押し寄せる魔物たち
モルガ=モリル大森林、遺跡にて。
俺たちは迫りくる魔物たちを迎撃した。
俺は植物を生成し、クリームヒルトは上空からブレスを放った。多くの亜人たちも武器を取り、迫りくる敵を薙ぎ払った。また何人かの動けるクラスメイトは、スキルを用いて戦いに参加してくれた。
そして――
「〈白落雷〉っ!」
大河のスキルも健在だ。雷の加護を得たその攻撃は、まさしく一騎当千だった。こちらに寄ってきた魔物を、確実に仕留めている。正直なところ、俺がいなくてもなんとかなってしまったのではないかと思う。
「はっ!」
対して俺はツタの剣で魔物たちを薙ぎ払う。
森の外からは大量の魔物の気配を感じるのだが、こちらに向かってくるのはその一部だった。
だから俺もこうして剣を持って体を動かしている程度で対処できる。
「第一波は、防ぎ切った感じだな」
魔物たちの勢いが少しだけ落ちてきたように感じる。俺の新しく生み出したツタの壁を食いちぎれていない。来た時は焦ったが、どうやらしばらく休むことができそうだ。
俺は額の汗を拭い、ゆっくりと地面に座り込んだ。
「来栖、おつかれ」
「こっちに向かってくる感じじゃないよな。こいつら……」
「ああ、そうだな」
こいつらは俺たちを狙っていたのではないようだ。おそらくここにいる亜人たちというよりは、目の前に現れたすべてのものを蹂躙するように命令されているのだろう。
アルフレッドの言う地獄。その光景が容易に想像できた。
「クリス、空から様子を見てきたぞ」
翼を開いたクリームヒルトが、空から降りてきた。
彼女は空から氷のブレスを吹いて支援してくれていた。そのブレスによって森は氷の壁に覆われ、さらに魔物が侵入してこなくなった。俺のツタの壁と合わせたこの戦術は、かつて魔王領で魔族と戦った時にも用いたものだった。
魔物が本気を出せば飛び越えたり壊したりできそうなものだが、あいつらはここへの侵入にこだわっていない様子だった。壁があれば遠回りして別の場所へと向って行く。
だけど、この周囲に魔物が溢れている事実は変わらない。
「どうだった? 魔物はまだ来るのか?」
「やっぱりこれで終わりじゃないみたいだ。魔王城の方から続々と援軍の魔物たちが押し寄せてる。とんでもない数だ。この森どころか、世界を飲み込むかもしれない勢いがある」
「そ……そこまで大量に」
なんてことだ。
これじゃあ休む暇がない。というかそもそも、ここは城でも砦でもないただの遺跡だ。設備なんてあってないようなもの。なし崩し的にここに籠城してしまったが、果たしてこのままで良いのだろうか?
「遠くまで見てたけど、あいつらは王国の首都まで向かう勢いだった。今は森に阻まれて速度が出ていないけど、最後には人間とも戦っていくことになると思う」
「そうだよな」
大森林にいるのは亜人ばかりではない。王国から派遣された徴税官や、亜人とともに共生する村人、それに森の天然資源を狙うハンターなど、ごく少数ではあるが人間も存在する。
つまりここに魔物を派遣した時点で、アルフレッドは人間を害する意図があるということだ。仮に人間を襲う気がなかったとしても、ここまで魔物を動かしておいて『人間の味方です』は通らない。通るはずがない。こんな魔物の集団、目の前に現れるだけで恐怖以外の何者でもないのだから。
「今すぐ女王のもとに向かい、人間と亜人が共同でこの脅威に対抗すべきだ。それが絶対に正しいはずなんだ。あたしはそう思ってる、だけど……」
「…………」
女王が、果たして俺たちの声に耳を傾けてくれるかどうか。頭の痛くなる問題だ。最悪の場合は……脅してでも……。
「俺が話をしよう」
名乗りを上げたのは大河だった。
「大河……でもお前は」
「俺も女王に嫌われているのは分かってる。でも、こんなことは言いたくないけど俺はまだ人間扱いされてたからな。あの人が亜人の話を聞いてくれるとは思えない。でも俺なら、嫌な顔はされても耳は傾けてくれるんじゃないかと思う」
「確かに、そうだな」
過去、そしてクラス転移時代の女王を思い出す。亜人が彼女とまともに会話できるは思えなかった。大河も相当に邪険にされていたが、まだましな方だった。
それに国と言うものは女王がすべてではない。彼女の下には諸侯、将軍、そして大臣など様々な人物が控えている。彼らは女王に対して絶対の忠誠を誓っているわけではなく、権力と利益に応じてほどほどに従っているに過ぎない。彼らに声をかければあるいは……。
けど、それもまた難しい話だ。俺たち亜人にとって女王は暴君でしかないが、人間にとってはそこまで愚かな支配者というわけでもないのだから。不満は確かにある。そして、かつてはその受け皿として大河の名が囁かれたりもしていた。しかしそれはあくまで庶民のごく一部の話。上層部で女王に面と向かって反乱を起こそうとする者は……存在しない。
「まあ、とにかくここに籠城するのは無謀だ。俺たちや亜人、クラスのみんなも含めてここを立ち去るべきだと思う」
「そうだな」
「ラミエルはどうする? ずっとここで過ごしてたんだよな? ここは……というか大森林自体が危険になる。俺たちと一緒に来るか?」
「……守る、私、遺跡」
「そう……か」
天使族最後の生き残りラミエル。彼女のとってこの遺跡は特別なものだ。たとえ一人っきりで魔物の脅威にさらされても、逃げたくはないらしい。
「魔物が来るかもしれない、戦えるのか?」
「……(こくり)」
「なら……無理強いはしない。また、すべてが終わったらこの遺跡に顔を出すよ」
氷の壁はやがて溶けてなくなるだろう。ツタの壁だって魔物が食いちぎればそう長くはもたない。ここは危険だ。安全を考えるなら立ち去った方が無難。
しかし俺はここに何度も世話になった。この遺跡が、そしてラミエルがいなければ死んでいた。それは彼女が崇高な意思でずっとこの地を守り続けていたからだ。
俺に何か言う資格が、あるとは思えなかった。
「他のクラスメイトを呼んで対策を練ろう。大河、呼んできてもらえるか?」
「ああ、任せてくれ。森には何度か行ったからな。休憩できる洞窟の場所も後で案内するよ」
「偵察ならあたしに任せてくれ。ここにいる亜人たちも護衛として連れて行こう」
未だ、魔物たちに溢れたこの森の中で。
俺たちは、脱出方法を考えることにした。




