第九話 暗雲
駆け寄ってきたトライは、ボルシチたちを庇うように魔女の前に立ちはだかる。
「もしかして、あれが魔女ミラノ?」
銃口をミラノに向けながら、トライが呟いた。
「そ、そうでヤンス! 封印を解いて遺跡内に侵入しようとしたら、逆にあいつから地上に出てきたんでヤンス! なぁピロシキ?」
「へ、へい!」
ペリパニとピロシキは、互いに抱き合い震えながら答えた。
「へぇ~、随分と綺麗な姉ちゃんやな。魔女だなんてとても思えへんわ」
のん気そうに魔女を見つめながら、バッツが後からやってきた。リュックの上にはペケの姿も見える。
「バッツ、綺麗なバラにはトゲがあるって言葉を知っているかニャ。あの女のことを考えれば、その意味がよ~く分かるニャ」
「せやな……」
ペケの言葉に、バッツはマールのことを想像しブルッと身震いした。
「なんで俺たちを助けた? 昨日、あれだけお前に酷いことをしたのによ……」
ボルシチたちは、戸惑いながらトライを見つめた。
トライは、おどけたように肩をすくませる。
「さぁね。昨日のことなんて、酒に酔っていて覚えていないわ。それにね、人を助けるのに理由なんていらないし、私は私のやりたいようにやっているだけ。別に感謝なんてしなくてもいいからね」
「ト、トライ……」
トライの言葉に感動したボルシチたちは、ウルウルと目を潤ませた。
「ふ~ん……。私の魔導生物『シャドーマン』を一撃で倒すなんて、なかなか良い魔砲具持っているじゃない」
ペロリと舌舐めずりをし、ミラノはニィと口元を歪ませる。
「……でも、こっちの相手が先のようね」
そう言って振り向いたミラノの周りには、彼女を取り囲むハンターたちがズラリと勢ぞろいしていた。その中心には、勝ち誇った顔を見せるリーゲルの姿が見える。
「フフフ、あなたのご自慢の怪物共は、ご覧の通り我々が全部討ち果たしました。残るはあなただけですよ、魔女ミラノさん」
「こんなか弱い女一人に、一体何人がかりなのかしら? 全く情けないわねぇ」
呆れた表情で、ミラノが言った。
「ほぅ? あなたが、か弱いですって? ハハハ、ご冗談を。ここにいる誰一人とて、そんなことを思っている者はいませんよ」
リーゲルの言葉に、ミラノは辺りを見渡した。ハンターたちは、皆、険しい表情で自分を見ている。ミラノは、フゥと溜息をつくと、やれやれと首を振った。
「仕方ないわねぇ。多勢に無勢だし、ここはあの子の出番かな?」
妖しい笑みを浮かべたミラノは、懐から拳大の鉄の塊を取り出した。機械仕掛けのそれは、ドクドクとまるで心臓のように脈を打っている。
目の前にポイとそれを放り投げたミラノは、パチンと指を鳴らした。すると、突然崩れた遺跡の瓦礫が動き出し、次々と機械仕掛けの心臓へ向かって飛んできた。瓦礫は、ミラノの目の前でみるみると積みあがっていき、あっと言う間に巨大な人型の怪物となった。
目の前に聳える巨大なその物体を見上げ、リーゲルはガタガタと震えた。
「な、な、なんですか! あれは?」
「あれは、魔導兵器と呼ばれる巨人兵です。その能力は、頑丈、頑強、頑固と硬いことこの上ありません。くれぐれもお気をつけ下さい」
「が、頑固はなんだか違う気がしますが……」
淡々と説明をするコルダを横目で見ながら、リーゲルはタラリと額から汗を流した。
ミラノはフワリと飛び上がると、怪物の肩に腰掛けた。
「さぁ、私の可愛いゴグレグちゃん。思う存分やっちゃって♪」
「フンガー」
気の抜けた返事をしたゴグレグは、その重い足で地面を揺らしながら、ゆっくりとハンターたちに向かってくる。
「ひ、ひぃ~! こんなの聞いていません! 想定外ですよ!」
慌ててリーゲルは、コルダの背中に隠れ込んだ。
「臆することはありません。所詮相手は一匹、全員の力を合わせて戦えば勝てない相手では無いはずです。落ち着いて迎え撃ち、集中砲火を浴びせなさい」
例のごとく、リーゲルに代わって、淡々とハンターたちに命令を繰り出すコルダ。
ハンターたちはコクリと頷くと、各々の魔宝具を取り出し、迫り来るゴグレグに向かって、一斉に攻撃を仕掛けた。四方八方から、散弾のように降り注ぐハンターたちの攻撃をゴグレグはまともに正面から食らった。
「や、やった!」
歓喜の声をあげるリーゲル。だが、コルダは依然として攻撃姿勢を崩さない。
「まだです。攻撃の手を緩めては行けません。魔力の続く限り攻撃を続けるのです。完膚無きまでに叩きのめしなさい」
攻撃はさらに激しくなり、いつしか辺り一面を砂塵が覆い始めた。
完全にゴグレグの姿が土煙に覆われ見えなくなったところで、コルダは手をあげた。その合図を受け、ハンターたちの攻撃が収まり、戦場に静寂が訪れる。
「ハッハッハ! さすがにこれだけの攻撃を受けたなら、ひとたまりも無いでしょう。思い知りましたか、ミラノ! 我々人間の力を!」
「いや、まだやな」
バッツがボソリとつぶやいた。と、同時に土煙が引いていき、次の瞬間、リーゲルの笑みが凍りついた。
そこには、傷一つ無く悠然と佇むゴグレグの姿があった。
驚愕の表情を浮かべながら、リーゲルはペタンとしりもちをつく。
想像を絶するゴグレグの頑丈さに、冷静沈着で表情を表に出さないコルダも、驚きを隠せず愕然としている。
「無駄よ、無駄。そんな攻撃で、この魔導兵器ゴグレグちゃんを倒せるものですか」
ミラノは、クスリと悪戯な笑みを浮かべた。
「フンガー」
呆然と佇むハンターたちに、ゴグレグが迫りくる。
慌ててその場から離れようとしたハンターたちだが、いつの間にか彼らの体には白い煙がまとわりついており、身動きが取れなくなっていた。ミラノの魔宝具『女郎蜘蛛のキセル』だ。
「さーて、今度こそサルベージさせてもらうわよ♪」
フーっと煙を吐き出し、ミラノはクスリと微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇
そんなゴグレグに、ハンターたちが苦戦している頃。
瓦礫が無くなり、すっかり綺麗になった遺跡の入り口の前で、クワトロとクライムは未だ戦い続けていた。
幾度と無く切り合い続けている二人だが、お互いに傷一つ無い。と言っても、一方的に攻撃を仕掛けているのはクライムで、クワトロはその攻撃を受け流し続けているだけなのだが。
「凄いよ! まだこの世界に、これだけの腕を持った剣士がいたなんて! 楽しくて、なんだかワクワクしてくるね!」
クワトロの常人を超えた剣技に、クライムは喜びを隠せずにいた。
彼もまた、常人を超えた魔宝使いである。自分と対等に渡り合える相手など中々見つからないクライムにとって、目の前に現れた好敵手は、退屈な日常をスリリングなものに変えてくれる大切なエサだ。そのエサをいかに引き裂き、食らうか。それを考えるだけで、クライムの口元は邪悪に歪み、自然と笑いがこみ上げてくるのだ。
そんなクライムとは対照的に、クワトロはうんざりと言った表情だ。フゥと大きく溜息をつくと、切りかかってきたクライムの鉄の爪を大きく弾き返した。
「なぁ少年。提案があるんだが」
「アハハ、言ってみなよ」
「どうやら、あちらさんも大物を出してきたみたいだし、ここは一旦休戦して一緒にあのデカブツを倒さないか? キミと戦うよりは、ずっと簡単そうだしね」
その言葉に、クライムはニィと口元を広げ邪悪な笑みを見せた。
「フフフ、あのデカブツを倒すってのは賛成だよ。でもね……」
クライムは右手を上に掲げた。その手には奇妙な形をした物が握られている。それは、まるで『ジッパー』のようなものだった。
「あいつは、キミを殺してからゆっくりと料理させてもらうよ。それに、放っておけば、邪魔くさい他のハンターたちも、あいつが処理してくれるだろうしね」
そう言ってクライムは、そのジッパーのような物を頭上に放り投げた。空中で静止したソレは、ジーッと言う音と共に、何も無い空間を開いていく。
開かれた空間からは、地面を轟かせるような音と共に、物凄い熱気が伝わってきた。見ると、その奥にはドロドロと流れる赤い溶岩が見えた。
「魔宝具『転送ジッパー』。これは、どんなに離れた場所とでも空間を繋ぐことができる、僕のお気に入りの魔宝具さ。こいつで、キミを燃やし尽くしてあげるよ」
クライムの口元がニィと邪悪に歪む。と同時に、突然ジッパーの奥から無数の溶岩が飛び出し、当たり一面手当たり次第に降り注がれた。
それは、まさに無差別爆撃だった。遺跡や木々、周りのハンターたちにまで溶岩の塊は降り注がれる。もちろん、無差別爆撃はクワトロにも及んだ。
「くっ……! なんて魔宝具だ!」
降り注がれる溶岩を剣で弾き返しながら、クワトロはかわし続ける。そこへ、鉄の爪を振りかざしたクライムが襲い掛かってきた。
「ホラホラ、これでもかわすことができるのかな? アーッハッハッハ!」
息つく暇も無いクライムの連続攻撃に、クワトロの顔に焦りの表情が浮かぶ。そして、溶岩に気を取られた一瞬の隙を突き、クライムの鉄の爪がクワトロに迫った。
――やられる!
そうクワトロが思った瞬間、迫り来る鉄の爪が目の前でピタリと止まった。
「なんなの? 今がせっかくいいところだったのに……」
まるで、見えない何かと会話をしているかのように、クライムは不機嫌そうな顔で独り言を言い始めた。クワトロは、その光景を不思議に思いながらも油断無く見つめている。
「……チェッ。わかったよ、マスターの命令なら仕方ないね」
クライムは爪を下ろすと、右手を頭上に掲げた。
すると、空中で開いていたジッパーが閉じていき、そのうち完全に塞がって元の状態へと戻った。手元に転送ジッパーを引き寄せたクライムは、再び自分の目の前で空間を開く。
「フフフ、命拾いしたねキミ。でも、次会う時は覚悟しておきなよ。その仮面の下にある顔、覚えたよ」
開かれた空間に自分の体を滑り込ませ、クライムはその場から消えた。
しばらくの間、身構えていたクワトロだが、クライムの気配が完全に無くなったことを確かめると、フゥと短く溜息をつき、その場に片膝を落とした。
額から汗が流れ落ち、地面にポタリと落ちる。極度の緊張による疲労が、クワトロの体を一気に襲っていた。クワトロは、仰ぐように空を見上げた。
さっきまであんなに晴れていた青空は既に無く、どす黒い雨雲が空一面に広がっている。それは、これからこの国に起こる暗黒の未来を表しているかのようだった。