野際将平
西リーグ、最強打線。シールズ・シールバック。
河合、新藤、友田、尾波、嵐出琉。この五人を中心した強力打撃陣は、今年も猛威を振るっていた。
十文字カイン、AIDA、時代センゴクなどなど……。打撃のレベルは年々上がっており、打高のチームは多くいる。
そんな中、シールバックとは完全に対となっているチームがあった。まだ、輝かしい実績を残せず、チームが誕生して3年と日も浅い球団。
"徳島インディーズ"
最も資金力のないスポンサーであるが、地元を中心とする活力溢れたプロ野球球団。入場者数、地元からの愛はもっともある球団とも言える。
選手達の多くは雑草魂と言われ、華やかとは言えないが熱い全力プレーを常に魅せてくれる。
「お、お前は……」
阪東はキャンプ中の敵陣調査で"徳島インディーズ"の監督を知った時。唖然としてしまった。まさか、もしかして自分と同じ境遇を受けた者がいるのか、
「野際 将平!?なぜ……いや、よく見てみれば!私の地球にある球団がここにあるぞ!?どーなっている!?」
「し、知り合いなんですか?阪東さん」
津甲斐の質問に阪東は、冷静さを欠いていたことに気付いた。らしくなかった。
「……昔のことだ。奴とは高校時代からの知り合いであり、敵でもあった」
「もしかして、阪東さんのライバル?」
「そこまではいかないな。俺の方が千倍野球ができる。だが、野際は勝負に強く、あの"悪魔"とコンビを組んでいた男だった。そうか。なるほど、面白い」
事情はよく分からないが。あの、徳島インディーズも来ていたのか。
荒野 静流。菊田 克則。大鳥 宗司。泉 蘭。北田 弘。
あのメンバーで間違いない。そうか、こうしてまたお前と戦うこととなったか。それも、俺と同じ監督として戦うことになるとはな。
「面白い。俄然、負ける気がしない」
徳島インディーズ。去年から野際将平が指揮を執ることになっていた。
創立1年目。徳島インディーズは5位という下位でシーズンを終えていた。主砲である荒野、菊田の活躍があっても、勝ちが少なかったのはやはりチームの方針と運営できるレベルが低く、優秀な選手を集めることができなかった事だった。
そんな中、阪東と同じく颯爽と現れた謎の監督、野際将平が就任された時にチームは変わっていった。
2年目。試合中の怪我により菊田の長期離脱、荒野のスランプがあり、打率は2割1分という低打率でありながら、なんと最下位にならず。それどころか、昨年より勝利数を重ねるという結果(5位ではあったが)。
野際は選手の育成を考えた采配と指導により、大鳥、山田、北田といった先発投手達を、西リーグを代表する投手にし、泉という絶対的な守護神にまで育ててしまった。
また、こうした投手力だけでなく、ショートのジョンソンは外人らしい優れた身体能力を活かした守備でゴールデングラブ賞を初受賞。扇の要である名神 和も、巧なリードと強肩で、守備面は新田と並ぶ捕手となる。セカンドの大隣 美紀は、杉上に次ぐ盗塁数で、2位。出塁率さえ挙がれば杉上と並べるほどの走塁技術を持ち、守備も上手い。
全リーグで最も内外野の守備が堅い。投手力よりも上とも言われるほど、鉄壁な守備力を昨シーズンは見せ付けた。
「これに菊田と荒野の完全復活があれば、我々並の戦力になると思いますね」
「選手層はそこまで厚くない。打線はやはり、向こうと同じく。荒野と菊田頼みだ。この2人をどう抑えるかで点を抑えられる」
しかし。一番、大隣の盗塁を含めて、荒野と菊田を除けばほとんどの打者が四球を選び、バントを成功させている。高校野球のようなこの堅い攻撃が打線の核となっている。
ヒットを打てなくても、どんな手段でも良いから塁に出て、確実に得点圏へと送っていく。絶対の守備力と投手力があってできる、堅い野球の徹底ぶり。
二軍ですらギリギリで運営できるメンバー。選手層もその数ももっとも少ない球団であるが、高い育成力とそのチーム力の高さは目立っている。
「打撃と守備。中継ぎと先発。まったく、俺とは違うチームだな」
「もしかして、野際監督とはまったく阪東さんとは違うタイプなのですか?」
「どうだろうか?というか、俺の場合はお前が作り上げた球団をそのまま使っているだけで、シールバックは俺の理想にはまだ遠い球団だぞ」
その徳島インディーズとの初戦は、"AIDA"戦後であった。
3連勝で勢いをもらっての敵地乗り込みであった。
「いけーーー!インディーズーー!かっとばせーー!荒野ーー!」
「今年はAランク目指せよーー!泉、抑えは任すぞーー!」
スター選手はまだ生まれていないが、昨シーズンの堅守にはファンの期待は大きいのだろう。向こうにとっては今シーズン初の本拠地。
「ファンの応援がすげーな」
「地元の観客動員数はリーグナンバー1だからな」
「貧乏球団だがな」
徳島インディーズの年俸は極めて低い。一番高い荒野ですら1億5千万。嵐出流よりももらっていない。
「いや、お前等が高すぎるんだよ。金銭感覚が麻痺した奴がやっているから」
河合や新藤などが高すぎる。シールバックが異常過ぎるだけである。
阪東はそのことを選手達にクギを刺すように伝えた。年俸が低いからといって、チームが弱いとは限らない。こうした声援が生まれ、チームが徹底されつつあるのはちゃんとした道標を作れている証拠。
資金力はあくまで、使える選手の幅と質に影響するもの。
勝利は試合に出ている選手達の活躍によって決まるもの。数や質が時に、勝利に繫がるとは限らない。
特にインディーズを率いる野際はよく分かっている事だろう。強者との戦いをよく知っている。両雄の監督が対面する。
「久しぶりだな。野際将平」
阪東は、この世界初めて自分を知る者と出会えた。そー伝えるような挨拶であったが……
「ん?あんた、俺とどこかで会ったか?」
「なに?」
確かにその姿は野際将平であったが、いかんせん反応がイマイチ。野際は阪東を見てもキョトンとしている。
「俺が分からないのか?野際。高校時代、対戦しただろう?」
「分からないな。人違いじゃないか?」
そんな馬鹿な。
そう思っていても、阪東が別世界の人間であることを知っているのは津甲斐や和光GMぐらいである。今は夢物語を伝えても、信じてはもらえないだろう。
むしろ、プロ野球機関とは別のところへ、阪東は連れて行かれるだろう。
「しかし、なぜだろうな?阪東さんって言ったか?あんたとは気が合いそうな雰囲気だ。ここまでの采配が、どこかで頭に過ぎるものがある」
「……ふっ、そんな駆け引きでも良いだろう」
まるで生き写し。異世界があるというのなら、そこに誰かと似た人間、組織がいてもおかしくはない。野際将平であるが、阪東の知っている彼とはまったく別の存在。それでも、その少なすぎる確率が重なりあって奇跡を生んだ。
「試合が始めれば勝敗のみを取り合えば良い」
野際を知る阪東と、阪東を知らない野際。
その正体を探り合う必要はこれから始まる試合にはあまり関係のないこと。少しばかり、らしくない私情をみせてしまった。
シールズ・シールバック。
1番.センター、友田
2番.レフト、本城
3番.セカンド、新藤
4番.キャッチャー、河合
5番.ファースト、嵐出琉
6番.サード、尾波
7番.ライト、地花
8番.ショート、日向
9番.ピッチャー、川北
徳島インディーズ。
1番.セカンド、大隣
2番.ショート、ジョンソン
3番.ファースト、菊田
4番.サード、荒野
5番.ライト、塩野
6番.キャッチャー、名神
7番.レフト、伊倉
8番.センター、バナザード
9番.ピッチャー、大鳥
「今日は珍しくスタメンじゃん、地花」
「あ、当たり前だ!俺だってスタメン候補だぞ!」
久慈が入っていないのに、サードに尾波。インディーズの堅守と真向から勝負する、現段階の最強打撃陣。
川北の負担は大きいが連勝してきた勢いで勝負。
阪東も野際も、選手の力のみで戦う形だ。探り合いの試合とも言える。
一方的な試合となるか、どう動くか見えない投手戦となるか。
4回表、
新藤の打席。2アウトながら、日向と友田が塁に出て2塁1塁のチャンス。大鳥の武器であるスライダーが安定しておらず、リードする名神も苦戦しているようだ。新藤がこの機で凡退するような打者ではない。
カーーーーンッ
三遊間に飛んで行く強い打球。しかし、内野深く守っていたショートのジョンソンはこれを捕球。
「FUNxxッ!」
体勢が不十分でも卓越した身体能力は、菊田のミットへどストライクの一塁送球を生む。足の状態が良くない新藤ではこの打球でも内野安打にできない。
「アウト!!」
堅いっ!
「走塁守備にスランプはない」
1点が遠くなれば、相手チームは当然焦り出す。ミスが大きく響いてくる試合展開になってくる。
昨年の勝利の形は接戦をものにしてきた。大量得点は、荒野と菊田が揃っていてもなかなかできない。徳島インディーズはこの形で常に戦う構えだ。
コンッ
「塩野!荒野を二塁へ進める、送りバントです!これで1アウト2塁!」
選手層の薄さ。特に打撃レベルの向上は難しかった。選手育成は何かへの偏りが目立つ。それが弱者の戦い方。
6番、名神。7番、伊倉。2塁走者の荒野を返すことはなかったが、粘りの打撃で川北を苦戦させた。
攻めあぐねているシールバック。攻めきれないインディーズ。
7回表、河合のソロホームランでようやく1点をとったシールバックだが、その裏。3番、菊田が1塁ランナーのジョンソンを返すタイムリーツーベースを放ち、追いつかれる。
安打数はシールバックが7本。インディーズが4本。
「ランナーは出てますが、ホームが遠いですね」
「要所要所、良いプレーがある。隠れたプレーだ」
まず、インディーズの投手がそう簡単に四球を出してくれない。ストライクゾーンで戦える投手力であるのも分かるが、後ろの守備に絡め捕らせようとしている意図も見える。次に、長打がそう簡単に生まれない外野陣の守備。出ている長打は河合のホームランのみ。友田も、尾波も。普通の守備ならツーベースの当たりでも、単打に抑え込まれている。
新藤のあの当たりも抑えて、アウトにする内野も要注意だ。しかし、注意したところで避けられるものじゃない。打撃と守備の決定的な違い。
この拮抗した試合。ミスをした方が負けるというのなら、シールバックの分は悪い。
「ボール!フォアボール!」
3番手の井梁が、荒野に四球を与え。1アウト2塁1塁。強打者の荒野から逃げたと思えば怖くないが……
コンッ
「塩野!今日、2個目の犠打です!」
打たせるかと思えば、意外にもまた送りバント。6番、名神はまだノーヒットだというのにこの采配。
「厄介だな」
「え?」
井梁を代えるべきか?コントロールが安定していない状況で、3塁にランナーを置いてしまった。まだ、安藤や植木がいる。二人の方が投手によるミスは限りなく抑えられるが、新藤や尾波、友田、河合を下げるわけにもいかない。ヒットにされにくいなら井梁の力を信じるか?
失点が許されない場面とはいえ、力のある井梁だ。真向勝負なら名神が打てる確率は0と言っても良い。
采配の正しさの難しいところ。得点を挙げるにはまだ、友田や河合の力が必要。
そう思っていた瞬間だ。
パーーンッ
「!やべっ!?」
「後ろにボールが逸れたーー!」
河合。今シーズン初の、捕逸!井梁のSFFを止めきれなかった。その間に3塁ランナーの菊田がホームイン。……サヨナラ負け。
ミスの価値がこれほど変わってくるチームも珍しい。




