139 頼れる協力者
《SIDE:大鳳 蒼獅》
──お、落ち着け、まだ、あわ、あわわわわわ、慌てるような、状況じゃない。
汗が頬を伝う。
「え、炎上だって? い、いったい、ど、どうして?」
声がうわずる。
しかし、ハルカは気にしていないように見えた。
「それがですね……根も葉もないウワサばっかりなんですよね」
「そ、それは大変だね?」
「こういった炎上って、どうやったら収まりますか?」
炎上の一番の対策は沈黙だ。
燃料を与えなければ、炎は勝手に消える。
だが──説明を始めた瞬間、炎は燃え上がる。
より巨大に、悪意と正義感を燃料にし、激しく燃え盛る。
だから──。
「ハルカさん。いや、ハルカ。俺ちゃんは君に協力しよう! 昔はいろいろあったけど、全部水に流してあげようじゃないか。まずは、ちゃんとすべて虚偽だと言い切って、事細かに釈明しよう」
本当ならば沈黙だ。
すると、インフルエンサーたちも視聴回数を稼げなくなり黙る。
しかしひとたび釈明などしてしまえば、小さなほころびや、矛盾探しが始まる。正義の執行を邪魔する存在を叩き潰そうと、人の感情が躍起になる。
ここできちんと説明しよう、などというのは、最悪に近い一手だ。
だから、それをさせる。
「さすがですね。オレなんか、どうしていいか、わからなくてぇ……」
ハルカが弱気な声を出す。
それから「くっ」という笑い声──いや、泣いているのか? を漏らし、顔をそむけた。
「きちんと説明して、何より、こんなにつらいからやめてくれって、そういう気持ちをさ。配信でみんなに伝えよう。ハルカ。それで、良くなるはずさ」
──俺ちゃんにとって都合がよく、な。
「誤解なんてさ。説明をすれば、ちゃんと解けるよ。だって君は、何もしてないんだろ?」
「……はい。すべて、捏造なんです」
ハルカは俯いて答えた。
しかし、その声は妙に落ち着いていた。
まるで──すべてを理解している人間のように。
「わかった。全面的に俺ちゃんが協力する。この近くに配信スタジオがあるんだ。今からそこに一緒に行かないかい?」
「い、いいんですか!?」
「もちろんだ。俺ちゃんが一番許せないのは、無実の人間が痛い目にあうことだ。大切なのはいつも真実だよ」
──俺ちゃんが話すこと。それだけが真実だ。
「じゃあ、行こうか」
外に出ると、夜の空気はひんやりとしていた。
街はネオンで明るい。
しかし、ハルカの名前は今、別の意味で輝いていた。
炎上。
蒼獅はスマホを取り出し、画面をちらりと見た。
トレンド欄──そこには、すでにハルカの名前が並んでいる。
──いいねぇ。
燃えてる燃えてる。
口元がゆるむ。
だが蒼獅は、すぐに真面目な顔に戻った。
「大丈夫だよ」
ハルカの肩を軽く叩く。
「ちゃんと説明すれば、みんなわかってくれる」
「……はい」
ハルカは小さく頷いた。
その横顔は暗く、表情は読めない。
しかし蒼獅は気にしない。
──震えてんのか。ザマァねぇなぁ。
そりゃそうだろ。
炎上は、普通の人間には耐えられない。
多くの人間に叩かれる耐性などない。
古くから人間がここまで多くの人間と関わることは、一度もなかった。
だから、進化の過程で人間はこの手の耐性を得てきていない。
──炎上は、どんな強い人間だって殺せる。
そいつは、とびっきりの異常者でもなければ。
前回は直接の戦いというフィールドだからハルカに負けた。
俺ちゃんの武器は炎上──。
たくさんの人間の力を集めて放つ、最強の技だ。
みんなの思いを、願いを、一つにした力で勝利する。
数分後。
二人はビルの前に立っていた。
ガラス張りのオフィスビルだった。
夜でも明るい照明が灯っている。
入り口の横には看板がある。
KUROSAWA LIVE STREAM STUDIO.
中に入ると雰囲気は一変する。
厚い防音扉。
黒い吸音パネル。
開いたドアから見えるのは、カメラと照明に囲まれた配信ブース。
「ここだよ」
蒼獅は誇らしげに言った。
「俺ちゃんがよく使ってるスタジオさ」
中に入ると、スタッフが軽く頭を下げる。
「蒼獅さん、お疲れ様です」
「どもども。ちっす。元気~? 今日もここ使ってやるよ」
蒼獅は慣れた様子で手を振る。
「はは……。いつもありがとうございます」
蒼獅はハルカを伴い、配信ルームの中へと入っていく。
ハルカは少し驚いたように周囲を見ていた。
部屋の中央には配信机。
その前にはカメラが三台。
リングライト。
モニター。
大型ディスプレイが二枚。
小さなテレビ局のようですらあった。
「すごいですね……」
ハルカが小さく呟く。
蒼獅は笑う。
「まあね」
──ここは俺ちゃんのフィールドだ。
炎上の戦場。
そして。
処刑場。
ここで、たくさんの人間を血祭りにあげてきた。
蒼獅はハルカを見つめながら、安心させるように言う。
「大丈夫だよ。君は何も心配しなくていい」
何も、考えなくていい。
──俺ちゃんの手の上で、踊れ。炎上は、俺ちゃんのフィールドだ。
煽ろう、反感を。
逆撫でしよう、正義感を。
灰になるまで燃やし尽くそう、ハルカという配信者を。
──そして、それを燃料に、俺ちゃんは羽ばたく。
遠くまで、遠くまで。
悪い奴を殴れば、それは正義だ。
たとえ悪人でなくとも、みんなが悪人と言えば、そいつは悪人のまま終わる。
もう勝ちが確定した戦い、だというのに、どうしてか背筋が震えた。
何かを、決定的に間違えてしまったような。
そんな錯覚を──
蒼獅は、首を左右に振って、振り払った。
ハルカが蒼獅を見ていた。
まるで、何かを確かめるように。
「じゃあ、さっそく配信をしよう。俺ちゃんに任せて」
準備をして、配信を開始する。
大型ディスプレイにまだ真っ黒の配信画面が流れる。
そのサイドにコメント専用ディスプレイに、ものすごい勢いでコメントが流れ出す。
『説明まだ?』
『逃げんなよ』
『ハルカもう終わったなw』
『対応おそすぎ』
『さっさと出てこい犯罪者』
ハルカがコメントを感情の乗らない目で見ていた。
──もうどうしていいか、わからないみたいだな?
そんなコメント中に、一つだけ。
『ハルきゅんが、そんなことするわけないって信じてます!』
──バァカ。しようが、しまいが関係ねえんだよ。俺の炎上で、オマエを、殺す!
次は釈明配信開始です~!
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