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第十五話 魔女ミラノの最後

 キセルを咥えながら、ペケは廊下を走っていた。

 ……まさか、使い魔をあそこまで恨んでいるとは……とんだ誤算だったニャ。とにかくこの姿はマズイニャ。早く、別の人間に入れ替わらなくては……。

 と、その時、廊下の曲がり角からスッと何者かの足が突き出された。勢い良く走っていたペケは、その足につまずき、つっ転んだ。

「ニャッ!」

 思わず口からキセルを放したペケは、そのままゴロゴロと転がり、壁にぶち当たる。

「廊下を走ったら危ないって、学校で習わなかったのかな? 前には気をつけなくちゃ」

 灰色の髪、灰色の瞳、灰色のローブ。

 そこに姿を現したのは、灰色の魔宝使いクライムだった。

 クライムは、クスクスと笑いながら、光の無い淀んだ瞳でペケを一瞥すると、床に落ちている女郎蜘蛛のキセルを無造作に拾い上げた。

 瞬間、クライムの心に何者かの声が聞こえてきた。

――アーッハッハッハ! まさか、お前が私を拾い上げてくれるとはねぇ、助かったわ!このままお前を支配し、私の新しい体としてくれる!

 だが、クライムは落ち着き払った様子で、キセルを見つめている。

「この僕を支配する……だって? 面白い、やってみなよ」

――言われなくても、そうするさ!

 女郎蜘蛛のキセルから、禍々しいドス黒い煙が噴出された。そして、一瞬にして煙がクライムの口から体内へと侵入していく。だが、暫く経っても何も起こらなかった。

「どうしたんだい? 僕を支配するんじゃなかったのかい?」

――こ、こんな馬鹿な! お、お前はまさか……!

 ミラノは、驚愕の声をあげた。

「僕を支配できるのは、愛しいマスターだけさ。お前などに、操られる僕じゃない」

 クライムは、ニィと口元を歪め邪悪な笑みを浮かべた。

「道具に目的なんていらないんだよ。道具はね、使われることが最大の喜びなんだ。愛しいマスターのために、働き続けることが僕たちの存在意義なのさ」

――ま、待て! 助けてくれ! わ、私は消えたくない! 私には、まだすべきことがあるんだ!

 だが、クライムは光の無い瞳でキセルを見つめると、冷たく言い放った。

「それは無理な話だよ。マスターの命令でね、キミの存在は計画に邪魔なんだって。悪いけど、消えてくれるかな?」

 その言葉に、ミラノは絶望し、自分の未来が閉ざされたことを知った。

 禍々しい黒い何かが、自分の意識を包み込んでいくのが分かる。

 薄れていく意識の中、ミラノは自分を最初に手にした人間のことを思い出していた。

 彼女のことは、今でも良く覚えている。

 彼女は、若い女ハンターだった。

 魔宝具を集めることに無情の喜びを感じていた彼女は、私を使ってたくさんの魔宝具を集めた。

 数多の魔宝具を手に入れてからも、彼女は私を使い続けてくれた。私は、彼女のお気に入りの魔宝具だった。私も彼女が好きだった。魔宝具を手に入れ彼女が喜ぶたび、私も嬉しかった。

 だがある日、彼女は突然私の前から姿を消した。

 理由は分からない。だが、彼女が私を捨てるわけが無い。そう信じていた私は、彼女を待ち続けた。

 その後、他の人間の手に渡り使われ続けた私は、いつしか人間を支配することを覚えた。

 そして私は、彼女の名を語り、彼女のように振る舞い、彼女が存在し続けているかのように魔宝具を集め続けた。彼女の名前で魔宝具を集め続けていれば、再びいつか彼女と出会えるかもしれない、そんな淡い期待を込めて……。

 だが、彼女は私の前には現れなかった。

 何年も何十年も、私は彼女が帰ってくるのを待ち続けた。だが、彼女は戻ってこなかった。その時になって私はようやく気がついた。私は、彼女に捨てられたのだと。

 やがて彼女への想いは、いつしか私を捨てた身勝手な人間への憎しみと変わって行った。

 人間から魔宝具を奪うことが、私を捨てた彼女への復讐になると思った私は、その後もひたすら魔宝具を集め続けた。

 ……でも本当は、ただ寂しかっただけなんだ。私は、彼女に会いたかっただけなんだ。

 消えたくない。彼女に会うまで消えるわけにはいかない。

 まだ集めなくては。まだ集めなくては。まだ集めなくては……。


◆◇◆◇◆◇


 バッツたちは、長い廊下を走っていた。

「見てバッツ! あそこにペケが!」

 トライが廊下の先を指差した。そこには、目を回して倒れているペケがいた。

 駆け寄ったバッツが、パシパシとペケの頬を叩く。

「おーい、ペケ。生きとるか~」

「ニャニャニャニャ~……もうビフテキは食べられないニャ~」

 寝ぼけるペケの頭をバッツはゴチンとゲンコツした。

「なーに、寝ぼけているんや。ミラノはどうした、ミラノは?」

「お、おいバッツ! あ、あれ!」

 ボルシチが慌てて指を指す。その先には、クルクルと指先でキセルを回すクライムの姿があった。

「ク、クライム殿……。何故こんな所に……」

 後ろから追いかけてきたリーゲルが、驚いた声で言った。

「アハハ、みんな遅いなぁ。ミラノなら、この僕がとっくにやっつけちゃったよ?」

 クライムは、ニコリと無邪気な笑みを見せた。

 だが、ミラノが人に乗り移り操ることを知っている一堂は、警戒して近寄らない。皆、訝しげな表情でクライムを見ている。

「……アイツって本物なのかしら?」

 トライがバッツにコッソリと耳打ちする。

「さぁ……どっちだろうねぇ」

 かなりの小さい声で話したつもりだったが、クライムには聞こえていたようだ。光の無い淀んだ目でバッツたちを見つめながら、意味深な含み笑いを浮かべた。

「……どうやら、ミラノやあらへんみたいやな……」

「え? そ、そうなの?」

「ああ、アイツから感じる魔力はミラノの物やあらへんからな」

 バッツのその言葉に、場にいた全員が安堵の表情を浮かべた。

 だが、バッツだけが険しい表情でクライムを見つめている。

 ……なんや、アイツの禍々しい魔力は。下手したらミラノよか大きいやないか。こんな強大な魔力感じたのは初めてやで……。

「さすがクライム殿! あのミラノを一人で倒してしまうとは!」

 歓喜の声をあげながら、リーゲルと衛兵たちがクライムを取り囲む。バッツたちは、遠巻きにその光景を見ていた。

「なんか、美味しいところだけを持っていかれたって感じだぜ」

「全くでヤンス。せっかく、これから僕ちゃんたちが活躍するところだったのに、拍子抜けでヤンスよ。なぁ、ピロシキ?」

「へい……」

 そんな、つまらなさそうにしているボルシチたちの背中をトライがバシンと叩いた。

「まぁ、いいじゃないの! これで一件落着なんだしさ! とりあえず気分転換に、みんなでパーッと飲みにでも行こうよ! ホラ、バッツも!」

 トライに手を引っ張られ、険しい表情だったバッツの顔が、少しだけほころんだ。

「……せやな。腹も減ってきたし、スクエア亭にラーメンでも食いに行くとするか」

 その言葉に、ペケは顔を輝かせて飛び上がった。

「ペケは、もうお腹ペコペコニャ! 分厚いビフテキが食べたいニャ!」

「……普通、酒場にビフテキはあらへんやろ?」

「ラーメンがあるぐらいニャ、ビフテキもあってもおかしくないニャ!」

「さよか……」

 トライに引きつられ、騒がしいバッツたち一行はその場を後にした。

 そんな彼らの背中を光の無い瞳で見つめている者がいた。クライムだ。

「……あいつら、ちょっと邪魔かも。どうせついでだし、一緒に壊しちゃってもいいよね。ねぇ、マスター?」

 キセルを手で持て遊びながら、クライムはクスリとあの邪悪な笑みを浮かべた。

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