我等血也
ペナントレース、その終盤。
昨年優勝したAIDAは、シールバック戦で負傷し、1ヶ月半の戦線離脱を余儀なくされた新田の穴が大きく響いた。
いくら先発3本柱が優秀でも、それをより活かせるリードができ、安心できるミットがあり、四番としての打棒がなくなったAIDAは優勝争いから一気に転げ落ちていった。
AIDAという選手層が厚いチームであっても、誰かに優劣がハッキリとする。他球団であるならばスタメン確約だとしても、新田の代わりなどいるわけもない。
捕手も、四番も、信頼も、
「新田に頼りきりのチームだ」
阪東はAIDAのチーム編成の穴を春頃から見抜いていた。公に明かさないが、こちらの故意でAIDAを優勝争いから落としてしまった。
いくら良い選手、良いコーチ、良い監督。全てに良いが集まれば誰かが悪いに変化してしまう。その変化を防いでいるパイプ役だったのが新田。圧倒的な能力でチームワークをカバーしていた。
噛み合わない歯車のまま、この一ヶ月半、AIDAは戦っていた。
「こっちは新藤が離脱した時、11連敗なんてしたが。復帰後、すぐに15連勝で巻き返した」
でも、AIDAは新田が復帰しても無理だろう。
明らかに個が強すぎる。さらに悪く言うなら、チームという形じゃなくなってしまった。
「大型連敗こそしないが、統率や徹底がなされないチームじゃ、勢いを掴めるわけがない」
調子の良い選手、悪い選手というのが必ず現れてくるものだ。それに加え、スタメンや打順なども変化させるべきだ。
新田の代わりに四番に座っているのは村田。しかし、プレッシャーからか調子が上がっていない。ならばまだ、市村や徳永、弓削などを座らせるといったプランを立てるべきだ。また大胆に動くなら村田をベンチに下げる。
戦力が豊富だからといって、全てを使い切れる試合なんて早々ない。コーチや監督陣が優秀でも、これだけの選手層があれば慢心する。事実、慢心プレイが目立っている。
王者の戦い方と言えば恰好がつくが。勝利への執着心がチーム全体に足りていない。基本は先制し、先発陣が試合を作って、逃げ切るという戦略。だが、一度逆転されると再び引っくり返した試合は少ない。
「奇襲も、手堅いこともそこまでしないしな。単純に打って勝つ戦い方」
王道的な野球を、個人個人がバラバラとなってすれば破滅する。
打線の繫がりは皆無。ノーアウトでランナーを出しても、ホームまで走者を帰すことは極めて低かった。一発を狙っていくクリーンナップ。少し自重させて次へ繋ぐ意識を高めさせれば、得点はもう少し獲れていただろう。
「今のシールバックが負けるわけがない」
阪東の言葉通りだった。
AIDAの打線は未だにボロボロ。全員が点のような存在。
先発の戸田を相手に、6回4安打。無得点。焦らずにじっくりと攻めればその戦力差で戸田をKOできていただろうが、中心が抜けたせいで焦りをモロに出していた。
「戸田は完投をしていないな?」
「そうですけど、行くんですか!?」
「もちろんだ(中継ぎを休めませたい)」
戸田の球数は64球。かなり良いペース。
抜群の落差を持つフォークに、AIDAの打者達は淡々と振ってしまっている。
しかし、そんなAIDAの死に体打線に対し、先発三本柱は新田の不在を感じさせない圧巻のピッチング。
白石、7回、3安打、無失点、1四球。
付け入る隙がまるでない投球。今日のシンカーはまず打てない。
両者、得点を挙げられないまま、8回表まで試合はやってきた。
「あと2回だ」
抑えれば負けはない。投手は他のポジションよりも大きく、結果が勝敗に繫がっていく。
優勝争いから一歩遠ざかったとはいえ、まだシーズンが終わっておらず、可能性が潰えたわけではない。選手はその事実で闘志を燃やさなければならない。ファンにも、相手にも、必要な礼儀であった。
「あーあ、せっかくの代打のチャンスを活かせないなんてねー。それで来年、スタメンを獲得できるのー?」
「うるせぇーー!悪かったな、友田ーー!あとは全部任せたぞー!」
怒りながら、凡退した代打の地花はベンチに戻っていく。
戸田の完投はここでなくなってしまったが、十分に投げてくれた。
「友田の前にランナーを置きたかったが」
先制できればもう勝ち。だが、遠い。白石の気迫の投球が、この打線の1人を除いて封殺していた。阪東は理想の前に現実と戦うハメになった。
「1番、センター、友田」
2アウト。ランナーなし。
打席は今日、チームでただ1人だけ安打を放っている友田。
「何が天才だ、この野郎」
白石は心の中にある毒を、口に出してしまった。とはいえ、友田がそんなことを聞くわけもない。
生まれついた場所、体の半分、流れている血液、野球に対して真摯に取り組んできたその時間、野球によって失ってきた代償。努力の汗で得てきた、勝利と成功。挫折も味わうも勝利に消えていった。色々なものを積み重ね、積み重ね……。凡人達は現実を背くように白石達のような環境を妬む台詞、『天才』と吐いてきた。
その通りだ。そうだ。お前等凡人とはまるで違う。
生まれたその瞬間、どのように生きるかを決められていて、どのような成果を挙げなければならないか。
選手だけに限らず、人間として生まれた環境。俺達は例えるならサバンナに放り込まれ、懸命に生きるため野球を強いられ、結果として王になった。負けていれば何も残らない命になっていた。お前等はなんだ?生温い環境で、べちゃくちゃしていて、ダラダラしていて、それで敗北して言い訳をしている。命を賭けてすらいない。
当たり前だろう!何もしていない!才能を語る以前の問題、全てにおいて見放されるべき命だ!!
生まれ持つ血、生まれ持った環境、積み重ねた努力。3つが合わさり、悪くなって才能と揶揄される。
そうされることで己の場所が満たされている。
天才や才能は、そうやって生まれていくのだ。
「馬鹿じゃねぇの?」
友田は白石のその真剣な眼差しに気を落としていた。
今日の自分は絶好調である。なのに、相手から嫌なことをされると少し、感情が揺れてしまう。
今日、白石のシンカーは誰も打てていない。
だが、それは狙う球ではないと判断し、友田が打ちにいかなかっただけ。来ると分かってくればその軌道上で待ち構えていれば良い。
甘いコースではなくても、どれだけの球を投げられるかはもう検討がついている。
スタジアム内に生まれる無慈悲な快音。
誰一人、走ることすらできなかった。外野は打球の後を呆然と歩き、友田は緩い顔でダイヤモンドを周り、唖然として肩を落とす白石。
喜びよりも人々はキツイ現実に面をしかめる。
「ついに均衡が破れたーー!!シンカーをとらえ、友田のソロホームランが飛び出しました!!今日、4打数4安打の大活躍だ!!」
プロという職業は天才ではありえないはずだ。積み重ねで決まるはずだ。
才能が劣るというのなら、努力で補えば良い。挫折を埋める鍛錬で、……。
そうやって、闘志の炎をもう一度燃やしたいが。叶わぬのが、才能という高み。
石田、根岸、白石の三本柱が持っている才能とはあくまで、生まれついた場所や犠牲にしてきたもの、仕事と同じように課せられた努力の集まり。凡人のそれらとは中身が違うだけで、やってきた事は対して変わりない。
ああ、別に才能でもねぇな、それ。
真の才能を備えている友田からすればそう感じる。お前等も努力家で凡人に過ぎない。血やら環境やらで、才能と威張るには物が分かっていない。そんなものとは無関係なのが、才能という偉大な存在。
「…………」
白石の闘志の炎は消えていった。
本当の才能は、誰一人も寄せ付けない。
"AIDA"の最後の精神的支柱は友田によって、打ち崩される。




