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第十八話 ミラノ遺跡探索

 遺跡の入り口は、前回の戦いで大きく損壊していたが、少し進むと手入れされた石壁が見えてきた。

 トライは、キョロキョロと辺りを見渡しながら、ポツリと呟いた。

「ふぅん。案外、中は明るいのね。もっと暗いかと思っていたけど」

 遺跡内には窓が無く、光が一切入ってこない作りになっている。だが、何故か中は明るい。先頭集団の持つ松明の明かりのせいもあるが、どうやらそれだけではないようだ。その原因は、壁から放たれる淡いエメラルド色の光が、遺跡内を照らしているからだった。

「なんで壁が光るのかしら? 光を放つ魔宝具でも埋め込まれているのかしら?」

「それは、こいつのせいや」

 バッツは遺跡の壁に付着している、淡い光を放つコケを指先で掬い取った。

「これは光ゴケ。体内にあるレンズ状の細胞で、僅かな光を反射し発光させる珍しいコケや。本来、こいつは地底界のみに生息しているコケやけど、どうやら呼び出されたモンスターに付着し、ここで繁殖したみたいやな」

 スラスラと語るバッツをトライは感心した様子で見つめた。

「へぇ~色々詳しいのね。本当、あんたってば、一体何者なの?」

「だ、か、ら、何度ワイに自己紹介をさせれば気が済むんや! ワイの名はバッツ! 千の魔宝具を操り、千と五十を生きるサウザンド魔宝使いバッツ様とは、ワイのことや!」

「なーにが千と五十を生きるですか。千年以上も生きていて、そんなちんちくりんなワケないですわ。どーせ嘘をつくなら、もっとマシな嘘をついたらどうです?」

 バッツの前を歩いていたダイアが、振り向きもせずに言い放った。

 その言葉に、バッツはムッとした表情を見せる。

 スクエアは、コツンとダイアの頭を小突いた。

「ダイア、なんでそんなにバッツくんに冷たい態度をとるんだ? 確かにバッツくんは、ちんちくりんで生意気なクソガキだが、あれでもお前を助けてくれた恩人なんだぞ?」

「わ、私はそこまで言ってませんわ……」

 スクエアに叱られ、ダイアはシュンと項垂れると、チラリと後ろを振り向いた。

 バッツは、不機嫌そうにブツブツと何か文句を言っている。

「バッツ、その姿で言っても、誰も信用してくれないニャ」

「けっ」

 ダイアに抱かれているペケが、バッツに向かって諭すように言った。

 自分を見ているダイアに気がついたバッツは、ふんっとソッポを向いた。

「すまないな、バッツくん。アレには後から僕が言っておくから」

 隣にやってきたスクエアが、こそっとバッツに耳打ちした。

「ホンマ、ムカつく女やで! ことあるごとにワイに喧嘩をふっかけおってからに! なんでアイツなんかを連れてきたんや。道案内なんて、本当は嘘やろ。何か別に理由があるんとちゃうか?」

 バッツのその言葉に、スクエアは一瞬驚いた表情を見せた。

「……相変わらず、するどいねキミ」

「ふん、長年生きとるとな、妙なカンだけ冴えてくるんや。なんや、アイツを一人にしておくとマズイことでもあるんかい」

「……ちょっとね。城に一人で置いておくのは危険だからさ。まぁ、こっちも十分危険だけど、僕も側にいるし、それにバッツくんもいるしね」

 そう言ってスクエアは、ニコリとお得意のビューティフルスマイルを見せた。

「ふん、調子のいい男やな。まぁ、なんで城が危険なのか知らへんけど、自分の妹のお守は自分でするんやで。ワイをあてにすんなや」

「フフフ、あてにしてるよ、バッツくん」

 一方、先ほどからダンマリを決め込み、注意深く進んでいるのは、ボルシチたちだ。彼らは、何かを警戒するかのように、キョロキョロと辺りを見渡している。

 そんなあからさまにおかしい態度を不思議に思ったトライは、ボルシチたちに話しかけた。

「一体どうしたの、今日は随分と大人しいじゃない? あんたたちらしくないわね。いつもだったら、先頭を真っ先に突き進んで暴れているハズじゃないの」

「いや、また何か起きそうな気がしてよ……」

 どうやらボルシチたちは、前回の戦いを思い出していたようだ。

 前回、いの一番で遺跡内に突入したボルシチたちは、いの一番でミラノの攻撃を受け酷い目にあっていた。そのことがトラウマになってしまったのか、彼らは列の最後尾につき、ゆっくりと慎重に歩いていたのである。

「馬鹿ねぇ。そうそう同じようなことが起こるワケないじゃない。大体、ミラノはもういないんだし、そこまで心配しなくても大丈夫でしょ」

 彼らのチキンぶりに、トライは呆れた顔を見せると、ドスッと軽くボルシチの鳩尾を叩いた。ゴホゴホと咽ながら、ボルシチは引きつった笑みを見せた。


◆◇◆◇◆◇


 そして、遺跡に入ってから数時間後。

 ダイアの道案内で進んでいた一行は、未だ遺跡の中を彷徨っていた。

「あれ? こっちでしたかしら? それともこっち?」

 とある分岐点に差し掛かったところで、ダイアは首をかしげた。

 皆の疲れた視線がダイアに集中する。

 そして、彼女はしばらく考えた後、ポンと手を叩き……。

「まいっか。多分こっちですわ」

「ちょっとまてーい! 多分ってなんだ!」

 明らかに適当に道を決めて進もうとするダイアに、皆から一斉に不満の声があがる。

 ダイアは振り向くと、テヘッと舌を出し可愛い仕草を見せた。だが、誰一人として笑う者はいなかった。

 遺跡の中は、恐ろしく入り組んでいて複雑怪奇な作りになっていた。しかも、道案内人であるはずのダイアが、全く役に立たないものだから始末に置けない。いや、役に立つどころか、適当に進んでいく彼女のナビは、さらに現状を悪化させている。同じところをグルグルと回らされ続けた彼らの疲労は、すでにピークに達していた。

「ったく、お前は一体何しにきたんや。少しぐらいは人様の役に立てや」

 ダイアの背後で、疲れた顔のバッツが言った。

「ちょっと寄り道しただけですのに、うるさいですわ。男のくせに、細かいことにこだわらないで欲しいですわね」

 少しも気にした様子も無く、ダイアはふんっとソッポを向いた。

 バッツは、ギリギリと歯軋りをしながら、今にも飛び掛りそうな形相でダイアを睨み付けた。

「すまんな、バッツくん。アレには、僕からちゃんと言っておくから……」

 ワナワナと怒りに震えるバッツの肩をスクエアは宥めるようにポンポンと叩いた。

 さて、これだけ長い時間遺跡を彷徨い続けていた彼らだが、未だモンスターとは遭遇していなかった。不幸中の幸いなのか、それとも別の理由があるのだろうか。

 彼らの頭の中には、その理由がぼんやりと浮かび始めていた。

 それは、そもそも魔女ミラノが居ない今、モンスターを呼び出す魔宝陣はこの遺跡に本当に実在するのだろうか? と言うことである。

 確かに、勇者スクエアが残した文献によれば、その魔宝陣の存在は記載されている。だが、それは今から百年も前の話であり、しかも魔宝陣を唯一見たと言い張るダイアはこの調子だ。本当に魔宝陣があったかどうかなんて、今となっては疑わしい話である。

「あ、ここですわ!」

 そう彼らが思っていた矢先、とある部屋に入ったところで、ダイアが突然声をあげた。

 その部屋は、他の部屋と間取りは一緒だったが、明らかに異なる点が二つあった。

 一つは、壁一面に描かれた奇妙な壁画。そして、もう一つは中央にある何も乗っていない台座。だが、それらがあるだけで、肝心の魔宝陣らしきものは見当たらない。

「何も無いようですが……」

 リーゲルが首をかしげて台座を覗き込む。

「ここに、例のキセルがあったんです」

 そう言いながら、ダイアは台座の前を通り過ぎると、真正面の壁に向かって歩いていった。そして、注意深く壁を触りながら何かを探し始めた。

 トライは部屋の石壁に刻まれている奇妙な壁画を興味深そうに見ていた。

 その壁画には、大勢の武装した人間と背から翼の生えた人間が、地面から這い出てこようとする黒い翼を持つ悪魔のようなものと戦っている様子が描かれていた。

「コレって何かしら? ねぇ、バッツ。アンタ知ってる?」

 トライが、バッツに尋ねた。

 バッツは当然と言った顔で答える。

「当たり前や、ワイを誰だと思っとるんや? 千と五十を生きるサウザンド魔宝使いと言えば、ワイのことやで? こいつは、地底人との戦いを描いたものや。トライも知っとるやろ? 今から千年前に起きた聖魔大戦の話くらい」

「ああ!」

 どうやら思い出した様子のトライは、パンと手を叩くと首を激しく縦に振った。

「えっと……。確か、地上支配を目論んだ地底人が地上に攻めてきて、地上人と天上人が協力してそれを撃退した……って内容だったよね?」

「ま、おおむね正解や。その詳しい内容が、この壁画に記されているで。ほれ、読んでみ」

 トライは、バッツが指差す壁画を改めて見てみた。なるほど、確かに壁画には。絵以外に何かの文字が刻まれている。だが、こんなグニャグニャした変な文字など見たことが無い。これは、一体どこの国の言葉だろうか。

 トライは「?」を浮かべ首をかしげる。そんなトライを見て、バッツはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「これは、天上界の言葉や。ま、知っている方が珍しいで」

「な、なによそれ! そんな言葉なんて、読めるわけないじゃない! アンタだってどうせ読めない……」

 そうトライが言い終わる前に、バッツは壁画に刻まれた文字を静かに読み上げ始めた。

 トライは目を見開いて驚く。


 今から約千年前のことや。

 かつて、この世界は三つに分かれとった。

 一つは肯定の神ポジティナが治める天上界。

 一つは否定の神ネガティスが治める地底界。

 一つは調和の神ライブラが治める地上界。

 三柱神と呼ばれる三人の神は、互いの世界を繁栄させるため、競いながらも協力し合い、世界は長きの間平和に保たれとった。


 せやけどその平和は、一人の神が抱いた疑問によって終わりを告げることになる。

 地底界を治める否定の神ネガティスは、ある日思ったそうや。

 何故、ワイの治める世界だけ、光が無いねん。不公平とちゃうか? と。

 これっぽっちも太陽の光が照らさない地底界。暗く陰鬱でその世界に住む住人たちは、どれも異形の形をしとった。

 闇に生まれ、闇に生き、闇に死す。

 彼は思う。果たしてこんな世界に未来などあるんやろか?

 疑問は彼の中で少しずつ闇を帯びて育っていき、やがて日の光を浴びることのできる他の神への嫉妬と憎悪へと変わっていった。

 そして、ついに奴は日の当たる世界を手に入れるべく、地上界に攻め込んできたんや。


 地底人たちは、光を持たない代わりに強力な闇の力を持っとった。

 その力は絶大で、ポジティナとライブラの連合軍は連戦連敗。瞬く間に地上界と天上界の大半を制圧されてもうた。

 勢いに乗るネガティスの軍勢の前に、世界はこのまま彼の物になるだろうと、誰しもが信じて疑わへんかった。せやけど、肯定の神ポジティナが作り出した道具の出現によって、戦況はガラリと変わることになるんや。


 神にも等しい力を備えたその道具の数々は、手にした連合軍の兵士たちに一騎当千の力を与えた。劣勢だった戦況は一瞬にしてひっくり返り、否定神ネガティスの軍勢は、次々と打ち破られていった。

 そしてついに、地底界と地上界を結ぶ魔導門を封印し、奴らを地底界へ追い返すことに成功したんや。


 読み終えたバッツは、神妙な面持ちでトライに向き直った。

「……とまぁ、こんな感じや。ようするに、今ワイたちが使っている魔宝具は、この戦いで生まれた産物で、天上人が地上人に与えた物っちゅうことや。ま、当然魔宝具ハンターのトライさんなら知っている内容やろけど」

 バッツは、嫌らしい笑みを浮かべながらトライを見た。

 その顔は、『どうせお前は、こんなことも知らんのやろ?』ってな表情だ。

 トライはムッとした表情を見せると、意気込んで言った。

「それぐらいなら知っているわよ! 小さい頃に、穴が空くほどこの物語は絵本で読みましたからね! 神が人間に与えし神の道具、それが魔宝具。魔宝具ハンターとして、そんなの常識じゃない。知らない方が、どうかしているわ」

 その答えに、バッツはチッチッチと指を振った。

「神やない、天上人や。いいかトライ。一つ言っておくがな、この世には、神も悪魔もいないんや。いるのは、天上人、地上人、……そして地底人や」

 何かを思い出しているかのように、バッツは寂しそうな顔で壁画を見つめた。

「天上人は神、地底人は悪魔……。地上人の大多数が思っているこの考えはな、自分達の都合のいい様に天上人が地上人に吹き込んだ、いわゆるガセネタや」

「え? でも戦争を仕掛けてきたのは、地底人でしょ? それに、その壁画にも書いてあるけど、地底人って皆黒い翼を持っていて悪魔みたいな風貌をしてて、性格も残忍残虐残酷の三拍子って聞いたわ。私も小さい頃、悪いことをすると地底人にさらわれて地底界へ連れて行かれるんだぞ! ……ってパパに脅かされていたし」

「確かに、今から千年前に地上に戦争を仕掛けてきたのは地底人や。せやけどな、何も好き好んでやったワケじゃあらへん。あれには色々止むを得ない事情があったんや。それに、天上人も地底人も地上人も、元はみんな同じ人間やからな。そこまで言うほど、見た目も性格も変わらへんって」

 バッツの言葉に、トライは意外だと言うような表情を見せた。

「へぇ~。なんか、私が子供の頃から聞かされてきた話と大分違うわね。まぁ、私は天上人も地底人も見たこと無いから、本当にいるかどうかも良くわかんないけどさ」

「地底人なら、もう見とるやんか」

「え?」

「……あ、ありましたわ!」

 その時、ダイアの歓喜の声が部屋に響き渡った。

 皆が一斉にダイアに振り返る。彼女の指先には、小さいボタンがあった。

 なるほど、確かに色々と怪しい部分は多かったが、彼女がミラノの時の記憶を覚えていると言う話は本当のようだ。でなければ、広い遺跡の中でこの部屋にあるこんな小さなボタンを見つけることなどできなかったであろう。

 ダイアがそのボタンを押すと、突然の地鳴りが部屋を襲った。と同時に、部屋の中央にあった台座がゆっくりと沈んで行き、そこに下へと続く階段が現れた。

「この先ですわ」

 呆気に取られていた皆を置いて、ダイアは一人さっさと階段を降りていく。

 その後ろを慌ててスクエア、バッツたちが追いかけていった。

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