軍務卿嫡男 ルカール=ルハイディ
「ひとまず、ここが本当にリワラの世界なのか、どこまで俺の知ってるものと同じなのか確認しないとな」
俺は屋敷の書庫に来ていた。頭の傷が良くなってから、俺はルクハルトの両親や付き人のレオナルトに、転んでから少々記憶が抜けている感覚がある、とだけ伝えた。半分嘘、半分本当のことだしな。それを聞いた三人はそれはそれは慌てた様子だったけど、当の俺が落ち着いているもんで、三人はゆっくりやっていこうと見守る態度を見せた。
勿論、転んだのは俺の責任だってことは両親にも訴えた。レオナルトを罰しないでほしいと。すると両親は我儘ボーイだった息子がそんな慈悲深いことをと大層感激した様子で、誰もお咎めなしになった。多分レオナルトも庭師を庇っての言葉だっただろうし、そこに落ち着いて本当に良かった。
そして当初の計画の通り、体術や剣の稽古をつけてほしいと申し出た。最初はそんなことをしなくてもと猫かわいがり振りを発揮していたが、俺が真摯にお願いすると折れたようでレオナルトが教えてくれることに。そしてその稽古が始まる前に、俺はこの世界の事を知るべく、家の書庫に来ているのだった。
「確かリワラには魔法の概念があった。ルクハルトも魔法で主人公くんを脅したりしてたしな…」
RPGのように魔法を使ってガンガン魔物や魔王を倒す、というイベントは特になかった。でもそれはゲームの話で、世界として成り立ってるこのリワラにはそれがあるかもしれない。俺は歴史書や地図、魔法に関する書籍など数冊を机の上に置いた。
「勉強が得意な訳じゃなかったけど、攻略本を読む能力だけは長けた俺の本領発揮よ」
本を開くと、この国の成り立ちが記されてあった。
俺がいるここは、ロドリエル王国。国王を一番上として、公爵などの位がある。職種としては武官、文官などがあるらしい。主人公くんは文官の息子という設定だったから、そこは俺の知ってるリワラと同じみたいだ。また政権の外に位置するのが聖教会。
この世界には魔法の属性として主に、火、水、木属性の三つがある。火属性のみを使える人間もいれば、火と水属性の二つを使う人間もいる。しかしその場合、一つの属性のみ持っている人間の火属性魔法より、二つの属性を持つ人間の火属性魔法は弱い。多分一つの属性に全振りしてるか半分ずつ力を振ってるかの違いだと思う。
この属性は遺伝らしく、俺の父親は火属性で母親が木属性、俺は火と木属性魔法が使えるようだ。まぁ、ルクハルトの魔力は微々たるものらしく、指先に小さな火を灯したり、植物の成長を見間違いかなってくらいほんの少し速めるぐらい。
確かリワラ攻略対象のロドリエル王国王子、アルノート=ロドリエルは木属性で、ゲーム内で木の根っこを操ったり、蕾だった花を満開にして落ち込んでいた主人公くんを喜ばせたりしていた。カッコよかったなー、アルノート…。そして可愛かった主人公くん…。いいぞもっとやれ。
そしてその三属性以外の魔法が、回復魔法。この回復魔法を使える人間は皆、聖教会の所属となる。聖教会の人間は回復魔法を使い人々を癒す。しかしその反面、攻撃魔法が一切使えない。だからこそ政権の外でありながら、王国とバランスを取りながら共生できているわけだ。
そして、例外中の例外。それが、主人公くんを主人公たらしめている、光属性魔法。光属性魔法持ちは、火、水、木属性の三つの魔法を全て使える人間の中の、小数点以下の確率で出現するらしい。ただでさえ三属性持ちは希少だ。ただそれぞれの力が弱いから器用貧乏的な扱いをされている。しかし光属性魔法が出現したとなれば一転、この国の保護対象となるレベルで必要とされる。
「うん…ここまでは俺の知るリワラと同じだ。やっぱりここ、【Reward of love】の世界なんだな…」
どうやったら元の世界に帰れるのか分からないけど、多分この世界で死んだらいけない気がする。それなら、俺が処刑されないまま学院の卒業式を目指すしかない。そこがきっとゴールだ。
「この魔法の属性も何か法則性があるらしいけど、BLゲームだからそこまで魔法は使われてなかったし、必要になった時に考えれば良いか」
魔法は主人公くんと攻めズたちの仲を深めるためのエッセンス。俺は本を閉じて本棚に戻す。っと、そろそろ稽古の時間だ。
書庫を出て庭へ向かうと、そこには既にレオナルトが立っていた。
「すみません、遅くなりました!」
「いえ、私も今来たところです。息が上がっていますね。少し休まれますか?」
「デートで待ち合わせの攻めじゃん…」
「はい?」
「大丈夫です! お願いします!」
レオナルトの攻めっぷりが凄くてつい口に出てしまう。てかこんな良い付き人がいるのに、攻略対象たちにも手を出そうとしてたのかよルクハルト。両親からもあんなに可愛がられてるのに。強欲過ぎるだろ。
「それではこちらをお使い下さい」
これは…木刀? あぁ、いや、この世界では木剣か。
「体術と剣技の稽古とのことでしたので、同時進行していきます。本格的に振るうのはまだ後ですが、まずは握る感触を覚えて下さい」
なるほど。渡された木剣を握る。うーん、俺の手はゲームのコントローラーを握るためにあったからな、変な感覚だ。
体術では受け身を徹底的に教わった。早くカッコいい技を、なんて思わない。体育の柔道の授業で調子に乗った奴らが技掛け合って骨折したの見てるからな…。
そんな稽古を続けていると、まぁまぁ見れるようにはなってきた。こうして上達していくのは楽しいもんだな。今日は裏庭で自主練だ。軽い打ち合いなんかも慣れて行きたいし、基礎をちゃんと身に付けておかないと。
「ふっ、ふっ」
だいぶ木剣も手に馴染んで来た気がする。いつかこうやって、シャッて横に薙ぎ払うくらい上達したいよな、ってうわ!
そんな想像をしながら何となく横に薙ぎ払うと、木剣が盛大にすっぽ抜けた。そして木剣が飛んでいく先には、小さな影が。
「危ない!」
俺が声を荒げると同時に、その影は素早く腰から何かを抜いて、カァンッとそれで木剣を弾いた。カランカランと音を立てて地面に落ちる音を聞きながら、俺は慌ててその影に走り寄る。
「す、すみません、木剣がすっぽ抜けてしまって…! 怪我は…っ」
「大丈夫です、ルクハルト様こそ、お怪我はありませんか?」
走り寄った先には、優しげな目をした男の子がいた。その手には剣。俺のような木剣ではなく正真正銘、真剣だ。
「うわ、真剣!? あんな綺麗に抜いて木剣弾くとか、カッコ好すぎじゃん!?」
「ありがとうございます…?」
目をパチクリさせた男の子は、落ちた木剣を手に取って俺に渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。実は近くに寄ったもので、父と共にハーロイス公にご挨拶に伺ったのです。なのでルクハルト様にもご挨拶をと」
ほーん。わざわざ挨拶に来るなんて、俺の父親はそんな偉いのか。貴族だし礼儀としてってことかな。
男の子は俺の頭をチラリと見て目元を柔らかくした。
「先日頭を怪我したと耳にしましたが、元気になられたようで良かったです」
俺の転んだエピソードはどこまで広がってんだよ。ちょっと恥ずかしいだろ。話を逸らそう。
「そっ、それにしても、綺麗な剣捌きでした! そのくらいの歳であそこまで使いこなすなんて、余程訓練されてるんでしょうね」
ルクハルトと同い年くらいか少し上くらいだろ? あの捌き方、稽古数日の俺とは全然違う。そう言うと、彼は何故か苦し気に目を伏せた。
「ど、どうしました? さっきやっぱり怪我でも…」
「いえ、そうでは、ないのですが…」
彼は腰に下げた剣の柄をぎゅっと握り、控え目に開口する。
「…父も、皆も、僕に剣を、と。もっと上達を、と言ってきます。父の役職上息子の僕もそう望まれるのは分かっているのですが…」
「…したくない?」
「僕はもっと勉強して、いずれは文官になりたいのです。僕は何かを傷付けるような武官にはなりたくない…」
…この子、優しすぎるんだろうなぁ。傷付けたくないから文官になりたいけど、それを言うと父親や周りの皆を傷付けてしまうから言えない、と。
どんだけ達観した考え方してんだよ。付き人を馬や犬にして命令してたルクハルトとは天と地の差だぞ。あと…俺とも天と地の差だよ…。
俺は特にやりたいこともなく、高校の文理選択で親に言われるがままに理系行ったしな…。なのにこの子は! 将来の事もきちんと考えている上に、周りの期待にも応えようと!
「うっ…偉い…偉いよぉ…」
「えっ、る、ルクハルト様!? も、申し訳ありません、僕が面白くもない話を…っ! あの、いつものようにルクハルト様のお話を…」
「偉い! 君は偉いよ! そんで俺は、君の思うがままにやってい良いと思う!」
「えぇっ?!」
無責任かもしれないけど、無責任上等! 俺まだ七歳だからな!?
「俺は、やりたいことをやって良いと思う。逆に子どものうちしか出来ないこともあるだろうし。勉強結構、剣の稽古結構。俺だって最初貴族の息子が~って言われたけど、我儘言って今体術や剣の稽古してもらってるし」
恥ずかしながら木剣がすっぽ抜けるくらいしか上達してないけど。我儘なくらいで良いんだよ、子どものうちは。
「でも、僕は、嫡男として…」
「文官になりたいのって、人を傷付けたくないからって言ってたよな?」
「はい…」
「でも文官だって、一つの通達、一つの書類で、誰かを貶めて傷付けることだってあるよ」
「それはっ、そう、ですが…」
「だけど、一つの書類で、村を、人を、国を救うことも出来る。そしてそれは武官も同じ。相手を傷付けるかもしれない、でも同時に、誰かを、大切な人を守れるかもしれない」
俺は目を見開いている彼に、にっこりと笑い掛ける。
「要は何でも使い手次第。そして君なら文官でも武官でも、誰か大切な人を守るために、その力を振るえると思ってる。…信じてる」
こんな優しい子が人を無闇に傷付ける為に力を振るうとは到底思えない。そりゃ、まさかあの人が…みたいな容疑者を語るニュースとかあったけどさ。剣をすっぽ抜けさせた俺を直ぐに心配してくれるような子だから、信じたいんだ。
「ルクハルト様ー! ルカール様ー!」
この声はレオナルトだ。予想通り、草木の奥からレオナルトが顔を出した。
「あぁ、ここにいらっしゃいましたか。ルカール様、ルハイディ卿が帰られるようでしたので、呼びに参りました」
「あ、は、はい、ありがとうございます」
声を掛けられた彼はハッとしたようにレオナルトについて行こうとして、ふと足を止める。そして俺の方へ向き直したかと思えば、膝を付いて俺の手を取った。ど、どうした!?
「ルクハルト様。僕が将来、文官と武官どちらになったとしても。貴方を守らせて頂けますか?」
「それは、それは…凄く、助かる…!」
このまま行くと将来処刑が決まっている俺にとって、その申し出は有り難すぎる。何が俺の生存エンドに繋がるか分からないしな。でも守られるだけじゃカッコ悪いから。
「それなら俺も、ルカールを守れるように剣の稽古頑張るから!」
「…ありがとうございます。僕のことはどうか、ルカとお呼び下さい」
「じゃあ俺もハルトって呼んでくれ。丁寧な喋り方も必要ないぞ」
「はい。…うん。また遊びに来るね、ハルト」
「それまでにすっぽ抜けないくらいには上達しとく。またな、ルカ」
そうしてレオナルトについて行き、俺は晴れ晴れとした気持ちで親子を見送った。
「良い子だったなぁ」
「ルクハルト様、随分ルカール様と仲良くなられたようですね」
「うん。まずはルカを目標に剣の稽古頑張る」
「以前はあれしろこれしろもっと面白い話をしてと、ルカール様をたじたじにさせていたルクハルト様がこんなにも成長なさって…」
「ん!?」
ルクハルトてめぇー! あんな良い子にまで我儘発揮してたのかよ! どうしようもねぇな!
「しかしあのルハイディ卿の御子息に守ってもらうなど、光栄ですね、ルクハルト様」
「ほんとに…ルハイディ? ルカール=ルハイディ?」
「はい、…まさか、ルカール様のこともお忘れになったまま話されていた、とか…」
そのまさかだし、普通にどっかの息子がただ挨拶に来ただけで初対面だと思い込んでたんだけど、ちょっと待て。
ルカール=ルハイディって、まさか。
「レオナルト。ルカって、もしかして、軍務卿の嫡男だったりする?」
「そうです」
サーッと血の気が下りた。
ルカール=ルハイディ。現軍務卿、つまり武官の長の嫡男。そして、【Reward of love】の攻略対象の一人である。
そんなまさか、冗談だろ? だってリワラでのルカールと言えば、気弱で何事にも自信がなくて引っ込み思案で、とある他の攻略対象に女々しいだの鬱陶しいだのと度々怒鳴られてた、会話イベントまでが長いキャラだったじゃん。
そんなルカールに主人公くんは軍務卿の嫡男としてではなくただのルカールとして接し、友人となり、主人公くんが襲われるイベントで、嫌いであるはずの剣を取って『大切な人を守る』ことを知るっていう…あれ。もしかして俺、大切な人を守るってことを早々に諭してしまったのでは…。
し、しまったー! なんてことだ、ロドリエル学院に入学してからの主人公くんとのイベントを取ってしまった…! ちなみに主人公くんが襲われるイベントの首謀者はルクハルトですこの野郎。
しかも守る対象になるはずの主人公くんを押しのけて、俺がその対象になってしまった。と言うことはもしかして、もしかしてだけど、俺、ルカールルートに入ってしまった…?
いやいやいや、ルクハルトはあくまでライバルキャラ! 俺が攻略対象を攻略するなんてことはない、はず!
でも少なくともルカールは俺を処刑しようなんて思わないよな。よっぽどのことを俺がしなければ。つまり主人公くんのルカールルートでは俺の処刑フラグがちょっと折れたってことだよな。
楽観視は出来ないけど、そのことだけを喜ぼう!