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第9話 元婚約者の釈明
フェリクスが北辺へ来たのは、雪解け前の曇った夕方だった。
「セレナ、落ち着いて話をしよう」
王都にいたころと同じ柔らかな声だった。だがその声で、何度私の仕事が後回しにされたかを私は知っている。
「君が婚礼主任では目立たない。ミレイアの方が表向きに都合が良かっただけだ」
「私の認証まで使って?」
フェリクスは言葉を詰まらせた。
「局長命令だった。私は君を戻すつもりだったんだ」
「戻して、また裏で番号を消させるつもりですか」
私は四八七二の写しと偽婚約印の控えを机へ並べた。フェリクスの顔色が変わる。
「君はこんなことで自分の将来を潰すのか」
「潰したのはあなたでしょう」
静かに言えたのは、北辺で自分の声を取り戻したからだ。フェリクスは最後に「まだ間に合う」と言い残して去った。
扉が閉まると、アルノーが短く尋ねる。
「未練は」
「ありません。紙より薄い男だって、ようやくわかったので」
その返事に、彼の口元がほんの少しだけ緩んだ。




