第七話 魔女ミラノ現る!
美しい絹のような黒髪をゆらめかせ、メビウスは吸い込まれそうになるくらい深い漆黒の瞳でハンターたちを見つめている。
その人間離れした、あまりの美しさと神々しさに、ハンターたちは思わず息を呑んだ。
朝露に濡れたような、憂いある薄紅色の唇を開き、メビウスは静かに語り始めた。
「私には分かります。我が娘ダイアは、今でもあの遺跡内で生きいるはずです。この水晶が輝いているのが、何よりの証拠です」
そう言うと、メビウスは首からぶら下げているペンダントを一同に見せた。光り輝くそのペンダントには、美しい紫色の水晶があしらってあるのが見える。
「これは、我が王家に伝わる魔宝具『破邪の水晶』です。この魔宝具は、悪しき力から身を守る効果を持っており、ダイアもこれと同じものを身に着けています。もしダイアの身に何か起きたのなら、この水晶が共鳴し知らせてくれるはずなのです」
そっとペンダントを握り締め、メビウスは寂しげな表情を浮かべた。
「本当なら、ダイアが遺跡内で行方不明になったと分かった時、すぐに結界を解くつもりでいました……。ですが、何度試しても結界を解くことはできなかった……。これは、後から文献で調べて分ったことなのですが、勇者スクエアの張った結界は百年間弱まることは無いそうなのです……。しかし、今日が結界が張られてからちょうど百年目。きっと今なら結界を解くことができるはずです」
メビウスは、悲しみと悔しさが入り混じった表情で、ぎゅっとドレスを握り締めた。その仕草からも、彼女の無念さがヒシヒシと伝わってくる。きっと、この一年の間、相当悩み苦しんだのだろう。
「無鉄砲でおてんばな愚かな子ですが、私にとっては大事な一人娘。結界を解く方法を探すため、旅立った兄スクエアが居ない今、私に残されたのは、あの子だけなのです……。皆様、お願いします。どうか、我が娘ダイアを助け出して頂けないでしょうか……」
メビウスは、ハンターたちに向かって深々と頭を下げた。
本来なら謁見すら許されないほど、メビウスとハンターたちの間には身分の差がある。にも関わらず、自分達に向かって頭を下げるメビウスの姿に、ハンターたちは驚き心を打たれた。それだけ、メビウスは本気で王女の身を案じているのだ。
この美しい王妃のためなら、命をかけてもいいかもしれない。
荒くれ者のハンターたちの心に、そんな気持ちが宿ろうとした、その時だった。
「王妃様よ、そのダイア王女ってのを見つけたら、当然それなりの報酬はもらえるんだろうな?」
場の空気を読めない一人の男が、メビウスの前に歩み出た。先ほど、リーゲルの演説の最中、真っ先にヤジを飛ばした髭面の大男、ボルシチだ。
ボルシチの無礼な振る舞いに、王妃を護衛している親衛隊の一人が、ずいっと前に出た。
メビウスとは対照的に、全身真っ黒な鎧に身を包んだその男は、鉄火面から覗く光の無い目でボルシチを睨みつけている。仮面に覆われているため中の表情は伺えないが、誰から見ても彼が怒りを露にしているのは明らかだった。
だが、ボルシチは顎髭をさすりながら、馬鹿にしたように下卑た笑いを浮かべた。
「俺様は正当な報酬を確認したいだけだぜ? まさかタダで危険な遺跡に挑めって言うワケじゃないだろ?」
黒鎧の男は無言で背中に抱えている巨大な斧を引き出すと、ボルシチの目の前に突きつけた。だが、メビウスは手を上げそれを制する。
「よいのです、ゼルド。武器を収めなさい」
メビウスは、静かにゼルドを見つめる。
ゼルドは無言で斧を納めると、深々と頭を下げ後ろへ引き下がった。
「あなたの言うことはもっともです。これは命をかけた危険な任務。それには、きちんと報いるところが無ければなりませんからね。私は、無事に王女を連れ戻した者には、望み通りの褒美を与えるつもりでいます。もし望むのであれば、我が国の騎士団に取り立てても構いません」
メビウスのその言葉に、会場にいた魔宝具ハンターたちは湧き上がった。
それもそのはず、レクタングル騎士団といえば、常勝無敗で無敵を誇る最強の騎士団であり、その名を知らぬ者はこの辺では居ないほどだ。庶民の憧れの的である騎士は、彼らのような、自給自足の明日をもしれぬハンターとは、正反対の花形である。それに、騎士団に入団するためには、過酷なテストに合格しなくてはならなく、文武両道、心技体を見極めるそのテストの合格率は、百人に一人、千人に一人とも言われている。体力自慢だけの彼らでは、とうてい合格することはできないそのテストを免除され、いきなり騎士団に入れることは、底辺層な世界に生きる彼らにとって、まさに夢のような話であった。
メビウスの話を聞いて、ボルシチはニヤリと嫌らしい含み笑いを見せた。
「こいつは面白いことになったぜ。魔宝具だけじゃなく、王女様ってのを見つければ、一生遊んで暮らせるだけの金と騎士の称号が手に入る。こんな危険な仕事ともオサラバできるってわけだ」
取り巻きの二人も、興奮を隠せず鼻息を荒くしている。ペリパニとピロシキだ。
「昨日は、あのクソガキのせいで酷い目に会ったでヤンスが、まさかこんな美味しい展開になるなんて思ってもみなかったでヤンス。僕ちゃん、昔から騎士ってのに憧れていたでヤンスよ。こいつは、どうやら運が向いてきたみたいでヤンスね。なぁ、ピロシキ?」
「へい!」
昨日、バッツにあれだけの目に会わされたと言うのに、彼らはケロッとしていた。全くタフな連中であった。
「それでは、メビウス様。結界を解く準備を……」
リーゲルに案内され、メビウスは台座の上に立つと、破邪の水晶を頭上に掲げた。そして、小声で何か呪文のようなものを唱え始めた。
ハンターたちは、一斉に武器を構えると、遺跡の入り口に殺到した。遺跡内に眠る魔宝具、それと王女様は早いもの勝ちだ。誰しもが、封印が解かれた瞬間に、なだれ込むつもりでいた。
「悪しき者を封じ込める光の結界よ! 勇者スクエアの名において、我は命ずる。今こそ封印を解き放ち、我らを導きたまえ!」
メビウスがそう叫ぶと、破邪の水晶から眩い光があふれ出し、辺りを照らしだした。そして、遺跡を取り囲んでいたピンク色の結界が、ザザザと音を立てて掻き消えて行った。
「ガーッハッハッハ! どけどけーい! 俺様が一番乗りだぜ!」
「ピロシキ、急ぐでヤンス!」
「へい!」
ボルシチたちを先頭に、ハンターたちは雄たけびをあげながら、我先にと遺跡内へ入って行く。メビウスは、熱い眼差しで彼らの背中を見送った。
「頼みましたよ、勇者たちよ……」
だが、彼らが遺跡の中へ入っていった、その瞬間!
――ズドドドドドオオオオオン!
「うぎゃあああああああっっ!」
突然、遺跡の入り口が大爆発を起こし、ハンター達が爆風と共に中から飛び出してきた。
「な、何事ですか?」
飛び交う瓦礫の中、ゼルドと衛兵に守られ難を逃れたメビウスは、慌てて遺跡の入り口を見た。そこには、立ち上る土煙の中で蠢めく無数の巨大な人影が見えた。
怯えた表情を浮かべ、立ち往生しているメビウスの元に、コルダが駆け寄ってきた。
「メビウス様、ここは危険です。後のことは我々に任せ、すぐに避難してください」
「し、しかし、あなたたちを置いて私一人だけ逃げるなど……」
頑なにその場から動こうとしないメビウスに、コルダは強く言った。
「あなたは我らの希望の光。我々は、その光を守る義務があるのです。ゼルド、後は任せましたよ」
ゼルドはコクリと頷くと、メビウスの手を引き、衛兵達と共にその場を後にした。
「ギャオオオオオオッ!」
耳をつんざくような奇声と共に、煙の中からいくつもの青白い顔がヌッと飛び出した。ギョロギョロと血走った目で辺りを見渡しながら、そいつらは次々とその姿を現す。
全貌を現したその怪物は、軽く人間の二倍、いや三倍以上の大きさはあった。青白い肌に鬼のような顔を持ち、剥き出しの鋭い牙をガチガチと鳴らしながら、怪物はハンターたちを見下ろしていた。
「な、なんだ? この怪物は?」
驚きの声をあげるハンターたちに向かって、そのうちの一匹が手に持つ丸太のような巨大な棍棒を無造作に振り降ろしてきた。
慌ててハンターたちは、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。
振り下ろされた棍棒は、地面にクレーターのような巨大な穴を開けた。
「な、なんですかあの怪物は……」
「あれは、地底界の生物ゴッツイですね。性格は乱暴、粗暴、凶暴と危険極まりない怪物です。気をつけて下さい」
「き、気をつけて下さいって言われても……」
驚きを隠せないリーゲルに、いつの間にか隣にいたコルダが淡々と説明をする。
リーゲルは、タラリと額から汗を流した。
「最近の冒険者はだらしないねぇ。この様子だと、今の世界は簡単に手に入りそうね……」
その時、どこからともなく甲高い女性の声が聞こえてきた。
皆が一斉に声のあった方へと振り向く。
「百年ぶりかしら。やっぱりシャバの空気は美味しいわ……」
腰まである真っ黒なワンレンの髪、黒い皮のボンテージからはみ出しそうなバスト、そしてスラリと細く長く伸びた足の先には真っ赤なハイヒールと、そこには、まさに妖艶とも言える色気を放つ女がたたずんでいた。
バサリと髪をかきあげ、女は優雅にキセルを咥えると、フーッと煙を吐き出す。
ゴッツイたちは、女の左右に整列すると一斉に跪き頭を下げた。その間をさっそうと歩きながら、女は妖しい笑みを浮かべた。
あまりの美しいその姿に、ハンターたちは恐怖を忘れ、思わず見とれてしまっていた。
そんな、ボーッと自分を見つめるハンターたちを一瞥し、女はパチリとウィンクをした。
「さてと……都合よく皆さん魔宝具を持ってきてくれたみたいだし、楽しいサルベージの時間としますか♪」
「グオオオオオオオッ!」
その言葉が合図かのように、ゴッツイたちは立ち上がると雄叫びをあげた。
「ま、まさか、あの女は……」
「魔女ミラノ……のようですね」
コルダの言葉に、リーゲルは驚愕の表情を浮かべた。
「ひぃ~! ど、どうしましょう! いきなり魔女ミラノが出てくるなんて、こんなの想定外ですよ! 聞いてませんよ!」
突然の事態に、リーゲルはオロオロと戸惑うばかり。そんなリーゲルに変わって、コルダがハンターたちに激を飛ばした。
「何をやっているのです、モンスターが出現することは想定の内でしょう。あなた方もハンターの端くれなら、その実力を見せてみなさい」
その言葉に、ハンターたちは皆、ハッとした表情を見せた。
突然のことに動揺していた彼らだが、さすがいくつもの修羅場をくくりぬけて来た歴戦のハンターたちである。我に返るなり、各自魔宝具を取り出し、落ち着いた様子で向かってくるゴッツイたちをキッと見据えていた。