第二十三話 黒い女王
街は混乱に陥っていた。
街の住人達は、遺跡内から突如飛び出した巨大な扉、魔導門を見上げながら、驚きの表情を浮かべている。
「な、なんだありゃ……? あんな物が遺跡から出てくるなんて、一体この国はどうなっちまうんだ?」
スクエア亭の主人シェイクは、窓から見える魔導門の姿を見て、不安げに言った。
隣で佇むステアも、禍々しい雰囲気のその扉を見て、表情を強張らせている。
「バッツさん……」
ステアの脳裏に、バッツの笑顔が蘇る。
不安を掻き消すように首を振ったステアは、祈るように手を合わせ、その場に跪いた。
「神様、どうかバッツさんたちをお守り下さい……」
◆◇◆◇◆◇
城塞都市レクタングルの王城フォースキャッスル。その最上階にある、王の間のバルコニーから、この光景を満足そうに眺める一人の女が居た。
真っ白なドレスに身を包んだその女は、細く長い絹のような黒髪をかきあげると、その優しげな顔に相応しくない、亀裂が走ったような鋭い笑みを浮かべた。
「見て御覧なさい。あれが、新たな世界の始まりへと続く希望の扉です。あれが開かれた時、我らの栄光が再び蘇るのですよ」
女は白く細い指先で、魔導門を指差す。
傍らに控えていた黒鎧の騎士は、無言で頷いた。
「ただいま、戻りました」
「マスター! 僕、頑張ったよ! えらい? えらい?」
その時、静寂な王の間に、二人の若い声が響き渡った。コルダとクライムだ。
女は振り向くと、二人に向かって優しげにニコリと微笑んだ。
「どうやら、首尾よく行ったみたいですね……。二人とも、ご苦労様でした」
コルダは無言で頷き、クライムはパッと顔を輝かせた。
「リーゲルはどうなりましたか?」
「始末しました」
淡々と答えるコルダに、女は玉座に腰掛けると満足気に頷いた。
「それが傑作なんだよマスター。あいつったら、最後までこの国の王になるなんて言っていてさ。馬鹿だよね、これから始まる新世界に、地上人なんて一人として生かすつもりなんてないのにさ! アハハ!」
ケタケタと、無邪気に笑うクライムの声が部屋に響き渡った、その時だった。
突如、部屋の天井付近に複数の人間が現れた。彼らは、もみくちゃになりながら、そのまま床に落ちてきた。
「あいた~。ちょっとバッツ! なんであんな場所に転移したのよ! おかげで腰を打っちゃったじゃない! ……って言うか、ボルシチ! アンタってば、ドサクサに紛れて、いったいどこ触ってるのよ!」
「いやー、ちょいと座標を間違えた見たいやな……すまんすまん」
背中の上で暴れているトライに、バッツは頭を掻きながら、バツが悪そうに答えた。
「お、お前たち……何故ここに……」
突然現れたバッツたちの姿を見て、クライムは驚きの表情を浮かべた。
バッツは、スクッと立ち上がると、自分たちを取り囲んでいる丸い帯を手元に引き寄せる。するとそれは、みるみるうちに縮小し、元の腕輪へと姿を変えた。
「魔宝具『転移の腕輪』。こいつで、お前の魔力を辿ってここまで来たんや。それにしても、いったい何処やここは? なにやら見覚えある場所みたいやけどな……」
腕輪を嵌めながら、バッツはキョロキョロと辺りを見渡している。
「ここは……王の間ですわ」
バッツの疑問には、複雑な表情を浮かべたダイアが答えた。
その隣では、険しい表情をしたスクエアが、玉座に座る女を見据えている。
女は、憂いある瞳でスクエアたちを見つめながら、以前と変わらない自愛溢れる笑顔を見せた。そう、そこに座っていたのは、レクタングル国の王妃、メビウスだった。
「お兄様、まさかお義母様が……」
不安げな表情で見上げるダイアに、スクエアはコクリと頷く。
「そうだ、彼女が今回の一連の事件の首謀者さ」
メビウスは、玉座に腰掛けながら、スッとスクエアに向かって指を突きつけた。
「クライム」
「は、はい!」
突然メビウスに名前を呼ばれ、驚いたクライムはピシッと直立不動で返事をした。
「いつも言っているでしょう? 後片付けは、きちんとしなさいと。見て御覧なさい、オモチャがまだそこに残っていますよ」
その言葉を聞いたクライムは、パッと顔を輝かせた。
メビウスは、自分に奴らを片付けろと言っている。奴らを仕留め損なった汚名を返上する機会を与えてくれているのだ。
「アハハ! 見ていてメビウス様! あんな奴ら、すぐに片付けて見せるからね!」
歓喜の表情を浮かべながら、クライムは両手を前に突き出すと、躊躇無くスクエアに向かって無数の風の刃を放ってきた。
だがその攻撃は、突然現れた巨大な竜巻によって打ち消される。
「……やるじゃない、キミ」
「こんなの朝飯前や」
そこには、嵐の扇を構えるバッツの姿があった。
パチンと扇をたたんだバッツは、気だるそうにコキコキと首を鳴らす。
「……ったく、ホンマ面倒なことに巻き込まれたわ。さっさとこんな戦い終わらせて、ワイは魔宝具探しに行かせてもらうで」
ずいっと前に歩み出たバッツは、クライムを睨みつける。それに合わせてクライムも一歩前に出た。
「さすがバッツさん。あの戦慄の魔女ミラノを退けただけのことはありますね。コルダ、ゼルド、クライムのサポートを」
「かしこまりました」
メビウスに言われ、コルダとゼルドがクライムの両隣に歩み寄る。そんな二人に、クライムは露骨に嫌そうな顔を見せた。
「ちぇ。こんな奴ら、僕一人で片付けてやるのに……。そんなに僕って信用無いのかなぁ」
「フフフ……。これも仕事ですから」
薄い笑みを浮かべ、コルダは氷結のレイピアを構える。
ゼルドは、無言で背中から巨大な斧を取り出した。
「バッツ、私も手伝うわ」
「当然、僕もね」
バッツの両隣には、トライとスクエアがそれぞれ武器を構え陣取る。
「別に後ろで隠れててもええで。こんな奴ら、ワイ一人で十分やさかい」
「そうしたいのは山々なんだけど、これは僕の戦いでもあるからね。黙って見ている訳には行かないさ」
「私は人に借りを作るのが嫌いなのよ。ここいらで、まとめて返済しておかなくちゃね」
二人は、バッツに向かってニコリと微笑みかけ合図を送る。
バッツは、ニヤリと了承の笑みを見せた。
「ダイア王女の護衛は、俺たちに任せとけ!」
「任せるニャ!」
バッツたちの後方から、やたら威勢のいい声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはボルシチたちとペケが、彼らの遥か後ろでダイアを取り囲むようにして待機しているのが見えた。
「い、いつの間に……。ま、最初から期待していなかったからいいけどさ……」
タラリと額から汗を垂らし、トライは、ハハハと乾いた笑いを見せた。
「お兄様、頑張って!」
ダイアの声援に、スクエアはニコリとビューティフルスマイルを見せた。




