パリッシュはアメリカ。マルセドはカナダの方から来ている。バナザード以外は基本的に英語での会話をしていた。
「嵐出琉。一体この集まりはなんなのだ?」
「パリッシュが一軍に上がった祝いだ。日本の名所を案内しているところだ」
「代わりに落とされたのは、俺なんだけどね」
「ははははは、それが外国人枠の因果だよ、ケント」
英語で書き続けるのは大変なので日本語に変換させてもらっている。外国人同士の会話であるが、バナザードだけはちっとも英語に対応できていないようだ。
「むぅー。難しい」
「Ohー、良い発音をする日本語ですね!」
「言葉の壁は意外と大変でしたのに」
バナザードの微妙な不快感。同じ英語でも、各国によって発音の仕方が大分違っている。よって、バナザードが聞き取っている英語はよく意味が伝わらなかったりするのである。
「私も日本語がそれなりにできるようになりましたが、あなたほど上手ではないですね」
嵐出琉は英語でバナザードの日本語の発音を賞賛し、握手を求めたが、そのことにおっかなビックリの顔をするバナザード。嵐出琉の英語を上手く聞き取れず、なんの握手か分からなかった。
外国人同士、試合以外では仲が良い。やはり、国を飛び出してやってきている身、悩み事も共通しやすい。言葉を同じくできる者同士はよく通じ合える。一向は近くのちゃんこ鍋屋に到着。
「この蒸し暑くなる時期に鍋だと?」
「そうです!ジョンソン!日本の国技は相撲!お相撲さんの食べ物をパリッシュにご馳走しようと思い、ここにやってきました!!お代は私が出しますよ!」
嵐出琉がよく通っているお店。2,3度、食べさせてもらっているケントとマルセドはその味の良さを知っている。
「お待ちー、嵐出琉さん!」
ドドーンっと置かれる、3つの特大鍋。換気扇に吸い込まれる強烈な湯気。
熱い、以外何もない。
「イタダキマース!!」
この熱い鍋にがっつく外国人達。ジョンソン以外は握る箸、もしくはスプーン、フォークを、鍋の中に突いていく。
「あつぅ!」
「肉やわらか!」
「野菜たっぷり!」
「旨ッ!!」
汗だらだら。熱気がむんむん。箸を使いづらかったジョンソンだったが、みんなの食いっぷりにゆっくりと箸を鍋に入れる。肉団子、鶏肉、葱、人参。レンゲで掬ったスープをかけ、肉からいただく。
「!GOOD!」
熱いが、旨み、歯応え。舌を潤す極上。
いつの間にか自分もガツガツと鍋を食している。さらに、主食のご飯も旨いこと。日本の米、旨いと実感できる味。
8人前のセットはわずか45分で平らげてしまった。
「ビールでもありゃサイコーだな」
「それはオフシーズンですね。帰国ラッシュ前にもう一回ここでやりましょう」
「秋や冬の鍋なんて丁度良いな」
「他のチームの外国人選手も呼びましょう!」
試合前の、食事会は大成功。オフにこの店で鍋パーティーも開催決定。
「じゃー、4時間後。スタジアムで戦おう」
「良いプレイをしましょー!」
お互いの健闘を祈り、チームごとに分かれていった。
「腹が膨れたな」
「少し眠りたいなぁー」
鍋を食って、試合もパワー全快でプレーする!そんな心意気はあっても、やっぱり少し腹が重い。消化しきれない。
シールバック VS 徳島インディーズの戦いが始まっても、まだ消化中の外国人選手達。守備では目立つミスはしなかったが、打撃はいかんせん湿りだしている。
スタメン出場であった、嵐出琉、ジョンソン、バナザードの3人は4打数ノーヒット。
しかし、試合展開は打撃戦とも、投手戦とも言えない。ハッキリとしているのは白熱。
「この日、3本目!!新藤、強く流してライトオーバーのツーベース!!」
この試合、バットが特に振れていたのは新藤。次いで、河合。
「きたーーー!河合、右中間深いところ!スタンドに放り込んだ!!先発、山田からツーランホームラン!」
右サイドの軟投派、山田を新藤と河合を中心に攻略していくシールバック打線。対して、
「今日これが2本目!!荒野!スリーランホームランだ!!」
インディーズの四番、荒野も負けていない。先発のサウスポー、海槻。中継ぎの吉沢まで砕いてしまう、2本塁打4打点。
さらには3番を打つ菊田も2安打。打者としての役割を十分に果たしている。
「こーゆう展開。新藤と河合。菊田と荒野。どっちが打つかで試合が決まるな」
「今のところ、互角っぽいけど」
試合は5-4。シールバックが1点リードで6回を終えた。
インディーズは荒野が全打点を叩き出し、シールバックは河合が2打点、新藤が1打点。主砲のみで比べれば、菊田と荒野の方が優勢か。
「ボール、フォアボール!」
しかし、打線の質ではシールバックが上である。安打数も9安打と好調。下位打線の林が2四球、東海林も1四球とボールをしっかりと見極めていた。まだ、三者凡退がない。
一方でインディーズは2番のジョンソンが足踏み、5番の塩野、6番、名神も無安打。計5安打と、荒野の本塁打で得点を重ねている状況。
先発、海槻、二番手の吉沢もまた、菊田と荒野以外はキッチリと抑えている。
「打順はすでに四回り目」
しかし、得点差がわずかに1。攻めているのに残塁が多い。そのことに焦っているのはシールバック側。
先発の山田をマウンドから降ろしたが、中継ぎのマイケル、イム、蛇屋の細かい継投策で大量得点を奪えない。打撃こそ湿っているが、ジョンソンとバナザードの守備が要所要所でホームを遠ざけている。
「今シーズンの失策はまだ7つか。シールバックの3分の1」
やはりこの堅守を破るのは至難だ。1点の重みが異なってくる。
阪東は得点を挙げるための手をうっていくが、対する監督。野際も、阪東の狙いを読んで失点を回避していく。盗塁死、ゲッツー、ファインプレー。得点圏にランナーを置いても、この堅い守備と上手な継投で切られる。
7回裏、2アウト、2塁で打席には友田。
「ボール!フォアボール!」
この試合1安打とはいえ、友田に敬遠をさせる。得点圏での友田もまた恐ろしい。こーいった細かい守りがインディーズの失点を防いでいた。
パァァンッ
千野の代打に木野内。蛇屋のフォークを捉えるも、ファーストライナーに終わり、結局無得点。走者を出されても遠すぎるホームベース。
そして、多く続いたピンチを乗り切ってきたインディーズにチャンス到来。3番、菊田からの攻撃。ここで阪東は左サイドの沼田を投入。菊田さえ、塁に出さなければ同点、逆転の危険は避けられる。
左対左。わずかに菊田は左投手を苦手とする傾向はあった。とはいえ、決して打てないというわけではない。彼だって一流の選手。得意とする沼田のシンカーを振り抜いて捉えてみせた。
「先頭出ましたーー!1,2塁間を破るライト前ヒット!!鮮やか!!」
この試合絶好調、荒野の前に走者を置いた。そして、野際は菊田に代走、鹿埜を送った。大隣と並べられる走者、足でのゆさぶりも狙っている。沼田は牽制を織り交ぜ、クイックスローで盗塁を警戒していた。
「ボール!」
沼田は正直、荒野を敬遠したい。左サイドと右打者はピンポイントに悪い。しかし、リードする河合は強気に押そうとしている。わざわざ、逆転の走者まで置きたくないのも確かだ。
2ボールとなって、三球目。沼田は荒野の胸元を脅かす、強いストレートのサインに頷いた。このボールをストライクゾーンに掠めさせる狙い、外れたらもう歩かせる。
「!ランナー走ったーー!」
度重なった牽制と、クイックの上手さが鹿埜のスタートをわずかに遅らせた。しかも、強気で出たストレートが功を奏し、これは完全にアウトのタイミング。河合の肩は荒れるが強く、彼のミス以外はアウト間違いなし。このまま行けば、
コンッ
「バ、バント~~!?」
「荒野が!?」
深めかつ、盗塁を警戒するゲッツーシフト。鹿埜が走ったことにより、三遊間は広く空いていた。そこへ転がっていくバント。ショートの日向より、サードの林が打球を捕球。しかし、三塁が空いたところをすかさず鹿埜が狙っていく!
「セーフ!!一塁セーフ!!」
「内野安打!!ラン&バント!!」
「しかも、鹿埜は三塁まで到達した!奇襲が見事に決まったーーー!」
考える方も凄いが、決めてくる選手も凄い。
4番で、今日2本塁打の打者が守備の穴を突く精密なバントができるとは誰も考えられないだろう。
「おー、あとは任せるぞ!熊本!」
「了解!」
荒野にも代走、熊本が送られる。これでインディーズ側の主砲は全部引っ込んだ。野際の狙いは明白、この2人の走者をホームに返して逆転。残りの2イニングをキッチリ抑える。
次にやってくる手は……
「熊本の盗塁だ」
タイムをとって内野陣を集める。野際の作戦を読み取って対策をメンバーに伝える阪東。
「同点になっても構わない、とにかく熊本を殺せ」
一発がある菊田と荒野がベンチに下がった今、野際にある手はこの3塁1塁からの乾坤一擲の逆転のみ。細かい継投もあって、向こうの中継ぎは肝須和、それから守護神の泉のみだ。延長に入っても、打線の厚さでこっちが勝つ可能性は高い。
「やってくるのは見え見えだし、刺してくれないとな。河合」
「誰に言ってんだ、新藤!お前こそ早くカバーに入って、俺の送球を捕れよ!」
エンドランやさっきのバントが決まるとは思えない。
続く、塩野と名神はノーヒット。菊田と荒野ばりの信頼があるならば、打たせるだろうが。ノーアウト、2塁3塁を作ってからの攻撃が理想。これならヒットなくても、逆転できる可能性は高い。
初球、2球目。……さらには3球目まで。
沼田と河合は一塁走者の熊本を強く警戒しながら、1ストライク2ボールの形にした。右打者の塩野であるが、コーナーを突く沼田の制球力に険しい表情を浮かべる。一方で、一塁走者の熊本も盗塁の隙がなく、スタートを上手く切れない。
「昨年のシールバックなら簡単に走られたことでしょうが、今年は守備からでも良いプレーを見せている」
相手のやりたい事を潰す。嫌がる作戦を読み取って動いている。状況に応じて徹底した動き。わずか、半年足らずでここまでの動きを見せるのは阪東の手腕か。
「やるなら、次しかねぇか」
野際は溜め息をもらす。打者勝負して欲しいと願った。
ギャンブルな盗塁は怖いが、やらずにして逆転できるわけがない。すでに菊田と荒野はベンチに下げた。塩野の足はそこまで速くないため、併殺だってありえる。野際は熊本に盗塁のサインを出した。
沼田の四球目、一塁への牽制を一度入れてから。素早いクイックで投じたシンカー。熊本の反応は遅れたが、振り返らずに二塁へ走った。
「ストライク!!」
絶妙に決まった低めのシンカー!塩野、手が出ず。
そして、河合はすぐさま二塁へと返球。強肩の河合だが、送球はそこまで正確ではなかった。
「セーフ!!」
やや左に逸れ、タッチする新藤よりも早く熊本の足が二塁を踏んでいた。
「盗塁成功!重要な場面で決めてきました!」
心臓に悪い。失敗すれば、8割方負けていた。河合の送球が少しズレてて助かった。野際はかなりホッとしてから声を出した。
「おーーっし!まず、1点だ!」
とはいえ、今のシンカーをもう一度投げられたら、ヒットにはできないだろう。クイックスローでよくあれほどの精度がある変化球を投げる。犠牲フライを期待したいところだが、ランナーを1人も返せなかったら名神と、代打の岸本にヒットを託すのは難しい。
まだ、シールバックの中継ぎは安藤と植木、井梁がいる。(パリッシュと須見もいるけど)
外す選択肢はなさそうだろう。満塁になれば、いくら制球力のある沼田でも抑えられないはず。井梁も封じることができる。
「頼む!」
野際のサイン。打者、走者共に受け取り、実行に移す。
コンッ
「スクイズ!」
野際の野球は、観客が喜ぶようなドンっと構える野球ではない。勝つために色々な手を打っていく。弱いなりの戦い方をしていく。特にスクイズ、犠牲フライ、送りバント。まるで、高校野球のように正確に決めてくるプロ野球チームは珍しい。
「鹿埜、ホームイン!さらに、熊本も三塁へ進んだ!!」
勝ちに拘る。それはとても重要なことであり、成長するために必要な精神力。
堅い守り、堅い攻撃。派手さは確かにないが、決めるものはしっかり決めてくる。
キーーーーンッ
「センターに上がったーー!これは犠牲フライになる!!」
名神も、沼田のスライダーを打ち、センターへの犠牲フライ。ヒットなしで2人の走者をキッチリ返して逆転!野際の采配が冴えている。一方でこれらを防げなかったシールバック。ノーアウト、3塁2塁。2点で抑えたといえばよくやったかもしれないが、1点で抑えられたところもあっただろう。
「……とにかく、この回で追いつくぞ!」
まだ、泉が出ない8回裏。しかも、打順は3番の新藤からだ。間違いなく……
「ピッチャー、蛇屋に代わりまして、泉。ピッチャー、泉」
その時、観客も選手達も驚愕してアナウンスの声を聞き、電光掲示板を見てしまった。まだ8回のはずだ。それなのに
「ピッチャー、泉」
インディーズの守護神。泉蘭の登板。回跨ぎが目的ではない。
「当たり前だろ。今日の新藤、河合、尾波。ここさえ、乗り切れば勝てる。ここしか泉を使えない」
野際の電撃的な投手交代。絶対的な守護神をセットアッパー起用。肝須和ではこの3人を抑えるのは酷と判断しての起用。阪東達にとってはまさかの、そして観客達にとってはとても価値ある試合。
「ここで泉か!新藤と河合を相手に投げるのか!!」
「打ってくれー!新藤!!河合!」
「何事もなく、抑えちまえ泉!」
ようやく登場する守護神。その姿はとても小柄で、野球選手とは思えない白くて清潔な肌。女子受けが良さそうな人。
投球練習だけで盛り上がりを作る、西リーグ一の守護神。
「かっけー!最高のアンダースローだ!」
「さらにナックルと、チェンジアップ!プロ球界一の軟投派!!」
左のアンダースロー。球速はアンダースローながら130を越し、60キロ台のナックルとチェンジアップ、おまけにカーブまで。
球速、変化球、さらには沼田以上の制球力で、昨シーズン許した四球はたったの2。絶対的な守護神たり所以を見せる男。
「ふーっ、久々のセットアッパーで。打者はあの3人かー」
「監督も勝負所だって見抜いているんだ。最初が肝心だ。しっかり頼むぞ」
「オーケー!良いリードを頼むよ」
無論、泉の投手能力は捕手によって大きく異なるともいえる。名神が、捕手として注目されるのは泉の力をよく活かしているからだ。
「3番、セカンド、新藤」
俄然盛り上がるスタジアム。
「打ってくれ、新藤!」
「泉から点を取ってくれーー!」
新藤自身も認めている投手。その一番との、今シーズン初の対決。
カーーーーンッ
「ファール!」
初球から新藤が泉のチェンジアップを狙い打ち。打球はファールになったが、60キロの球をしっかりとミートしていた。
「珍しい!新藤さんが初球から打ってくるなんて!」
「見てくるだろうと判断してのチェンジアップだったからな。新藤はしっかりと読んでいる」
とはいえ、コースが厳しいチェンジアップだった。内野ゴロとかにならないだけまだマシか。
2球目、投じたのは世にも珍しいナックルボール。ボールの回転がまるでせずに向かってくる球の軌道はまったく読めない。新藤はこのボールを捨てている。
「ボール!」
とはいえ、いくら泉でもこれをストライクゾーンに通すのは至難のようだ。早々、ストライクにはならない。日本人としては無回転で投げるナックルを放れる泉は凄いが、それは客観的な見方だ。
待球作戦や、コースを絞ってしっかりと打てば長打にもなりやすい。遅すぎる球だからこそ、しっかりと引きつけて叩く。河合や嵐出琉ならただ当てただけでも、持ち前のパワーでヒットを打ちそうだ。
新藤ほどの打者ならば、絶対に打ち取れる球は存在しない。ありえない。
「ストライク!」
3球目。ひやりとした、名神と泉。
ナックルが高めに行ってしまい、狙われていたら本塁打もありえた。新藤はナックルを捨てており、いくら甘い球だったとはいえ見逃した。
冷静な奴で助かった。本塁打もありえたが、凡打もあるのがナックルだ。
「ふーっ」
新藤だけに"しんどう"な、相手だよ。追い込んだ以上、ナックルにも手を出してくるから、これはもう使い辛いんじゃない?どうするの?名神。
まだ直球は投げていない。球速差、その差なんと最大70キロと驚異的な差。右打者に差し込んでくるインハイの直球で勝負か?
フワァッ
「カーブ!?」
直球だと思っていたところに投げられたのは遅いカーブ。新藤も若干、タイミングを崩したかに見えたが……
「ボール!」
バットを出さずに粘った!振れよ、っと言いたげな泉と名神の顔。勝負球はもう、直球しかなさそうだ。脅威の球速差で打ち取る。
勝負が決まる5球目。新藤はストレートに張っていた。この場面で変化球は絶対にないと踏んでいた。その読みは当たりで泉はストレート。
ガギイィッ
球速は131キロ!ただのスピードだけ見れば、決して速くはないがこの直球をより活かすための変化球が効いている。インローの直球にやや差し込まれた新藤。
「ファースト!」
この回、菊田の代走に入った鹿埜がそのまま一塁手としてついている。高く上がったフライを捕球し、新藤を打ち取る泉。
「あーー!新藤が凡退したーー!」
「球速差にやられたーー!」
多くはそう感じているだろう。しかし、その面では新藤は打ち勝っていた。それでも泉を打てない理由、
「球の回転がかなり良い投手だな」
「!阪東さん、泉が打ち辛い理由を一発で分かるんですね」
「生で見て確証しただけ。データではそれっぽい気もしていた」
泉の直球は130を越す。アンダースローで130キロというのは、上手投げで150キロ以上を出すよりも難しいともされる。なにより、強靭な下半身、足腰がなければアンダースローでの大成はできない。
「ナックルばかり目が行きそうだが、あの直球も凄いな」
「ええ、おそらく泉以外は投げられないでしょう」
ナックルという指の力がなければ投球不可能な球を放れる、泉が持つ指の力。その力を直球に回した時。
「ボールの回転数は跳ね上がり、初速と終速の差はほぼなくなってノビのある球となる。直球のキレは回転にある」
アンダースローという投げ方もあって、泉の直球は落下がまったくないと言って良い。下から突き上げてくるストレート、ホームベースまで130キロ以上を保ちながら来るため、打者は思った以上に速く来る球にやられる。
そのストレートを待っていれば、ナックル、チェンジアップ、カーブと……良いようにやられる変化球。
パシィッ
「河合もライトフライ!!泉、今日絶好調の2人を封殺!!」
守護神。昨年のセーブ王。難攻不落の要塞。速い球ではないが、リーグで一番のキレのある球と言っても良い。
今日5番に座った尾波も、泉の前に空振り三振。シールバックのクリーンナップがいとも簡単に打ち取られる結末。
「おーっし!上出来!9回は肝須和!頼んだぞ!」
頼みのクリーンナップを完全に潰された。いくら、泉とは格が落ちる肝須和とはいえ、不調の嵐出琉からでは難しかった。代打の岡島が四球で出塁するも、もう手詰まり。1番の友田に回せずに試合は終わった。
采配から、阪東を圧倒してきた野際であった。




