第十三話 スクエアとダイア
バッツたちが、そんなトラブルに巻き込まれている頃……。
王の間から少し離れた場所にある部屋で、王女ダイアは幸せそうにベッドで寝ていた。
白いベッドには、彼女の細く美しい絹糸のようなブルーの髪が広がっている。
透き通るような真っ白い肌を包む純白のドレスが、まるで保護色のようにベッドに溶むその姿は、まるで雪の上で眠る精霊のようだ。
その傍らにある椅子に腰掛け、ダイアに優しい目を向ける美しい顔立ちの青年がいる。青年は、スヤスヤと眠る彼女の額に、そっとキスをした。
「……お兄様」
ダイアの目がパチリと開き、目の前の兄の姿を見つめた。
スクエアは目を細め、ニコリと微笑む。
「悪かったね、ダイア。起こしちゃったかな」
「……ううん、いいの。私、いつの間にか寝てたのね……」
そう言ってダイアは、上半身を起こそうとした。
「痛ッ……」
「駄目だよ、ダイア。まだ寝ていないと……」
スクエアは、優しく彼女を寝かせた。
ダイアは、憂いある深いブルーの瞳で兄を見つめる。
「私、夢を見ていたの……」
「どんな夢だい?」
ダイアは、怯えた表情で俯くと、震えた声で答えた。
「……暗い部屋の中で泣いている夢。助けを呼んでも、誰も来てくれないの。私、ずっと一人で泣いていたわ。時々、あの恐ろしい魔女の声が聞こえてくるの。『お前は、決して逃げられない。お前の体は私の物だ』って……」
「そうか……それは怖い夢を見ていたんだね……」
スクエアは、ダイアの頭を優しく撫でた。
感極まり思わず涙ぐんだダイアは、スクエアに飛びつき、その体をぎゅっと抱きしめた。
「……私、まだ夢を見ているのかしら。こうして、またお兄様に会えるなんて……」
「夢じゃないよダイア、僕はここにいる。もうお前に、寂しい想いはさせないさ」
「本当? お兄様。もう私を一人にしたりしない?」
「ああ、約束するよ」
ダイアの瞳から、ポロポロと涙がこぼれる。
その涙をスクエアは優しく拭うと、ダイアの瞳を見つめた。水晶のように透き通るその瞳の奥には、自分の姿が映っているのが見えた。
「ダイア。聞きたいことがあるんだ」
「ど、どうしたの、お兄様。急に改まって……」
ジッと自分を見つめるスクエアに、ダイアは思わず頬を染める。
しばしの間が過ぎた後、スクエアは、まるで鏡に映る自分に自問自答するかのように、言葉を噛み締めながら言った。
「一年前、父が急死した直後、お前は行方不明になった。僕は自分の身分を隠し、必死でお前の行方を探していた。そして、つい最近になってお前がミラノ遺跡内にいると聞いた僕は、この国へ帰ってきた。そして、ミラノに操られているお前の姿を見て驚いたよ」
スクエアの言葉に、ダイアは俯いた。
「何故、お前はあの遺跡に入ったんだ? 危険だと言うことはお前も知っていただろ?」
その問いに、ダイアは一瞬顔を曇らせた。そして、少しの間だけ思い出すように考えた後、ゆっくりとスクエアに向き直った。
「……私、手紙をもらったの」
「手紙?」
「うん、お兄様からの手紙」
ダイアのその言葉に、スクエアは首をかしげた。
「僕の? 僕は、そんな手紙は書いた覚えはないが……」
ダイアは、コクリと頷く。
「私もおかしいなとは思ったんだけど、あの時お父様が亡くなった直後だったから、何か特別な話でもあるのかと思って……。夜になってからこっそり城を抜け出して、待ち合わせ場所だったミラノ遺跡の前に行ったの。一人でそこで待っていると、突然目の前に恐ろしい怪物が現れて……」
その時のことを思い出しているのか、ダイアは震える自分の体を抱きしめ、それっきり口を閉ざしてしまった。
そんなダイアをスクエアは優しく抱き寄せる。
「大丈夫だよ、ダイア。もう怖くないから……」
「お兄様……」
暫く震えていたダイアだったが、安心したのか再びその口を開いた。
「その怪物は、黒い禍々しい翼を持っていた。あの姿は、そう、まるで神話に出てくる悪魔のような姿をしていたわ……。私、思わず遺跡の中に逃げ込んで、必死で走り続けたの。怪物は遺跡の中までは追いかけてこなかったけど、気がついたら道に迷ってしまって……。そのまま、暫く遺跡の中を彷徨っていると、どこからともなく私を呼ぶ声がした。私は、その声に誘われるまま歩き続けた。そして、気がつくと明るい部屋に出たわ。その部屋には、光り輝く台座があって、そこに……」
ダイアの話を聞き終えたスクエアは、神妙な面持ちになっていた。
「お兄様?」
一点を見つめ、微動だにしないスクエアに、ダイアは不思議そうな表情を浮かべた。
「そうか……それが魔女ミラノの……」
一言、そう漏らしたスクエアは、すくっと立ち上がった。
「何処へ行くの、お兄様?」
「ちょっと気になることがあってね。大丈夫、すぐに戻るさ」
そう言って、スクエアはきびすを返すと部屋を後にした。
一人きりになった部屋で、ダイアは、ぷぅと頬を膨らませた。
「もう! さっき、私を一人にしないって約束したばかりなのに、もう出て行っちゃった。相変わらずなんだから、お兄様は……」