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  作者: 神葉空気
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1日目

1日目


その日、俺、杉村(すぎむら)祐一(ゆういち)は日直でいつもより早く家を出た。

普段は日直程度で早く家を出たりしないのだが、昨日うっかり()()に日直のことを話してしまい早く出ざるを得なかった。

授業すら時々サボっているというのに。

それでも早く出るのは祐美が心配するからだ。

中学の時サボっていたことがばれた時はひどかった。

何日も泣かれ、怒られた。

だから、出来るだけ祐美には学校のことを話したくないのだが、学校のことばかり聞いてくるのだ。

おそらくまだ心配なのだろう。

以前母にあれを話し、病院に連れて行かれたことを知っている祐美としては。

俺が周りと同じようにしていないと心配なのだろう。

それでも俺にとって学校というのは居心地の悪い場所で、サボりがちになってしまっている。

母子家庭で高校まで通わせてもらっている以上きちんと通った方がいいのはわかっている。

そもそも進学する気はなかった。

だけれど母は高校くらい出ておかないと苦労するからと、なかば無理やり俺を進学させた。

二年生になって、もう二月が過ぎていた。

クラスの連中とは馴染んでおらず、自分で言うのも変だが、誰とも関わらない、空気の様な、地味で目立たない、いてもいなくても変わらない存在だ。

と自分では思っている。

授業をサボったりしているせいか不良だと思っているやつらもいるみたいだが。

どちらにしろ好都合だった。

とにかく俺は誰とも関わろうとしなかった。

どんな学校にもそんな奴が一人はいるだろう。

この学校では俺がそうだった。

古い校舎はところどころ汚れていて、生徒たちには嫌われている。

それでもなんとか生徒を確保できているのは伝統校だとかで保護者受けがいいのとそれなりに良い進学率のためだ。

俺はもちろん大学へ進学などするつもりはなかったのだが、家が近いと言うだけでここを選んでしまった。

しかしそれでも近年は近くにできた私立高校に人気が移り、生徒の数が減少気味なのだという。

なぜかこの学校は玄関が階段を上った先にあり、しかも教室のない別棟から2階の渡り廊下を通らなければ教室のある校舎に入れない。

軽音部やバドミントン部などのマイナーな部活が6月になってもまだ部員を募集しているらしい。

玄関の脇に貼られた掲示物を視界の端で見るとなしに見ながら教室に向かう。

まだ朝早いため下駄箱に靴はほとんどなかった。

誰もいない静かな廊下をひとり歩く。

突然、後ろから女子の叫び声が聞こえてきた。

あわてて今通った廊下を走って戻ると、玄関近くの予備教室の前に鞄が落ちていた。

見ると中には二人の女子生徒がいた。

一人は血にまみれ、もう一人はその傍らで立ち尽くしている。

血まみれの方は九条(くじょう)結衣(ゆい)

俺みたいな近づきがたい空気を纏っている男が話しかけたら、逃げ出してしまうんじゃないかと思うくらい大人しい女だ。

いつも長い髪を肩のあたりで一つに結わえていて、いかにも優等生という校則にのっとった格好をしている。

もう一人は、高畑(たかはた)恵子(けいこ)

九条の友人でよく一緒にいるが、正直騒がしい女という印象しかない。

九条とは対照的に校則を無視した格好だ。

肩まである髪を茶色く染めている。

スカートの丈も校則で決められた長さより明らかに短い。

膝上というより、股下と言った方が適格だ。

こんな状況で冷静になっているということは、この異常な状況を正しく受け止められていないのだろうか。

九条は血まみれになりながら高畑に必死で声を掛けていた。

二人のすぐ近くにはナイフが落ちていて、真っ赤に染まり血の池を作っている。

そこには高畑のものと思われる鞄の中身が散乱している。

俺が来たのに気付いた九条が、

「救急車を呼んでください!恵子ちゃんが…」

と必死に頼んできた。

顔は涙をぬぐったためか、血で汚れている。

だが、俺は救急車をよばなかった。

携帯を出した俺が掛けたのは110番、警察だった。

「もしもし、警察ですか?俺は花御坂高校二年の杉村と言います。教室で人が死んでいます。来て下さい。」

淡々と現状を伝え、俺は携帯を切った。

そして職員室へ足を向けようとした俺に、

「何言ってるんですか!恵子ちゃんが死んでいるかなんてわからないじゃないですか!早く救急車も呼んで下さい!」

と怒鳴りつける。

取り乱した九条が救急車を呼ばず、警察にしか電話をしなかった俺を睨んでくる。

それに対し、俺は、

「そいつはもう死んでいるよ。」

と事実を述べた。

そして職員室へ教師を呼びに行った。

その態度はひどく冷徹に見えたことだろう。

我ながら冷めていると思う。

死体を見て顔色一つ変えないとは。

決してきちんと認識できていなかっただけではない。

今更自分が変わってしまっていたことに意識させられる。

子供の頃は違ったと思うのだけど。

(九条は俺のことを怒っているだろうな…)

しかし、先ほどの近づきもせずに高畑が死んでることが分かったわけを他人に理解してもらうのは不可能だった。

あの時、確かに教室にいたのは九条と高畑だけだった。

が、俺が見ていた高畑は床に倒れていた方ではなく、九条の肩を抱いていた幽霊の方だったからだ。

最初職員室に人はおらず、2、3分ほどで戻ってきた用をたしていたらしい教師を会議室へ連れて行った。

教師が来るまでの間、そんなことを考えていた。


「ご協力ありがとうございました。」

俺は警察でいくつか質問をされ、やっと解放された。

特に疑われていたということではなく、発見した時のことを九条と一緒に訊かれただけだ。


「今のところ詳しいことは分かりませんね。」

「ああ、あの二人も犯人についての情報をもってなかった。」

祐一達の聴取をした二人の刑事が先ほどの聴取について話していた。

「それにしても、最近の子供は皆ああなんでしょうか?」

若い方の刑事が上司らしき男に尋ねる。

中年刑事はくたびれたスーツからタバコを取り出すとそれを咥えながら、

「さっきの男の子のことか?さあな…俺に子供はいないしな。」

「クラスメートが殺されたのに、顔色一つ変えないなんて…」

「あまりそう言ってやるな。」

「はぁ…」


そんなことを言われていることを知るわけもない俺は、

(もう昼か…このまま学校に戻るのもめんどいし、本屋にでも行くか。)

そんなことを考えながら歩き出していた。

「えっ?学校へ戻らないの?」

九条が学校とは反対へ歩き出した俺に驚く。

「面倒くさいから。」

適当に答える俺をちらっと見て、すぐに視線を下にそらす。

「そう…じゃ…あっ、朝は取り乱して攻めるようなこと言っちゃってごめんなさい。」

わざわざ謝ることでもないと思うのだが、九条が頭を下げてくる。

それに俺は一言、

「気にしてないから。」

と言って歩いて行った。

九条が一瞬何か言おうとしたように見えたが、気のせいだろう。

俺は九条と別れて、本屋へ向かった。

一人でいることが多くなった俺は、気付くと本を読む時間が増えていた。

父が読書好きだった影響で元々本は好きな方だったがそれが一層顕著になった。

適当に立ち読みをして暇をつぶした俺は、帰宅し、家族に夕食を作っておいた。

朝早くから深夜まで働いている母に代わって料理をするのは俺の仕事となっていた。

まだ小学生のころは母が作っておいてくれていたが、中学に入ったことを機に料理の練習をし、俺が作るようになった。

普段なら、祐美と一緒に食べるのだが今日は定期検診の日で母と出かけているので少し帰りが遅い。

事件のことや警察のことで疲れていた俺はそのままベッドに倒れ込むとすぐに眠りについていた。


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