第八話 魔女ミラノVSボルシチ団
「……くそったれが、一体何が起きやがった?」
「あ、兄貴、大丈夫でヤンスか? お前も手を貸すでヤンスよ、ピロシキ」
「へ、へい」
崩れた遺跡の入り口付近で、瓦礫の中からボロボロ姿の三人組が起き上がった。ボルシチたちである。
ボルシチは、ペリメニとピロシキに肩を借りながら、クラクラする頭を押さえた。
「な、なんだ、ありゃ?」
辺りの様子に、ボルシチは驚きの声をあげた。
周囲では、青白い鬼のような顔をした巨人と、他のハンターたちが入り乱れて戦っているのが見える。
遺跡に入った途端、突然の爆発に巻き込まれ、今まで気絶していたボルシチたちは、イマイチ状況が把握できていなかった。そんなボルシチたちに向かって、一匹のゴッツイが雄叫びと共に襲い掛かってきた。
凶悪な笑みを浮かべながら、ゴッツイは巨大な棍棒を振り上げる。だが、突然足元の何かにつまずいたゴッツイは、その場に倒れこんだ。すぐに慌てて起き上がろうとしたゴッツイだが、すでに奴の目の前には巨大なハンマーが振り下ろされていた。
「ナイスアシストだぜ、ピロシキ」
「へい」
ピロシキは、魔宝具『伸びる棒』を引っ込めながら、照れ笑いを浮かべている。
ペチャンコに潰れたゴッツイを蹴飛ばし、ボルシチはハンマーを持ち上げた。
「兄貴、どうやらあの女がこいつらを操っている首謀者のようでヤンス」
周りの状況を確かめていたペリメニが、ボンテージ姿で佇む女を指差した。
ボルシチは、ふふんと不敵な笑みを浮かべた。
「てことは、あいつが噂の魔女、ミラノか? わざわざ出てきてくれるとは、手間が省けたってもんだぜ」
ベロリと、ボルシチは舌なめずりをした。
「あいつをぶっ倒せば褒美は思うがままだ。おい、ペリメニ、ピロシキ! 行くぞ!」
「了解でヤンス!」
「へい!」
◆◇◆◇◆◇
さて、戦局はハンターたちが若干有利のようだ。いくら怪力自慢のゴッツイとはいえ、相手は普通の人間ではない、魔宝具ハンターたちだ。各自持ち寄った多彩な魔宝具の前に、一匹、また一匹と倒されていく。
その中でも、一際目立つ活躍を見せている二人のハンターがいた。
一人は、まるで疾風のごとく戦場を駆け回り、その手に持つ魔封剣で次々とゴッツイを切り倒している。
その男の名はクワトロ。
今から一年ほど前。突如ハンター界に舞い降りた彼は、ハンター協会が提示している難易度の高い依頼を次々とこなし、瞬く間にその武勇を全国に轟かした。
彼を一言で表すなら『完璧』。
容姿端麗、知勇兼備、さらにそれを鼻にかけない性格と、まさに非の打ち所が無いパーフェクトマンである彼は、今現在、ハンター界で最も注目されているハンターの一人だ。 銀色の髪に、彼のイメージのような純白の鎧を身に着けていることから、彼は白銀のクワトロと呼ばれていた。
「きゃあああああっ!」
突如、戦場に女の叫び声が響き渡った。
クワトロが声のあった方を見ると、倒れている女ハンターに向かって、ゴッツイが巨大な棍棒を振り下ろそうとしているのが見えた。
目の前のゴッツイを切り倒したクワトロは、素早く翻ると、振り向きざまに離れたそのゴッツイに向かって剣を振り下ろした。振り下ろされた剣先からは閃光が放たれ、地を這い地面を砕きながら、ゴッツイに向かって一直線に走っていく。そして、一瞬にして奴の股間から頭までを真っ二つに引き裂いた。引きつらせた表情を浮かべたまま、ゴッツイは左右に血を噴出し絶命した。
「大丈夫かい?」
呆気に取られている女ハンターに駆け寄ったクワトロは、優しく手を差し伸べた。
「ク、クワトロ様……」
女は、目をハートマークにさせながら、クワトロの手を取った。
クワトロの歯がキラリと光る。まさに、物語の主人公のようなイケメンぶりであった。
そして、もう一人。
遺跡の入り口付近に、無数の巨人に囲まれた一人の少年がいる。
誰がどう見てたって悲惨な結果しか想像できない状況。だが、どうも様子がおかしい。少年を取り囲むゴッツイたちは、みな戸惑いの表情を浮かべているのだ。
良く見ると、少年の周りには、元はゴッツイだったと思われる無数の肉片が散乱していた。それは、この少年一人の手によって加工されたものだった。
「ホラホラどうしたの? そんな大きな体をして、僕みたいな子供が怖いのかい? まったく呆れちゃうなぁ、アーッハッハッハ!」
灰色の髪、灰色の瞳、灰色のローブ。
まさに灰色の魔宝使いと呼ぶに相応しい格好のその少年は、狂気に満ちた目でゴッツイたちを見据え、ケタケタと狂ったように笑っている。
仲間をやられ躊躇しているゴッツイたちは、困惑の表情を浮かべお互いの顔を見合わせていた。だが、何度見ても、相手は自分の背丈の半分も無いガキ一匹。自分たちがこんな明らかに弱そうなガキに負けるハズは無い。そう結論付けたのか、ゴッツイたちはウガと頷くと、今度は全員で一斉に少年に襲い掛かって行った。
少年は、フゥと溜息をつくと、やれやれと首を左右に振った。
「あらら。結局、全員で突っ込んでくるだけなんて、まったく芸が無い連中だなぁ」
少年の顔から笑みが消え、静かに左手がゴッツイたちに向けられる。その手には無数の光り輝く指輪が嵌められていた。
「あ~あ、つまんない。本当、頭が悪いってのは、それだけで罪だよ」
訳のわからない奇声を発しながら、ゴッツイたちが一斉に少年に飛びかかる。そして、それが彼らのこの世での最後の言葉となった。
空気を切り裂くように少年が手を振り下ろすと、指輪から無数の風の刃が飛び出した。四方八方からゴッツイたちを襲う風の刃は、次々とその首を切り落としていく。そして、奴らが地面に着地した時、それと同時に自分たちの首も転げ落ちていた。
「アーッハッハッハ! ごめんねぇ? 強すぎてさぁ!」
無数の風の刃を操り、少年は物を言わなくなった巨人の体を散々に切り刻んでいる。
肉片と化したゴッツイの体が、バラバラと地面に崩れ落ちていく。後に残されたのは、寂しく佇む巨人の両足だけだった。
「な、何者ですか、あの少年は……」
リーゲルが、唖然としながら呟いた。
「彼の名は、クライム。若いですが、強力な魔宝具を操るハンターです」
コルダが淡々と説明した。
その言葉に、リーゲルはさらに目を見開いて驚いた。
「クライムって……、ま、まさか、あの『狂気のクライム』のことですか? あまりの残虐非道な戦いぶりに、ハンター協会からブラックリストに載せられているハンターがいるとは聞いていましたが、あんな若い子だとは思わなかっですね……」
そう言ってリーゲルは、クワトロの姿をチラリと見た。
「でも、あの白銀のクワトロもいることですし、どうやらこの戦いは我々人間の勝利のようですな! 魔女ミラノ、恐れるに足らず! アッハッハ!」
クワトロとクライム。この二人の活躍もあり、次々と倒されていくゴッツイ。
だが、ミラノは落ち着き払った様子で咥えたキセルを離すと、フーッと煙を吐き出した。
「ふ~ん、ちょっと舐めすぎていたかしら? なかなか楽しませてくれるじゃない」
その時、ミラノに向かって一筋の閃光が駆けて行くのが見えた。クワトロだ。
立ちはだかるゴッツイたちを、まるで紙のごとく切り裂きながら、クワトロはミラノに向かって一直線に突き進んでいく。
「ミラノ、覚悟!」
たんっと跳躍したクワトロは、そのままの勢いで手に持つ魔封剣をミラノに向かって振り下ろした。ミラノは、余裕の笑みを浮かべながら、身をよじってその攻撃をかわす。
その時、クワトロはすれ違いざまに、ミラノの胸元に光り輝くペンダントの存在を発見し、目を見開いて驚いた。ミラノも、クワトロが手にしている魔封剣を見て、驚愕の表情を浮かべている。
互いに後方に飛び、距離を取った二人は、暫しの間睨み合っていた。
「アハハッ! 余所見は禁物だよ、ミラノさん」
その時、突然ミラノの後方から、物凄い勢いで風の刃が飛んできた。クライムの持つ魔宝具『風の指輪』から放たれた真空波だ。
クワトロと対峙しているミラノは、その攻撃に気がついていない。風の刃は、まっすぐにミラノの首へ向かって飛んでいく。
「とった!」
ヒットする瞬間、クライムは勝利を確信した笑みを浮かべた。
だが、その攻撃をなんと、クワトロが剣で叩き落した。
クライムだけではなく、場にいた全員がクワトロのその行動に驚く。
「な、なにするんだよ! せっかくソイツを殺せるところだったのに! 邪魔をするなら、キミも殺すよ!」
激昂と共に、無数の風の刃がクライムの手から放たれる。だが、クワトロはそれらの攻撃も全て迎撃した。
「フフフ。そうよねぇ、あなたはそうするしかないよね。頼もしいわ、私の騎士様♪」
「くっ……」
からかうように、クワトロの背中に隠れこむミラノ。
悔しそうにギリギリと歯軋りをしながら、クワトロはミラノを睨みつけた。
「……許さない。僕の邪魔をする奴は許さない……」
攻撃を邪魔されたクライムは、俯きながらまるで呪詛の言葉のようにブツブツと何かを呟いている。
「罪深い罪人め! 僕の邪魔をする奴は死刑だ! 僕が、この手で裁いてやる!」
クライムの両腕の袖から、大きな鉄の爪が付いている甲がジャキンと飛び出した。
狂気の目を血走らせながら、クライムはミラノのことなどお構いなしに、クワトロに切りかかって行く。一方のクワトロは、戦う気は無いのか防戦一方だ。そんな二人の戦いをミラノは楽しそうに見つめていた。
そこへ、雄たけびをあげながらミラノに向かってくる三人組の男たちがいた。ボルシチたちである。だが、ミラノはチラリとボルシチたちを見ただけで、すぐに視線をクライムたちに戻す。彼らには、まるで興味が無いと言った様子だ。
「舐めるなでヤンス!」
ペリメニが、懐から取り出した魔宝具『十得ナイフ』をミラノに向かって投げつけた。
放たれた十得ナイフは、数十本に分裂しミラノを襲う。だが、彼女に刺さる直前、突然ナイフは勢いを無くし空中で止まった。
「な……?」
驚くペリメニを尻目に、今度はピロシキが背中から取り出した魔宝具『伸びる棒』をミラノに向かって突きつけた。伸びる棒は、グングンと伸びてミラノに突っ込んでいく。しかし、十得ナイフ同様、ミラノにぶつかる瞬間、まるで目に見えない壁に遮られているかのように勢いを無くし弾き返された。引き戻そうと伸びる棒を引っ張るピロシキだが、何かに掴まれたかのように動かない。十得ナイフも、ミラノの目の前で宙に浮いている。
「あ、兄貴~」
情けない顔で、ペリメニとピロシキがボルシチを見る。
「相手も魔宝具使いだってことは先刻承知済みよ。だがな、どんな魔宝具を使っていようが、この『ビッグハンマー・グレート』の前では無駄だ。全て叩き壊してやるぜ!」
ボルシチが飛び上がり、そのままの勢いで巨大な金槌ビッグハンマー・グレートをミラノに向かって振り下ろした。だが、その攻撃も見えない何かに阻まれ跳ね返された。
「ぐおっ?」
弾き返された勢いで、思わず魔宝具を手放したボルシチは、その場に背中から倒れる。ハンマーは、他の魔宝具と同様にミラノの目の前で宙に浮いていた。
ミラノは、目の前に浮いている魔宝具を呆れた顔で見つめた。
「こんなくだらない魔宝具で、私に立ち向かってくるなんて……。やれやれ、しばらく大人しくしていた間に、人間どもは私の恐ろしさを忘れてしまったみたいね……」
ミラノは、倒れているボルシチに向かって、フーッと口から白い煙を吹きかけた。そして、口元を引きつらせると、まるで猛禽類が獲物を見据えるかのような目でボルシチを睨みつけた。
「思い出させてあげる……。恐怖と、絶望と、死の味を……」
その顔を見た、ボルシチは体の奥底から恐怖を感じた。
こ、こいつはヤバすぎる……!
慌ててその場から逃げようとしたボルシチだが、何故か身動きができない。見ると、ミラノが吹きかけた白い煙が、まるで蜘蛛の糸のようにボルシチに絡みついている。
「あ、兄貴~!」
見ると、ペリメニとピロシキも同じように白い煙に捕らわれていた。先ほど、ボルシチたちの攻撃を受け止めたのも、どうやらこの白い煙のようだ。
「魔宝具『女郎蜘蛛のキセル』。この煙に捕われたが最後、獲物は捕食されるまで身動きができなくなるのよ……」
フーッと煙を吐き出し、邪悪な笑みを浮かべながら、怯えるボルシチたちに歩み寄っていくミラノ。すると、ミラノの足元の影が突然ガパッと巨大な口を広げ、凶悪な歯をガチガチと掻き鳴らし始めた。
「ひ、ひぃ~! た、助けて~!」
必死に逃げようとするボルシチたちだが、もがけばもがくほど白い煙に絡まり、ますます身動きが取れなくなっていく。
そんな泣き叫ぶボルシチたちに、影は無情にも大口を広げ迫りくる。
「た、助けて~! 神様~!」
――バンッ!
その時、突然の銃声が鳴り響いた。と同時に、ボルシチたちの目の前まで迫っていた影が、風船のように膨れ上がり破裂した。
「あんな奴ら、放っておけばええのに」
「何を言っているの! そう言うワケにもいかないでしょ!」
聞き覚えのある声に、ボルシチたちは涙目になりながら振り向く。
そこには、金色の髪をなびかせ銃を構える少女トライと、酒場でボルシチたちをボコボコにした、憎っくきあの少年魔宝使いバッツがいた。




