洞窟での休息
全員で相談の後、俺たちは遺跡からの脱出を始めた。
ある程度は遺跡の地下を東に進み、しばらくしたのちに地上へと出る。出口近くの魔物を一掃し、クリームヒルトが空から偵察。魔物たちが群がる道を避けて、森の隙間を縫うように進んでいった。
何度も魔物たちと遭遇した。そのたびに戦いとなったが、俺たちにとって魔物自体はそれほど強くはない。おまけに前進と戦闘だけを命令されているようで、仲間を呼ぶといった戦術もない。戦いの中こちらに集まってくるようなことはなかった。
俺やクリームヒルトだけであれば、空から首都を目指すことができただろう。しかしこうも大勢の亜人とクラスメイトを連れて行ってはその方法は難しい。結果として、走りながらの移動となった。
一応、瑠奈に強化魔法をかけてもらったり俺が身体強化薬を渡したりして、かなり素早く移動することが可能になっている。
一日中歩き続け、俺たちはとある洞窟へとたどり着いた。
小さな山の上にあるそこは、森も深く魔物の侵入が少なかった。俺たちは交替で入口に見張りを立て、この地で一夜を明かすことにした。
「大丈夫かアリス」
ぐったりとして地面に座り込むアリスに、そう声をかける。
「ううん、クリスもみんなも頑張ってるんだもん。あたしだけ辛いとか苦しいとか文句なんて言えないよ」
「ごめんな、何も助けてあげられなくて。背負ってやれれば良かったんだけど、戦闘もあるから難しいんだよな。あとで栄養剤か何か渡すよ」
「うん……」
おそらくこの中で一番体力がなく貧弱なのはアリスだ。足手まといという自覚もあるのだろう。俺もアリスを守るつもりで連れてきたんだが、まさかこんな集団で王都へ向かうことになるとは思っていなかった。
これから一体どうすればいいんだろうか? 考えておかなければならない。
次に俺は大河に目をやった。
顔面蒼白の大河が座り込んでいる。隣では瑠奈が彼を介抱中だった。
あのことを……気にしてるんだろうな。
「大河、あまり気にするなよ。お前がやったんじゃないんだ。誰もお前を責めたりなんかしない」
「分かってるよ来栖。俺が気を病んだところで何も解決する話じゃない。けど、こんな風にひどい光景を見ると、操られていた時のことを思い出してな。気分が悪くなるんだ。戦闘には支障がないようにする。だから今は……時間をくれ」
「ああ……」
難儀な奴だ。
道中、俺たちは一つの村を通りかかった。そこは魔物たちに襲われて……壊滅していた。
ひどい有様だった。
俺たちは必死に生存者を探したが、誰もいなかった。後ろから続々と魔物が押し寄せてきているから、遺体をそのまま放置して立ち去ることしかできなかった。埋葬することすらもできなかったんだ。
あちこちに残る血痕と、骨や肉の残った遺体。炎こそなかったが、それはまるでかつて襲われて壊滅したエルガ村のようで、大河の心を抉ってしまったのかもしれない。
大森林の亜人は小規模であまり力を持っていない。かつて魔王と戦った時代と違い、女王から徹底的に迫害され武装解除されてしまったからだ。
こんな状態で魔物たちを撃退できるはずもなく、逃げられた者たちもいるかもしれないが……多くはこうして殺されてしまっていた。
「すべてが終わったら、俺はあの人たちを埋葬する旅に出たい。いつになるか分からないけど……きっと」
「……無理はするなよ」
「そうよ大河。本当に無理はしないで」
瑠奈がそう言った。彼女は大河のように変な正義感には燃えていないようだ。それでも顔色はあまり良くなさそうに見える。
「それよりも瑠奈、そっちは大丈夫なのか? 病み上がりでこんなことになってしまって不運だったと思う。俺は栄養剤程度しか出せないけど、できることはやるつもりだ。無理しないでくれよ」
瑠奈は大河と違い目覚めるのがとても遅かった。それなのに起きたらすぐに戦闘が始まり、その後にこの大移動だ。リハビリもまともにできていない彼女にとって、かなり辛いことになってしまっている。
「大丈夫、魔法で回復したから。それより来栖、私と――」
「クリス、これからの話なんだけど」
瑠奈の言葉を遮り、クリームヒルトが現れた。
彼女に悪いとは思ってが、まじめな話らしい。無視することはできない。
「おそらく、あたしたちはしばらくすれば魔物の群れを追い越す。そのあとのことを決めておきたいんだ」
「確かにそうだな」
魔物の群れは大軍だったが、それほど速くはなかった。
森という障害物が問題なのだろう。道沿いに走ってる奴と森の中を突き抜けていく奴、どうしても移動速度に差が出てしまう。突出して前に出ている数十頭を除いて、俺たちは群れを追い越すことができるはずだ。
そして、俺たちは王都へ到達するするだろう。そのあとが問題だ。
おそらく、数日で速い魔物たちは王都に到達する。しかしその数はそれほど多くないはずだ。その程度であれば、王都にいる兵士たちで十分に撃退することができる。
問題はそのあとだ。続々と押し寄せる魔物に対し、おそらく王都は籠城戦を仕掛けることになるだろう。そうなれば都市全体が戦場になる。世界が終わるまで続くかもしれない……戦いだ。
そこにとどまることは覚悟がいる。これまでのようにただ安全な場所を探すのではなく、魔物やアルフレッドと戦う覚悟だ。それがなければ別の場所へ逃げた方がいい。特に……亜人のアリスはあの都市であまり良い扱いを受けられないだろう。
つまり、俺たちは今後の方針を考えなければならないということだ。俺や大河と違って、安全のためにここまで付いてきた奴らも多いのだから。誰をどうするか、その相談だ。
「アリスさんとクリスの仲間はどうする? 魔物がいなくなれば別の道も開ける。〈グランランド〉か、それが嫌なら東の方にある別の人間の国へ逃げることもできるぞ」
「みんな、どうする? 逃げることもできるって話だ」
俺はここにいるクラスのみんなへと声をかけた。
思えば、大河以外の意見を聞いてはいなかった。あいつは俺とともに戦ってくれるらしいけど、他の奴らにまでその正義感を押し付けることはできない。
「待ってくれ浅見君」
苗字を呼ばれたのは本当に久しぶりだった。だから一瞬、それは誰なのかと思ってしまったほどだ。
俺をそう呼んだのは、クラスメイトの一人だった。
「あいつほどじゃないが、俺たちだって罪の意識を感じてるんだ。このまま亜人の国に逃げて何もしないなんて、耐えられるわけがない。今日の戦闘だって役に立ってただろ? 俺たちも一緒にいさせてくれ」
「私だって」
「俺も……」
「僕も……」
大河のようにひどく落ち込んでいる様子ではなかったが、やはり心の中ではいろいろと溜まっていたのだろう。
「…………」
クラスのみんなにアリスを任せようかとも考えたんだけどな。戦いにはなってしまうけど、一人で〈グランランド〉に向かわせるわけにもいかない。
「アリスもみんなもこのまま連れていくよ。俺と一緒にいた方が安全だからな」
「それなら構わない。まあ、もう少し進んでから細かい内容は詰めていこう」
そう言って、クリームヒルトは外へと向かった。見張りの亜人たちにも同じ話をするのかもしれない。俺が知っている頃の彼女よりも、随分と責任感やリーダーシップのある様子だ。失ってしまった時の流れを感じて、少しだけ寂しく思った。
「来栖」
「どうした瑠奈?」
「来栖、少し話をしましょう。今なら大丈夫よね?」
「ああ……」
ああ、そういえば瑠奈と落ち着いて話をする時間もなかったな。
この間は俺の身の上話だけで終わってしまった。あれは会話ではなくただの報告みたいなもの。
改めて、彼女と向き合うことにしよう。