第十四話 魔女ミラノの正体
「そうか……お前が魔女ミラノやったんか……これは、うかつやったな……」
バッツは、感情の無い瞳でトライを見つめた。
口元を歪ませ邪悪な笑みを浮かべたトライは、腰から魔砲具を取り出すと、バッツの額に突きつけた。
「さっきは良くもやってくれたわねぇ……ボウヤ。でも、これで終わり。私の魔宝具も、あなたの魔宝具も全部私の物。この国の魔宝具も、この世界の魔宝具も全部私の物よ! アーッハッハッハ!」
勝ち誇り高笑いをするトライに、バッツは呆れた表情を見せた。
「魔宝具は、正しい心と使い方を知らんと宝の持ち腐れや。お前が、いくら魔宝具を求めても、魔宝具は何も答えてくれへんで」
その言葉に、トライはピクリと眉を引きつらせた。
「この私が、魔宝具の使い方を知らないですって? 笑わせないで、この私ほど魔宝具を使いこなせる者はこの世にはいないわ! 己の私利私欲のためにしか魔宝具を使わない、薄汚い人間に何が分かる!」
「確かにそう言う人間は、ぎょーさんおる。せやけどな、道具っちゅうんは使う者の心次第で、便利な道具にも恐ろしい兵器にも変わるんや。お前は、魔宝具を使って今まで何をしてきたんや? 人間を苦しめてきただけやろ。そんなん、魔宝具たちが求めているとでも思っとるんか?」
「……フン。貴様が何と言おうと終わりさ。せいぜい、あの世で続きをほざくがいい」
トライは、魔砲具の引き金を引いた。
ボルシチたちは、思わず顔を背け目を瞑る。だが、バッツは目を瞑らなかった。そして、魔砲具からは弾は出なかった。
目を見開き驚いたトライは、慌てて再び引き金を引いた。だが、何度引き金を引いても魔砲具はパスンパスン言うだけで、何も起こらない。
「な、何故だ? 何故、何も起こらない!」
バッツは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「それは魔砲具『沈黙の銃』。絶大な破壊力を誇る魔砲具やけど、残念ながら人に向けて撃つ事ができないよう、特殊な安全装置がついているんや」
「な、なんですって?」
「だから言ったやろ、魔宝具は正しい使い方を知らへんと、宝の持ち腐れやって」
その時、トライの背後から、突然黒い影が彼女に向かって飛び掛った。
「隙ありニャ!」
「なっ……?」
虚をつかれ、驚きながら振り向くトライの顔に、ガッシリとペケがしがみついた。
「き、貴様! なぜ動ける!」
「ニャッハッハ! 神出鬼没のペケ様に、あんな魔宝具は効かないニャ!」
「何が神出鬼没やねん。怖くてリュックの中に隠れていただけのくせに……」
偉そうに語るペケに、バッツは呆れ顔で言った。
振りほどこうとするトライだが、ペケはここが見せ場と言わんばかりに、離されまいと必死に爪を立ててしがみつく。
「こ、このクソ猫が!」
トライは、ペケの体をムンズと掴むと、痛みを堪えながら力任せに引き離した。だが、離れた瞬間、ペケはトライの顔を思いっきり引っかいた。
「キャアアアアアアッ!」
顔を押さえ、トライは思わずキセルを手放した。すると、まるで操り人形の糸が切れたかのように、トライはバッタリとその場に倒れた。と同時に、バッツたちの体にまとわりついていた煙が立ち消え、身動きができるようになった。
「でかしたで、ペケ」
「こんなの朝飯前ニャ」
グッジョブと、バッツが親指を立てる。ペケはエッヘンと胸を張った。
呆気にとられていたリーゲルが、恐る恐る倒れているトライを見つめた。
「ま、まさか、ミラノの正体が彼女だったとは思いもよりませんでしたね……。衛兵! 何をやっているのです、早く彼女を捕縛するのですよ!」
リーゲルに言われ、兵士たちが恐る恐るトライに近づく。
「違うよ、リーゲル。ミラノの正体は彼女じゃない」
突如、部屋に聞き覚えのある声が響き渡った。
皆の視線が部屋の入り口に集中する。そこには、白銀の鎧を身に纏ったクワトロ、もとい、この国の王子であるスクエアが佇んでいた。
「こ、これはこれは、スクエア王子。ダイア様の容態は、もう大丈夫なのですかな?」
少し強張った表情で、リーゲルが言った。
「ああ、おかげさまでね。外傷は特に無いし、しばらく休んでいれば、すぐに元気になるさ。色々迷惑かけたみたいで悪かったね、リーゲル」
「い、いえ……」
スクエアと目が合ったリーゲルは、何故か気まずそうに顔を背けた。
そんなリーゲルを一瞥し、ツカツカと部屋の中央までやってきたスクエアは、チラリとメビウスを見た。
メビウスは、喜びと感動が混じった熱い眼差しでスクエアを見つめている。
「お帰りなさい、スクエア……」
「……お久しぶりです、お義母様」
だがスクエアは、ペコリと頭を下げそっけない挨拶をすると、メビウスに背を向けた。
そんなスクエアの態度に、メビウスは寂しげな表情を浮かべた。
「やぁバッツくん。さっきはどうも」
「よう王子様。せっかく感動の親子の再開やと言うのに、やけに冷たいやんか」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべるバッツに、スクエアは肩をすくませた。
「色々とこっちにも事情があってね。まぁ、その辺は察してくれよ」
そう言って、スクエアは床に視線を落とした。
「ちょっと嫌な予感がして様子を見にきたんだけど……、どうやら、僕の出番は必要無かったみたいだね。もうキミもわかっているんだろ、ミラノの正体に」
スクエアの問いに、バッツはニカリと白い歯を見せて答える。
「当たり前や、ワイを誰だと思っとんのや。千の魔宝具を使うサウザンド魔宝使いバッツ様とは、ワイのことやで? 魔宝具のことでワイに分からんことなど、一つもあらへん」
そう言ってバッツは、床に転がっている、ある物を指差した。
場にいた全員の視線がそれに集中する。
それは、ミラノが持っていた魔宝具、女郎蜘蛛のキセルだった。
「アレって……まさか、あいつが持っていた、この女郎蜘蛛のキセルのことかよ!」
驚くボルシチに、バッツは頷いてみせた。
「魔宝具の中には、そいつのように自ら意思を持つものがあるんや。中には、触れた者を支配する強力な魔宝具もおる。恐らく、ミラノが不死身の存在と言われていたのも、人間をかわるがわる支配してきたからそう思われとったんやろ」
バッツの言葉に、場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。まさか、あの戦慄の魔女の正体が、魔宝具だったとは誰も想像もしていなかったからだ。
「だ、だけどよ、遺跡は結界で封印されていたハズだろ? この魔宝具が触れた者を操ると言っても、誰も遺跡に入ってこれないなら、ミラノが復活することも無いハズじゃねぇのか?」
首をかしげるボルシチに、スクエアが答えた。
「確かに今から百年前、勇者スクエアに倒されたこの魔宝具は、ミラノ遺跡に封印されていた。遺跡は誰も侵入できない強力な結界が張られていたからね。普通に考えれば、魔女が蘇ることは無かったハズなんだ」
「だったら、なんで魔女が復活したでヤンス? なぁ、ピロシキ?」
「へい」
「残念ながら、例外が一つだけ存在したんや」
チッチッチと指を振りながら、バッツは答えた。
スクエアはコクリと頷く。
「……そう、勇者の血筋だよ。あの結界は、確かにどんな屈強な人間でも侵入を拒む強力なモノだ。だが、勇者スクエアの血を引く者なら、自由に出入りができる。遺跡内に迷い込んでしまった僕の妹ダイアは、その魔宝具が魔女ミラノの正体だとは知らずに触れてしまったんだ」
スクエアは、フゥと短い溜息をつくと、皆に向き直った。
「その後、まんまとダイアの体を乗っ取ったミラノは、地上に出ようとしたみたいだけど、どうやら結界はそこまでザルじゃなかったみたいだね。中身の変わったダイアは、結界に拒まれ出ることができなかったらしい。だけど、ミラノは焦る必要は無かったんだ。王女が遺跡内で行方不明であれば、当然探索隊が派遣されてくるだろうとヤツは予測していたからね。そして、遺跡の入り口近くで待ち構えていたミラノは、結界が解かれると同時に地上に復活した」
「皮肉にも、ミラノを封印した勇者の子孫が、その封印を解いてしまったちゅうわけや。ま、今となっては、どーでもいい話なんやけどな」
そう言ってバッツは、床に転がる女郎蜘蛛のキセルを見つめた。
「この魔宝具が、あの戦慄の魔女と呼ばれたミラノの正体だと言うのでヤンスか……。信じられないでヤンス、なぁピロシキ?」
「へ、へい……」
ペリメニは、恐る恐る床に転がる女郎蜘蛛のキセルに触ろうとした。
「おっと、おっちゃん! そいつに触れたらアカンでぇ? 触れたが最後、魔力の低い者はたちどころに支配されてまうからな。自分の腕に自信が無いのなら、触らぬ神に祟り無しってやつや」
バッツの言葉に、ペリメニは慌てて手を引っ込めた。
「そう言うことニャ。後は、オイラたち魔宝具のプロに任せるニャ」
そう言って、ペケはおもむろに床に転がる女郎蜘蛛のキセルを拾い上げた。
その行動に、バッツは驚愕の表情を浮かべる。
「アホか! 何触っとるねん! お前かて大した魔力は無いやろ!」
「サルベージ完了……ニャッ?」
突然、女郎蜘蛛のキセルから禍々しいドス黒い煙が噴出された。煙は、あっと言う間にペケの口の中に侵入していった。
ビクンッと、ペケの体が脈打ち、そのままガックリと力無くうなだれる。そして次の瞬間、まるで猫を絞め殺したような「ギニャ~」と言う声が聞こえてきた。
「フフフ、バカな猫で助かったニャ」
ギロリと目を血走らせながら、ペケは猫とは思えぬ迫力で辺りを見渡す。そして、キセルを咥えると、プハーと煙を吐き出した。
「そのボウヤの言う通り、私が魔女ミラノニャ」
ニィと口元を歪ませたペケは、あの邪悪な笑みを浮かべた。
一同は、慌てて後ずさる。
そんな中、スクエアだけが一歩前に出た。
「一つ質問してもいいかい?」
「なんニャ?」
「何故、魔宝具が僕たち人間を苦しめようとするんだい? 魔宝具は、神が僕たち人間を救うために与えてくれた道具じゃなかったのかな?」
スクエアの質問に、ペケは肩をすくめながら答えた。
「確かに我ら魔宝具は、神が人間を助けるために与えた道具ニャ。だが人間は我らを使って何をしたニャ? 来る日も来る日も争いの道具として利用し、この世界を汚し続けただけニャ。違うかニャ?」
「……確かにそうかもしれないね」
ペケの言葉に、スクエアは力なく答えた。
「そんな人間に嫌気が指した私は、いつしか自分を手にする人間を支配することを覚えたニャ。そして、その人間を操り、世界中に散らばる同胞たちを解放し集め、人間を滅ぼすことにしたニャ。この穢れた世界を浄化し、元の美しい世界に戻すためにニャ。きっと、天上にいる神も私と同じ気持ちに違いないニャ」
「……何を勝手なこと言っているのよ」
その時、王の間に甲高い声が響き渡った。
見ると、先ほどまで倒れていたトライが起き上がり、ペケを睨みつけている。
トライは、ビシッとペケに指を突きつけ言った。
「だったら、なんで百年前に、アンタに苦しめられている人間を救うために、神様は勇者を遣わせたのよ。神様が私たちを見捨てたのなら、助けようなんてしないハズよ? 神様に見捨てられたのは、私たちじゃなくアンタの方よ!」
「ニャンだと……!」
「確かに人間は自分勝手で、愚かな生き物かもしれない。でも、中には前向きに変わろうとして頑張っている人間だっているのよ! アンタなんかに、運命なんて決めてもらわなくても結構よ!」
そう言ってトライは、ペケに向かってアッカンベーをした。
ペケはギリギリと歯軋りをすると、憎らしげにトライを睨みつける。
「フン、だったらその運命ってのを変えてみせるニャ! できるものならニャ!」
ジャキンと鋭い爪を剥き出しにし、ペケはトライに飛び掛った。
トライは魔砲具を構え迎えうつ。だが、その一人と一匹の間にバッツが割り込んだ。
「お取り込み中、申し訳あらへんけど、そろそろ終わらせてもええかな? ワイも忙しい身なんでな」
「ニャーッハッハッハ! お前に、可愛い使い魔であるこの私を攻撃できるかニャ?」
「可愛い? 誰がや?」
バッツは何の躊躇も無く、飛び掛るペケの顔面を殴り飛ばした。
「ギニャアアアアアッ!」
殴り飛ばされたペケは、勢いよく壁にべチャッと叩きつけられた。
「クックック……。こんなもんじゃ済まさへんで。毎回毎回、ワイの足を引っ張りおってこのクソ猫が。ちょうどいい機会や。日頃のうっぷんを晴らさせてもらおか?」
バキバキと指を鳴らしながら、バッツは鬼のような形相でペケに近づいてくる。
その姿に、ペケはガタガタと歯を鳴らしながら、心底怯えた。
「く、くっそー! 一時退却ニャ!」
そう言ってペケは、キセルを咥えると口から煙を噴出した。
一瞬にして煙がペケを覆い隠す。そして、煙が引いた時、ペケの姿は何処にも無かった。
「ちっ……。逃げられたか」
「ちょ、ちょっと! 『逃げられたか……』じゃないわよ、バッツ! 今度別の人間に取り付かれたら、区別がつかなくなっちゃう! そうなる前に奴を倒さなくっちゃ!」
トライにズルズルと引っ張られ、バッツたちは部屋から出て行った。その後を他のハンターたちが続いていった。




