第二十四話 魔導人形
部屋の中央で、互いに睨み合い、対峙する三対三。
ピリピリと、一触即発の張り詰めた空気が場を制圧していく。
迂闊に動けば、それが命取りになりかねない状況。互いに相手の隙を伺い、出方を待つのかと思われたその時、先に仕掛けたのはクライムだった。
「まずは、お手並み拝見させてもらおうかな? 唸れ! 『風の指輪』!」
クライムが空気を切り裂くように両手を交差させると、突然部屋中に突風が吹き荒れ、それと同時に無数の風の刃がバッツたちに襲いかかってきた。だが、バッツは余裕の表情を浮かべながら、嵐の扇を構えた。
「ハッ! またそれかい。まったく芸の無い奴や。そんな攻撃、ワイには通じへんって、さっき分からへんかったんかい! 風よ巻き起これ! 『嵐の扇』!」
バッツが嵐の扇を振りかざすと、彼らの目の前に巨大な竜巻が現れ、迫り来るクライムの攻撃を飲み込んだ。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるバッツ。だが、次の瞬間、その笑みが氷ついた。
「なっ?」
突如その竜巻を突き破り、バッツの目の前に無数の鋭い氷の槍が飛び出してきた。コルダが、クライムの風に乗せて放った攻撃だ。
自分の起こした竜巻が死角となっていたため、突然現れたその氷の槍にバッツは面を食らった。だが、その氷の槍は、響き渡る銃声と共に、バッツの目の前で粉々に砕け散った。
「油断大敵よ、バッツ」
銃を構えたトライが、バッツに向かってニコリと微笑んだ。
バッツは、助けてもらった感謝の気持ちと、油断した自分に腹が立つ気持ちの両方が入り交ざったような複雑な顔でトライを見た。そして、すぐにトライの背後に佇む黒い影に気がつき、その顔を引きつらせた。
「危ないトライ! 後ろや!」
「え?」
トライが振り向くと同時に、その黒い影、黒騎士ゼルドは彼女に向かって、その手に持つ巨大な斧を振り下ろした。
金属同士がぶつかる激しい音が部屋に響き渡る。
「油断大敵だよ、トライさん」
しりもちをついているトライを背に、ゼルドの攻撃を剣で受け止めたスクエアは、ニコリといつものビューティフルスマイルを見せた。
「この!」
リュックから杖を取り出したバッツは、その先をゼルドに向ける。だが、鉄の爪を振りかざしたクライムが、そうはさせまいとバッツに飛び掛ってくる。
「アーッハッハッハ! キミの相手はこの僕だ! よそ見している暇は無いよ!」
「ちっ!」
バッツは、クライムの攻撃を杖で受け止めた。
触れそうになるくらいの至近距離で、二人は互いの武器を交差させながら睨み合う。
「バッツ!」
トライは、沈黙の銃の照準をクライムに合わせた。だが、その銃口はトライの腕ごと突然凍りつく。
「邪魔はさせません」
氷結のレイピアを突きつけながら、コルダがトライに向かってきた。
寸での所で、転がりながらその攻撃をかわしたトライは、床に腕を叩きつけて氷を割ると、コルダに向けて銃の引き金を引いた。だが、パスンパスン言うだけで銃からは弾は飛び出さない。
「かーっ! 本当にもう! 勘弁してよね!」
そんなピンチに陥っている二人を横目で見ながらも、スクエアは助けに行けずにいた。それは、目の前に立ちはだかる黒騎士ゼルドが、彼の予想を遥かに超える実力の持ち主だったからだ。
窓をぶち破り、柱を叩き折り、床を切り崩し、まるで台風のように斧を振り回しながら、ゼルドは執拗にスクエアを狙ってくる。スクエアは、距離を取りながらその攻撃をかわしているが手を出すことができない。なんとか反撃を試みたいところだが、大振りながらも流れるようなゼルドの攻撃には中々打ちいる隙が無かった。
「メビウス様に歯向かう罪深い罪人どもめ。この僕が裁いてあげるよ! もっとも、判決は死刑って決まっているけどね!」
「そんな判決はお断りや。不起訴にさせてもらうわ」
バッツは杖の先端をクライムに向けた。その先端には年老いた竜の首がついている。
それを見たクライムの表情が、一瞬強張った。
「くっ! 古代竜の杖か!」
「頼んだで、フレイム爺ちゃん!」
「ワシの出番じゃああああああっ!」
バッツの呼び声と共に、竜の目がカッと見開かれた。と同時に、大きく開かれたその口から、燃え盛る巨大な火の玉が吐き出された。
「う、うわああああああっっっ!」
至近距離から、その攻撃をまともに食らったクライムは、炎上しながら吹き飛んだ。
炎に包まれ倒れているクライムを背にし、バッツは「へっ」と鼻で笑った。
「お前とは、踏んだ場数が違うんや。舐めるやないで、クソガキ」
そのままメビウスに向き直ったバッツは、ビシッと彼女に向けて杖を突きつける。
「おい姉ちゃん。こいつらを連れて元の世界に帰りや。あんたが魔導門を復活させ、何を企んでいるかは大体予想つくけど、地上には地上の生活があるんや。部外者が干渉するのは野暮ってなもんやで」
だがメビウスは、優しい目を湛えたままバッツを見つめている。
「フフフ。ご忠告をありがとう、バッツさん。でも、それはあの子との戦いに勝ってから聞こうかしら?」
「何言うてんねん、勝負ならすでに……」
「バッツ! 危ない!」
トライの叫ぶ声と同時に、突然バッツの背中に衝撃が走った。
「な、なんやと……?」
完全に不意をつかれたバッツは、ガックリとその場に片膝をつく。背中の痛みを抑えながら、ゆっくりと後ろを振り向くと、そこには、焼け焦げたボロボロのローブを見に纏ったクライムが佇んでいた。
「アハハ、さっきのはちょっとだけ驚いちゃったよ。でも、ざんねーん。僕を倒すには、あと一歩及ばなかったみたいだねぇ」
「な、なんでや。あれをまともに食らって無事なハズが……」
そこまで言いかけた時、バッツはクライムの服の下から覗く体を見て、驚きの表情を浮かべた。クライムの服はボロボロになっていたが、その下の体には外傷が一つも無い。それもそのはず、服の下から覗くツギハギだらけの体は鉄でできており、およそ人間の物ではなかったのだ。
「そ、そうか……お前は……」
バッツの言葉に、クライムはニィと口元を歪めた。
「そうさ、僕はメビウス様に作られた魔導具! 魔導人形クライムだ! ちょっと気がつくのが遅かったみたいだねぇ! アーッハッハッハ!」
狂気の笑みを浮かべながら、クライムは手をバッツに向けた。すると、手首の先がポロリと外れ、中から銀色に光り輝く大砲のような物が飛び出した。
「これは、僕の持つ魔導具の中でも、最も凶悪で強力な魔導具『プロミネンスキャノン』。こいつでキミにトドメを刺してあげるよ。これは、下手な大砲よりも威力があってね、キミなんて、跡形も無くなっちゃうんじゃないかな? アハハッ」
傷つき横たわるバッツを見つめながら、クライムは残忍な笑みを浮かべると、ペロリと舌舐めずりをした。その表情は、狂気と歓喜に満ちていた。
「バッツ!」
「バッツくん!」
バッツのピンチに、見かねたトライとスクエアが走り寄ってきた。
「僕の邪魔をするなあああああっ!」
激昂と共にクライムの体から噴出した白い煙が、駆け寄ろうとしたトライとスクエアにまとわりついた。白い煙は、まるで蜘蛛の糸のようになり、二人の体を拘束した。
「こ、これは……!」
驚くトライに、クライムは懐から女郎蜘蛛のキセルを取り出して見せた。
「悪いけど、キミたちは大人しくそこで黙って見ていてよ。すぐに彼の後を追いかけさせてあげるからさぁ! アーッハッハッハ!」
全ての希望を絶望に変える、狂気の笑い声が部屋中に響き渡った。