虚像真相
須見とパリッシュの入団からしばらく経った後、和光GMに一報が届いた。
「トレードの件を了承してくれましたか!?」
再び、東リーグからトレードで選手を獲得することができた。といっても、今回はお金と選手のトレードである。
「はい!二木投手と、福岡捕手ですね!」
プロ野球選手だけではなく、人間にはそれぞれドラマがある。ドラマなくして命は揺れ動かない。須見は完全なトレード、パリッシュはスカウトによる獲得。しかし、この2名にもあるドラマがあってこのシールバックにやってきた。
「二木が来るのか!?」
「それに福岡まで!」
津甲斐も、他のコーチ陣も驚いている。とんでもない奴等まで獲得するとは、さすが和光GM。凄まじい豪腕。
「どんな奴等なんだ?」
阪東はお茶を淹れながら、津甲斐に尋ねた。
「二木 結城。一昨年の高校生の大会で、優勝した投手ですよ。もちろん、ドラフト1位!ウチも狙っていた投手なんです!福岡は、昨年東リーグで78試合スタメン出場していた捕手です!凄い戦力が来ましたよ!」
二木はともかく。捕手である福岡の獲得。
ベンチの枠を上手く扱えるとは思えないが、3番手捕手である旗野上は他のポジションに置いておきたいところ。そーゆう意味では彼を外すことも案にはあった。河合のスランプも考えれば、正式な3番手捕手も必要。
ポジションだけを考えれば悪くない。しかし、引っ掛かる。これだけ盛り上がっている津甲斐達には悪いが、大きくは喜べない阪東。
「実際に見てからだろう。和光は確かな腕だが、眼力が怪しい」
チームは勝てているとは言えない状況だった。
4月の勢いはとうになくなっていて、淡々と負けて、勝つときはアホみたいに打撃が嵌ってしまう。息抜きや、流れを変える程度に阪東は今日入団するその二人の実力を調べに2軍へと向かった。
◇◇
ドラフト1位。輝かしい実績を持ち、その力も備えていた。
競合する球団は4球団。二木の新たな野球人生は耀くように始まったかに思えた。だが、プロが全てにおいて幸福とは限らない。
『彼がどうして、ドラフト1位なんだ?』
『分からないのか?もちろん、人気だよ』
野球に限らず振興スポーツにおいて、勝利から繫がる優勝は莫大な利益を生む。しかし、プレイをする選手にはそれぞれ成績とは違う、耀きがある。
河合や新藤といった華のある打撃。カインの杉上の韋駄天ばりの走塁、3本柱の異名を持つAIDAの石田、白石、根岸。彼等は成績だけでなく、そのプレイの一つから大きな金が生まれると言って良い。
彼等のお金はそれだけの素質と、それだけの努力から生まれている。
仮に彼等が活躍できなかった日があっても、お金が生まれる。
『やはり、メディアに注目される選手は良い金になる。選挙でよく言われる、地盤、看板、鞄と同じだよ』
とはいえ、今挙がった選手達が無力であった時期もあった。プロの壁を感じる時もあった。しかし、それを破ったときのリターンはとてつもないものだ。
だが、非常に珍しい事態もある。実力の壁にぶつかりながらも、人気というただそれだけで、上に来る者。
『二木くーん、早く一軍に来てーー!』
『きゃーー!あなたのピッチングを見たいわー!』
二木は顔もよく、ファンへの対応も良かった。高校時代ではかなり名の知れた投手であるからだ。
しかし、プロ野球の関係者達の多くは二木の評価をそこまで高く見てはいなかった。確かに投げる球は速いが、プロにはゴロゴロいる。彼が通用したのは相手が高校生だから。
その正統で真っ当な評価を踏み弄ったのが、彼の人気に乗っかったメディア、並びにそのスポンサー達であった。
『二木選手、初の一軍のマウンドにどう心境を抱いてますか?』
実力よりもその人気をとった。高校時代、決してずば抜けた力を持っていたわけではなかった。チームが勝ち、彼がただ投手であった。調子が良い時期だったと、まるでやられてしまった敵さん並の言い訳な文となるが。それが答え。
二木はまだ、一軍で戦える投手ではなかった。
にもかかわらず、スポンサー達は彼の人気を使いたいがために昇格を早め、二軍に落とすことも拒否した。一時の耀きをその光の寿命が尽きるまで使わされる。それほどのグロさ。
彼が投げれば金になる。さらに勝てればもっと金になる。選手は自分のために活躍したいだろう。しかし、周りがその選手で金を獲りたかった。応援している者達は純粋な気持ちと、ささやかな甘い夢を抱いただろう。
『ボール、フォアボール!』
高校時代よりもストライクゾーンが狭まったプロの世界。振ってくれない高めの釣り球。まだ、変化球を低めに投げきれない二木。
持っている人気を妬んでいるチームメイト。高校時代とは違い、上手く行かない環境。推してくるプレッシャー。早すぎる一軍デビュー。周りとの連携すら上手くいかない中で、未熟な者が投げれば当然打たれる。守れない。勝てるわけもない。
『二木!3回5失点で降板!3試合連続KOです!』
人気で彩られただけの選手が投げる様はまさに公開処刑。
そして、入団しただけでファンとなった者、流行に乗った者、多くが夢から醒める。
『ああ、二木はやっぱりダメだったんだ』
『もういいや』
選手が苦しい時。それを支えるのが本当のファンという者だ。だが、二木にちゃんとしたファンは誰もいなかった。彼等に罪があるというわけでもない、二木が抑えられたら嬉しく、メディアとスポンサーは揃って喝采とするだろう。
二木のせいでもある。
だが、スポンサー達は彼が負けてもそれだけの利用価値をちゃんと頂いた。二木とファンと違っている。
彼等は地面に痰を吐き捨てるように、二木のことについて語った。
『俺達はお前みたいな三流で、一流分の金を作ったんだ』
二木は終わった。ただ一つの人気を失い、二軍に落ちてから一度も一軍に上がることはできなかった。
『その不良債権を引き取ってくれるわけですね、和光さん』
投手であり、和光にとっては昔から目を付けていた人材だった。しかし、二木の元いた球団は彼にその価値はもうないと判断していた。投手として必要な心が折れているからだ。
すでに実戦経験から半年以上も離れている。
「おぉっ、二木くん……って」
ブルペンで投げる二木。それを受けているキャッチャーの福岡。
津甲斐、和光、そして、阪東も。曰くつきの、元ドラフト1位の二木を初めて見るわけなのだが
「結構太っている!?去年、二軍で見た時よりも太っているような……」
二木は荒れていた。上手くいかず、持ち上げに持ち上げられてからの凋落により、精神的に腐ってしまっていた。今では年俸泥棒扱いだった。
精神の腐りから身体にその腐りもやってくる。全体的に丸くなり、高校時代のイケメンぶりがかなり消えてしまった。太ること15キロ。プロとしてこれでは、大丈夫なのか?
パァァンッ
「良いストレートだな」
「おおっ!阪東さん、やはり気付きますか!そうでしょう!?」
「あの体型と、練習不足だったとは思えない投球だ。140は出ているな」
高校時代の最高球速は150キロ。確かに高校生なら名が出るほどの球速だ。しかし、プロ入り後はフォームの矯正に苦しみ、制球難に球速ダウン。140台がなんとか出せるレベルだ。
とても1軍レベルには達していない。井野沢よりも酷い。
「ふーっ、ふーっ。久々に20球を投げた」
「もう息が荒い……スタミナが全然ない」
「この時期にこれはマズイかもしれませんね、津甲斐監督、阪東さん」
スタミナのなさ。
かつて、一軍のマウンドに立った時は100球は投げていた先発投手らしくないものだ。
「二木は故障の経験もあるんですよ。リハビリやらなんやらもありまして」
「そーいうトレードだろうとは思っていた」
もう6月。一軍で活躍できる選手を、金で渡すなんて普通じゃ考えられない。曰くつき、球団にとっての邪魔者。それらを弾き飛ばすためのトレード。
完全にババを引いてしまったシールバック。
しかし、投手は多くいても困らない。ひとまず、二木にはダイエットをしてもらうこととして
「福岡。あんたも、何か理由がありそうだな」
「…………」
阪東に対してコクリと頷く捕手。二木の球を上手く捕っている。見た限りでは問題がなさそうな捕手であるが、
「腰か、足か。おそらく、新藤より状態が悪いということか?」
腰痛。スポーツ選手にとって、怪我とは一生向き合っていくものだ。いかに健康であっても、相手から負わされるもの、自分の不注意によるもの。様々有り、それらと向き合っていかなければならない。
「腰だ」
昨年、自己ベストの78試合のスタメン出場。順調にスタメンマスク獲得が近づいたかに見えたが、
「もうダメみたいだ」
こんなにアッサリとプロ人生が終わった。投手と同じくらい、長いイニングを戦えない腰の悪化。手術やリハビリとなると、1年以上の歳月が掛かる。
かつての球団はそこまで面倒を見切れないと福岡に通達していた。それは福岡の評価がそこまで高くないからだ。二番手や三番手に近い捕手は、次のドラフトやトレードなどでも獲得できる。そーゆう算段。
「なんで俺を獲った?」
「別に誰でも良かった。今投げ疲れているデブな人気者でも、選手として使えるなら良いんだ」
「?誰でも良いだと?」
「シールバックの二軍は最弱だ。その多くがとても一軍レベルには達していない。それでも、二人なら一軍で戦えそうだと思っている。福岡も、二木も」
特に経験があるというのが大きい。
シールバックの二軍連中を上げられない理由としては、自分達がペナントレースを優勝しなければならないため、負けるための試合や成長を図るための試合をしたくないからだ。
レベルが達していない人間を使うことで単なる敗戦になるくらいなら良いが、例えば中継ぎ陣に負担を掛けるといった障害が起きれば目も当てられない。
勝つには貪欲に使える戦力を集める。
「前に入団した須見とは違う。彼は使える」
その証拠に1勝と1ホールドを挙げてくれた。
「そして、2人共ラッキーだな。再生できるチャンスだ」
阪東が使えると、判断したこの分け有りな2人の選手。
「向こうじゃ一軍にも上がれなかったんだろう?こっちは一軍に上げるつもりで獲った。活躍したい、したくないは任せるが。したくない時は野球を辞める以外はない」
脅し。同時にどうして、こんなになってもまだ野球をするか?
それは、野球を知ってこの時まで野球しかしていないから。野球が大好きだから
「自分の体や軌跡を取り戻すなら、一番頑張っている野球をしないとな。じゃないとどーして野球をしているか分からないだろう?」
新たにまた加わった二人の選手。彼等が活躍するのは一体いつ頃だろうか?
そもそもあるのだろうか?阪東の目にはどうやって映っていたのだろうか?




