代打攻勢
徳島インディーズは他のプロ野球球団と大きく異なっている。
3番を任される菊田が、スーツ姿で黒板に数式を書いていく。
「であるかしてー。ここの数式はこーなっているので」
プロ野球選手でありながら、アルバイトや副業を持っている選手やコーチが多いという、プロとは思えない質素な構造。
1億5千万というこの球団では高額な年俸を持つ、荒野ですら副業を持っている状態である。金の少なさ、貧しさ、四国という地域が一丸(だいたい徳島だが)となってプロ球団を設立した事情もあって、練習場所も練習時間もかなりの制限があった。
本拠地の試合であれば、午前中は多くの選手が副業に出向いている。
「サッカーは終了だ!テメェ等、しっかりと水分を摂って、次の授業に励めよー!」
「荒野センセー!野球頑張ってください!」
「おう!ちゃんと、テレビつけて見とけよ!18:00からだぞ!」
荒野と菊田は地元の学校で臨時講師を務めている。テレビにいるプロ野球選手が教える授業とくれば、学校側の人気も鰻上りだ。
元は四国を活性化させるための球団であり、企業が求めることとは異なっている。地元ファンが持っている熱さは、こーいった選手達の活動のおかげであった。
交流活動の豊富さ。野球という興行スポーツを活かした、発展狙い。
「…………」
とある海岸で釣りに励んでいる白顔で眼鏡を掛けている、外国人
「!バナザード!何をしているんだ!?」
「もーすぐ、試合だぞ!」
送迎バスならぬ、送迎トラックに乗り込んでいる荒野と菊田。その道中でよく自分のチームの選手と出会える。
外国人選手の多くは漁業や農業を営んでいる。
バナザード・バチスタ=ロット。今季から入団した外人選手であり
「今行きますよ、荒野さーーん!」
かなり美しい日本語で話す事ができる。他の外国人とは違って、結構前から日本に住んでいたそうだが、
「菊田。バナザードって何人なんだ?」
「ヨーロッパ系とか、野際さんが言ってたけど」
野球の経験はなんと友田並の天才なのか?1年すら経っていない。自転車を漕ぎながらこのキツイ山道をトラックで進んでいる荒野達に迫ろうとしていた。
「速いですよー!2人共ーー!」
「お前も速えーよ。なんで自転車でトラックに追いつこうとするんだ」
野際が発掘した人物であり、海で泳いでいたところを捕獲したとかなんとか。野球はあとで教えたとか、なんとか。
とにかく、この常人離れでずば抜けた身体能力を活かしたプレーで、守備を盛り立てる男だ。
「あーっ、昼飯だ昼飯だ」
「スタジアム手前にあるソバ屋は旨いんだぞ、バナザード」
「そーなんですか」
本拠地手前にあるソバ屋にも秘密がある。
「大鳥、俺は天ぷらそばな!」
「私は掛けそばを頼む」
「あーっ!大鳥さんと、名神さんですよー!」
伝統的なソバ屋でソバを打っているのは紛れもなくプロ。調理師免許を持ちながら、プロ野球選手。
「いちいち食いに来ないでくれ。練習に行けないだろ」
「もうすぐ、店を閉めるタイミングで来るなんて意地悪ですよ。荒野さん達」
「はははっ、野際がよく言ってるだろ!人の嫌がるプレーをしろと!」
「私生活でするな!!スライダーをぶつけるぜ!」
昼食を同僚に作ってもらい、頂く3選手。そして、調理場にいる2人も同じようにまかないを頂いている。
そんな時、パトカーのサイレンが鳴り響いてこちらに向かっている。
「?なんだ?」
とても強く戸を動かして開ける警官。警棒を振り回しながら、店内にいる者達に聴こえるように警官が叫んだ。
「この店の中にプロ野球選手が紛れている!!当ててやろう!」
「な、なんだって~(棒読み)」
荒野達は警官の姿を見て、少し残念がった。こいつ、言いやがるな。案の定、警官は自分のことを指差して叫んだ。
「それは北田弘!!つまり、僕の事だ!」
「悪いな、今のこの店にはプロ野球選手しかいねぇよ」
警官のアルバイトなんて存在しないと思うが、市長のゴリ押しで通した企画。
地域活性化だからといって、練習よりも交流が多いのはいかがなものか。社会人野球チームを無理矢理上げたようなプロ球団だ。
しかし、プロと呼ばれるのは社会人球団では太刀打ちできないほどの野球ができるということだ。それは野際から教わった戦い方を実践できるから。1年間、ただ勝利のために戦ってきたわけじゃない。
「じゃ~~。そろそろ、本気出してシールバック共を倒しに行くとするか」
シールバックとの2回戦。前の試合は河合のエラーという、つまらない勝ち方をしてしまった。お立ち台に上がっても、何を言えば良いかわかりゃしない。
シールバックの先発は、神里。インディーズの先発は、北田。
初回からつっかかっていくのはインディーズであった。
「打撃妨害!」
「なっ!?テメェな審判!」
「バットがミットに当たっていたよ」
今のは打者が狙ってやっていただろ!そう言いたげな、河合の怒り顔。前の試合でのエラーを引き摺っているともとれる怒りだ。
河合の推察は100%当たっている。野際が率いる、徳島インディーズはこうした隠れたプレーを1年間でモノにしてきた。能力や素質では他の球団と比べて劣ってしまう。
「野手の強敵はやはり、荒野と菊田だけのチームだ」
シールバックの打者で言うなら、新藤と河合のみの打線だ。2人の前にランナーを出さなければ失点はまず防げる。
「犠打数だけじゃなく、盗塁数も多いな」
「大隣だけじゃなく、代走要員の熊本と鹿埜は昨シーズン8つの盗塁をしていますよ。十文字カインと似た機動力野球ですね」
カインは杉上、新潟、曽我部が中心とした機動力野球だが、インディーズはベンチに代走要員が2人、代打要員が2人もいるリッチな構造。ここぞという勝負場面で使い、成功させているのは野際の勝負勘の良さもある。
良い意味で全員野球を一体化させている。
「先発まで良いと、攻略に困りものだな」
北田は19歳と若いながら、MAX150キロのストレート。縦に割れるカーブ。スライダーにチェンジアップと……。シールバックのケントと似たタイプの投手であった。
この若さでかなりの完成度がある。
「河合!ショートの併殺打!!チャンスをもののにできず!」
新藤が四球で出塁するも、河合が好機を活かせず凡退。友田、木野内、新藤までストレート中心の配球だったが、河合には変化球オンリー。
嫌なリードをすると阪東も、心の中で相手を褒める。
試合は両エースの好投劇の予感か。
四球を度々見せるが、打たれたヒットは尾波のセンター前ヒットのみで抑える北田。一方、無四球であるが、3本のヒットを打たれている神里。
パァンッ
「アウト!」
3回表、1番、友田をライトライナーで討ち取った。インディーズ。
「友田が凡退かー!なんとか突破口を作って欲しいですよね!」
「2アウトか」
津甲斐監督が友田の当たりに悔しがる。とにかく、先制点が欲しい場面。まだ得点圏にランナーがいかない。チャンスで新藤に回したいところであるが、
「ボール!フォアボール!」
2番、木野内が四球で出塁。
「ボール!フォアボール!」
さらには、3番、新藤も四球で出塁し。思わぬ形でシールバックにチャンスが生まれる。打席には先ほど、併殺打になった河合。
「次は決めてやるぜ!」
この好機に阪東以外、全員が期待の声援を送っていた。自滅の気配が漂う北田にトドメを刺す一発が欲しいところ。
「ストライク!」
だが、インディーズはこのピンチに焦りを感じていない。北田の乱調に気付いていない素振りか、あるいは……。
河合の打席。第一打席でも同じであったが、ストレートが一球も投げられていない。前の打者である友田、木野内、新藤にはストレート主体であったにも関わらず、河合には変化球が中心。
「この野郎」
この配球の入れ替えは明らかに河合を四番だと認めている証拠であり、また。友田や新藤と比べたら、河合が打者として潰し易いというインディーズ側の陰謀。
「ストレートで来いよ!得意球だろ!」
四番とはいえ、好きな球を打ちにいく河合の打撃。
河合に意識はなくとも基本的に、速球系を待っている事がデータから出ている。当然、ストレートというのは打ちやすい球なのだ。北田も、リードする名神も、河合の誘いにはまったく乗らない。
変化球で攻めていく。
「ボール!3ボール!」
1ストライク3ボール。
スライダーでストライクをとれたが、チェンジアップやカーブの制球が定まっていない。このカウントなら河合も全力で打ちにいく。その気配を察知して、ようやく投じたのはストレートだった。
「!っ」
来たな!ぶっ飛ばしてやる!!
河合がフルスイングし、高く上がった打球はセンター後方へ。センターのバナザードは下がり、捕球体勢をとる。
パァンッ
「アウト!3アウト!チェンジ!!」
「あーー!せっかくのチャンスだったのにー!」
「ドンマイ!河合!!」
河合の待っていたストレートだが、ストライクゾーンから高く浮いている釣り球。それを強引に河合が叩いたに過ぎなかった。とはいえ、
「あそこまで飛ばされるなんて、ショックだけど。それだけ俺との差があるって事かな」
「なんてパワーしてるんだ。北田のストレートをあそこまで飛ばすか?」
「やっぱり、河合は怖いぜ」
あわや3ランホームランが出てもおかしくなかった。インディーズ側も少しヒヤッとしただろう。しかし、シールバックの好機を河合に潰させた。
4回裏。
荒野が凡退し、1アウトとなったが、5番の塩野がレフト前ヒット。6番の名神がしっかりと送って、2アウト2塁。
7番、伊倉。決して怖い打者ではなかったが、神里のストレートを狙い打った。
「ついに均衡が破れるタイムリーヒット!徳島インディーズ!先制!!」
2度の好機を活かせなかったシールバック。対して、1回目のチャンスをものにしたインディーズ。この差が大きく開いていく。
5回裏。2番、ジョンソンにソロホームランが飛び出し、さらに差が2点と広がる。またしても、神里のストレートを狙っていた形だ。
7回表。友田がヒットで塁に出て、3番、新藤が右中間を破るツーベース。
2アウトながら同点のチャンスを作って打席には河合。
「ピッチャー!北田に代わりまして、マイケル」
ここでインディーズは好投の北田をベンチに下げ、中継ぎのマイケルを投入。北田を超えるストレート系の投手の登板であった。重要な勝負所でこの采配。
「面白い。真向勝負ってわけだな」
そう感じている河合。しかし、ベンチで見守る阪東は別の予感を感じ取っていた。ここまでの試合展開がどーにもうさんくさい。
やはり、相手の監督である野際がかなり性質が悪い。打撃からでも、守備からでも、相手チームの嫌な事をしてくる。
真向勝負と思われるこの展開。初球からマイケルはストレートから入っていくが、外へ大きく外れてしまった。
「せめて、新藤の当たりで友田が返ってこれれば良かったが」
正直、そこが今日の試合で悔いた場面か。とはいえ、2番の木野内に送りバントをさせても、新藤は敬遠されるだろう。1,2打席目の四球は明らかにバッテリーだけじゃなく、チーム全体が嫌っていた。
4打席目のツーベース。センターを守っているバナザードの俊足と強肩によって、友田のホーム突入は防がれた。
「どりゃーーー!」
速球狙いのスイング。しかし、ここぞというところで決まるカットボールに詰まらされる打球。
「セカンドゴロだ!」
「あーーー!何してるんだ河合!3度の好機で凡退するなよ!!」
「お前が打ててれば試合は勝っていただろう!」
その通りだ。今日の試合はまさにそれだ。
「奴等、河合を狙っているな」
確かに河合を潰せれば、シールバックの打線の核は半分死ぬ。河合でイニングを終わらせれば、危険なのは嵐出琉と尾波のみ。しかも、嵐出琉はまだ本調子とはいい難く、尾波1人に頼るのは無理なものだ。
「河合。もうお前はベンチに引っ込め」
「!?あっ!?テメェ、阪東!何を言った!」
「栗田、準備はできているか?」
「おい!阪東!」
7回裏。少し、遅れたが河合をベンチに引っ込めた阪東。またオープン戦のような、河合の下げ方だ。しかし、あの時と違って河合は阪東に一時、反論こそしたがあとはベンチにどかっと座っていた。
「くそっ」
3度の好機を活かせず、打線は沈黙。さすがに反省状態の河合。打てたとしたら、2打席目の北田のストレートだったと思っていた。そこに投げかけられた阪東の言葉。
「安心しろ」
「あ?」
「俺は、4番を河合で行くつもりだ。次、しっかりと準備をしてくれ」
「……当たり前だ。俺以外に務まる奴がいるか!」
河合がベンチに下がったとなれば、シールバックの勝ち目は薄い。なにせ、インディーズには守護神の泉がいる。9回で得点を挙げるのはほぼ不可能。
ラストチャンスは8回のみ。
7回裏のインディーズの攻撃。河合に代わった栗田のリードは、神里の投球を活かす変化球中心の配球。3番、菊田を三振にとる好投をみせる。
「5番、ファースト、嵐出琉」
なんとか、先頭を出したいところ。
「ピッチャーにマイケルに代わりまして、肝須和」
河合のワンポイントリリーフで交代したマイケル。3番手の肝須和。
「ストライク!バッターアウト!!」
審判の気持ちが乗った気迫なコール!嵐出琉、粘るも、空振り三振に終わってしまう。とてもマズイ展開になった。
「尾波ー!なんとか塁に出てくれ!」
「お前が頼りだーー!」
4番、5番が機能していない。尾波に課せられた役割は大きい。狙うは長打と決めて、打席に入って狙い球を絞った。肝須和のカットボールに狙いを決めた。
カーーーーンッ
ここでホームランを打ったとしても、まだ1点負けている。この回、チャンスで友田に繋げるのが唯一の勝ち筋。尾波の打球はそこまで繫がる、予期せぬ幸運ある一打。
バヂイイィッ
「肝須和の右足に直撃ぃぃっっ!!打球は三遊間に飛んで行ったーー!」
「強襲ヒット!ランナーが出たーー!」
この一打に肝須和は倒れこみ、ベンチへと戻っていく。どよめく場内。河合が抑えられ、流れがインディーズに傾いたかに思えたが、平行に保たれたホームランじゃない出来事。
「どうやら、肝須和はこの試合での登板は難しいようです。代わって、イムが登板するようです」
尾波に出塁されたが、ここからは大分楽な下位打線だ。カインのトニーとは違い、泉には回跨ぎはできない。そのうえ、9回は友田だけじゃなく、新藤に回る可能性もできた。別の投手に投げさせるのは当然の采配。
「この回で決めるぞ」
しかし、この緊急登板の隙を阪東は狙う。
「代打陣!準備はいいな!」
そう言われる前から、地花と本城、マルセドがヘルメットを被り、マイバットを握り締めていた。選手層では明らかにこっちで勝っている。いくらでも小細工をしてきても力で押し潰す。
「7番、サード、林に代わりまして、代打、地花」
今日のレフトは木野内さんだった。今のところ、本城、木野内さん、マルセド、千野……その次に俺がスタメンをやっている。
代打で結果を出してやらないとな!
本来、右の肝須和のために用意されていた地花。緊急登板したのは左のサイドスロー、イム。左打者を殺すためのサイドスローであり、シールバックの沼田と似たタイプだ。抜け目ないインディーズの采配だ。
「右の千野じゃなくて良いんですか!?阪東さん!」
「ベンチには右打ちが少ないし、こんな場面で小技なんて要らない。左対左で出しそびれたら相手の思う壺だろ?」
「た、確かにそうですが」
「選手を信じろよ。ここで結果が出ればスタメンに近づくだろ?」
大丈夫。沼田ほどの投手には感じない。
長打力がある打者、足のある走者がいる場面。
緊急な登板とあっては、受ける名神だって調子が掴めないはずだ。
代打という役割をよく分かっているよな、地花!一撃で決めろ!
阪東はこの代打采配のみでノーサイン。相手監督の野際も、捕手の名神も、その動作を見ていた。特別なサインが出た感じがしない。
イムの調子を見るため、初球は様子見でいく。ストライクは要らないが、歩かせたら友田に回ってしまうかもしれない。ランナーも、足のある尾波。盗塁にも気をつけなきゃいけない。
外のボール球で行くか。
まず、相手よりも自分達の情報を得るためのその初球。強いストレートをイムに要求する名神。その意図にはイムにだって理解できる。今日の自分の直球を伝える投球に、
カーーーーンッ
「外のボール球を打ったーー!初球攻撃だーー!」
地花はバットがギリギリ届くボールでも強引に打ちにいった。その打ち方は河合と似たような、パワーで飛ばす打球。セカンド後方へのフライに大隣も追いかけるが、
「落ちろーー!本城、落ちろーー!!」
なんか、恨みを込めている叫び。現在、レフトのスタメンが一番多いのは本城だった。込められた恨みの打球は
ポーーンッ
「続いたーー!ライト前のヒット!!1,2塁!!」
「よく打った!地花ーー!」
ちくしょう、チャンスメイクになっちまった。次はゲッツーでも打てよな、って言いたいけど。勝ちたいから頼むぞ。同点の一打をよ。
「8番、ショート、東海林に代わりまして、代打、本城」
打席に入るのはまた左の本城。地花には初球を打たれたわけだが、完全なボール球。力に負けた当たりのヒットだが、イムを続行させる。
次いで次いで、緊急登板させる状況ではない。また、9番の神里のところで送られる代打はまたしても左のマルセドのようだ。怯えて下がるわけがない。
「…………」
こんなチャンス。あまりないよな、特に7番、8番でスタメンにいれられると。2番でも送りバントとか多いし。格が打者として違うのは分かるけど、僕もシールバックのバッターだ。
打てば友田に回るなんてバッティングはしない。僕で決める打撃をしてやる。地花も返す長打を狙っていく。新藤さんのような選手になるんだ。
まだ若い野球選手。憧れる打者になろうとする、とても重要な打席。
イムのストレートは140前半。スライダーとシンカーを使いこなす、サイドスローのお手本のような投手。沼田さんと似ていると考えれば、間近で見て来た。
そういえば、新藤さんは沼田さんのことについて言ってくれたっけ?
『サイドスローは内外を広く使える。これにスライダーやシンカーといった変化球を内外に散らされると、まず凡打になりやすい』
良いコースに球が決まれば打てないのはしょうがないこと。投手が上手である。
『ただ、横で揺さぶってくるならどちらかに張る!打者から逃げるスライダー、打者の手元に落ちるシンカーか。二者択一で絞り、粘っていく』
「ストライク!」
2ストライク2ボール。未だに本城はバットを振らない。狙い球を絞っていることは名神にも伝わっているだろう。しかし、一切の挙動すら見せないのだから不気味。
外のスライダーか?……それとも、内のシンカーでいくか?
イムの変化球を受けて分かったことは今日のスライダーのキレが良い。追い込んでなお、外せるこのカウント。アウトコースの厳しい球を要求する名神。
『捕手も投手も、追い込んだら一番良い球を投げたい。その心理を読み取れば、二者択一ではなくなっていく。無論、打つのは至難だけれどね』
追い込まれるまでの見逃しは狙い球を絞った布石。イムのボールの情報を得ているのはなにも、捕手だけではない。一撃に賭ける打撃、そして、繫がる一打は静かなグラウンドを裂いた。
「外のスライダーを狙い打ち!!左中間深く打球が飛んだーー!」
大歓声と悲鳴が沸き起こる観客席。だが、グラウンドにいる者達の感情はとても静かに燃えていた。
センターのバナザードがボールを捕球。中継に入っているショートのジョンソン。まさに内野にボールが行こうとする時に、
「尾波、ホームイン!ついに1点をもぎとった!!」
これで1点差。さらに地花も全速力で二塁を蹴っており、三塁に到達しようとしていた。
「バナザード!」
バナザードの送球はストライク送球かつ、凄まじい速さでジョンソンのミットに納まった。今年から加入したこの新センターのえげつない守備力が敵をホームに踏ませない。
はずだった……。
「地花!ホームも狙う!!」
三塁コーチャーは止めていたが、地花は走っていた。自分の足にも自信があったし、何よりあの当たりはどう考えてもホームを突けると思えたからだ。
計算していなかったのはバナザードの守備力。
「ナメルナ!ジャパニーズ!!」
完全にアウトのタイミング。外国人2人の脅威的な守備。もうキャッチャーの名神のミットにボールが納まった。
パァンッ
地花、三塁と本塁の間で挟まれる!飛び出し過ぎ!大暴走!
「何やってるんだーー!?」
「スタメンが遠のくぞーー!」
浴びせられる観客達からの罵声。せっかくの追い上げムードが消えてしまう痛いプレー。その罰が、今行われようとしていた。
「荒野さん!」
地花を挟み、サードの荒野に送球する名神。チャージがよく、サードで刺せる形になったかに思えた。サードにヘッドスライディングをしようとする地花、荒野のミットに送球する名神。
ゴンッ
「あっ」
それらが意外過ぎる偶然を生んだ。名神の送球は地花の頭に当たり、思わぬ方向に球は飛び、荒野も反応しきれず後逸。
「おおおーー!!走れ、地花ーー!」
「ナイスラッキー!」
レフトの伊倉が球を拾い、ジョンソンに返球する頃には地花が痛がりながらホームを踏んだ。さらには本城まで三塁に進むというまさに僥倖。
「どーだーー!」
奇跡的過ぎる生還を果たした地花。喜ぶ選手一同であるが、阪東だけは結構冷静で怒りも見せていた。
「千野、地花の代わりにライトについてくれ」
当然といえば、当然。地花も最初こそは笑っていたが、笑えないことをしていたと反省。とにかく、同点。この一打を生んだ本城はさすがだ。追いつかれて動揺しているインディーズは守りのタイムをとった。
「よーし!」
良い打撃をできた。これでスタメン奪取に一歩前進。地花がちょんぼしてくれたから、ずーっとしばらく代打だろうね。
「くそー……」
本城に全部株をとられちまった。かっこよく同点にしようと思ったら、この様だ。次はちゃんと仕事をしてやるぜ。
地花と本城。歳はそこまで離れていないが、強く意識している存在。次のスタメンは今日活躍した者だろう。つまりは、
カキーーーーーーンッ
「マルセド!!右中間深くに叩き込むツーランホームラン!!代打攻勢で試合をひっくり返しました!!」
イムの甘く入った直球を逃さず叩いてみせた、代打のマルセド。
「「お前が打つのかよーーー!?」」
地花と本城は揃って、マルセドの勝ち越しツーランについて、悔しい叫びを放った。次の試合はマルセドがレフトで先発した。シールバックは逆転勝ちである。




