第十九話 裏切者
螺旋状になっている長い階段を降りると、目の前に大きな扉があった。
「着きましたわ、ここですのよ。この先に、例の魔宝陣があるハズですわ」
そう言ってダイアは扉を押そうとした。が、あまりに扉が大きすぎて、ダイアの力では開ける事ができない。
「何しているのですか、みなさん。こんな重い扉を私一人で動かせとでも?」
慌てて皆がダイアの元に集まり、ゆっくりと扉を押し開けた。すると、中から青白い光が溢れてきた。皆は、扉の奥へと進んだ。
「な、なんなの、ここは?」
トライの驚きの声が部屋に響き渡る。そこは、ただっぴろい空間だった。
遺跡の外見からは、想像できないその広さに、トライは驚いた顔で辺りを見渡している。
その中央の床に、誰の目から見ても明らかなものがあった。
青白い光を放ち、その中心に五芒星の模様を描く巨大な円。それこそが、この遺跡と地底界を繋ぐ忌まわしき魔宝陣に違いない。
「これが地底界からモンスターを呼び出している魔宝陣ですわ。でも、どうやったらこの魔宝陣を消せるのかしら?」
魔宝陣を見つめながら、ダイアは首をかしげた。
「恐らく、近くにこの魔宝陣を作り出している魔宝具があるはずです。それを破壊すれば、この魔宝陣も消えるはずです」
遺跡に入ってから一言も喋らなかったコルダが、その口を開いた。
「何故そのようなことを知っているのですか?」
「これも仕事ですから。あらかじめ文献で調べておきました」
驚くダイアに、コルダは淡々と答えた。
辺りを見渡すと、確かにコルダの言った通り、魔宝陣を囲むようにして五つの奇妙な装置が床に置かれているのが見えた。青白い光の線を放つそれは、個々が魔宝陣の模様である五芒星の一辺を描いている。
「あれを破壊すれば任務完了ってワケだな」
「これで僕ちゃんたちも晴れて騎士の仲間入りでヤンスね。後は、この遺跡に眠る魔宝具でもゆっくり漁るでヤンスかねぇ、なぁピロシキ?」
「へい」
さきほどまで、あんなにビクビクしていたボルシチたちだが、今ではすっかり元の調子に戻っていた。どうやら、目的達成を目前にして緊張が解けたらしい。全く単純な連中であった。
ボルシチたちは、ゆっくりとその魔宝具に近づき、手を伸ばそうとした。
「ちょい待ちや!」
突然、彼らの背後からバッツ怒鳴り声が聞こえた。
「ど、どうしたのバッツ、そんな怖い顔をして……」
普段のひょうひょうとした顔と違い、険しい表情を見せるバッツに、トライは不安になって声をかけた。
「……これは魔宝陣やない、結界魔宝具によって作られた結界陣や」
「結界魔宝具?」
皆は、不思議そうな顔を浮かべた。
「ああ、こいつはな、強大な何かを封印する時に使う魔宝具や。しかも、これは相当強力な結界魔宝具を五つも使って封印しとる。どうやら、ここにはとんでも無い何かが封印されているようやで?」
「ですが、確かに文献では地上界と地底界を繋ぐ魔宝陣があると書かれていました。これ以外に魔宝陣らしきものは見当たりませんが……」
リーゲルの言葉に、バッツはピクリと眉をひそめた。
「なんやおっちゃん。ワイの言っとることにケチつけるんかい?」
「い、いえ、そ、そんなことはありませんが……」
ギロリと睨みつけるバッツに、リーゲルはタジタジになりながら後ずさる。
そんな二人のやりとりを見ながら、スクエアはふぅと溜息をついた。
「まぁ確かに遺跡内にモンスターは居なかったし、今となっては本当にモンスターを呼び出す魔宝陣がこの遺跡にあったのかも怪しいよね。それに、もしバッツくんの言う通りこれが魔宝陣では無く、何か危険な物を封印している結界だとしたら、うかつに触らない方が賢明だと思うよ」
「し、しかし……」
スクエアは、ニッコリと微笑むと、しつこく食い下がるリーゲルを見つめた。
「それとも、この結界が破壊されないと、何か困る理由でもあるのかな?」
「い、いえ……」
スクエアと視線が合ったリーゲルは、気まずそうに目をそらした。
「てことは、これで任務達成? なーんだ、案外簡単だったわね」
トライは拍子抜けた様子で、ふぅと短く溜息をついた。
とその時、トライの足首が突然何者かに捕まれた。
……なんだろう、またペケかしら?
そう思ったトライだが、すぐにそれは間違いだと気がつく。何故なら自分のすぐ横で、ダイアに頬擦りされて、もがいているペケの姿が見えたからだ。
じゃあ、誰?
不思議に思ったトライは、ゆっくりと足元に目をやる。そこには、地面から伸び出た手が、彼女の足をガッシリと掴んでいるのが見えた。
「ひ、ひええええええええっ! な、何よこれ!」
トライが叫ぶと同時に、そいつらは、まるで地面から生まれるかのように、次々とその姿を現した。それは、全身土でできた人間ほどの大きさを持った土人形だった。
穴が空いているだけの、窪んだ光の無い目で見つめながら、土人形たちは無言でバッツたちに襲い掛かってきた。
「や、やっぱりこれは、地底界からモンスターを呼び出す魔宝陣だったんですよ!」
リーゲルは慌てふためきながら、辺りを逃げ回っている。そんなリーゲルを庇うようにコルダは手にしたレイピアで、土人形どもを追い払っていた。
「きゃああああああああああっ! 危ない! お兄様!」
「スクエア、後ろニャ!」
ダイアとペケの叫び声が遺跡内に響き渡る。
スクエアは、後方から襲い掛かってきた土人形の攻撃をかわすと、すれ違いざまに剣を振り下ろし、その体を真っ二つに引き裂いた。だが、二つに分かれた土人形は、それぞれ足りない部分を地面から補充し、再び立ち上がってくる。
剣を構えながら、スクエアはダイアとペケを庇うように前に立ちはだかった。
「大丈夫か二人とも。いいかい、決して僕の側から離れないようにね」
「はい、お兄様」
「了解ニャ! ほんと、バッツと違ってスクエアは、頼りになるニャ~」
嫌らしい笑みを浮かべ、ペケは手もみをしながらスクエアをヨイショする。
そんなペケの頭に、どこからともなくカンッと杖が飛んできた。
「ったく、あのクソ猫が。なに好き勝手なことを言っとんねん」
「ちょっとバッツ! この手、なんとかしてよ~! 気持ち悪い~!」
「はいはい」
ガッチリとトライの足首を掴み、離そうとしないその手をバッツは無造作に引きちぎる。
「おい、お前らも手伝ってくれよ! 一体なんなんだよ、この怪物どもは!」
巨大な金槌で、地面から次々と湧き出る土人形をまるでモグラ叩きのように叩いているボルシチが叫んだ。ペリメニとピロシキも必死に戦っている。
「こいつらは、魔導生物『クレイドール』。戦闘力は低いんやけど、倒しても倒しても何度でも蘇る土人形どもや。こいつは、まともに戦ってもらちがあかん。操っている奴を倒さないとキリが無いで」
「操っている奴?」
「まぁ、見とれや」
不思議そうにしているトライをよそに、バッツはリュックから手袋のような物を取り出した。そして、それを嵌めると、おもむろに地面にバンッと手を当てた。
「魔宝具『石柱の篭手』! 我が声に答え、奴らを刺し貫け!」
バッツの叫び声に反応し、手袋のバックルが光輝く。すると、突然地面や石壁から鋭利な石柱が飛び出し、クレイドールを刺し貫いた。地面の中に潜むクレイドールも余すことなく、その石の槍は次々と奴らを貫きながら飛び出してくる。そして、その攻撃は、逃げ回っていた一人の男にも及んだ。
「な?」
突然足元から襲ってきたその攻撃に、リーゲルは驚愕の表情を浮かべた。だが、間一髪、コルダに突き飛ばされ難を逃れる。
戦いは、バッツの活躍で一瞬で終わった。
先程まで湯水のごとく湧いて出てきたクレイドールたちは、ピタリと出てこなくなり、場に静寂が訪れた。
「す、凄いですわ……」
まるで、モズのはやにえのように串刺しになっているクレイドールを見つめながら、ダイアは感嘆の声をあげた。
「あいつは口と性格は悪いけど、腕だけは確かニャ」
つまらなさそうに口を尖らせながら、ペケはバッツを見つめている。
バッツは、トライに良くやったと褒められながら、小突かれていた。
そんなバッツの姿に、ダイアは思わず頬を赤らめながらボーっと見とれてしまっていた。そして、ハッとした表情になると、ブンブンと首を振った。
……嫌ですわ、何を私ったらぼーっとしていたのかしら。これぐらいの敵でしたら、お兄様一人でも倒せたハズですわ。そうですわ、バッツったらお兄様の見せ場を取るような真似して、本当余計なことをしてくれましたわ!
「な、な、な、何をするのですかバッツ殿! 危うく私も串刺しになるところでしたよ!」
その時、リーゲルの怒声が部屋に響き渡った。
「残念、外したか……」
バッツは、残念そうにチッと舌打ちをする。
そんなバッツの態度に、リーゲルは声を荒げて抗議した。
「ちょっと! 『外したか……』って何ですか! あなた、最初から私を狙っていたとでも言うのですか!」
「とぼけても無駄だよ、リーゲル」
「ひっ!」
突然リーゲルの首筋に剣が添えられた。
見ると、剣を構えたスクエアがリーゲルの背後に佇んでいた。
「よく観察していると、君にだけあの土人形は襲い掛かっていなかった。うまく逃げ回って誤魔化していたみたいだけど、バレバレだよ」
抑揚の無い迫力のある声で、スクエアが言った。
「さて、そろそろ本当のことを話してもらおうか?」
「な、なんのことでしょうか……わたくしには、さっぱり……」
怯えた表情で、リーゲルはタラリと額から汗を流した。
スクエアは、懐から封筒を取り出すと、それをリーゲルに見せた。
「この手紙に見覚えがあるだろう? 僕の名前でこの手紙は書かれているが、僕はこんなモノを書いた覚えは無い。これは、僕の筆跡を真似てキミが書いた偽手紙だ」
「な、なんですかそれは? そんな手紙、私は見たことも聞いたこともありませんよ! 証拠はあるのですか? 私が、その手紙を書いたと言う証拠は! いくらスクエア様とは言え、変な言いがかりをつけるのは、やめて頂きたいですな!」
「証拠か……。証拠ならあるよ」
そう言ってスクエアは、懐からもう一枚の紙を取り出した。
その紙を見たリーゲルは青ざめた表情を浮かべる。
「これは、今回のミラノ遺跡探索に参加したメンバーのリストだ。これには、今回参加したハンターたち以外に、キミとコルダ、それにダイアと僕の名前が記載されている。そして、これを書いたのはリーゲル、確かキミだったな」
「う……」
「そして、この偽手紙の最後に書いてある僕のサイン。筆跡を見比べてみようか。このリストに書かれている僕の名前と」
「じょ、冗談じゃない!」
スルリとスクエアの手から離れたリーゲルは、顔面蒼白になりながら距離を取った。
「たまたま筆跡が似ていたからって、犯人扱いされてたまるものですか! 私はね、あなた方が居ない間、この国をずっと守ってきたんですよ! それを感謝こそされ、こんな恩を仇で返すような真似、酷すぎるじゃありませんか! 大体、なんで私がわざわざスクエア様の筆跡を真似て、ダイア様に手紙を書かなくちゃならないのですか! そんなことをしたって、私には何の徳にもなりませんよ!」
肩で息を切らしながら、リーゲルはまくしたてるように言った。
すると、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。
「プププ、おっちゃん。今、自分で何を言ったのか、わかっとるのか?」
笑い声の主はバッツだった。バッツはリーゲルを指差し、馬鹿にしたように笑っている。
「スクエアの兄ちゃんは、一言も『その手紙が誰宛に送られたか』なんて言ってないんやで? 見たことも聞いたことも無い手紙のハズやのに、なんでおっちゃんが、その手紙がダイア宛に送られたことを知っとるんや?」
「あ……」
大口を開け、リーゲルは唖然とした表情を浮かべた。
「こんな初歩的な誘導尋問に引っかかるなんて、ベタ過ぎるわ。おっちゃん、悪役を演じるなら、もう少し演技の練習をしてきた方がええな」
皆の訝しげな視線が、リーゲルに集中する。
「そう言うことだ、リーゲル。キミが何故、僕の名を語ってダイアを呼び出したのかは知らないが、それが原因で彼女が危険な目に晒されたのは紛れも無い事実だ」
冷たくスクエアに言われ、リーゲルはガックリと膝を落とし項垂れた。
そんなリーゲルをダイアは肩を震わせながら見つめた。
「まさか……、あなたが私宛に偽手紙を書いたと言うのですか? あの場所に私を呼び出し、怪物に襲わせたのもあなたの仕業だと言うの? どうして、どうしてそんなことを!」
額を抑えながら、リーゲルは困ったように首を振った。
「ふぅ……参りましたねぇ。どう説明すればいいのやら……あのお方に」